この話はリュウ視点の話となります。
ifの二次創作のifルートとかいう訳の分からん話になります。
〈番外編そのいち〉で為された兄弟間の和解がなんらかのボタンの掛け違いにより行われなかった場合、このルートに分岐します。
〈ある年、ある日、ある時間……あれが起こったのは、深夜帯のことだ。春だった。いつもとなにも変わりない……と、そのときが来るまでは信じていた。
その年は、桜が異常なほどによく咲き誇っていたのを、オレは強烈に覚えている。〉
あれから何年が経ったのだろうか……?
オレは「そのとき」と同じ月、同じ日、同じ時に、かつての修練の地であった懐かしい寺の周辺へと足を伸ばしていた。今年も、あの日と同じように桜はよく咲いている。何処かの誰かの血でも吸っているのではないか、と不謹慎なことを言いたくなるほど、妖しくも美しい夜桜だった。
山の中腹ほどの場所に在る玄武寺から、かつての朱雀城の「跡地」へと向かう道。
月明かりさえあれば、オレの目と足にとっては十分に歩ける範囲だ。しかし、常人であればこんな夜はそもそも山門で引き返すであろう。それほどまでに、この山は深く、そして険しい。
鬱蒼とした森林。オレが子供だった頃から、景色はなにも変わっちゃいない……いや、悪化している。長年、間伐が為されていないためか、伸びっぱなしの木々は光を奪い合い、一本一本が貧相に痩せ細ってしまっている。
オレはそんな、人間が走破することを想定していない荒れた山道を……夜更けにも関わらず、一人で黙々と歩き続けていた。
目的は、弔いだ。
そして、まあ、ついでに兄さんに会うことだが、あの気まぐれな兄弟子は、本当にあの「なにもなくなった」場所にいるのだろうか。来ているのだろうか?? 今さらであるが、不安になってきた。
確かに、「あの日」は今日だ。今日ではあるが、あの兄弟子、果たして日付の感覚はそこまで律儀であっただろうか。オレは頭の中をいくらか精査し、その疑問を飲み込んだ。
全てが空振りに終わり、オレ一人で今日の弔いを済ますことになったとしても構うまい。そうなれば、あのロクデナシの兄弟子には、あとで会った時に喧しく説教でも垂れてやればいいのだ。
舗装されていないこの山の悪しき道は、もはや山道というラインを通り越し、獣道の段階にさしかかってきた。いや、獣どもすらこのような道は通っていないかもしれない。動物がよく通行している獣道特有の、あの獣臭さや気配が全く感じられないのだ。
手で鬱蒼と生い茂る枝葉をかき分け、石段の痕跡を探す。
「……あった」
暗闇の中、オレは目に気の巡りを集中させ、その石段の……残骸とでも呼ぶべきものを探し当てたのだった。
まったく、せめて昼間にでも登れればよかったのだが。あのときと時間を合わせるとなれば、そうも言ってはいられない。
崩れかけた石段を最後まで登り切ると、突然視界が開けた野ッ原に出た。
遮るものはなにもなく、かつての朱雀城の跡地が眼前に広がっている。
いわゆる山城に分類されるたぐいの巨大な城であった朱雀城は、何年も前に、完全に燃え尽きてしまった。今はただ、その石垣がいくらか残り、太い柱がいくらか焼け残り、その周辺には割れた瓦屋根の破片が無数に転がっている……そのような、無残といえる成れの果てを残すばかりだ。
そのような有様になったのは……天災のせいではない。
たった二人の格闘家によって、城や山を削り、打ち壊し、焼き尽くそうとするような、絶望的な破壊行為が行われたからだ。
あのときのことを思い出すと、未だに背筋に悪寒が走り、身震いがした。
オレはその重苦しい思い出をいったん振り切り、来て居るかどうかもやや怪しい兄さんを探すため、周辺を歩き始めた。
彼が来ているのなら、いったいこの場所でまずなにをするだろうか?
