レリーフ・プロトコル   作:最上 イズモ

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第6話 スカイ・リレイ

夜空は静かだった。静かすぎて、さっきまでの歓声とノイズが嘘みたいに思える。港湾区の広場は封鎖され、機材は押収され、観客は誘導されて帰された。戻ったはずだ。だが、戻りきっていない気配が残っている。恐怖は帰らない。言葉が刺さった場所に残る。

 

地球署の臨時指揮車の中で、ホージーが端末を叩き続けていた。画面には音声波形と通信ログ。一般の暗号化でも、犯行のパターンでもない。意味で揃えた痕跡が、そこに残っている。

 

ホージー「広場のスピーカーはただの器だ。本命は上。空から流した」

 

バン「空って言っても、どこだよ」

 

イズモ「高い場所。電波の上。言葉を撒ける位置」

 

センが窓の外を見上げ、乾いた笑いを漏らした。

 

セン「ラスボス、天気みたいなことするね。降ってくる救済って何」

 

ウメコが小さく息を吐く。

 

ウメコ「笑えないよ……また誰かが、あの言葉を信じちゃう」

 

ジャスミンは黙っていた。目を閉じて、呼吸を整えている。追跡の負荷が顔に出ている。それでも逃げない。逃げたら、薄い輪郭を見失う。

 

テツが腕を組んだまま言う。

 

テツ「上にいるなら、叩けば終わるのか」

 

イズモ「叩くと裂ける可能性がある」

 

バン「またそれかよ」

 

イズモ「今回は特に危ない。空は境界が薄い。電波と空間の縫い目が近い」

 

ホージーが端末をこちらへ向けた。

 

ホージー「波形が、一定の高度で反射している。衛星ではない。もっと低い。成層圏……いや、高高度の中継機だ」

 

バン「ドローンか」

 

ホージー「ドローンというより、リレイ。音声を“広く薄く”撒ける装置。狙いは単純だ。拡散、同調、増殖」

 

その単語が、車内の空気を冷やした。増殖。地球署の中で起きたものが、街で起きた。次はどこでも起きる。

 

ドギーの声が通信に入る。低い声が、全員の呼吸を揃える。

 

ドギー「結論を急げ。次の放送まで時間がない」

 

ホージー「位置を出します。地上三点の受信ログで三角測量。誤差はありますが……この上空」

 

地図に円が表示される。港湾区から少し離れた沿岸。夜の海の上。見えない場所。人が少ない場所。そこで準備し、次は人の多い場所へ撒く。手順が見える。

 

バン「海かよ。逃げ道も広いな」

 

イズモ「逃げ道じゃない。足場だ。海の上は遮蔽物が少ない。言葉が揃いやすい」

 

セン「言葉って、風に乗るんだ」

 

ウメコが唇を噛んだ。

 

ウメコ「……止めよう。次は、ちゃんと止めよう」

 

テツが短く頷く。

 

テツ「現場は俺が押さえる。だが上はどうする」

 

私は装置の側面パネルを開いた。封じ込めの楔。これができるのは私だけだ。だが発動は、私だけの権限にしない。

 

イズモ「封じで“経路”を固定する。壊さず、切断して、落とす」

 

バン「落とす?」

 

イズモ「落とすのは装置。言葉の中継点を地上に引きずり下ろす。捕まえて、証拠にする」

 

ホージーがすぐに続ける。

 

ホージー「地球署が逮捕し、裁く。そのための物証が必要だ。今までの敵は形がなかった。形を作らせたなら、今度は形ごと押さえる」

 

ジャスミンが目を開けた。視線が、夜空の一点へ刺さる。

 

ジャスミン「……来る」

 

バン「何が」

 

ジャスミン「放送。準備の輪郭が動いてる。今、上で……息を吸った」

 

その瞬間、指揮車のスピーカーが勝手にノイズを吐いた。電源を切っていたはずなのに。規則の裏側が触られた。

 

スピーカー「救済は、遠くから来る」

 

ウメコが背中を震わせる。センが反射で口を開きかけ、閉じた。言葉に反応すると、揃う。揃うと足場になる。

 

イズモ「聞くな」

 

バンが歯を食いしばり、視線を床へ落とす。

 

バン「分かってる」

 

スピーカー「裁きは遅い。だから私は速い」

 

ホージーが端末を叩き、呟いた。

 

ホージー「同じフレーズだ……また同期を作る気だ」

 

ジャスミンの声が、僅かに震える。

 

ジャスミン「方向、掴める。今、声が……海の上」

 

テツが扉を開けた。

 

テツ「行くぞ」

 

ドギーの声が割り込む。

 

ドギー「バン、テツ、出動。セン、ウメコ、避難誘導と市民の保護。ホージーは指揮と証拠化。ジャスミンは追跡。イズモは封じ。撃つな。壊すな。折れる」

 

バン「了解!」

 

車が走り出す。沿岸道路。街の灯りが遠ざかり、海が近づく。海は暗くて、広い。暗いほど、空の異常が目立つ。

 

