レリーフ・プロトコル   作:最上 イズモ

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第11話 ストリート・ブロードキャスト

地球署の外に出た瞬間、空気が少しだけ重くなった。宇宙ほど薄くない。けれど、街は街で別の薄さがある。人が多い。音が多い。意味が多い。揃いが生まれる場所が、そこら中にある。

 

デカベースのハンガーを抜ける通路で、ウメコが足を止めた。歩幅が乱れる。乱れは悪くない。揃わない証拠だ。

 

ウメコ「……街って、守るものが多すぎる」

 

センが軽い声を作る。軽くしないと、重さが揃ってしまう。

 

セン「多いから守りがいがあるってことじゃん。ね、ホージー」

 

ホージーは頷くだけで返した。軽口に乗らない。だが拒絶もしない。揃いを作らない距離。

 

ホージー「守りがいがあるほど、敵にとっては燃料だ」

 

バンが拳を握って、ほどいて、また握る。いつもの癖が強く出ている。彼の熱は、燃料にも盾にもなる。

 

バン「燃料なら、こっちが先に燃やし尽くす」

 

イズモ「燃やすな。燃やすと揃う」

 

バン「じゃあどうすんだよ」

 

イズモ「燃えない形で、守る」

 

その答えが曖昧に聞こえたのか、バンが眉を寄せた。けれど怒鳴らない。怒鳴ると揃う。揃ったら刺さる。彼はもう知っている。

 

テツが短く言う。

 

テツ「要するに、手順だ。殴りたくなるところを殴らない手順」

 

ジャスミンが目を閉じたまま、低く報告した。

 

ジャスミン「来る。近い。今、街のスピーカーに触ってる」

 

セン「またスピーカーかよ……」

 

KAEDEが壁際を歩きながら、淡々と言った。

 

KAEDE「音ではなく、同意を流すための器です。街のスピーカーは、人の判断を揃えやすい」

 

イズモ「だから、揃う前にずらす」

 

ドギーの声が通信に落ちる。低く、重い。柱みたいな声だ。

 

ドギー「街へ出る。全員、各配置につけ」

 

ホージー「配置、確認。第一班、港湾区の公共放送塔。第二班、中央交差点の防災スピーカー群。第三班、地球署の外縁に残留して捕縛セルを監視。イズモとKAEDEは中継」

 

バン「中継ってなんだよ」

 

ホージー「囮だ。中心を釣る」

 

バンの表情が一段硬くなる。中心。群れじゃない。枝じゃない。根を動かす核。

 

ウメコ「……釣るって、来させるってことだよね」

 

イズモ「来させる。だが、街ではやらない」

 

KAEDE「囮領域はエルニウスの局所檻で作ります。街の縫い目を薄くしない距離で」

 

テツが頷いた。

 

テツ「街で戦うのは最悪だ。人が多い。揃う」

 

セン「でも敵は街でやりたいんだよね。現場ごと救済って言ってたし」

 

ジャスミン「……言ってた。あれ、本気。ここで終わらせたい気持ちを、街に撒く」

 

その言葉だけで、胸の奥が沈む。終わらせたい気持ちは、誰の中にもある。疲れた夜、眠れない朝、投げ出したくなる瞬間。そこへ釘を打つのが、あれのやり方だ。

 

スワンが格納庫の端から現れた。白いコートの裾を揺らし、端末を片手に、目だけで全員を叱るように見る。

 

スワン「話してる暇はあるの? 向こうは待ってくれないわよ」

 

ホージー「スワン、放送塔の制御を頼む」

 

スワン「任せて。だけど一つだけ。絶対に、同じ言葉を繰り返させないで。繰り返しは同期になる」

 

イズモ「了解」

 

バンがスワンへ短く言う。

 

バン「スワンさん。市民、頼む」

 

スワンは一瞬だけ柔らかく目を細めた。

 

スワン「あなたの仕事よ、バン。でも、手伝うわ」

 

街に出ると、すぐに違和感が増した。風の音が小さく感じる。遠くの車の音が遠い。耳が勝手に、何か別の“声”を探している。探す時点で危ない。探すと揃う。

 

イズモ「探すな」

 

自分に言い聞かせるように呟いた。誰かが頷く気配がした。頷きの揃いも危ない。だから私は、視線をずらした。

 

