レリーフ・プロトコル   作:最上 イズモ

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第2話 重要参考人

 

 

地球署の庁舎は、夜でも明るすぎた。白い光が床を均一に照らし、壁の影すら規則正しい。宇宙の治安を維持する場所は、宇宙よりも人工的だ。人間が秩序を信じるために、秩序の形をしている。

 

私は受付前で足を止めた。護送ではない。拘束でもない。だが視線の数は護送と変わらない。通るたびに警戒が動く。銃を持つ者たちの呼吸が、私の動きに合わせて僅かに揺れる。私はその揺れを責めない。彼らの仕事だ。

 

バンが現れた。赤いジャケットの圧は、庁舎の光の下でも薄まらない。

 

バン「おい、イズモ。来たか」

 

イズモ「呼ばれた」

 

バンは私の装備に目をやり、短く言う。

 

バン「……それは置いてけ」

 

イズモ「置けない。封じ込め装置だ。発動キーは渡す。昨日と同じ」

 

バンは舌打ちした。譲歩したくないのに、譲歩すべき理由を理解してしまう顔。彼の正義は真っ直ぐだ。だから曲げる時、痛みが出る。私はその痛みを見て、胸の奥が少しだけ刺さった。

 

バン「分かった。キーは預かる。変な動きしたら即止める」

 

イズモ「それでいい」

 

金属探知のゲートを抜け、セキュリティの視線を受けながら奥へ進む。廊下は静かだ。静かすぎて、足音だけが自分の存在を強調する。ここは現場ではない。ここでは言葉が武器になる。銃よりも痕が残らないぶん、扱いが難しい。

 

面会室の扉の前で止められる。透明パネル越しに、狭い部屋が見えた。テーブルと椅子が二つ。監視カメラの赤い点が瞬いている。

 

バン「お前は重要参考人だ。事情聴取。分かるな」

 

イズモ「分かる」

 

バン「昨夜の“世界線”ってやつ、ここでちゃんと説明しろ。現場じゃ時間がなかった。今はある」

 

イズモ「時間はある。余裕はない」

 

バンの眉が跳ねた。

 

バン「……どういう意味だ」

 

イズモ「犯人は捕まった。でも起動条件は残ってる。同期点は止まっただけで、消えてない。誰かが引き継げる形にされてる」

 

バンの表情から一瞬だけ色が抜けた。逮捕は終わりじゃない。次が来る。その事実を飲み込む顔だ。

 

バン「……お前、最初からそれを知ってたのか」

 

イズモ「昨夜の時点では確信じゃない。今は違う」

 

扉が開いた。面会室に入る。椅子に座ると、背中に冷たい感触が伝わった。金属の椅子は、人間を個体として固定するための道具だ。心じゃなく、肉体を固定する。

 

対面にバンが座り、拳をテーブルに置いて息を整える。殴りたい衝動を抑える時の仕草だ。彼はいつも、正義を握りしめている。

 

バン「まずは、昨夜のことを最初からだ。お前はどこから来た。何を追ってた」

 

イズモ「ポータル艦エルニウスで追跡していたのは同一犯。世界線崩壊を救済と信じる思想犯だ。逃走に見える転送は調律。追跡者の行動が同期点を増やすように仕組まれてた」

 

バン「つまり、俺たちが追えば追うほど危なくなるってことか」

 

イズモ「そう。だからあなたが撃たなかったのは正しい。あの瞬間、あなたの正義が燃料になるのを止めた」

 

バンは顔を歪めた。褒められるのが嫌なのではない。自分の判断が、仕組まれた罠の中で揺らされたことが嫌なのだ。正義が試された。その事実そのものが不快だ。

 

バン「……あいつは言ってたな。崩壊は救済だって」

 

イズモ「信じてる。本気で」

 

バン「ふざけんな。救済って言えば何してもいいのか」

 

イズモ「だから危ない。罪悪感を持てない。自分が善だと確信してる」

 

バンが椅子を軋ませた。怒りが腹の底で回転している。私はその怒りを否定しない。否定すると、怒りは自分を守るために硬くなる。硬くなった正義は折れる。折れた正義は暴力になる。