……寝てるだろうな。根が呑気だから。
そうと来れば、当てはあった。朱雀城跡地の近くで、適度に開けた場所。その中で、いっとき仮眠を取るのに適した場所といえば、限られていた。夜更けの草むらを、オレはざくざくと踏み固めながら進む。
オレはこの場所で数年は修行した身だ、そういう、寝床に良さそうな場所を探すぐらいはわけもない。案の定、目星をつけた二か所目で、兄さんの姿はあっさりと見つかった。
ひときわ立派な桜の樹の幹を背もたれにして、気持ちよさそうに眠っている。
頭に桜の花弁が何枚も降り積もっているあたり、しばらく微動だにしていないようだ。寝相は確かに昔から良かったが、座ったままでもその特技を発揮できるとは、と呆れつつ声を掛ける。
「兄さん、……兄さん! 麓の街のどこにも泊まってる様子がないから、どうせ野宿でもしているのだろうな、と探してたんだ。こんなところで寝ていたのか。……ところでどうして宿を取っていない? 金がないのか?」
兄弟子は、ゆっくりとまぶたを開いた。うっすらと、世の苦みを噛み締めたような笑みを浮かべている。
「いっぺんに言うなよ……。ああ。泊まってないのはさ……金がねえわけじゃねえ。ただな、オレはちょっと、世の世知辛さというものについて考えてたんだ。はあー、ビジネスってさ、簡単にいかねえのなー」
兄さんは言いながら、手のひらを頭の辺りでパタパタと振っていた。「嫌んなっちまうぜ」などとわざとらしく述べながら。オレはこういうやり取りに過去何度も出くわしてしまっているため、今さら同情心も湧かない。
というか、そもそもだ。世を儚むようなことを言い出してはいるが、この男はよく見れば明らかに貧乏している身なりではなかった。
なにを考えればこんな、往復すれば土まみれになることが確定している場所に、見るからに高級品であることが明らかなスーツで来られるのだろう。オレはこの手のファッションに精通しているわけではないから当て勘になるが……この兄の無駄に派手な趣味を考えるに、このスーツはおそらく一流のテーラーで仕立てたオーダーメイドの一品ものだ。
バカだ。たぶんこの人はなにも考えずに生きてるんだ。
このオレを見てみろ、安物のスラックスにTシャツだとか、そういう動きやすい格好だ。久しぶりだし、山道を踏破するための足腰の使い方が鈍っているかもしれない、などと心配して登山靴でも履いてこようかと思ったがやめたとか、オレにはその程度の逡巡はあったのだが。目の前にいる人間の足元を見ると履きこなしていい具合に光沢を湛えている革靴まで決め込んでいた。うん。この人はあいも変わらず恐ろしいほどのバカ野郎であるらしい。こんな場所にめかし込んできて何がしたいのだろうか。
弔いのための……この人なりの正装、なのだろうか? いや、そういうことは抜きにして、この人はきっと深いことはなんにも考えてないし、すごくつまらない見栄を切っているのだろうし、ふてくされているのも大した理由などないに違いないんだ。そうに決まってる。
「金は十分にあるようだな? はあ、ようするに商売が自分の思ったようにうまくいかなかったから拗ねているんだな。あのな。自分が食べていけるだけ稼げればそれで満足するだとか、そういう心持ちにはなれはしないのか?」
「お前は昔から頭の硬いやつだったよなあ。カネなんかあればあるだけ嬉しいってもんだろ? というわけでこのオレは修行の傍らであらゆるビジネスに手を出しているのだったっ!! ……なのにさあ。ったく、一昔前は流行ってたんだけどなあ。ほら、ブートキャンプだ。お前、こういうの聞いたことない?」
「……兄さんはオレたちの拳を、ダイエットの教材にしたのか?」
こめかみがひくひく言い始めたのが自分でもわかった。これは血圧が上がる。さすがに常識が足りないだろう。
この間、「暗殺拳を一般向け格闘技にして売ってやろうぜ。たぶん流行るわコレ」とか言い出したときと同レベルの行いではないか。あのときはもう、容赦するのもいやになった。ケンのやつまでそれに乗っかっていたのは本当に……呆れるを通り越して、泣きたい気分だった。この二人はいやに波長が合っているようだが、明らかに噛み合ってはいけない部分まで合致している。
結局、そのときはオレの知り合いの刑事に頼んで、流通ルートを潰してもらったのだ。オレが本気になって怒っているのを見て、二人とも泣いて謝ってたのに。まだ懲りてなかったのか。というかもしかしなくても、あれは嘘泣きだったようだ。うーん。あのぐらいの反省模様で容赦したオレが間違っていたのかもしれない。