港湾区の公共放送塔は、夜でも赤い障害灯が規則正しく点滅していた。規則が揃いを生む。揃いが足場になる。敵は規則が好きだ。

 

ホージー「放送塔、異常なし。だが内部ログに未認証アクセス。接触痕がある」

 

ジャスミンが顔を歪める。

 

ジャスミン「もう触ってる。触ったあとに、離れてる。遊んでる」

 

セン「趣味悪っ……」

 

次の瞬間、街のどこかで、防災スピーカーのテスト音が鳴った。ピーという短い音。それだけで人は足を止める。止めると揃う。

 

ウメコ「……やだ」

 

バン「止まるな! 動け!」

 

言いかけて、バンが自分で息を呑んだ。命令が揃いになると分かったからだ。彼はすぐに言い直した。

 

バン「止まりたくなったら、歩幅を変えろ! 息を乱せ!」

 

テツが短く笑った。

 

テツ「成長したな」

 

バン「うるせぇ」

 

その瞬間、声が来た。スピーカーじゃない。街の空気の裏側から落ちる声。

 

通信「救済は、街を静かにする」

 

センが唇を噛む。笑いを作りたいのに、作れない。怖さが本物だからだ。

 

ウメコが震える息で言った。

 

ウメコ「静かって……死ぬってこと?」

 

通信「疲れたね」

 

優しい声のふりをした冷たさ。終わらせたい気持ちに寄り添うふりをして、選択を奪う。

 

KAEDE「寄り添っていません。奪っています」

 

通信「奪う? 奪えば、痛くない」

 

ジャスミンが目を開け、指を空間へ向けた。

 

ジャスミン「中央交差点! あそこ! みんなの輪郭が、一瞬揃った!」

 

ホージー「放送塔の外部スピーカー、勝手にリンクし始めた。こっちの器も使う気だ」

 

スワンの声が通信に入る。焦りではない。怒りの冷たさだ。

 

スワン「放送を切る? 切ったら空白ができる。空白は足場よ。切らないで。こちらの放送で上書きする」

 

ホージー「上書きする内容は」

 

スワン「避難誘導。事実だけ。断言しない。選択肢を残す」

 

イズモ「それが一番効く」

 

スワン「分かってる。私、優秀だもの」

 

センが小さく笑って、空気が少しだけ緩んだ。緩みは救いだ。救いは、釘じゃなく、逃げ道として使える。

 

だが敵は、その緩みさえ利用する。

 

通信「笑えるなら、終わらせよう」

 

中央交差点の防災スピーカーが、一斉に鳴った。今度はテスト音じゃない。ゆっくりしたリズム。心拍に近いリズム。揃えに来ている。

 

ジャスミンが苦しそうに言う。

 

ジャスミン「危ない……心拍が寄る……」

 

イズモ「寄せるな。視線を外せ」

 

KAEDE「私はノイズを作ります。意味の位相をずらす」

 

KAEDEが一歩前へ出た。わずかに。揃いを作らない距離で。彼女の声が、通信に重なる。

 

KAEDE「それは救済ではありません。あなたは、終わらせたい気持ちを餌にしている」

 

通信「餌? なら食え」

 

スピーカーのリズムが一段強くなる。交差点の人が、同じタイミングで立ち止まりかけた。揃う。揃ったら折れる。

 

ウメコが咄嗟に声を出した。断言じゃない。問いだ。選択肢を残す問い。

 

ウメコ「ねえ、今の音、気持ち悪くない? 気持ち悪いって思った人は、一歩だけ横にずれてみて!」

 

一歩横にずれる。小さなズレ。だがズレは同期を壊す。

 

センも叫ぶ。軽い声で、でも断言しない。

 

セン「そうそう! なんか変だなって思ったら、歩き方変えてみよ! スキップでもいいよ!」

 

テツが短く言った。

 

テツ「スキップはやめろ」

 

セン「じゃあ足踏み!」

 

その雑な提案が、何人かの動きを乱した。乱れが広がる。揃いが崩れる。崩れた瞬間、空気が少し戻った。

 

ホージー「効いている。市民の判断が戻っている」

 

通信「……邪魔だ」

 

苛立ちが濃くなる。濃いほど形が出る。

 

ジャスミン「来る! 中心! 中心が、ここを見てる!」

 

イズモ「囮領域へ誘導する。ここは捨てない。だが釣る」

 