 

扉がノックされた。短く、規律のある音。

 

ホージー「失礼する」

 

入ってきたのは、整った動きの男だった。視線が鋭いのに、声が静かだ。怒りが先に立つタイプではない。手順と証拠で世界を組み立てるタイプ。バンとは別の刃を持っている。

 

バン「ホージー……」

 

ホージー「上からの指示だ。重要参考人の聴取には、法務・監査の立会いを入れろってね。揉める前提で動くのが組織だ」

 

バンが舌打ちした。だが拒否はしない。拒否できない。私はその手続きの重さを見て、少しだけ安心した。感情だけで走らない構造が、ここにはある。

 

ホージーは私を一瞥し、机の上の資料に視線を落とした。

 

ホージー「イズモ。所属、超銀河的平和維持機構ピースギア。随分と大きく出る」

 

イズモ「大きくはない。規模が大きいだけだ」

 

ホージーの口角が僅かに動いた。笑いではない。測定の反応だ。

 

ホージー「その規模を、地球署が確認する手段は?」

 

イズモ「ある程度はない。だから、私は記録を渡した。あなたたちの裁きで使える形に」

 

ホージー「その記録が改竄されていない証明は?」

 

イズモ「あなたが疑うのは正しい。だから、ログの取得手順も渡す。観測系のハッシュと現場時刻、同期点の波形。照合できる」

 

ホージーは一枚、紙をめくった。視線が早い。言葉の無駄がない。バンの熱とは別方向に圧がある。私はその圧に、少しだけ息を整えた。こういう人間なら、話が通る。

 

ホージー「“世界線”の定義を。あなたの言う世界線は比喩か。それとも物理現象か」

 

イズモ「物理現象だ。あなたたちの言う転送犯罪の上位層にある。個人がゲートを開けるのは犯罪。世界線の縫い目に干渉するのは災害。災害は、管轄が違っても被害が同じ場所へ落ちる」

 

バンが口を挟む。

 

バン「要するに、俺たちのやり方じゃ間に合わないって言いたいのか」

 

イズモ「違う。あなたたちのやり方が必要だ。裁きがないと、救済という言葉が野放しになる。止めても、また増える」

 

ホージーが視線を上げた。

 

ホージー「増える?」

 

イズモ「救済という思想は感染する。組織より速い。逮捕で終わらない」

 

バンの拳が握られる。怒りというより、責任を握り直す動き。

 

扉が再びノックされた。今度は軽い。規律の隙間に、遊びの音が混じる。

 

セン「入っていい? うわ、空気重っ」

 

入ってきたのは、軽い声の男だった。軽さで場を割る。だが目は逃げていない。軽いのは性格ではなく技術だと私は思った。重い現場で生きるための呼吸法。

 

バン「セン! 今は……」

 

セン「上が『場の緩衝材』連れてけって言ったんだってさ。ほら、俺がいると皆落ち着くらしいよ?」

 

バンは呻いた。ホージーは何も言わない。組織の命令を受け入れている顔。センは私を興味深そうに見た。

 

セン「で、あなたがイズモ? 昨日の……えっと、空間を固めた人?」

 

イズモ「固めたのは封じ込めフィールドだ。発動はバンの権限で行った」

 

セン「へぇ。権限、ちゃんと渡すんだ」

 

イズモ「勝手にやらないために必要だ」

 

センは顎に指を当てた。

 

セン「それってさ、要するに『信用して』じゃなくて『信用しなくていいようにしてる』ってこと?」

 

言葉が、思った以上に刺さった。私は一瞬だけ返答が遅れた。図星だったからだ。信用は不安定だ。私は不安定なものを、責任の土台にしたくない。だから構造にする。

 

イズモ「そう。信用は揺れる。揺れた時に誰かが死ぬのが嫌だから」

 

センの顔から軽さが消えた。彼は軽いふりができる人間だ。つまり、重さも知っている。

 

セン「ふーん。意外と、優しいこと言うんだね」

 

バンが鼻で笑う。だがその笑いは昨夜より角がない。

 

