レリーフ・プロトコル   作:最上 イズモ

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第14話 ラスト・オブ・レリーフ

街の音が戻ったのに、安心は戻らなかった。ざわめきは生存の証拠で、同時に、また揃い得る証拠でもある。

 

上空に残った巨大スピーカーフレームは、核を抜かれてもなお回転していた。リングの影が地上をなぞるたび、人の視線が同じ角度へ引かれそうになる。視線の揃いは、釘になる。

 

ホージー「リング、姿勢が不安定だ。このまま放置すると落下する。落下したら地上が現場になる」

 

スワン「地上に落ちる前提は却下。空白を作らずに回収する必要があるわ」

 

セン「回収って、どうやって。あれデカすぎるんだけど」

 

テツ「宇宙に押し戻すしかねぇな」

 

バンが空を睨んだ。怒りじゃない。責任の目だ。

 

バン「行く。デカウィング出す」

 

イズモ「今、地上は揃いかけてる。上空の現場を消すのが最優先だ。行けるなら今だ」

 

ジャスミンが目を閉じたまま、歯を食いしばって言う。

 

ジャスミン「まだ残ってる。群れがリングに貼り付いてる。核は取られたけど、残骸が電波帯に噛みついてる。ここで放すと、また街へ降りる」

 

ホージー「つまり、上空で制圧が必要だ」

 

スワン「地上は私が支える。放送はズレを促す内容を続ける。揃わせない」

 

ウメコ「私も地上に残る。市民の不安を揃わせない」

 

セン「じゃあオレも……」

 

テツ「お前は行け。上で暴れて来い」

 

セン「え、マジ? 珍しく優しい」

 

テツ「優しくない。うるせぇのを上に放り投げる」

 

バン「SWATモード、出番だ。ホージー、デカウィング準備!」

 

ホージー「了解。出動許可、ドギーに要請する」

 

通信が入る。低く重い声。命令で揃わせない声。

 

ドギー「許可する。地上を現場にするな。上空で終わらせろ」

 

バン「了解!」

 

デカベースの発進区画が開き、デカウィングが滑り出す。機体の影が夜の街を切り裂き、人々の視線が一瞬だけ上を向きかける。視線が揃いかける。

 

スワン「見上げないで。今は足元を見て。あなたの歩幅で歩いて」

 

ウメコ「できる人だけでいい。肩を回して。息を吐いて。自分のテンポ、取り戻して」

 

街の中に小さなズレが生まれ、視線の揃いがほどける。

 

デカウィングが上昇する。機内で、バンが短く言った。

 

バン「SWATモード、装着!」

 

ホージー「了解。スーツ展開、気圧調整、通信同期は最小。揃いが釘になる。会話は必要最低限に」

 

セン「宇宙でまで“揃うな”って言われるの、ほんと面倒だな」

 

ホージー「面倒が命を守る」

 

テツ「余計なこと言うな。呼吸だけしてろ」

 

ジャスミンが目を閉じたまま囁く。

 

ジャスミン「リングの残骸、怒ってる。怒りを揃えに変えようとしてる」

 

バンが息を乱した。わざと不規則に。SWATスーツの中で、自分の心拍を平均にしないために。

 

バン「平均に寄せるな。オレの心拍はオレのだ」

 

ホージー「良い。今の言い方は同期を作らない」

 

デカウィングがリングの高度へ到達する。近い。巨大すぎる器が、宇宙の黒を背景に存在しているだけで、言葉にならない圧がある。器は、まだ“声の形”を欲しがっている。

 

ジャスミン「いる。リングの内側。群れが貼り付いてる。増幅器の残りカスみたいに、まだ呼吸を揃えようとしてる」

 

テツ「剥がす」

 

ホージー「破壊は禁止。裂ける可能性がある。拘束しろ。切断しろ。記録しろ」

 

バン「了解。逮捕する」

 

SWATモードのデカレンジャーが、デカウィングから射出される。無重力の闇に、赤と青と黄と緑とピンクが散る。揃って飛ばない。間隔をずらし、角度を変え、視線のラインを重ねない。揃いを拒否しながら近づく。

 

リングの内側で、薄い振動が生まれた。声になりきらない声が、空間の縁に触れる。

 

通信「……救済は、宇宙でも静かだ」

 

セン「うわ、出た。空気読めよ」

 

テツ「読むな」

 

バン「黙れ。逮捕だ」

 

バンがリングの中枢へ向けて拘束具を投げる。拘束具は、物理を縛るためじゃない。経路を縛るためだ。意味の流れを一本に固定し、逃げ道を減らすための手順。

 

ホージー「拘束具の波形良好。逃走経路、減少」

 

テツがリングの縁に手を添えた。強く触らない。触ると同期が生まれる。彼は指先だけで、振動の揃いを潰すように、ランダムに叩いた。

 

テツ「揃わせねぇ」

 

