もしもダンが破門されなかったら   作:まりもまんじゅう

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第十一話 大人どもの都合なんか、知ったこっちゃない。

 

 じりじりと肌を焼くような陽光が、庭の砂利を白く光らせている。あの砂利は光を照り返している、となると庭に出たときには……上からの日光と照り返しで、ダブルで焼かれることになる。そのことを考えると「わー……」という言葉になっていないおののきが口から出た。

 八月の上旬。山の上だというのに、今年の夏は手加減というものを知らないらしい。むせ返るような青葉の匂いと、鼓膜に突き刺さるような蝉のさんざめく声に、講堂が包み込まれている。

一応、今はまだ「朝」と呼べる時間帯のはずだが……。この時刻帯でこんな気温となると、午後のことは考えたくもなかった。勉強机によろよろと頭を伏せる。暑い。ただ座っているだけで体力が削られていくのが分かった。そんな中でも、「社会」の参考書のページは……一応進んでいる。進めたぶんの内容はなんとか頭に入っている。よし。今日はもう切り上げよう。これ以上は頭に入らん。

 

「……あ、ちい……」

 

 オレは、よろよろと立ち上がり、講堂を出た。湿った空気の中を泳ぐようにして弟子用の部屋へ向かい、稽古の支度を始めた。なんだこの湿度は……お、おかしいだろ……日本って土地は……。正直に言えば、今すぐにでも水を張った風呂釜に飛び込んで一日中浮いていたい気分だ。川でもいい。流されるような深いとこに浮いてなきゃなんとかなる。

だが……そんなふうに弱気になってサボるわけにもいかなかった。オレは自分の頬を叩き気分を切り替える。つい最近できたばかりの「二人目の弟弟子」がいるのだから、手本になるようなマネをしなければ。

 道着の帯を締め直し、鏡の中の自分に気合を入れる。老け顔だの足が短いだの言われたが、それでもオレはここの一番弟子だ。弟弟子たちの前で、暑さに負けてへたれ込むような無様な姿だけは見せたくない。負けるな、オレ。弱音を言うな、オレ。すぐにメッキが剥がれる可能性はあるが、最初からメッキを施さないよりはマシだろう。

 

 道場に向かうと、そこにはすでにリュウと、そして例の金髪の子供――ケンがいた。

 ケンのあの金髪は、どう見ても地毛じゃないと思っていた。眉が黒いし、よーくよーく見るとまつ毛も黒い。

そんなんなのでちょいと前にケンに聞いてみた。「お前、その年で髪染めてんの?」と。本人はあっさり「そうだけど。だったらなんだ」と突き放すように答えた。

それに加えて自分で染めたとも言っていたが、そのわりに色の抜け方にムラもない。手先が器用なやつだな……。

その金の髪は窓から差すこの真夏の光を反射して、やけにぎらぎらと目立ってやがる。地毛でもねえのにあんな派手な色にして、山の中でも目立ってしょうがねえだろ。鳥かなにかにつつかれねえか? と、イヤミなことを言いたくなる。

……癪に障るが、あの顔立ちはあの派手な色に負けていない。馴染んでいる。ちくしょう、似合ってていいな……。というか、あの顔なら別に何色の髪でも似合う可能性すらあるが。……考えるとキリがないな、やめとこう。

 

 

「……なあ、これ、いつまで続けるんだよ」

 朝稽古が始まって一時間。型の反復練習を繰り返していたケンが、ついに不快そうな声を上げた。その顔には「退屈だ」とデカデカと書いてある。「暑すぎる」とも書いてあった。暑さに対する個人的な耐性については知らないが、不快に感じる程度には日本の夏が嫌なようだ。当たり前だ。アメリカのどの辺から来たかは聞いていないものの、とにかく他所の国から来たら面食らうだろう。地理には詳しくないから適当な想像ではあるが、どの州でもこんなバカげた湿度にはなるまい。

 

ケンは退屈からか暑さからなのか、かなりうんざりしていた。

「こんなの、ただのダンスだろ。実戦でこんなゆっくり動くバカがどこにいるんだ? 時間の無駄だ。もっとマシな、一撃で相手をのす方法を教えてくれよ」

 隠そうともしない反抗的な態度。元からツンケンしているのに、環境のせいでよりイライラしてるらしい。なだめるべきだ。そう思ったオレが口を開くより早く、リュウが静かに、だが重みのある声で返した。