バン「優しい? こいつ、優しさの出し方が面倒なんだよ」

 

イズモ「面倒でいい。簡単な優しさは、簡単に壊れる」

 

ホージーが短く息を吐いた。たぶん笑いに近い。

 

ホージー「結論を急ごう。あなたは重要参考人として地球署に協力する意志があるのか」

 

イズモ「ある。条件がある」

 

バン「また条件かよ」

 

イズモ「線引きだ。私がやるのは観測と封じだ。逮捕と裁きは地球署の管轄。私が拘束権を持つと、救済と裁きが混線する」

 

ホージー「それは合理的だ。だが、あなたの観測は地球署の施設内でも必要になる可能性がある」

 

イズモ「ある」

 

言った瞬間、胸の奥が微かに震えた。観測系が、静かに警告を鳴らす。私は背筋が冷たくなるのを感じた。ここだ。庁舎内。微弱だが確実な歪みがある。

 

セン「え、今、顔変わった」

 

バン「どうした」

 

イズモ「ここに歪みがある」

 

ホージー「庁舎内で?」

 

イズモ「微弱だけど、同期点の反応が出てる。普通じゃない」

 

バンの怒りが、別の形に変わる。庁舎は守る側の中枢だ。そこが狙われるということは、相手は現場より先に秩序そのものを折りに来ている。

 

センが、冗談めかした声を出そうとして失敗した。

 

セン「ちょ、それ、笑えないやつ?」

 

イズモ「笑えない」

 

ホージーが立ち上がる。動きが早い。指示が飛ぶ前の静けさが一瞬だけある。

 

ホージー「バン、警戒レベルを上げろ。内部監査と通信班を呼ぶ。イズモ、あなたは――」

 

バン「待て。こいつを自由に動かすのか?」

 

イズモ「動かない。ここにいる。重要参考人として。ここで観測する」

 

バン「ふざけんな。危ねぇだろ」

 

イズモ「危ない。だからいる。逃げたら中心が見えなくなる」

 

バンが言葉を失う。理解できないのではない。理解したくないのだ。誰かが危険に残る選択を、正義の側が許すのは難しい。

 

セン「バン。昨日、押しただろ。あのボタン。責任、共有しただろ。なら今も共有すればいい」

 

バンの喉が動いた。飲み込む音がした。昨日の感触が、彼を踏みとどまらせる。

 

バン「……分かった。だが監視はつける。勝手に動くな」

 

イズモ「勝手には動かない。必要なら言う。私の線引きは、あなたの手順と両立できる」

 

ホージー「よし。面会室を一時的に観測拠点にする。セン、場を保て。バン、現場指揮。私が全体の手順を組む」

 

セン「了解。重いのは得意じゃないけど、重くしないのは得意」

 

バンが扉へ向かう。振り返り、短く言った。

 

バン「死ぬなよ」

 

その言葉が、不意に胸へ落ちた。命令でも脅しでもない。祈りに近い。私は返事が遅れそうになり、意識して言葉を作った。

 

イズモ「死なない。死んでも終わらせないために、ここにいる」

 

扉が閉まる。面会室に静けさが戻る。監視カメラの赤い点が規則正しく瞬く。その規則の隙間に、見えない脈が潜っている。

 

センが私を見た。

 

セン「ねえ、イズモ。あなた、怖い?」

 

私は答えを探した。怖い。怖いに決まっている。だが怖いと言うと、相手は余計に怖がる。私はそれが嫌で、いつも言わない。でも、センの目は逃がしてくれない。逃げない人間の目だ。

 

イズモ「怖い。だから観測する」

 

セン「そっか。じゃあ、俺も怖いけど、ここにいる」

 

ホージーが端末を操作しながら、低く言った。

 

ホージー「救済は言葉だ。言葉は広がる。だが言葉は証拠にもなる。こちらは手順で捕まえる」

 

イズモ「その手順が、世界線を折らないように」

 

私は机の上に掌を置いた。冷たい。規則正しい。その規則の隙間で、脈がまた細く動く。

庁舎のどこかで、世界線が軋み始めている。

 

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