KAEDE「同意のふりは、檻の中だけで出します。中心が食いついた瞬間、経路を固定」

 

バンがキーを握りしめた。

 

バン「今度こそ、中心を捕まえる」

 

テツ「捕まえたら、殴るのか」

 

バン「殴らねぇ。裁く」

 

ホージー「囮領域、展開準備。エルニウス、局所檻起動」

 

エルニウスが遠くで唸った。空間がほんの僅かに歪む。街の縁、海沿いの倉庫地帯。人が少ない場所。音が少ない場所。だが境界が薄い場所でもある。薄さは諸刃だ。

 

イズモ「薄いほど危ない。だから、縁を厚くする」

 

バン「キー、いつでも押せる」

 

その瞬間、中央交差点のスピーカーが止まった。止まるのが怖い。止まると空白ができる。空白は足場になる。

 

スワン「止めたのは誰?」

 

ホージー「こちらじゃない。向こうだ」

 

通信「静かになったね」

 

静か。優しいふり。終わらせたい気持ちの入口。

 

ウメコが息を飲み、声が震えた。

 

ウメコ「……やめて」

 

通信「やめない。返す。奪う。終わらせる」

 

言葉が増える。繰り返しが戻る。揃いがまた生まれかける。

 

ジャスミンが叫んだ。

 

ジャスミン「中心が移動した! 倉庫地帯! 囮に食いついた!」

 

KAEDE「来ます。今、私の糸に触った」

 

イズモ「触らせろ。だが、引かせるな」

 

バンが喉を鳴らす。怒りじゃない。覚悟の音だ。

 

バン「イズモ、合図くれ。俺は押す」

 

イズモ「合図は一回だけ。迷いは燃料になる」

 

倉庫地帯の夜は静かだった。波の音と風の音だけがある。人がいない。揃いが生まれにくい。だから敵は、ここで中心を形にする。形にして、街へ持ち帰るつもりだ。

 

局所檻の縁が立つ。見えない柵。意味の流れを折り返す柵。KAEDEが中心に立ち、同意のふりを最小で発した。

 

その瞬間、空気が冷たくなった。冷たさが一箇所に集まる。集まると形になる。

 

通信「……ここだ」

 

声が近い。今までで一番近い。近いほど、刺さる。刺さる前に、閉じる。

 

イズモ「バン。今」

 

バン「押すぞ!」

 

イズモ「押して!」

 

封じが走り、檻の縁が一段厚くなる。逃げ道が削れる。削れた瞬間、空気が呻いた。呻きが怒りになる。怒りが形になる。

 

闇の中に、輪郭が立った。人の形に似ているのに、人の温度がない。顔がないのに、見ている。口がないのに、喋る。

 

通信「現場ごと、救済してやる」

 

テツが一歩出た。殴るためじゃない。壁になるために。

 

テツ「ここは現場じゃない。檻だ」

 

KAEDEが息を乱しながら、でも崩れずに言った。

 

KAEDE「あなたはもう、戻れない」

 

輪郭が笑った。初めて、はっきりと笑った気がした。

 

そして檻の外、遠い街の方角で、防災スピーカーがもう一度だけ鳴った。

 

短い一音。

 

囮に食いつきながら、街にも釘を打った。

 

ホージー「……二重同時。中心はここにいるのに、街にも枝を伸ばした」

 

ジャスミンが顔を歪める。

 

ジャスミン「群れが残ってる! 中心が、同時に二つの現場を作ってる!」

 

バンが歯を食いしばった。

 

バン「クソ……選ばせる気かよ」

 

イズモ「選ばせない。分岐する。街は地球署。中心はピースギアが折れずに固定する」

 

KAEDE「可能です。でも、中心は抵抗します。ここで形を濃くする」

 

輪郭が低く言った。

 

通信「なら、濃くしてやる」

 

檻の内側の空気が、紙みたいに引っ張られた。薄くなる。薄いと折れる。折れたら終わる。

 

私は装置を握り直した。薄くなる前に、縁を支える。支えながら、街を守る手順を投げる。

 

イズモ「ホージー。街の枝を切る。手順を送れ」

 

ホージー「了解。だがここから先は、選択ではなく同時だ。間違えるな」

 

闇の輪郭が、こちらへ一歩だけ近づいた。

 

通信「救済は、同時に来る」

 

その言葉が落ちた瞬間、檻の縁がきしんだ。

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