「ケン、それは違う。足の指一本の踏み込み、腰のわずかな捻り……その基礎の積み重ねが、一撃の重さを変えるんだ。それをおろそかにすれば、いつか自分の拳に裏切られるぞ」

「お前ってホント、「優等生」なのな……綺麗事はいい。だったら、その「基礎」ってやつでオレを止めてみな」

 

 売り言葉に買い言葉だった。二人は道場の中央で向き合った。

 ケンは、昔ストリートで培ったのであろう我流の鋭い動きで、リュウの懐を狙う。そのスピードと、天性のバネが生み出す一撃は、(学年換算だと)小四とは思えないほど破壊力に満ちていた。

 だが、リュウは動かない。岩のようにどっしりと構え、最小限の動きでケンの攻撃をいなし、捌いていく。

 

「がっ……!?」

 

 ケンの鋭い回し蹴りを、リュウが踏み込み一発で完封した。ひゅーう。怒られそうなので、心の中で口笛を吹く。我が弟ながら、やるじゃん。

リュウの拳がケンの喉元数センチで止まる。ケンの動きには華があったが、リュウの動きには、揺るぎない「芯」があった。

 ケンは悔しそうに顔を歪ませ、負けを認めずに何か毒づこうとした。だが、リュウの真っ直ぐな、一点の曇りもない瞳に見つめられ、言葉を飲み込んだ。マスターズ家で浴びてきたであろう打算的な悪意とは違う、純粋な「強さへの真摯さ」を、あいつはそこに感じ取ったようだった。

こういうことの繰り返しで、少しずつ目が覚めてくれるといいんだが。

 

稽古が終わり、そこそこ長い自由時間である。さて、ここからがオレの出番だ。最年長の兄貴分として、新入りの心を解いてやらなきゃならねえ。なんか……懐柔出来そうな……ごほん、気を許してくれそうな案はないだろうか。

 オレは名案を思いつき、昼下がりに麓まで一走りした。山ん中の暑さはギリギリましなほうだったのだと、麓まで降りて思い知った。

あ、つ、い!! アスファルトから湯気が出てそう。ていうか、なんか風景が歪んでないか? これが陽炎ってやつ? オレの目か脳が暑さでおかしくなってるわけじゃないよな……?

それからオレは菓子屋と雑貨屋を駆け回った。それらの店で色々と買い揃え、今度は駆け足で寺に戻る。道中の暑さは地獄だったが、弟弟子のためだ。保冷剤まで詰めてもらったんだから、上まで持ってくれよ〜!

オレはぜえはあ言いながら寺まで駆け戻った。レジ袋の中のアイスは三本……よし、まだ溶けてない。何味が好きだとかは知らないけど、甘いものが嫌いな子供はあんまり居ないだろう。オレだってそうだし。

「ほら、ケン! お近づきの印だ。特別だぞ!」

 自信満々にアイスを差し出したオレに、ケンは薄汚い道端の吸殻でも見るような目を向けた。

「……あんたさ、オレをなんだと思ってるんだ? そんな子供騙しで懐くと思ってんのかよ。ガキ扱いすんな。このバカ」

 冷たい。冬の風より冷たい。今真夏なのに、なんでこんなに空気が冷たくなるわけ? おかしくない?

 オレは無言で台所まで向かう。早足で。リュウのぶんを冷凍庫に入れておいた。あと二本は……オレが食うしかないだろう。溶けそうになっているアイスが崩れないように気を使いつつ、一人で二本食べる羽目になった。ううう……甘い。つめたい。うまい。うまいんだけど、逆に染みるというか、泣きたくなってきたぜ。

……雑貨屋で買った「アイスじゃないほう」も、自信がなくなってきた。いや、湿気たら困るし、今月中には使うけど。

 