オレが苦い記憶を反芻していると、兄さんがダイエット用だとかいう例の教材について自白し始めた。
「いや、うん……これは大いに危険なる暗殺拳だっつうのに、またもオモチャにしちまってさあ。ほんとごめん……それに、さっぱり売れなかった。健康増進にしちゃあメニューがきつすぎたとかで」
「兄さんがどのように編集したかは知らないが、一般の人間でも実行出来る範囲内に収められなかったんだな」
「あれぐらいのメニューなら誰にでも出来そうだったんだけどな。あと、オレのつけたテロップがうさんくさいって評判ついてた。遺憾だぜ」
「……ほう、それはさぞ、見るからにうさんくさそうな文が躍っていたんだろうな」
冷ややかに言ってやる。この懲りない兄弟子の頭には効きはしないだろうが、言わずにいられない。
ケン一人が相手だったら……オレは遠慮もなにもせずに殴りかかってるだろうから、口頭注意で済ますだけ兄だと尊重してはいるわけだ。感謝して欲しいものだ。まったく。
「うるせえし! あっ、違います。反省してないとかじゃなくってぇ……そこまで言わないで欲しいってえか……」
露骨にしどろもどろになりつつ、涙目にまでなっている。これはまあ演技だろう。この兄はこういった他人の感情を揺さぶるような工作が無駄に上手い。この演技力だって、上手く扱えば世のため人のためになるはずなのに……この兄は、いったいどうしてこんなしょうもないことを仕出かす人になってしまったのか。
さてと、茶番に乗るのもここまでだ。オレはわざとらしく咳払いして、話題を変えた。
「ごほん。はあ。兄さんが昔っからどうしようもないちゃらんぽらんなのはようく知っているよ。そんなことをねちねちとつつきに来たわけではない」
「なんだよリュウ。そんなことを言ってさあ。まさか兄の傷心をいたぶるために来たんじゃねえだろうな」
「まさか、そこまでの暇人じゃないぞ」
あたりはしんと静まっていた。虫や鳥の鳴く声ひとつしない。
この城の跡地の近くでは、植物以外の生き物たちは生きていたくないようだ。あんな化け物同士が闘い合った、血塗られた土地だ。そういうこともあるのだろう。
オレはあぐらをかいている兄さんを見下ろした。いじめるというか、説教をしておくのはこのぐらいにしよう。今日の目的はそんなことではないのだから。
「……今日は、二人の命日だ。きっとこの辺りに来るだろうと思ってたよ」
言われた兄さんが、城の跡地を見やった。今そこにある跡地ではなく、……どうにもならない過去を見つめているようだった。
しばらくそうしてから、「ほんと、気が重いぜ」と、気だるそうに呟いた。
「まあな。ケンのやつは起業だなんだで予定が詰まってるみてえだから今年はどうにもならんというわけだし。だったら兄貴がここに来てやるのは当然のことだぜ。お前に責任を全部おっ被せるわけにもいかんしな?」
「あんたに兄としての規範意識が残っていたとはな」
「はあー……ぬかせ! その程度のことはやったらあ!」
それから、急に兄弟子の表情から暖かみというものが一切消えた。何処にも居ない故人に向けた、真剣極まりない顔つきになった。
月明かりの下、一般的な法事で行われているような経が、その口から滑らかに諳んじられる……本当に、多才かつ、その才を持て余しているやつだ。いや、この場に限っては、正しい方向に扱われているのだ。オレは文句を付けずに、その経に合わせて静かに手を合わせた。
経を全文唱え終わってしばらくしてから、彼は無くなった城の在りし日の姿を見るように空を見上げていた。
「こんなもんかねえ? あとは……やることたって、なあ? この城は完全に燃え尽きちまったからな、長居は出来ねえよ。なに? お前はこのなーんにもないとこに何日間も泊まりたいわけ? 寺だって放置してっからさあ、まともに人が泊まれるコンディションではねえだろ」
「それは勘弁してくれよ……」
兄さんは、皮肉ったような笑い顔になる。
「はー、お前のような修行バカでも無理かよ。そらそうか。でもよ、今日みたいな日はさ……一晩は付き合ってくれよ。それぐらいなら耐えられるだろ?」
「そうだな。付き合うよ。それで、なあ、兄さん」
「なんだ」
「隣、座っていいか」
「いちいち聞くなよ。空いてるぜ?」
兄弟子の言葉に、それもそうかと納得する。オレは遠慮せず、彼の隣の草むらに座りこんだ。
座り込んだまま、咲き誇る桜を見上げ、息を吐いた。
