もしもダンが破門されなかったら   作:まりもまんじゅう

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そのご 金食い虫の道楽、はじまる

 

 

 KEN's・コーポレーション――いや、この場合はケンが個人的な道楽のために立ち上げた別会社の、さらに奥深くに隠匿された研究開発室(R&Dラボ)と呼ぶべきか。

 三十一歳になったダンは、仕立てのいいスーツのネクタイを少しだけ緩めながら、重厚な防音扉をくぐり抜けた。

 部屋の中は、一言で表すなら「混沌」だった。最先端のブレードサーバーが幾重にもマウントされた黒いラックが立ち並び、そこから延びる色とりどりの配線が、大蛇の群れのように床を這い回っている。空調は強めに設定されているはずだが、巨大なサーバー群が吐き出す排熱と、絶え間なく回る冷却ファンの低周波音が、空間全体を秘密基地のような――あるいは狂気的なサイエンティストの工房のような――独特の熱気で包み込んでいた。

 その部屋の中央で、ラフなワークシャツに身を包んだ男が、キャスター付きのチェアにふんぞり返っていた。

 現在二十九歳。若き天才起業家にして、ダンの弟弟子であり、そして最も手のかかるビジネスパートナー、ケン・■■だ。

「遅えぞ、兄貴。待ちくたびれたぜ」

「オレだって暇じゃねえんだよ。法務部とのミーティングを無理やりリスケしてやって来たんだ。で? 今日はなんだ。急に『試作のゲームについて意見を聞かせろ』なんて呼び出しやがって」

 

 ダンは内心、またこの男が突拍子もない事業案(スキーム)を思いついたのだろうと身構え、コンサルタントとしての防御姿勢を取った。ケンの思いつきは十中八九が革新的で金になるが、同時に致命的なコンプライアンス違反や倫理的ボトルネックを抱えていることが多い。その粗探しをして、現実的な落とし所へとリスクヘッジするのがダンの役目だった。

 ケンは得意げに笑うと、壁面に設置された一枚の巨大な大型モニターを指差した。

「まずは、これを見て、何が言いたいのか、どんな状況なのか、分かるか?」

「は?」

 ダンは眉をひそめ、薄暗い部屋を青白く照らしているそのモニターを覗き込んだ。

 そこに映し出されていたのは――凄まじい速度で滝のようにスクロールしていく、【無意味な単語の羅列】だった。

『林檎 走る 赤色 昨日 悲しみ 鉄塔 笑う 空 あるいは 崩壊 飛沫……』

 文脈も、文法も、規則性も、一切存在しない。名詞、動詞、形容詞が、ただ乱数発生器から吐き出されたかのようにランダムに並んでいるだけだ。目で追うだけで三半規管が狂いそうになる。

「……なんだこりゃ。スパムメールのワードサラダか? いや、それよりひどいな。文脈もなにもねえ。読めるわけねえだろ」

 ダンはこめかみを揉んだ。

「なにこれ? どっかのサーバーがマルウェアにでも感染して、ログ出力がバグってんのか? サイバー攻撃の兆候なら、すぐにインシデント・レスポンス・チームを動かさねえと……」

 ダンが早口で言い募るのを、ケンは面白そうに笑い飛ばした。

「はっはっは! 流石のあんたでも、パッと見じゃ理解不能か。まあ、あんたで無理なら、『正攻法』じゃ無理だな。安心しろ、バグでも攻撃でもない。それは正常な出力だ」

「これが正常? お前の頭のソースコードがバグってんじゃねえのか」

「情報を無作為に拾ってるだけだからな。フィルタリングもクソもねえ。ただの生のデータストリームさ」

 

 ケンのその言葉を聞いて、ダンの頭の中でコンサルタントとしての論理的思考(ロジカルシンキング)が急速に回り始める。

(なるほど……。このモニターは、壊れているわけじゃない。そして、ただのランダムなプログラムでもない。こいつは『何処か』の膨大な情報を無造作に取り込んでいるんだ。優先順位をつけたり、説明するための意図を持たせたり、情報に対しての意味づけをする前に、ただキャッチした単語だけを力任せに画面に放り込んでいる状態……)