 ええい、もう媚びるのはやめじゃい! というわけで、そこからは強気な対応に切り替えた。だが、下手に出るのをやめてから、少しずつ風向きが変わった。

 とある日に、オレは鼻歌まじりに家事をこなしていた。掃除は面倒ではあるものの、結果が目に見えるという点では嫌いではない。オレが機嫌よく水回りを磨いていると、後ろから見ていたらしいケンに「あんたってプロの家政夫でもやりたいのか?」と言われた。声だけ聞いて、殴ってやろうかと振り向くと、表情は素直に感心していた。わ、分かりにくいやつ……。

違う日には、朝方にでかめな薪をオレが斧一本で割っていた。もはや手慣れたもんである。暑いは暑いが、この時間ならギリやれる。オレが調子よく割っていると……「この暑いのによくやるよな」と声をかけられた。喧嘩売ってんのか? とケンの声がするほうを向くと、「根性あるじゃん」とでも言いたそうな顔をしていた。だから、口の利き方をなんとかしろっての!

またある日には、修行中にこういうことがあった。道場でケンとリュウの組み手を見ていると、どうにも気になるので言ってしまった。

「ケン、お前のそこ、右足っていうか、右の脚のバランスが崩れてて……身体が片側ちょっと浮いてんだろ。そこから全身の軸が乱れてる。正中線がバラッバラじゃん。そんなんだと、手首取られるとか、足首かけられたら即終了だぜ」と、何気なくアドバイスしてやった。どうせうるせーとかなんとかしか返ってこないだろうと思っていたら、ケンは黙ってクセの修正を試みていた。……人の言うことを聞く気はあるのか。人、というよりはオレの言うことを。

 

 そうやって日常を過ごしていると、ふとした瞬間に、ケンがオレを見る目が変わっていることに気づいた。

 なんて言ったらいいんだろうな……んー、『口は軽くてちゃらついてるけど、この、一番弟子とか名乗ってるヤツ、「人としての目」は本物だ』とか? ケンはそんな風に、オレの地力を少しずつ認め始めたようだった。

……そんなことを思われて、嬉しく思わないでもないが、とたんに舞い上がりそうになってる自分のことは嫌だと思ってしまう。そんなんだから他人に呆れられるんだっての……。

 

 それからもう数日後……その夜は、風のない熱帯夜だった。夜なのに二五度以上あるとか、ふざけてんのか。この国って熱帯だったか? 違うよなあ? どういうことなんだよ……?

 寝苦しさに耐えかねたオレは、縁側に涼みに出た。すると、庭の隅でリュウとケンが話し込んでいる声が聞こえてきた。……悪いとは思ったが、オレは柱の影に身を隠し、聞き耳を立てた。なにを喋ってんだろう、あいつら。

「……なあ、リュウ」

 ケンの低い声が響く。あの年でもう声変わりしている。びっくりすることに、あいつは声までもがなかなか良い。声変わりといえば、そういやここの三人は全員変わってたか。そんな、なんとなく浮かんだことを胸に収めつつ、続きを聞いた。

「お前は、あんな……あの、ダンってやつのこと、本当はどう思ってるんだ? いつもチャラチャラして、見栄ばっかり張ってるだろ、あいつ」

膝から崩れそうになり、崩れる前に踏みとどまった。転けたら音でバレる。おいおい、初対面から思ってたけど、お前そこまで言うかよ……? 最近はちょっと距離近くなったかもーって、オレの勘違いだったか?

 リュウの声は落ち着いていた。

「兄さんのことか……そうだな。性格は不器用だし、自分に自信がなさすぎて、見てて苛々するときもあるし、情緒は不安定だし、どうしようもない見栄っ張りだ」

オレは影で膝を震わせていると、いきなり突き刺さった言葉にまたもダメージを受けた。今度は横倒しに倒れそうになり、また踏みとどまった。な、なんてことを……? リュウにまでボロクソに言われてる……。オレ、明日からどんな顔して指導すればいいんだ……? オレって兄弟子でいいんだっけ……? あれ……?

