レリーフ・プロトコル   作:最上 イズモ

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第12話 ダブル・フロント

檻の縁がきしむ音は、耳で聞くより先に骨に来た。空気が薄い。薄いほど折れやすい。折れたら終わる。終わる、という誘惑が一瞬だけ甘く見える。その甘さが釘だ。

 

通信「救済は、同時に来る」

 

輪郭が一歩近づいた。人の形に似ているのに、人の温度がない。近いほど刺さる。刺さる前に、縁を支えなければならない。

 

イズモ「KAEDE、息を乱せ。揃うな」

 

KAEDE「了解。乱します」

 

KAEDEはわざと呼吸を崩し、視線を外し、肩の角度を少しずつずらした。揃いを作らない動き。だが中心は、それでも揃いを作りに来る。揃えれば勝てると知っている。

 

バンがキーを握りしめたまま、街の方角を睨んだ。遠いはずの防災スピーカーの一音が、まだ耳に残っている。あれは釘だ。街に刺さった釘。

 

バン「ホージー! 街はどうなってる!」

 

ホージーの声が通信に返る。端末越しでも、焦りを揃えない声だ。

 

ホージー「中央交差点、群れが残留。スピーカーに再侵入。市民の足が止まりかけている。ウメコとセンが誘導中、スワンが事実放送で上書き。だが釘が深い」

 

センの声が割り込む。明るく、でも揃わせない。

 

セン「やばい! みんな、同じタイミングで黙っちゃう! 黙ると揃う!」

 

ウメコ「黙りたくなったら、息を吐いて! 吐く息の長さ、変えて! 一緒にしないで!」

 

スワン「落ち着いて。今から放送します。聞いてもいいけど、同じ言葉を繰り返さないで。あなたの言葉で、自分の速度で」

 

街の雑音が一瞬だけ増えた。増える雑音は同期を崩す。だが敵はそれを嫌う。だから“静かにする”。

 

通信「静かが好きだろう?」

 

檻の輪郭が笑った気がした。笑いが、安心に似た形をしているのが怖い。安心は甘い。甘いほど刺さる。

 

イズモ「バン。中心はここで固定する。街は地球署が守る。あなたは――」

 

バン「俺はここだ。キーは俺だ。逃がさねぇ」

 

テツが一歩前へ出た。殴るためじゃない。壁になるために。

 

テツ「中心の形が濃くなるなら、止める」

 

ジャスミンが苦しそうに言う。

 

ジャスミン「群れの輪郭が、街とここを繋いでる。一本の糸じゃない。束だ。束で引いてくる」

 

KAEDEが低く言った。

 

KAEDE「束なら、束の“結び目”を切る必要があります」

 

イズモ「結び目はどこだ」

 

ジャスミン「……ここ。檻の縁と、街のスピーカーの間。中間点。海沿いの中継箱。電源盤。そこに“揃いの結節”がある」

 

ホージー「分かる。港湾区の配電ボックス群。公共放送と防災スピーカーのリンク点だ。そこを押さえれば、街の釘が浅くなる」

 

バンが歯を食いしばる。

 

バン「誰が行く」

 

テツが短く言った。

 

テツ「俺が行く。ここは殴れない。だが走るならできる」

 

バン「お前が抜けたら、ここが――」

 

イズモ「ここは私とKAEDEとバンで支える。テツが抜けても折れない形にする」

 

テツが頷き、すぐに走り出そうとして止まった。揃いが生まれないように、出発のタイミングをずらすためだ。彼は一拍置いてから動いた。拍がずれた。ずれたことが救いになる。

 

テツ「行く」

 

倉庫地帯の檻の縁が、もう一度きしんだ。中心が、その瞬間を狙った。誰かが動く瞬間は揃いやすい。揃いが生まれる瞬間に釘を打つ。

 

通信「逃げるのか」

 

バンが低く言う。

 

バン「逃げねぇ。配置換えだ」

 

通信「配置? 手順? そんなもの、救済の前では無力だ」

 

イズモ「無力なら、あなたは黙っていればいい」

 

挑発に乗ると土俵が相手のものになる。だから挑発ではなく、事実だけを置いた。事実は揃いにくい。

 