「……『何処か』の情報を、未整形のまま垂れ流してるってことか。で? それが『ゲーム』とどう関係すんだよ」

 ダンが問うと、ケンは「まあ焦るな」と立ち上がり、研究室のさらに奥へと歩を進めた。

 モニターの横、暗がりに置かれていたのは、関節部のモーターや配線が剥き出しになった、チープな作りの「人形(人型のロボット)」だった。外装の装甲すら被せられていない、純粋なテスト用のテストベッド・モデルだ。

「先に、こういうもんを開発しててさ」

 ケンはそう前置きすると、デスクの上に無造作に置かれていた、無骨なヘッドギアを自分の頭に被った。額から後頭部にかけていくつものセンサー電極が張り巡らされた、SF映画の小道具のような代物だ。

 

 次の瞬間、ダンの目の前で信じられないことが起きた。

 ただの関節付きフィギュアだと思っていた「人形」が、滑らかに、それこそ人間の筋肉の躍動を完全にトレースしたかのような自然な挙動で立ち上がり、二足歩行で歩き出したのだ。

「うおっ!?」

 ダンは思わず後ずさった。

「おいおい、なんだそりゃ。BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)か? 脳波操作ってやつか?」

 ケンはヘッドギアを被ったまま、人形を操作して小さくジャンプさせてみせた。

「正確に言うと、五感と体感覚の投影だな」

「投影、だと?」

 ダンは、かつて趣味で読んだSF小説の『フルダイブ』形式のVRゲームを思い出した。プレイヤーの意識を完全に仮想空間や別のアバターへと移し替える、夢の技術。

 だが、三十一歳の経営補佐としてのダンの脳内には、ロマンよりも先にアラートが鳴り響いた。彼は険しい顔つきになり、矢継ぎ早に問い詰める。

「おい、ちょっと待て。それってさ、安全性の担保はどうなってんだ? 危険ではねえの?」

「んー」と、ケンは人形の首を傾げさせながら答える。

「感覚をまるまるあっち(人形)に移して、本体の感覚を完全に無くすのは相当危ねえな。接続が意図してないタイミングで切れたり、サーバーが落ちたりしたら、意識の戻り先を見失って『閉じ込め症候群(ロックイン・シンドローム)』になりかねない」

「そんなヤバいもん売ろうとしてんの!?」

 ダンは血相を変えて怒鳴った。

「PL法(製造物責任法)どころの騒ぎじゃ済まねえぞ! 企業コンプライアンス的にも即死案件だ! 訴訟リスクを考えろ、一発で会社が吹っ飛ぶぞ!」

「落ち着けって。売るかは知らんが、なんにせよ、そっちの意味での危険はもう無くしてある」

 

 ケンはヘッドギアを軽く指で叩いた。

「本体の現実の感覚を残したまま、あっち(人形)にも五感を持たせてある。平衡感覚やら触覚やら、なんなら痛覚のフィードバックまでな。これなら、変なタイミングで通信がロストしても……多少のショックはあれど、ちょっとしたリハビリで治る範囲内に収まる」

「……すげー技術力だ。ノーベル賞もんだぞ、お前」

 ダンは感心しかけたが、すぐに根本的なユーザビリティの疑問にぶつかった。

「……待てよ。本体の感覚を残したまま、人形の感覚もフィードバックされる? それってつまり、頭と手足が2倍に増えるような感覚だよな?」

「簡単に説明を済ますなら、そうだろうな」

 ケンは平然と肯定した。

 ダンは、この年になるまでに、いや、武道家として生きてきた過程で「一般的な人間というものは、いくら本人にやる気があって努力しても、身につけられないこともある」という残酷な才能の壁を嫌というほど知っている。それは、自分には出来ないことがある、という諦観でもあり、自分が出来るからといって他人に強要してはならない、という戒めでもあった。

「それ、『誰でも動かせる』ようなインターフェースか???」

 

