レリーフ・プロトコル   作:最上 イズモ

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第5話 スピーカー・ジャッジメント

港湾区のイベント広場は、夜でも人が多い。照明が明るく、音が多く、笑い声が多い。多いものは安心に見える。だが多いものは、同期の燃料にもなる。

 

ステージの上には大型スピーカーが組まれ、司会の声が試しに響く。歓声が返る。拍手が返る。規則のない熱が、ここにはある。人間の群れが作る熱は、正義よりも速く広がる。

 

その熱の中に、薄い違和感が混じっていた。空気が、紙みたいに引っ張られる。音が、ほんの僅かに遠くなる。私は広場の端で立ち止まり、胸の奥の観測系の震えを確かめた。

 

イズモ「……ここだ」

 

バン「こんな人だらけの場所で、やる気かよ」

 

バンの声が荒い。怒りではなく焦りだ。人が多い場所で“事故”が起きるのは、デカレンジャーにとって最悪の絵だ。救う対象が増える。迷いが増える。迷いは足場になる。

 

ホージー「人が多いほど拡散する。こちらが避けても向こうが選ぶ」

 

ジャスミンが目を閉じ、呼吸を整える。視線ではなく意識で人の流れを追っている。

 

ジャスミン「……輪郭が散ってる。ひとりじゃない。いくつも、薄い」

 

ウメコが唇を噛んだ。目の奥が痛んでいる顔だ。

 

ウメコ「同調、もう始まってるの?」

 

イズモ「始まりかけてる。まだ引き返せる段階だ」

 

センが周囲の観客を見回して、わざと軽く言った。

 

セン「じゃあ、引き返してもらおう。ほら、普通に帰ってもらうのが一番むずいんだよね、こういうの」

 

テツが肩を鳴らし、ステージ袖の導線を確認する。

 

テツ「客を流す。暴れさせない。だが、向こうが仕掛けてくるなら、止める」

 

ドギーの声が通信で入る。低く、短い。

 

ドギー「市民を守れ。手順は崩すな。撃つな。折れる」

 

バン「了解!」

 

バンの返事の直後、ステージスピーカーからノイズが走った。司会の声が途切れ、音が一瞬だけ沈む。沈んだ音の隙間に、別の声が入り込む。静かで、確信に満ちた声。

 

スピーカー「救済は、優しい」

 

観客の何人かが、同じタイミングで首を傾げた。言葉に耳を傾ける動きが揃う。揃うと、足場になる。

 

ウメコ「……やめて」

 

スピーカー「折れた世界は、痛くない」

 

観客がざわめいた。ざわめきが、波として広がる。波は同期点に乗る。

 

バンが一歩出る。拳が握られる。撃てない。殴れない。だが、止めたい。彼の正義が、燃料にされる寸前の顔。

 

イズモ「バン。見るな。聞くな。合わせるな」

 

バンが歯を食いしばり、視線を地面へ落とした。

 

バン「くそ……!」

 

ホージー「セン、観客を分断。ウメコ、離脱誘導。テツ、ステージ確保。ジャスミン、送信源の輪郭を掴め」

 

セン「了解。みんなー、ちょっとスタッフの案内聞いてー。音響トラブルだって。危ないから下がろう?」

 

ウメコがすぐに声を重ねる。柔らかい声で、でも強く。

 

ウメコ「皆さん、いったん下がってください! 危険です! 小さい子は手を繋いで!」

 

テツがステージ袖へ走る。足音が大きい。だが動きは最小限に抑えられている。衝撃を増やすと、空間が薄くなる。

 

ジャスミンが目を開けた。眉間に皺。息が浅い。

 

ジャスミン「……送信源、ステージ下。スピーカーラックの裏。輪郭が薄い。ひとり、強いのがいる」

 

バン「行くぞ!」

 

テツ「待て。先に俺だ」

 

テツが前に出て、バンの肩を押さえた。止めるのではなく、順番を作る。順番は手順だ。手順は足場を減らす。

 

イズモ「私は封じの準備をする。壊すな。切断する。衝撃が大きいと広がる」

 

ホージー「こちらは“言葉の暗号”を逆算する。繰り返しフレーズにパターンがある。キーは三つだ」

 

ジャスミン「救済、優しい、痛くない。繰り返してる」

 

ホージー「それだ。意味で揃えている。なら、意味の反対で揃え直す必要がある」

 

ウメコが息を呑んだ。

 

ウメコ「……言葉で戻すってこと?」

 

ホージー「戻すというより、同期を崩す。観客に“別の判断”を渡す。判断が揃わなければ、波は立たない」

 