KAEDEが息を乱しながら言った。

 

KAEDE「あなたは今、形を持っています。形を持った時点で、記録されます」

 

通信「記録? 裁き? 遅い」

 

イズモ「遅くていい。遅い分、守れる」

 

その言葉が、檻の内側を少しだけ戻した。揃いが崩れる。崩れると薄さが減る。

 

だが敵は、薄さを別方向へ撒いた。街へ。今度は一音じゃない。複数のスピーカーが、ゆっくりした同じリズムで鳴り始める。心拍に寄せたリズム。寄せれば揃う。

 

セン「やばい! 街が、同じ速度で呼吸し始めてる!」

 

ウメコ「お願い、息を乱して! 自分の呼吸を思い出して!」

 

スワン「今から避難誘導を流します。あなたの判断で動いて。止まってもいいけど、止まるなら足先だけ動かして。あなたの癖でいい」

 

ホージー「市民が耐えている。だが長くは持たない。中継点を潰せ」

 

テツから短い通信が入る。走っている息。だが揃いを作らない乱れた息だ。

 

テツ「中継点、見えた。配電ボックス。……誰かいる」

 

バン「敵か」

 

テツ「人間だ。……いや、“人間に見える”」

 

背中が冷えた。中心がここにいるのに、街にも“誰か”を置いた。器を使うだけじゃない。人の形で立つ。立てば、さらに刺さる。

 

ジャスミンが目を開き、苦しそうに言う。

 

ジャスミン「そこにも輪郭がある。群れの中の一体。アリエナイザーを器にしてる」

 

ホージー「乗っ取ったか」

 

イズモ「乗っ取りだ。声が器を変えた。人間の恐怖と正義を揃えるために、分かりやすい敵の形にした」

 

バンが唸る。

 

バン「趣味悪い」

 

通信「趣味? 救済だよ」

 

中心の輪郭が、檻の中で笑った。笑いの意味が、街へ漏れそうになる。漏れると釘が深くなる。だから私は、縁を支える。

 

イズモ「漏らさない。縁を厚くする。バン、キー」

 

バン「押すぞ!」

 

イズモ「押して!」

 

封じが檻の縁に重なり、漏れが減る。中心の輪郭が苛立った。苛立ちが濃くなる。濃いほど捕まえやすい。

 

通信「邪魔だ」

 

イズモ「邪魔するためにいる」

 

テツの通信が荒くなる。現場が動いた。

 

テツ「アリエナイザーっぽいのが配電ボックスの前に立ってる。スピーカーのリズムが、そいつの体から出てる。スピーカーじゃない。あいつが中継器だ」

 

ホージー「中継点を破壊するな。壊すと裂ける可能性がある。拘束して切断しろ」

 

テツ「分かった。殴らずに止める」

 

テツが息を吸う。乱れた息を、さらに乱す。揃いを崩すために。彼は敵の前に立ち、低く言った。

 

テツ「お前は器だ。中身は何だ」

 

器の“顔”がゆっくりと上がった。目が笑っていない。笑いは、別の場所にある。

 

器「救済は、静かだ」

 

テツ「静かじゃない。うるさい」

 

器が手を広げた。広げる動作は、揃いを作る。街のスピーカーのリズムが一段強くなった。

 

セン「やば、やば、やば! 街が止まる!」

 

ウメコ「止まらないで! 止まるなら、目だけ動かして! 手だけ動かして!」

 

スワン「あなたの動きで、あなたを思い出して!」

 

テツが一歩踏み込み、器の腕を掴む――掴まない。直前で止める。接触は同期の入口だ。だから彼は、拘束具を投げた。拘束具が器の腕と胴を固定し、動きを止める。壊さない。止める。

 

テツ「止まれ」

 

器が笑った。口の動きは人間なのに、声が違う。声の圧が違う。

 

器「止められると思う?」

 

テツ「止める」

 

テツが拘束具の締め付けを一段上げた。器の動きが鈍る。鈍るとリズムが乱れる。乱れは同期を壊す。

 

セン「リズムが乱れた! 止まりかけが戻ってる!」

 