遠くの雲の下に、光の点が見えた。星ではない。瞬きが規則と違う。点滅のリズムが、言葉の間隔と一致している。

 

イズモ「……リレイがいる」

 

テツ「見えるな。撃てば落ちる」

 

イズモ「撃てば裂ける」

 

テツが歯を鳴らす。

 

テツ「じゃあどう落とす」

 

私は装置を構えた。だが封じは“中心”にしか効かない。中心を外せば、ただの光の演出に終わる。中心はどこだ。光の点か、電波か、言葉か。

 

ジャスミンが低く言う。

 

ジャスミン「光じゃない。声の中心は、光の少し後ろ。そこに……薄い輪郭がある」

 

ホージー「装置の中に“同調核”がある。そこを押さえれば止まる」

 

バンが拳を握り、吐き捨てるように言った。

 

バン「逮捕する。空でもな」

 

センが無線越しに叫ぶ。

 

セン「空で逮捕ってなにそれ! でもやって! こっちは市民守るから!」

 

ウメコの声が続く。

 

ウメコ「絶対に戻ってきて! 折れないで!」

 

その言葉が胸に残る。折れないで。誰に言っているのか分からない。バンか、テツか、私か、地球署か。たぶん全部だ。

 

車を降りると、風が強かった。潮の匂い。波の音。音が多いのに、空気が薄い。縫い目が引っ張られている。

 

上空の点が、ゆっくりと回転した。回転は、放送の準備動作だ。次が来る。

 

スピーカー「救済は、降りる」

 

バンが舌打ちした。

 

バン「ふざけんな。降りてくるのはお前だ」

 

私は装置の側面パネルを開き、封じの焦点を“核”へ合わせる。見えないものに合わせるのは嫌だ。だが、ジャスミンの輪郭がある。ホージーのログがある。地球署の手順がある。単独ではない。

 

イズモ「バン。キーを」

 

バンが小さな装置を握っている。私の装置の発動権限。共同の責任。

 

バン「押すぞ!」

 

イズモ「押して」

 

封じ込めフィールドが空へ伸びた。光は薄く、だが確実に。空気の揺れが一段静かになる。上空の点が、ぐらりと揺れた。回転が止まり、点滅が乱れる。乱れは同期の敵だ。

 

リレイ装置が、落ちてきた。落ち方が不自然だ。重力に従っているのに、まだ何かに引っ張られている。糸が切れきっていない。

 

ジャスミン「まだ繋がってる! 声の主、引いてる!」

 

ホージー「経路が残っている。通信の裏側……まだ“上”がある」

 

バン「上だと?」

 

私は背中が冷えた。リレイは囮だ。見せやすい形を作って、捕まえさせて、安心させる。安心の瞬間に折る。あいつはそれが好きだ。

 

リレイ装置が砂浜に落ち、金属音を立てた。テツがすぐに踏み込む。衝撃を最小に、拘束具で抑え、起き上がらせない。怪人じゃない。装置だ。だが装置は、声を持つ。

 

装置「救済は、捕まらない」

 

バンが装置に向かって怒鳴った。

 

バン「黙れ! お前は証拠になる!」

 

装置が笑う。乾いた笑い。耳障りな周波数が混じる。

 

装置「裁きは遅い。だから間に合わない」

 

ウメコの声が無線に乗る。震えているのに、強い。

 

ウメコ「遅くてもいい! 遅い分、ちゃんと人を守れるから! あなたの言う救済は、誰も守ってない!」

 

一瞬、装置のノイズが乱れた。言葉が、同期を崩す。敵の言葉に対抗できるのは、別の言葉だ。

 

ホージーが端末を叩き、息を吐いた。

 

ホージー「装置からログが取れる。送信元の痕跡が残ってる……高度、さらに上。衛星軌道の手前。中継の中継だ」

 

ジャスミンが顔を上げ、空を見た。

 

ジャスミン「……声の主、笑ってる。まだ終わってないって」

 

バンが海風の中で拳を握りしめ、低く言った。

 

バン「なら、次は本体だ。逃がさねぇ」

 

私は夜空を見上げた。裂け目のない空。だが、今は分かる。裂け目がないのは、まだ折れていないだけだ。

 

エルニウスが低く唸った。遠いのに、ここに寄り添う音。艦が、さらに上を見ている。

 

イズモ「……次は地球の上じゃない。地球の外縁だ」

 

ホージー「宇宙か」

 

イズモ「宇宙というより、境界だ。ここから先は、地球署だけの事件じゃ済まない」

 

バンが笑った。乾いた笑いじゃない。覚悟の笑いだ。

 

バン「最初からそうだったろ」

 

砂浜に落ちた装置が、最後の一回だけノイズを吐いた。

 

装置「救済は、境界で待つ」

 

その言葉が消えたあと、海の音が戻った。風の匂いが戻った。世界が戻ったように見える。でも、戻ったのは“表”だけだ。

 

私たちは、もう境界に足を踏み入れている。

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