センが観客の間をすり抜けながら叫ぶ。

 

セン「みんな、今聞こえた声、公式じゃないよ! 怖がらなくていい! でもここで立ち止まると危ないから、スタッフの案内で移動して!」

 

その言葉に、何人かが我に返る。揃いかけた首の角度が、ずれる。ずれると同期が崩れる。

 

だが、スピーカーは笑った。

 

スピーカー「裁きは遅い。だから折る。折れば救われる」

 

広場の照明が僅かに落ちた。音が遠くなる。空気が薄い紙みたいに引っ張られる。同期点が広がる。

 

私は装置の側面パネルを開き、封じ込めの楔を展開する。発動キーは地球署側が持っている。共同の手順。共同の責任。

 

イズモ「ホージー。封じの発動権限、バンかテツに」

 

ホージー「バンが持っている。昨夜から変えていない」

 

バンが短く応える。

 

バン「ここでも押す」

 

テツがステージ下へ潜り込む。ラックの裏に、拘束されたアリエナイザーがいた。本来なら護送されるはずの個体。小型。音響設備を弄るタイプの犯罪者。だが今、その目が空っぽだった。空っぽのくせに笑っている。

 

テツ「……最悪だな」

 

次の瞬間、アリエナイザーの口が勝手に動いた。声が、スピーカーと同じ輪郭で響く。機材越しではなく、肉体から出る音だ。

 

アリエナイザー「救済は、形を選ばない」

 

バンが階段を降りる。拳が震える。怒りが熱になる。熱が足場になる。だが彼は踏ん張った。床を殴らず、空気を殴らず、言葉を噛み砕くように言う。

 

バン「なら、その形ごと逮捕してやる」

 

アリエナイザーの顔が歪む。笑っているのに、苛立っている。

 

アリエナイザー「逮捕? 裁き? 遅い。遅いから、痛い。痛いから折れる。折れれば救われる」

 

ホージーの声が通信で飛ぶ。

 

ホージー「本体は別にいる。これは代理実体だ。接続経路を切れば器は沈む」

 

ジャスミンが、苦しそうに言う。

 

ジャスミン「上……空の方。まだ繋がってる。遠いのに、ここに触ってる」

 

スピーカーが勝手に鳴り、声が重なる。

 

スピーカー「救済は、拡がる」

 

観客が、同時に息を吸った。揃う。揃うと危ない。

 

ウメコがステージ前へ出た。誰よりも早く、誰よりも危ない位置へ。だが彼女の声は震えない。震える代わりに、怒りと涙を言葉に変えた。

 

ウメコ「違う! 救済って言葉で、人を消すな! 痛くない世界なんて、そんなの嘘だよ! 痛くても、生きて、戻って、やり直せるから意味があるんだ!」

 

観客の目が揺れた。揃っていた呼吸が、ずれた。ずれは生存だ。ずれがある限り、同調は完全にならない。

 

センがウメコの後ろに立ち、観客に向けて明るく叫ぶ。

 

セン「そうそう! 痛いの嫌だけどさ! だからって世界折ったら余計痛いって! 帰ろ帰ろ、みんな!」

 

笑いが混じる。笑いは同期を崩す。敵にとって最悪のノイズ。

 

アリエナイザーが唸った。唸りが、スピーカーの低音と共鳴する。共鳴が、体を変える。音の波が骨格を歪ませ、肉体が膨らみ始めた。

 

テツ「巨大化……!」

 

バン「ふざけんな!」

 

アリエナイザー「救済は、拡大する」

 

巨大化したアリエナイザーの背中から、スピーカーのような突起が生え、広場の音響設備と勝手にリンクする。低周波が地面を揺らし、観客の足が同じタイミングで止まった。止まる。止まると揃う。揃うと折れる。

 

イズモ「……同期が強制されてる」

 

ジャスミンが顔を歪める。

 

ジャスミン「輪郭が増えてる。観客が薄くなる。自分の判断が溶けてる」

 

ホージー「危険域だ。これ以上、言葉を通すな」

 

バンが叫ぶ。

 

バン「イズモ! 封じろ!」

 

私は装置を構えた。だが封じは万能じゃない。場が広い。人が多い。封じ込めは中心を固定する楔だ。楔を打つ場所を間違えれば、裂け目を作る。

 

イズモ「中心はアリエナイザーじゃない。中心は接続点だ。スピーカーのリンク。そこを切らないと、封じても増える」

 

テツが巨大化した足元へ突っ込む。体格差があっても、動きは迷わない。殴るためではない。止めるため。

 

テツ「リンクを断つ! バン、観客を守れ!」

 