センがわざと変なタイミングで足を振る。宇宙での“足踏み”は滑稽だが、滑稽さはズレになる。

 

セン「ズレろズレろズレろ!」

 

ジャスミン「効いてる。群れのテンポが乱れた。乱れたところに、核の残響が露出した」

 

ホージー「そこだ。捕縛セルを展開する。デカウィング、投下準備」

 

デカウィングの腹部が開き、小型捕縛セルが滑り出した。セルはリングの内側へ吸い込まれるように入っていく。群れは逃げようとするが、逃げ道は拘束具で細くされている。

 

通信「邪魔だ。揃えば救われるのに」

 

バン「救われねぇ。お前は裁かれる。生きて償え」

 

その言葉は同期を生まない。断言なのに、群衆へ向けていない。目の前の“意志”にだけ向けている。

 

ジャスミンが叫ぶ。

 

ジャスミン「今! 群れの中心、薄いけどいる! リングが“喉”みたいになってる! そこに残骸が集まってる!」

 

ホージー「セル閉鎖、三、二、一」

 

カツン。

 

宇宙でも、あの音は決定的だった。

 

リングが一度だけ震え、そして静かになった。奪われた静かさじゃない。揃いが消えて、ただの物体になった静けさだ。

 

ホージー「残骸、捕捉完了。リンク消失。地上への干渉なし」

 

セン「やった。勝った?」

 

テツ「勝ちじゃねぇ。終点を作っただけだ」

 

バン「それでいい」

 

イズモの声が、地上から入る。遠いのに、妙に近い。

 

イズモ「上空の現場が消えた。次は回収だ。リングを地球近傍から押し出す」

 

ホージー「了解。デカウィングで牽引。軌道を上げて、宇宙警察本部の隔離宙域へ移送する」

 

バン「地球に落とさない。それが仕事だ」

 

デカウィングがリングへ牽引ビームを当てる。ゆっくり、ゆっくりとリングが軌道を変える。派手な爆発はない。派手に終わらせると、また揃いが生まれる。必要なのは静かな回収だ。

 

地上の放送が続いている。スワンの声。ウメコの声。市民が選べる小さなズレを守る声。

 

スワン「あなたの朝は、あなたの速度で始めていい」

 

ウメコ「ばらばらでいい。ばらばらが守りになる」

 

リングが遠ざかる。視界から消える。街の上空から“舞台”が消える。人の視線が解放される。

 

その瞬間、捕縛セルが、機内で小さく鳴った。

 

カツン。

 

中の“何か”が、最後に足場を探している音だった。

 

通信「……逃げ道は、まだある」

 

ホージー「ない。二重封じは維持。地球署の手順と、ピースギアの縁固定。逃げ道は作らせない」

 

バンが短く言った。

 

バン「終わらせない」

 

デカウィングはリングを連れて、静かに宇宙へ滑っていく。地球の青が、少しずつ遠くなる。遠くなるほど、守るべきものがはっきり見える。

 

守るのは街じゃない。選択だ。

 

イズモ「今回の罪って地球署的にどうなるの?」

 

ホージー「結論から言うと“地球署案件”で終わらない。地球署で現行犯逮捕と一次拘束はするが、起訴と裁判は宇宙警察本部の管轄になる」

 

イズモ「罪状の枠は?」

 

ホージー「大きく四つ。第一に広域テロ未遂。市民の判断を同期させて多数を危険に晒した時点で、結果が出てなくても重い。第二に公共インフラの違法改変。防災スピーカーや放送網の乗っ取りは“惑星規模の機能妨害”として扱われる。第三に精神・意思干渉。ジャスミンの所見も付く。第四に違法次元干渉。世界線の縫い目を薄くして崩壊を誘発してるから、危険物レベルが跳ねる」

 

ジャスミン「“怖がらせた”じゃなくて“選択を奪う方向に群衆を揃えた”。この手口は被害が目に見えなくても、罪の重さは軽くならないよ」

 

スワン「証拠は揃ってる。侵入経路、同期の波形、巨大器への乗っ取り、誘導文言のログ、封じの手順。地球署の手順でチェーン・オブ・カストディも切れてない。逃げ道は潰せる」

 

バン「要するに“極悪”だ。しかも厄介なのは、撃てば終わりの相手じゃないってことだろ。だから余計に、裁いて生きて償わせる」

 

イズモ「“非実体”でも裁ける?」

 

ドギー「裁ける。分類は非実体型宇宙犯罪生命体、危険度S相当。拘束は隔離セルと封じを併用し、判決までは宇宙刑務所の特別収容区画へ移送する。地球署は逮捕した以上、最後まで手順で繋ぐ」

 

ホージー「簡単に言えば“惑星規模の心的テロ+インフラ乗っ取り+次元干渉未遂”。地球署としては、過去例と比べても上位の重罪だ」

 

バン「つまり、お前が面倒くさい手順で止めたのは正解ってことだ。撃ってたら、裁けなかった」

 

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