レリーフ・プロトコル   作:最上 イズモ

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第13話 ギガント・ヴォイス

その夜の街は、静かすぎた。

 

救急車も、車のクラクションも、遠くの犬の鳴き声も。あるはずの雑音が、ひとつ薄く削られている。代わりに、耳の奥だけが妙に“澄む”。澄んだ場所へ、言葉は刺さる。

 

通信「次は、本番だ」

 

捕縛セルの中の笑いが、まだ残っている。閉じ込めたはずの中心が、こちらの手順を覚えている気配がした。

 

エルニウスの艦内、隔離区画の前で、私は息を乱した。わざと。呼吸が整うと、揃いが生まれる。揃いは釘になる。

 

イズモ「ホージー。街の音、戻ってないな」

 

ホージー「戻っていない。市民が“自分で音を出すのをやめている”」

 

セン「え、怖。音を出さないのが優しいって思っちゃってるってこと?」

 

ジャスミンが目を閉じたまま、低く言う。

 

ジャスミン「……終わらせたい気持ちが、広がってる。静かにしてあげたい、っていう形で」

 

ウメコが唇を噛む。

 

ウメコ「それ、優しさの形をした罠だよ……」

 

ドギー「状況を」

 

指揮室のスクリーンに、街の防災スピーカー網のマップが映った。点が増える。線が伸びる。リンクが太くなる。太くなるほど、揃いが生まれやすい。

 

ホージー「リンクが増殖している。誰かが意図的に結線している。電源盤の中継点だけじゃない。移動中継が混ざっている」

 

テツ「移動中継?」

 

ホージー「スピーカー車両。工事用の移動拡声器。警備用の車載サイレン。街のあらゆる“音を出す器”が、同じテンポに寄せられている」

 

セン「うわ、最悪だ。車のサイレンまで揃ったら、全部の人の心拍に刺さる」

 

スワン「切るのはダメ。空白ができる。空白は足場」

 

イズモ「上書きする。だが上書きも、揃えたら同じだ」

 

KAEDEが壁際で、呼吸を乱しながら言った。

 

KAEDE「揃わせない上書きが必要です。市民の“個別のズレ”を増幅する放送。選択肢を残し、テンポを渡さない」

 

バンが拳を握った。熱が走るのが分かる。熱は燃料になり得る。だが彼は、熱を握り潰すように言う。

 

バン「やる。市民を守る。だが……中心はどこだ」

 

ジャスミンが、ゆっくりと目を開けた。

 

ジャスミン「……近い。近いけど見えない。見えない形で、街の上に“乗ってる”」

 

ホージー「上?」

 

ジャスミン「空の近く。スピーカー網の上に、もう一枚の器がある」

 

その瞬間、隔離区画の照明が一瞬だけ揺れた。電源の問題じゃない。視界が薄くなる揺れ。意味の揺れ。

 

捕縛セルが、同時に鳴った。

 

カツン。

 

カツン。

 

二つのセルが、同じタイミングで鳴る。揃いが生まれかける。危ない。

 

イズモ「揃うな!」

 

自分に言い聞かせるように吐いた。私は呼吸を乱し、足先で床を変なタイミングで叩いた。規則にならない雑音。揃いを壊す雑音。

 

通信「いい子だ」

 

声が落ちた。耳じゃない。胸の奥だ。優しいふりの冷たさ。

 

通信「手順が好きなんだね。なら、もっと大きい現場をあげる」

 

その直後、街中の防災スピーカーが一斉に鳴った。

 

テスト音じゃない。警報でもない。誰かがゆっくり深呼吸する音に似た、低いリズム。人の心拍の“平均”に寄せたテンポ。

 

地球署のモニターに、ライブカメラが映る。交差点。歩道橋。駅前。人が、同じタイミングで立ち止まりかけている。

 

ウメコ「……やだ」

 

セン「揃ってる……揃ってるって!」

 

スワン「上書き開始。事実だけ。選択肢だけ」

 

スワンが放送回線へ声を乗せる。けれど、彼女の声が届く前に、別の声が割り込んだ。

 

通信「疲れたね」

 

優しい。優しいほど危ない。優しさは同意を引き出しやすい。

 

通信「静かにしよう。終わらせよう。救済しよう」

 

街の空気が、一段薄く見えた。薄い紙みたいな世界。世界線の縁が、擦れている。

 

イズモ「エルニウス。縁を支えろ」

 

エルニウスが低く唸る。艦が街へ寄り添う。見えない柵が、街の外縁に立つ。折れないための骨組み。

 

ホージー「イズモ、街の縁が薄くなっている。無理をすると裂ける」

 