 

「でも」

 オレが物陰で泣きそうになっていると、リュウが続けた。

「こちらの頭が痛くなるほどの善人であるのも、確かだ。兄さんは、他人の痛みに敏感すぎるんだよ。自分だって傷ついているはずなのに、オレたちのことばかり気にかけている」

 ……よせよ。オレは、そんなにいいやつじゃねえよ。いらない世話を焼きまくっては人を困らせるばかりの、ただの迷惑なお節介だ。

 オレは暗闇の中で、顔が熱くなるのを感じていた。こんな言葉で嬉しくなるぐらい単純な、ただのバカなんだよ、オレは……。

「それに」

 リュウの声のトーンが少し上がった。

「兄さんは、強い。いつか、オレは必ず越えてみせたいと思ってる。目標なんだ」

はは……そういうセリフなら歓迎だ。へへっ。そうこなくちゃな。抜かせるもんなら抜かしてみやがれ。オレは影で、小さく頷いた。

 

 会話はそれから、リュウの身の上話に移った。

 リュウは、自分の父親である豪鬼さんのこと、そしてあの人が背負っている「呪い」のような事情について、淡々と、あまりにも重い話は端折りながら、それでもケンに嘘をつかないようにして語った。暗殺拳の深い闇のことまでは触れなかったが、親父さんと離れて暮らさなければならなかった理由を、ケンに伝えたのだ。

 それを聞いたケンは、しばらくの間、何も言えなかった。

たぶん、あいつの中には「自分だけが特別不幸だ」「自分だけが世界に裏切られた」――そんな考えがあったんだろう。そりゃ、あいつほど重い事情の持ち主はそんなには居ないだろうが、「そんなに」ってだけで、他に居ないわけではない。

ケンは「そうか」とだけ答えた。その声を聞くだけでも、少しだけ分かった。あいつの「一人ぼっちだ」という感覚が、自分と大して年の変わんねえ人間の事情を聞いて和らいだ気がした。自分のとはまた違うけど、別の方向性で重い境遇を知ったことで、壁を打ち砕かれたようだった。ここからじゃ表情まではよく見えないが……ケンはたぶん、他人の事情をなんにも考えずに暴れていた自分を、初めて心の奥底から「情けない」とでも思ってるんだろう。

 

 

 それから数日。ケンはどこか大人しくなり、ときどきオレのことを観察するような視線を送ってくるようになった。なんなんだこいつは。

そういう視線を何回か感じていたその日、オレが台所に立っていると、後ろから声がかかってきた。

「あんたってときどき、本当にどうしようもなく辛気臭いツラしてるときがあるよな」

喧嘩を売っている……ということではなさそうだった。マジメに聞きたがってるらしい。オレは答えに詰まった。コイツ、カンがいい。たぶんオレの事情うんぬんにも気づかれた。詳細が分からないから気になるのだろう。

ケンはオレの「辛気臭いツラ」とやらに、自分と同じように「なにか大切なものを喪った」こと、その匂いを嗅ぎ取ったのかもしれない。何かを尋ねようとして、結局は口をつぐむケンの様子を見て、オレは堪らなくなって答えた。

「人に言うようなことじゃない。お前が新入りだからとか、そういうコトではなくて……そんなもんを教えたら、オレは……兄貴らしく振る舞えなくなる」

リュウに話してしまったのは、破門がどうだとかの騒動のドサマギってやつだ。本来はこんなこと、人にべらべらと言うようなことではない。オレは不幸自慢をするつもりはない。だってそんなことをしたって、なんの意味もねえだろ。

答えを聞いたケンは、こっちを気遣ってんのか知らないが「そうかよ」とだけ短く言って立ち去った。……いや、おい、手伝えよ。これから飯を作るんだが。

 

 

 そして、八月最後の土曜日のこと。夜、夕飯を終えたばかりのときだった。

 オレは思い出した。そういえば雑貨屋で「あれ」買ってたじゃん。今やらねえともう今年やる機会ないぞ。店員いわく、夏にやるモンらしいじゃん。

オレはとっとと部屋に向かった。箪笥をごそごそと漁る。あったあった。買い出しの時に密かに忍ばせておいた、花火である。

雑貨屋に行ったとき、中国でよく見るタイプの爆竹でも売ってないかと探していて、(旧正月とはかけ離れた時期だけど、日本ってなんでもかんでも売ってそうだし)……そうやって探してるときに、この花火が目に止まったんだった。どれがなんだかよく分かんねえからとりあえず店員のおすすめを買ってみたが、どんなモンかはよく知らない。それらを全種類居間の畳に並べてみた。手持ちのやつは何種類かあるらしいが見分けがつかない、筒型で地面に置いとくやつもある、あとなんか、弱々しくて、紙をこよった紐っぽいやつ。どれがどう燃えるかは知らん。ま、楽しくないってことはないだろう。