 ダンはコンサルタントの眼差しでケンを射抜いた。

「いいか? テストプレイヤーを100人呼んだとして、何人がまともに歩けるようになるんだ? 二つの身体を同時に処理するなんて、常人の脳のキャパシティじゃ不可能だろ。歩留まりが半分以下だと、初期投資(イニシャルコスト)の回収すらできねえ。商売になんねえぞ」

「商売ねえ……」

 ケンは人形を器用にバック転させてから、ニヤリと笑った。

「ま、誰にでも出来ることじゃないってのは、そりゃそうだ。このオレは天才だから、こうやって平気でマルチタスクで動かせるけどな」

「だから、お前を基準(ベンチマーク)にするなっていつも言ってんだろ」

「分かってるよ。……『この技術単体』に関する、難易度低下のソリューション(解決策)はいくつかあるぜ? 本体の感覚と分身の感覚のバランス(キャリブレーション)を分身に偏らせて集中しやすくするとか、姿勢制御や歩行の補助をAIにオートマでやらせるとか。ユーザーエクスペリエンス(UX)の最適化はいくらでもやりようがある」

 ケンはそこで言葉を区切り、ゆっくりとヘッドギアを外した。途端に、人形は糸が切れたようにガクンと膝をつき、沈黙した。

 ケンは真剣な、少しだけ冷ややかな瞳でダンを見据えた。

「しかしだな。オレは気付いてしまったんだなあ。この技術には『それ以前』の、重大な危険性がある。あんたならわかるだろ?」

 急にクイズを出すなよ……と辟易しつつ、ダンは思考の海へと潜った。

 

 危険性。

 遠隔で動く、五感を持った精巧な人形。

 操作範囲がどれほどかは分からないが、もし衛星通信や量子ネットワーク経由でコントロールできるとしたら、地球の真裏まで届くかもしれない。

 本体が安全な場所に――例えば、はるか遠くの地下シェルターに居るのに、手足となる人形が海の向こうの戦場で、ノーリスクで活動できるということだ。

 戦地に赴く兵士の命を、文字通り『ゼロ』にできる技術。

 ダンは、唾を飲み込んだ。

「……デュアルユース(軍民両用技術)か。完全に『軍事転用』できる。血の流れない、非人道的な無人兵器としてな」

 ケンはパチンと指を鳴らした。

「正解。そんなもんに利用されて、オレの発明が血生臭くなるのは癪だ。いくら金積まれても、軍事産業(ミリタリー)に卸す気はねえよ」

「じゃあもう事業化は駄目じゃん」

 ダンは大きなため息をついた。

「こんな技術が世に出たら、各国の諜報機関やら軍需企業やらが血眼になって技術(テクノロジー)を奪いに来る。防衛省どころかペンタゴンが黙ってねえぞ。投資家へのピッチ(プレゼン)にも出せねえし、特許出願の時点で目をつけられる」

 

 そこで、ダンの脳裏に一つの疑問が浮かび上がった。

 部屋に入った時に見た、あのモニター。

 意味不明の単語の羅列を映し出し、何処かから未整形の情報を無作為に拾い続けているあの画面。ケンは、あのモニターの前提のような形で、この『動かせる人形』を紹介してきた。

 それはつまり、どういうことだ?

 ダンは点と線を結びつけ、一つの推論を弾き出した。

「……平和的にこのオモチャを扱う目算があるのか? あのモニターって、なんかそれに関係あるってこと?」

「おうおう、あんたはほんと〜に察しがいいよな!」

 ケンは手を叩いて大げさに喜んでみせた。

「オレじゃなかったら、その優秀さに嫉妬してさあ。焦がれて刺しに行ってるかもよ?」

「大げさすぎるだろ……。コンサルやってりゃ、この程度の仮説思考(ハイポセシス)、分かるやつなら分かる」

 ダンは呆れたように手をひらひらと振った。

「嫌味なやつ〜」とケンは笑う。彼はダンのこういう、有能な癖に自己評価が異常に低いところにもすっかり慣れきっていた。

「ようは、『この世界』でドンパチに使われなかったらいいわけだろ?」

 

「……は?」

 ダンは完全に動きを止めた。

(何言ってんの?)