イズモ「だから“壊す”は封印。封じる。ずらす。記録する」

 

ドギー「デカレンジャー、出動」

 

バン「了解」

 

テツ「了解」

 

セン「了解」

 

ジャスミン「了解」

 

ウメコ「了解」

 

ホージー「了解」

 

スワン「了解」

 

地上へ出ると、音が減ったことがよく分かった。車が走っているのに、街が静かに感じる。人が息をしているのに、息の音が遠い。

 

その静けさの中、街のスピーカーが、同じテンポで人の心臓を撫でてくる。

 

セン「……これ、眠くなる」

 

ウメコ「眠い、っていうか……終わっていいって思っちゃいそう」

 

バンが歯を食いしばり、言葉を選ぶ。命令にしない。揃えない。

 

バン「終わってよくない。……でも、終わりたくなるのは普通だ。だから、今はズレろ。自分のズレを出せ」

 

市民の目がこちらを向く。視線が揃いそうになる。揃うと刺さる。だからセンが、わざと変なタイミングで手を叩いた。

 

セン「ねえみんな! 今の音、気持ち悪いって思ったら、歩幅変えて! ついでに変な音出していいよ! 咳でも鼻歌でも!」

 

テツ「鼻歌はやめろ」

 

セン「じゃあ足踏み!」

 

ウメコがすぐに続ける。断言しない。お願いの形。

 

ウメコ「できる人だけでいい。今だけ、わざと変なリズムで歩いてみて。自分のテンポ、取り戻して」

 

何人かが足をずらす。足先を動かす。肩を揺らす。咳払いをする。ズレが生まれる。ズレが広がる。揃いが崩れる。

 

その瞬間、スピーカーのテンポが一段だけ強くなった。抵抗だ。揃いを取り返しに来た。

 

ジャスミンが顔を歪める。

 

ジャスミン「上……上にいる。来る」

 

見上げた空に、ありえないものが浮かんでいた。

 

巨大なスピーカーフレーム。リング状の器。軌道上で見たものに似ているのに、今度は街の上空に“近い”。近すぎる。こんなのが浮いていい距離じゃない。

 

そしてリングの中心に、歪んだ“人型”が張り付いていた。

 

あの器だ。配電ボックスの前に立っていた、アリエナイザーを模した中継器。捕縛したはずの“空っぽ”の器が、空の近くで巨大化し、リングの核にされている。

 

ホージー「……乗っ取りを“器の骨格”にした」

 

ジャスミン「群れが、器を持ち上げた。声が、体を持った」

 

通信「見せてあげる」

 

空が鳴った。実際に音が鳴ったわけじゃない。だが耳が鳴る。胸が鳴る。街中のスピーカーが、空の器と同期して同じリズムを刻み始めた。

 

人が、同じタイミングで息を止めかける。

 

それが一番怖い。息が止まると、揃う。揃ったら釘が刺さる。

 

イズモ「KAEDE」

 

KAEDEが頷いた。呼吸を乱したまま、前へ出る。揃いを作らない距離で。

 

KAEDE「意味干渉、展開。揃いを拒否」

 

空気が少しだけ戻る。だが敵は笑う。

 

通信「拒否? なら、救済は“許可”を取る」

 

優しい声が、街のスピーカーから流れた。

 

通信「いいよ。休んでいい。終わっていい。誰も責めない」

 

言葉が危険すぎた。責めない、という言葉は甘い。甘いほど刺さる。ウメコの表情が揺れる。責められた記憶が、釘になりかける。

 

ウメコ「……っ」

 

バンがすぐに言う。断言ではなく、確認の形で。

 

バン「ウメコ、今の言葉、甘いよな」

 

ウメコが息を吐く。乱れた吐息。揃いを壊す吐息。

 

ウメコ「……甘い。甘いけど、嘘。責めないふりで、選択を奪ってる」

 

センが続ける。問いで崩す。

 

セン「ねえ、その“終わっていい”ってさ、誰が決めてるの? 本人が嫌って言ったらどうすんの?」

 

通信「嫌でも、静かにしてあげる」

 

テツが低く言う。

 

テツ「それは優しさじゃない。拘束だ」

 

ホージー「今の返答、感情波形が濃くなった。中心が苛立っている」

 

イズモ「苛立ちは形になる。形になったら捕まえられる」

 

バンがキーを握り直す。

 

バン「どう捕まえる」

 

イズモ「空の器は巨大すぎる。壊せない。壊したら裂ける。だから“切り離す”。街のスピーカー網から」

 

ホージー「切り離しは物理では無理。意味リンクだ」

 

KAEDE「私がリンクをずらします。スワン、上書き放送に“個別のズレ”を混ぜてください」

 