バンが前へ出た。だが攻撃はしない。観客の前に立つ。盾になる。盾になることは、正義の使い方として一番重い。

 

バン「動くな! しゃがめ! 子どもを守れ!」

 

ウメコが観客を抱き寄せ、泣きそうな声で叫ぶ。

 

ウメコ「大丈夫! 大丈夫だから! 手を繋いで! 今は自分の声を聞いて!」

 

センが走り回り、ふざけた声を混ぜ続ける。

 

セン「はいはい、今の声、怪人の営業トークです! 信じない信じない! こっち見て! 俺見ると正気戻るから!」

 

観客の中に、笑いが漏れた。揃っていた目線が、ずれる。ずれると同期が崩れる。

 

ジャスミンが唇を噛み、低く言った。

 

ジャスミン「本体、怒ってる。器が思い通りに動かないのが嫌だって」

 

ホージー「なら、切断する。イズモ、封じの楔を“リンク部”へ」

 

私は息を整え、装置の焦点をスピーカー突起と音響設備の接続へ合わせた。世界線の縫い目ではない。人間の判断を揃える経路だ。経路を固定すれば、波は立てなくなる。

 

イズモ「バン。封じる。キーを」

 

バンが迷わず答える。現場で迷うと燃料になると、彼はもう知っている。

 

バン「押すぞ!」

 

イズモ「押して」

 

封じ込めフィールドが展開する。光が薄く広がり、巨大化したスピーカー突起と音響設備の間に、見えない壁が立つ。低周波が途切れ、地面の震えが止まる。観客の足が、バラバラに動き出す。揃いが崩れる。崩れると折れない。

 

巨大化アリエナイザーが咆哮した。咆哮は声ではない。音だ。意味のない音は同期しにくい。敵が自分で、武器を弱い形に変えた。

 

ホージー「効いている。接続が切れた」

 

ジャスミンが息を吐く。

 

ジャスミン「輪郭が戻ってる。観客が自分の境界を取り戻してる」

 

だが、敵は終わらない。終わらないものが、この敵の本質だ。器が沈む前に、もう一手を打ってくる。

 

巨大化アリエナイザーの胸のスピーカーが、最後の一回だけ鳴った。短く、鋭い音。言葉が乗る。

 

スピーカー「救済は、まだここにある」

 

その言葉に、観客の一部が一瞬だけ硬直した。揃いかける。私はすぐに言葉で切る。

 

イズモ「聞くな。自分の声を選べ」

 

ウメコがすぐに叫ぶ。

 

ウメコ「自分の声を聞いて! 怖いなら怖いって言っていい! 逃げたいなら逃げていい! それがあなたの判断だよ!」

 

判断が分かれる。分かれると同期は崩れる。

 

テツが巨大化アリエナイザーの脚を掴み、体勢を崩す。衝撃は最小。倒れる方向を選んで、観客から離す。倒すのではなく、守る。

 

テツ「寝ろ!」

 

バンが飛び、拘束具を投げる。銃ではない。拘束。裁きに繋ぐ鎖。

 

バン「デリート許可、申請――じゃねぇ。逮捕だ!」

 

拘束が巨大化アリエナイザーに絡みつき、動きが止まる。スピーカー突起が沈黙する。器が沈む。沈んだ瞬間、空気が軽くなる。軽くなるのに、背中が冷える。

 

ジャスミンが顔を上げた。目が、遠い場所を見ている。

 

ジャスミン「……逃げた。上。空の方。声だけが滑った」

 

ホージー「本体は捕まっていない。だが経路は切れた。次の侵入は難しくなる」

 

センが汗だくで笑いながら言う。

 

セン「いやー、巨大スピーカーは迷惑だね。苦情入れとこ」

 

ウメコが観客を抱き寄せ、震える声で言った。

 

ウメコ「……助かった。ちゃんと、助かった」

 

バンが巨大化アリエナイザーを睨み、唇を噛んだ。

 

バン「……倒しても終わらねぇのかよ」

 

イズモ「終わらない。でも、終わらせない。器を沈めれば、救われる人が増える。それが手順だ」

 

ドギーの声が通信で入る。

 

ドギー「よくやった。地球署は折れない。次は“声の主”を引きずり出す」

 

私は夜空を見上げた。裂け目のない空。だが、裂け目は見えない場所で広がる。声は姿を持たない。姿を持たないものほど、世界を折りやすい。

 

エルニウスが低く唸った。艦が、空の上にある“中継”の存在を警戒している。地球の電波の上で、救済がまだ息をしている。

 

イズモ「……次は、空だ」

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