 あまりにも論理が飛躍しすぎている。コンサルタントの思考フレームワークを完全に逸脱したセリフに、流石のダンも察することができない。

 ケンはキャスターチェアの上でくるりと一回転すると、「なんでこんなことを思いついたのかって?」と、自ら背景を語り出し始めた。

「この間さあ……つっても、一年以上は前になるかな? オロのじじいにバッタリ会ったわけよ。あの仙人みたいなじじいにな」

「ああ、あの百何十歳だかの……」

「そうそう。じじいは『どっかで茶ァしばきたいけどスマホの情報って偏ってるから〜』なんて、見た目に似合わねえこと言い出して、オレに案内しろとか言うわけ。予定的にはまあまあ暇な時間帯だったから、それに付き合ってやることにして、適当にじじいの話に相槌打ってたんだ」

 ケンは当時のことを思い出すように、少しだけ目を細めた。

「そしたらさ、急に宇宙がどうとか次元がどうとかいう話が始まって……めちゃくちゃウケることに、あのじじいって、最新の論文を読んでるこのオレよりも、量子力学やら宇宙物理学に詳しくてさ。オレでも理解できた内容は、ぶっちゃけ五割ぐらいだったな」

 ダンはここで、(お前で五割なら、オレが横でその話を聞いたとしても……まあ、一ミリもわからんのだろうな)と、己の理系知識の限界を静かに悟っていた。

「それでじじいは、ニヤニヤ笑いながら言った。『平行宇宙(パラレルワールド)は実在するんじゃ』とな」

「……」

 

 ダンは流石に口を挟んだ。

「……なんの話だ?」

「まあ最後まで聞けよ」とケンはなだめる。

「今から思うと、あのじじいって読心術使えるらしいし、オレがこの技術の使い道に悩んでるって困りごとも、全部知ってたのかもな。あのじじいはこうも言った……『意識だけなら、「向こう」に居るわしとやり取りすることも可能じゃ』ってさ」

 ケンは立ち上がり、ダンの胸ぐらを指差した。

「つーまーり! 物理的な質量を持った物質は無理でも、情報(データ)だけなら、よその宇宙とのやり取りが可能だってわけだ!」

 ダンの頭の中で、ばらばらだったピースがバチバチと音を立てて嵌っていく。

 情報だけなら転送出来る。

 この『動く人形』は、遠隔地から電気信号を拾って動いているだけの分身だ。別に、本人の肉体がどこかにワープしているわけではない。

 ならば、意識(電気信号)を次元の壁を越えて飛ばし、並行宇宙にある『受信端末』に接続することができれば――。

「……お前さ」

 ダンは、信じられないものを見る目でケンを睨んだ。

「『別の宇宙』なら、コンプライアンスも国際法も無視して、兵器だろうがなんだろうが無茶苦茶やってもいいってこと? それは流石に……ESG(環境・社会・ガバナンス)的にも、オレの倫理観に抵触するかな」

 

 ケンの倫理を疑うだけでなく……この「平行宇宙への接触」という突拍子もない概念が出た時点で、ケンのこの研究へのスタンスは、事業化(マネタイズ)を前提としたものではなく、完全に『趣味の領域』に足を突っ込んでいるのでは? とダンは疑い始めていた。

「あんたって潔癖だよな〜」

 ケンはやれやれと肩をすくめた。

「心配しなくても、向こうの宇宙を侵略するとか、そんなアメコミのヴィランみたいなことする気はねえよ。『未知の世界への観光』ぐらいに留める気はあるぜ? ちょっとしたアドベンチャーだ」

(観光、ねえ……)

 ダンはケンの言い方にますます疑問を深めた。そもそもケンは、この技術を外に売り出す気があるのか? この壮大な計画は、金にならない……道楽なのでは?