スワン「どう混ぜるの」

 

KAEDE「市民に“自分だけの小さな癖”を選ばせる。足先を動かす、指を鳴らす、咳払い、肩を回す。何でもいい。統一しない。統一しないことを選ばせる」

 

スワンが息を吸い、放送へ声を乗せた。断言しない。選択を渡す声。

 

スワン「聞こえている人だけでいい。今、あなたが選べる小さなことを一つだけ選んで。足先を動かす、肩を回す、咳払い、指を動かす。何でもいい。同じにしなくていい」

 

街にズレが生まれる。小さく、小さく。だが増える。ズレが増えるほど、同期が崩れる。

 

空の巨大器が、ぎくりと揺れた。

 

通信「……やめろ」

 

苛立ちが濃くなる。濃くなるほど、核が見える。

 

ジャスミン「核が見えた! リングの中心! 器の胸のあたりに“結び目”がある!」

 

イズモ「結び目を封じる。バン、キー」

 

バン「押すぞ!」

 

イズモ「押して」

 

封じが走った。リングの核へ向けて、薄く、しかし確実に。縁だけを固定し、逃げ道だけを削る。巨大器が悲鳴のように震えた。

 

通信「救済を邪魔するな!」

 

その瞬間、街のスピーカーが全て“同じ言葉”を繰り返し始めた。

 

通信「終わっていい、終わっていい、終わっていい」

 

繰り返しは同期になる。同期は釘になる。今、このまま放置したら、街が一本化される。

 

センが叫ぶ。揃わせないために、わざと変なタイミングで。

 

セン「みんな、同じ言葉を繰り返しちゃダメ! 繰り返したくなったら、変な単語言って! 好きな食べ物とか!」

 

テツ「余計なこと言うな!」

 

セン「じゃあ数字! 適当に数えて!」

 

ウメコが涙声で、でも必死に声を張る。

 

ウメコ「今だけ、ばらばらでいて! ばらばらでいい! ばらばらが守りになる!」

 

ばらばらの声が上がる。数字。食べ物。意味のない笑い。咳払い。全部が雑音になる。雑音は同期を壊す。

 

巨大器の核が、もう一度揺れた。

 

ホージー「リンクが崩れた! 街のスピーカー網とリングの同期が弱まった!」

 

イズモ「今だ。捕縛セルを上げる。空の器の核だけを掬う」

 

ジャスミン「核、今なら形が濃い!」

 

KAEDE「支えます。意味干渉最大。揃いを拒否し続けます」

 

バンがキーを握りしめ、息を乱した。揃いを作らないために。責任を燃料にしないために。

 

バン「やれ!」

 

捕縛セルの起動音は小さかった。だが空の器の核に、確かに吸着の圧がかかった。巨大器の胸のあたりの“結び目”が、見えないのに沈む。

 

通信「返す!」

 

巨大器が、街へ落とすようにリズムを強めた。最後の抵抗。最後の釘打ち。

 

その時、ドギーの声が通信に落ちる。柱の声。だが命令で揃わせない声。

 

ドギー「バン。イズモ。迷うな。折れる前に閉じろ」

 

バン「押すぞ!」

 

イズモ「押して!」

 

封じがもう一段重なり、捕縛セルが閉じた。

 

空の巨大器が、急に“軽く”なった。核が抜けた。結び目が消えた。リングが不規則に回転し、スピーカーのリズムが崩れ、街の同期がほどけていく。

 

街に、ざわめきが戻った。人の雑音が戻った。生きている音が戻った。

 

空の器は、まだ浮いている。だが“声”が薄い。中心を失って、群れが支えられない。

 

ジャスミンが息を吐いた。

 

ジャスミン「……核、捕まえた。笑いが、セルの中にある」

 

ホージー「記録完了。今のは物証になる。巨大化の手順も、乗っ取りの経路も取れた」

 

ウメコが膝に手をつき、息を吐く。乱れた息。生きている息。

 

ウメコ「……街、守れた」

 

センがへなへな笑った。

 

セン「数字叫ぶ市民、強すぎるだろ」

 

テツが短く言う。

 

テツ「次はもっと真面目にやれ」

 

バンは空を睨んだまま、低く言った。

 

バン「終わってない。群れが残ってる。取り返しに来る」

 

KAEDEが静かに頷く。目の奥に冷たさが残っている。

 

KAEDE「核を捕まえたことで、敵は“本体”を出すしかなくなります。次は、声ではなく意志で来る」

 

捕縛セルが、カツンと鳴った。

 

中の笑いが、今までよりずっと近い。

 

通信「上手。じゃあ、次は“あなた自身”を器にする」

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