ウメコ「よかった……!」

 

だが中心は黙っていなかった。倉庫地帯の檻の中で、輪郭が一段濃くなる。街の器が抑えられた分、中心がこちらで“濃くなる”ことで取り返す。

 

通信「なら、ここで終わらせる」

 

檻の内側が薄くなる。紙みたいに引っ張られる。縁を厚くしているのに、内側が削られる。中心が“檻の内側”を現場に変えようとしている。

 

ジャスミンが叫ぶ。

 

ジャスミン「危ない! 揃いがここで生まれる! 中心が、バンの心拍に寄せてる!」

 

バンが息を呑みかけ、すぐに吐いた。わざと乱れた吐息。揃いを崩す。

 

バン「……寄せるな!」

 

KAEDEが低く言った。

 

KAEDE「私がずらします。意味干渉、最大。あなたの心拍はあなたのもの」

 

KAEDEが一歩だけ動く。動きは最小。だが中心は、その“一歩”に釘を打とうとする。動く瞬間は揃いが生まれる。だから私は、先に揺れを作った。

 

イズモ「床を鳴らす」

 

私は足先で小さく床を叩いた。規則じゃない、変なタイミング。変なノイズ。揃いを壊すための雑音。中心が一瞬だけ止まる。

 

通信「……鬱陶しい」

 

ホージー「止まった。今の苛立ち、濃い。捕縛セル、用意できる」

 

イズモ「今度は中心を捕まえる。街はテツが抑えた。ここで決める」

 

バンがキーを握りしめ、目を細めた。熱い目なのに、揃わせない目。

 

バン「やれ」

 

私は捕縛セルを起動した。狙うのは中心の輪郭。濃くなった“顔のない顔”。ここを吸い込めば、群れの中心が欠ける。

 

セルが淡く光り、空気の圧を引く。中心が抵抗する。抵抗の圧が、檻の縁をきしませる。

 

通信「救済は、捕まらない」

 

イズモ「捕まえる」

 

バン「押すぞ!」

 

イズモ「押して!」

 

封じが重なり、逃げ道が削れる。削れた瞬間、中心の輪郭が初めて“焦り”を見せた。焦りは感情だ。感情は形を濃くする。

 

ジャスミン「入ってる! 輪郭、セルに入ってる!」

 

ホージー「捕捉率九十六! 閉鎖!」

 

蓋が落ちる小さな音。決定的な音。

 

檻の内側が戻った。薄さが減り、空気が戻る。息ができる。

 

その瞬間、街からセンの声が入る。息が荒い。だが喜びを揃えない。

 

セン「止まった! スピーカーのリズム、止まった! 市民、動けてる!」

 

ウメコ「……ありがとう。ありがとう、みんな」

 

スワン「礼はあと。次は証拠を固めて。裁きは遅くていいけど、逃がさないで」

 

テツの通信が入る。短い。

 

テツ「器、確保。中身が……抜けた。空っぽになった」

 

ジャスミンが顔を歪める。

 

ジャスミン「群れが引いた。中心が捕まったから……でも、まだ笑ってる。外側で」

 

KAEDEが小さく息を吐いた。

 

KAEDE「中心を捕まえたことで、群れは一度引きます。ですが、根は一本ではない。残りが“取り返し”に来ます」

 

バンがセルを睨んだ。拳を握り、ほどき、また握る。裁きへ繋ぐための動作。

 

バン「来るなら来い。今度は逃がさねぇ」

 

イズモ「逃がさない。だが、次はもっと危険だ。中心を捕まえたことで、敵は“手段”を変える」

 

ホージー「手段?」

 

イズモ「声だけでは足りないと理解する。次は、もっと分かりやすい器――巨大化した器で来る」

 

KAEDEが静かに頷いた。

 

KAEDE「音声・スピーカー系で巨大化する。被害を拡大させる。その手段に、残りの根が合流します」

 

街の遠くで、誰かが拍手した音がした。安堵の音。だがその音が、なぜか耳に刺さる。

 

セルの中で、捕まえた中心が、初めてはっきりと笑った気がした。

 

通信「よくできました。次は、本番だ」

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