「百歩譲って『未知の世界の観光』だとしてもだ」

 ダンは再びコンサルタントとしての冷静なトーンを取り戻し、反論の矢を放つ。

「結局のところ、向こう側の宇宙に送ったこの技術……人形なり端末なりを向こう側であしらえて、それを動かしたとして、向こうの連中に鹵獲(ろかく)されて解体されたらどうすんだよ。リバースエンジニアリングされて、技術をハックされたら? 『意識による無線操作』ってコア技術(コア・コンピタンス)は、最初から変わんねえじゃんか。知的財産(IP)の保護はどうなってんだ。向こうの宇宙の技術レベルがこっちより高かったら、逆探知されて侵略されるリスクだってあるだろ」

「はっはー!」

 ケンはなぜか、心底愉快そうに高笑いした。

「それがだな、宇宙がどうとか次元の壁を越えるとかいう理論をシステムにねじ込んでる過程で、無駄に複雑極まる、スパゲティコードを超えたブラックボックスな技術体系になっちまってな。単なる『意識による、物理的な入力を伴わない分身の操作』ってだけなら、『これ』から盗んで解析するより、オレ並みの天才が向こうの宇宙で一から開発するほうがずっと早いと思うぜ」

 

 ケンはさらに、悪びれる様子もなく付け加えた。

「それに、仮に向こうで悪用されたとしても、出処がこの『ケン・■■』だって証明できないなら、オレに製造物責任はないと思うが?」

「お前さあ〜! そういうとこ! 企業としての社会的責任(CSR)って言葉を知らねえのか!」

 ダンは声を荒げたが、すぐに気づいた。

(この会話自体が、こいつの言い訳というか、ダミーの誤魔化しだ)

 平行宇宙などという怪しいものが絡んだ時点で、こんな技術を外に出したところで売れる見込みなどない。この好奇心だけで突っ走ろうとする弟分は……この技術を身内だけで使うつもりなのだろうか。

「いいか? この次元間通信システムが完成したとして、保守管理(メンテナンス)はどこの誰がやるんだよ」

 ダンは頭を抱えながら、現実的な運用面の問題を突いた。これは最終確認でもあった。この質問の返答如何で、ケンが「どういうスタンス」なのか完全に当てられる……という見込みの質問である。

「こんな狂ったシステムを理解して、サーバーの監視からエラー対応まで管理出来る人材が、そうそう集まるか? サーバーに集まる人数にもよるが、お前一人じゃ無理だぞ。お前はそもそも、他の事業のCEOとしても忙しいんだからな。リソースの分配が破綻してる」

 

 ケンは露骨に視線を逸らした。

「それはまあ、技術が完全に出来る前までに見つけりゃいいだろ」

「……」

 あまりにも適当すぎる、粗雑すぎる誤魔化し方。

 ここでダンは、完全にケンの真意を看破した。

 ケン・■■という男の生態。彼は「興味を持ったらなんでもやりたがる」し、「金にならないことほど、異常な情熱を持って取り組む傾向にある」のだ。

「……お前」

 ダンは低く、地を這うような声で言った。

「もしかしなくても、最初からこれ、商売にする気なんかなくて……『自分が作りたいから作ってる』だけだな!?」

 ダンは部屋中に立ち並ぶ巨大なサーバー群と、高価な機材の山を指差した。

「この規模のモンを!! この莫大な予算を食いつぶす金食い虫を!! ROI(投資利益率)なんかゼロじゃねえか!! 経費精算の時、どうやって役員会を誤魔化す気だ! ……あああ!! も、もしかせんでも、あのモニターだってこの『趣味の研究』の一貫じゃねえか!! あの意味不明な文字列の嵐……!! あ! わかった!! どうせあれだろ、『平行宇宙の内部情報』をエンコード・デコードして人間の読めそうな言語に直して表示してるとか……そういうことだな!? はああー!! この部屋だけで……今年の予算の何割が飛んでるんだ……!?!?」

 