足音が聞こえてきた。オレは部屋の入り口から半身乗り出し、弟どもに声をかける。

「おい、ケン、リュウ! 八月も終わりだ。花火やるぞ! 夏の風物詩なんだってさ!」

部屋に入ってきたリュウが、花火を見やってから「バケツを用意しておく」とすぐ出ていった。あ、水が要るのか。手間かけさせちまったな。ケンもあとから入ってきて、オレと花火とを交互に見た。

「……あんたさあ」

 ケンが、呆れたように笑った。

「花火って、……ガキじゃねーんだから。こんなのやって何が楽しいんだよ」

「ガキだろ。ここにいるオレたち全員がな」

 ケンは目を見開いた。そんなことを言われるとは思ってなかったらしい。オレは、ケンの目を真っ直ぐに見据えて笑い返してやった。

「親がどうとか、財閥がどうとか、大人どものくだらねえ事情を背負わされてたってよ、オレたちはまだガキなんだぜ? ガキがガキらしく遊んで、悪い理由があるかよ。テキトーに遊びまわる日だってあっていいはずだ」

 ケンは、弾かれたように顔を上げた。驚いたような、何かを初めて理解したような、そんな顔をしていた。こいつ、物事をごちゃごちゃと深ーく考えすぎてたんだろうな。「そんなこと、気にしてもみなかった」――そんなような顔をしやがって。

 

 

 リュウが両手にバケツを下げてやって来た。オレは「悪い! オレが気づいとけばよかった!」と声をかける。花火のことなんて親父も師匠も教えてくれなかったもんなー。リュウは「大丈夫、いい鍛錬になったと思っておく」と答えてバケツを庭に置いた。よくできた弟だ。兄弟子をやっているのが後ろめたく思えてくる。

マッチは部屋にあったのでそれを持ち出す。そういえば、と周囲を見るも、師匠の姿はない。水は差さないということか。こういう空気は読むんだよな、あの人。

庭に出て、手始めに手持ち花火を何本か着火した。色とりどりの火花が出て、言い出した当人であるオレがビビった。

「花火って、こんなに色多いもんだったっけ?」

リュウは不思議そうに「こういうものだと思うけど」と付け足してくれた。こういうものらしい。火薬がどうなったらこうなるんだか。いや、こういう小難しい話はあとで考えよう。今は頭をカラッポにすべきときだ。

 やってみると、思ったより楽しかった。コロコロ火花の形や色が変わり、見てると面白い。最初は冷めた目で見ていたケンも、いくつか火を点けるうちに、興味深そうな顔になってきた。オレは花火を持っていないほうの手でケンを手招く。

「こっち来いよ。自分でやったほうがいいぜ、コレ」

背後から、こっちに足音が近づいて来た。お、乗り気になったじゃん。

ケンは両手に花火を持つと、「火ぃくれ」と要求してきた。こっちの弟はなんてふてぶてしいやつなんだ……。と思いつつ、マッチを擦って花火に火を灯してやる。ケンは流れる火花を見て「綺麗なモンだな」と言ってから……片手の花火をこっちの顔に向けてきた。何やってんのコイツ!?!? オレは横に仰け反って火花をかわす。ケンはその様子を「はっはっは」と軽く笑っていた。こ、こいつ……!!

「お前さあ! 人にそれ向けんのはおかしいだろ!」

オレが抗議すると、「あんたが楽しめって言ったろ?」と開き直った。こいつ……!! オレの反応で楽しめって意味じゃねえんだが……!?