ケンは、乾いた音の拍手を鳴らした。

「あらゆる面で大正解だ。あんたってさあ……無駄に頭がよく回るよな。生きてて疲れねえのかよ」

「お前にだけは哀れまれたかあないわーーッ!!!」

怒号、というよりは哀号を響かせているダンを、弟分は面白そうに笑い飛ばした。

「あっはっは。はー、すげー生きづらそうなやつー。金にならねえって? そうだけど? 採算だって? そんなこと、ひとつも考えちゃあいねえよ。なんか問題あるか?」

 バレてしまったからには仕方ないと言わんばかりに、ケンは堂々と胸を張った。

「オレはなあ、こういう知的好奇心を満たすような楽しい研究のためだけに、資金を稼ぐための『つまらん事業』も平行して回してるわけ。あんたに面倒な経営戦略や、財務管理、宣伝(マーケティング)なんかを押しつけつつ、な」

 ダンは天を仰いだ。傲岸不遜とはこのような人間を言うのだろうか、と天井を睨みつけながら考える。

(こいつって本当に我儘すぎる〜!! 世の中舐め腐ってやがる!)

 だが、同時にダンの胸の奥には、不思議な温かさも広がっていた。

(……でも、こういう子どものような純粋な情熱を持ってるからこそ、オレはこいつを放っておけねえんだよな〜! 我ながら、世話焼きの感性が変だぜ!)

 呆れと愛着がないまぜになった溜息を吐き出し、ダンはネクタイをもう一段階緩めた。

 

「……はあ。分かった、百歩譲って事業化しないお前の『趣味』だとしてだ」

 ダンは気を取り直し、別の角度からのリスクを提示した。

「オロさんに止められるかもしれねえだろ? あの人ってほら、一応、世界のバランサーらしいし……。次元の壁を越えてよその宇宙に干渉するなんて、あきらかに世界の均衡(バランス)を崩す行為だろ」

「おいおい、『自分でもわかってる』ことは聞くもんじゃないぜ、コンサルタントさんよ」

 ケンは自信に満ちた笑みを浮かべた。

「オレがやりたいことを分かってて、わざわざヒントを出してんだよ、あのじじい! つまり! これはその『バランスを崩す行為』には該当しないってコトだ!」

「どういう理屈だよ」

「意識が共有できるってんなら、『向こう側の宇宙のじじい』も、このことは知ってるはずだろ。それでもオレに好きなことやらせてんだから、ま、問題はないと見たね」

 その理屈を聞いて、ダンも(確かに一理あるな)と内心で同意した。

 ケンは極度の我儘で趣味人だが、悪意を持って世界征服を企むような人間ではないし、善意の押し売りで世界を支配しようとするような狂信者でもない。ただの『未知への観光』と『知的好奇心』。だからこそ、あの超然とした仙人は、遊び半分でヒントを与えたのだろう。

 そして、このシステムを利用するであろう人間たち(ダンも含めて)も、世界をどうこうしようなどという極端な思想は持ち合わせていない。

 

「……分かった。世界は滅亡しないってことだな」

 ダンは再び、青白い光を放つモニターへと視線を向けた。

「で、だ。肝心なところが分かんねえままだ。あんな意味不明な……ランダムに送られてくるワードサラダみたいな情報を拾って、どうやって向こうの宇宙とやり取りするんだよ」

 実のところ、あのモニターに映っている『無意味な文字列』でさえ、元のノイズ――機械語よりもさらに混沌とした次元の奔流――から、ケンが天才的なプログラミング技術を駆使して、なんとか『人類が知っている単語』にまで変換・抽出した結果なのだ。

「たぶん、こっちから情報を発信するぶんなら、お前の技術で指向性や意味は持たせられるんだろうけど。問題は受信だ。受け取る側……向こうの情報を翻訳して、こっちの『人形』なりモニターなりに意味のある形として出力するのは、どうするんだ?」

 

 ケンは少しだけ悔しそうに肩をすくめた。

「そうだな、『正攻法(論理的なアルゴリズム)』じゃ無理みたいだ。いくらオレでも、物理法則が微妙に違うかもしれない並行宇宙のノイズを、今の地球のコンピューターだけで完全解析するのは不可能に近い」

「正攻法……さっきも聞いたな、その言葉? じゃあ、邪道ってのは、なにを使う気だよ」

 ケンはニヤリと笑い、自らのこめかみをトントンと指で叩いた。

「エンコードとデコードの処理に、『人間』を噛ませる」

「……は?」

 ダンは素っ頓狂な声を上げた。

「論理で読み解けないなら、五感を超えた……『第六感』だか『第七感』だかいうけど、そういうモンを持ってるやつらはいるだろ? 気の探知、波動の共鳴、サイコパワーってのもあったよな……。そういう力から導き出される超感覚だ。オレにはあるし、あんたにもある。その研ぎ澄まされた感覚(センス)を、物理的なデバイスとリンクさせて翻訳機(生体デバイス)にするんだよ」

 

「お前、正気か?」

 ダンはドン引きした。

 つまりケンが言いたいのは、向こうから流れてくる『ただの情報の奔流』を、論理的なプログラムで整理して実態を把握するのは不可能だが、武道家や超能力者が持つ『気を感じ取る感覚』を通せば、感覚的に『翻訳』が可能かもしれない、ということだ。

(こんな『超越した感覚』が前提にあるシステム、完成したところで一般人に広く売れるわけがない。やっぱり最初から金にする気なんかゼロだったな。ほんとコイツさあ……)

 さらに言えば、ケンが開発したこのヘッドギアも、単なる脳波の読み取りではない。『波動』という理外の力を、まるで映画「スター・ウォーズ」の『フォース』の念動力のように応用し、電子信号とリンクさせるというトンデモ機能を持っているらしい。だからこそ、気を練ることができる一部の超人にしか扱えないのだ。

(金にならなすぎるだろ……!!!)

 そこまで理解が追いついた瞬間、ダンの背筋に冷たい汗が流れた。

(……待てよ。もしかして、オレがこれの被検体(モルモット)をやらされるのか?)

 ダンは顔を引き攣らせ、後ずさった。

(こいつって、やっぱりマッドサイエンティストなんじゃ……?)

 

 ケンはダンの恐怖を察したのか、慌てて手を振って否定した。

「おいおい、流石にあんたを『被検体』にする気はないよ。呼んだのは、コンサルとしての客観的な意見を参考にしようと思っただけだ。それにこれ、まだ完成版じゃねえし、あんたの脳ミソをブチ込むのは危険だろ」

「そ、そうだよな! オレは経営サイドの人間だしな!」

「ああ。そもそも、オレやあんた、それにリュウ程の『カン』でも、まだ出力不足というか、足りない気がする。もっと強烈な……規格外の感覚の持ち主じゃないと、向こうの次元のノイズに精神が焼き切れる可能性がある」

 ダンは安堵の息を長く吐き出しつつ、頭の中で『自分より上の感覚を持つ超人』のリストアップを始めた。

(思想が危険なやつや、危ない実験に付き合わせたくないやつは除外だな。天帝ってのは秘密結社の長でヤバいし、天帝の弟は性格が論外だ。ベガってヤローは更生したらしいが……とはいえ、『やる気になったら』また世界征服をするつもりらしいし、元(げん)のじいさんは強いけど病身だからこんなアホな実験には付き合わせたくない……)

「ん? じゃあ、きっかけをくれたオロさんを呼ぶつもりか? それともイングリッドさんとか?」

「あのじじいって、あっちからは絡んでくるわりに、こっちが接触とろうとするとのらりくらり避けるんだよな。ばばあのほう(イングリッド)は……アイツあれでも神様みたいなもんだろ? こんな実験に付き合うかねえ。というか……あいつら、自力で並行宇宙に遊びに行くぐらいのことは出来るんだろうしなあ? オレの機械なんか使うのはつまんねーから、来ないんじゃねえ?」