 

手持ちの花火があらかた尽きたので、筒型の……噴き出し花火というらしい、その花火に火を点けてみた。初めは静かに火が燃えていて、急にシュワーッと火花が高く噴き出してきた。オレは慌てて距離を取る。ケンがげらげらと笑っている。こいつ……!! と思いながらも、「楽しそうだし、笑ってんならそれでいいか」と思う甘ったるい気分の自分もいた。

吹き上がる花火が、様々に色変わりして夜の闇を染め上げていく。オレンジ、赤、金、銀、緑……見事なもんだ。ケンをちらりと見ると、まっすぐに見入っていた。なんだ、かわいいとこもあるじゃねえか。

 最後に残ったのは、紐っぽい……線香花火というらしい。リュウは「オレは一番好きな花火だけど……二人はどうかな……」となぜか自信がなさそうだった。火を点けて見ると、リュウの言いたいことがなんとなく分かった。

……闇の中に、眩い火の玉がひとつ浮かんでいる。そこから、パチ、パチと、静かに火花が弾けていた。ジリジリと、火薬が静かに燃える匂いがする。

たぶんリュウは、オレらにとっては地味なんじゃないか、とかそんなことを考えてたんだと思う。でも、コレはオレも好きだな。なんか、物寂しい燃え方がいい。そう思っていたら、火の玉が落ちた。リュウは静かに言った。

「消えるときは一瞬だ。そういうところも好きなんだ」

そこも同意だった。あっ、という間に火が落ちる姿が……ひどく心に焼きついてくる。こういうのもいいもんだな、と心の中だけでつぶやく。

 

火花がパチパチとはぜる中、ケンが割り込んできた。「にしし」と笑い、火が着いているマッチを見せびらかす。

「なーにやってんだ、お前ら、センチメンタルに浸って語り合ってんじゃねえよ。時間制限で落ちるってことは……誰が最後まで火を点けてられるか、勝負しようぜ。勝負」

こんな胸に染みるもんでよくそんな発想が出るな……と思っていたら、リュウが「来たな」と笑って火をもらっていた。どうも、線香花火で戦うのはよくある発想らしい。そ、そうなのか……。

それから三人で火を分け合い、どちらが長く火玉を落とさずにいられるか競い合った。やってみたら案外と楽しかった。「侘び寂び」ってもんが欠けた気もするが、楽しければなんでもいいや。と、思っているうちにオレの花火が最後に残っていた。

「あ、お前ら落ちたな! オレの勝ちだ!」

「兄さん、妙に強いな……。次は負けない。もう一本だ」

「おいおい、オレも負けるわけねーけど?」

 

 ふと、ケンのやつの様子を窺った。いつの間にか、ケンの顔から刺々しい表情が消えていた。線香花火の、弱々しい、それでも確かに光っている火の粉に照らされたその横顔は、いつもの生意気なツラではなかった。ただの、麓の街でよく見るような、友達と笑い合って遊んでる子供の顔と変わらなかった。

 

 後片付けもやり終わり、眠ったあと……深夜、目が覚めた。花火の火薬の匂いが、かすかに部屋に漂っている。周りを見ると、ケンが居ない。慌てずに、周辺の気配を探ってみる……。

 ケンは一人、屋根の上に寝転がって夜空を見上げていた。あいつ、いつの間にあんなとこに。

オレも屋根裏部屋から屋根の上に上がる。ケンがこっちを向いてきた。なにも言ってこなかった。文句があるわけではなさそうなので、オレは隣に腰掛けた。

 こいつは、完全に心を開いたわけじゃない。今だって、まだトゲのある言い方をしてくるし、金髪に染めてる不良だし、打ち解けきれない空気もある。

 けれど、こいつの中にあった「世界への憎しみ」という名の氷が、八月の最後の熱と、小さな花火の火で、ほんの少しだけ溶け始めた。そんな気がした。

ケンが、けだるそうに言った。

「……おい」

「ん? なんだ?」

「……いや。なんでもねえよ。明日、朝稽古で今度こそリュウをのしてやるから、見てろよな」

 そう言って背を向けたケンの声は、心なしか、この寺の空気に馴染み始めていた。

 オレは、八月の終わりの……まだ熱を含んでいる風を感じながら、明日もまた騒がしくなりそうな予感に、少しだけ口角を上げた。

 






(この二次創作内の設定では)
ダンは日本語をペラッペラのペラペラに喋るし聞けるし読めるし書けます。ですがダンは香港出身です。更に言うと彼はこの時点だと11歳です。というわけでこのような描写も入ります。
日本について詳しく知ってる部分は父親と剛拳からの受け売り、あとは座学からの知識しかないので、このようなことも起こるわけです。
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