「じゃあ、是空さんでもいけると思うぞ? あの人、新しいモン好きだし」

「あいつは絶対に『見返りとして武神流に入れ、さもなくば事業に出資しろ』とか言ってくるだろ!!」

 それはケンの完全な偏見だったが、可能性がゼロではないためダンも強くは否定できなかった。

「じゃ、剛拳師匠とか……? いや、あのおっかない師匠がゲーム感覚の実験に付き合うとは思えねえな。『感応能力の強さ』って意味なら、ローズさんでもやれそうだけどな」

「だから! あのマジメな人たちがこんな実験にホイホイ付き合うわけねえだろ! 面倒くさい説教されるだけだ! ……なあ、あんた」

 ケンはジト目でダンを睨みつけた。

「さっきから、わざと一番の『正解』を外してねえか?」

 

 ぎくり、とダンの肩が跳ねた。

「……あのさあ」

 ダンは冷や汗を拭いながら、恐る恐る口を開いた。

「たしかにあの人は『暇』で『超人』だけどよ。豪鬼さんって、好奇心で他所様の土地の環境を目茶苦茶にするかどうかで言えば、絶対に『する』ほうだと思うぜ? 向こうの宇宙の生態系が崩壊するかもしれねえぞ」

「……あの人にも良心はあるだろ」

 ダンは考える。

 良心……という物差しで測るなら、豪鬼は相当に「善い人間」だろう。「甥っ子」のために世界規模の悪の組織を物理的に叩き潰すくらいには、愛情深い。

 しかし、それはそれとして、好奇心を満たすためにアリの巣穴に水や観察キットを流し込んで、「ほう、どうなるか!」とはしゃぐタイプの、極めてタチの悪い子どもっぽさを持つ人間でもある。あの男に次元の壁を越えさせるのは、火薬庫で花火をするようなものではないか。

 ダンがこれ以上の抗弁を試みようとした、まさにその時だった。

 

 分厚い防音扉の外から、チャッチャッという、研究開発室にはおよそ似つかわしくない靴音が聞こえてきた。

 ダンは音を聞き分け、絶望で顔を覆った。

(流石に下駄ではなく、雪駄で来たか……。いや、そういう問題じゃねえ! 入館パスはどうしたんだよ!)

 バァン!

 セキュリティロックを物理的に無視したかのように、重厚な扉が豪快に開け放たれた。

 ケンがにやりと笑い、「お、特別顧問(スーパーバイザー)のお出ましだな」と扉の向こうに呼びかけた。

 そこに立っていたのは――実年齢(五十五歳前後)には到底見えない若さと美貌、そして研ぎ澄まされた覇気を併せ持つ男。

 相変わらず、和装を粋に着こなした、いなせな男――豪鬼だった。息子のリュウ(現在三十歳)と並べば、間違いなく同年代の兄弟にしか見えないという、細胞レベルでバグった存在。

 豪鬼は部屋の中の雑多な機材、モニターを流れる無意味な文字列、そして不気味な関節人形をじろじろと眺め回し、ニカッと、ひたすらに純粋な、災害級の笑顔を浮かべた。

「呼ばれたから来たまでのこと。しかし、なんだ?」

 豪鬼はヘッドギアを指差し、嬉々として言い放った。

「こいつは俺が想像していたよりも……ずっと面白そうじゃないか!」

 ダンの胃痛がマッハで加速し、コンサルタントとしての致死量を超える中。

 並行宇宙への扉……遊び場への入場ゲートが、今、最悪の形で開かれようとしていた。

 

 






豪鬼さんはいわゆるデウエクなのであった……。

あとまあ、ダンがビジネスマンとしてあまりにもこなれているのですが、正史でも(妹の百合子曰く)「商才はある」らしいので、正しく勉強すればこんなもんお茶の子さいさいでしょう。
正しく努力すれば……ね!

ケンは公式のパラレルワールドで謎物質とか産み出してるし、こんなマッドなヤツになってもおかしくはないんだぜ。あと、伏せてある名字は好きなものを当てて読んでください。

え? それと? 作中キャラとスト6キャラの年齢が合わないって? そんなことを気にしてはいけないんだぜ……!!!
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