「はあ。……兄さん。この桜を見ると、オレは今でも思い出すよ。……師匠と、父さんが、向かい合わせになって、互いの腹を貫いて……崩折れているのを」
「……そうだな」
あのときの光景を思い出すたびに、心臓を素手で鷲掴みにされたような、身体中が苦しくて、どうしようもなく動けなかったあの日を思い出してもがきたくなる。息が速くなってくる。あの日の後悔が、どす黒い感情となって身体中を這い回るんだ。
父さんと師匠。
殺意の波動に飲まれた二人の化け物は、互いの腹から背中を貫いていた腕が崩れていった。そのうち体の方も、風に吹かれチリのようにばらばらになった。形をとどめなくなった体は風に流され、吹き飛んでいった。
あの二人はなにも残さずに消えていったんだ。遺体はひとつも残らなかった。あの二人は書面上は、死亡ではなく、失踪というテイになっている……。本当のことを知っているのはオレたち三人だけだ。
まともな人間の死に方じゃなかった。あれは、この暗殺拳を高めていったあとに用意されている結末のなかでも、最も最悪なもののひとつだった。
「今でも、あのときほんとうはオレに出来ることはあったんじゃないかって……バカだな、そんなことできるはずがなかった。あの頃の、子供だった、未熟だったオレでは、二人の闘気に割り込んだって余波でオレまで死んでしまっていた。分かってはいるんだ。それでも……」
「……リュウ」
兄さんは、真面目な顔になった。昔から変わらない、オレを言い聞かすときの顔だった。
「なんだ、兄さん」
「オレはな、あのとき、自分の拳でお前ら二人を気絶させて止めたこと、今まで一度だって後悔したことはねえぜ。あれが正しいことだって、オレは一分の隙なく信じてる」
「兄さん。違う、あんたを恨んでは……」
「知ってるよ。今のは確認だ。……リュウ。お前が過去を引きずるのは分かる。でもな。お前らを力尽くで止めたのはオレなんだぜ。止められなかっただなんて、オレのせいにしちまえよ。抱え込んでんじゃねえよ。じゃなきゃ、なんでオレがあんな役を引き受けたのか、分かんなくなっちまうぜ」
兄さんは、そうだ。自ら進んで嫌われ者の役を引き受けたんだ。
狂気の中で死んでいく師と父を止めようと飛び込もうとしたオレとケン。その二人を問答無用でのして、抱えて逃げるという役目を、この人は泥を被って黙ってこなしたんだ。
「……そうだよな」
「辛気臭い顔するんじゃねえよ。ほら、せっかく桜が……こんなにきれいに咲いてんだぜ。浮かれなきゃ損だ。師匠たちだってなあ。いつまでもぐずぐずされたくはねえってもんだろ。こういう夜には酒でも飲んで踊ってりゃあ、いいんだろーよ。ほら、お前が来ると見越しておいたから……二人分あるぜ?」
兄さんは銀色のスキットルを二つ、スーツの懐から取り出した。オレは差し出されたひとつを受け取ると、蓋を空けてぐいと飲んだ。
蒸留酒のたぐいだった。喉が焼けるようにずいぶんと強かった。
オレがむせるのをけたけたと笑いながら、兄さんは自分の分を空けて飲んでいた。平気そうに飲み干している。そういえば、オレはこの男がまともに酔うのを見た覚えがない。自分の側だけ水で薄めているなどのしょうもない工作なのか、本当にザルなのか。まあ、どちらにしろ、ロクデナシなのは間違いあるまい。
オレは少しばかり酔いの回っている目で、頭上の桜を見上げた。
そうだ、「妖しく咲いている」としか思っていなかった……今宵の桜は、こんなにも凛として美しく咲き誇っている。あの日の惨禍を経て尚、この桜はまだ咲き続けている。
オレたちは全てを失ったわけではない。オレと……きょうだい達は、まだ生きている。まだやり直すことが出来る。
弔いとは、悲しむだけが、悼むだけが、その形ではないんだ。
こんな簡単なことにも、オレは気がいかなかったんだ。よほど気が張っていたらしい。
兄さんは、オレの様子をちらりと見てから、砕けた口調で振ってきた。
「まあ、ここで起こったようなことをなんもかも忘れて、同じ轍を踏むようなことだけは、しちゃだめなんだろーな。殺意の波動なんてもんに魅入られねえように、そのへん真面目に考えるのは、お前に任せたぜ」
「兄さんは、兄らしいんだかそうでないんだか、よくわからないな。いつもはふわふわと浮き草のように生きているくせに、ときどきしっかりするものだから……いつでもしっかりとしていて欲しいよ、本当はな」
「わはは。無理だって。オレの本分はてきとーなんだよ。知ってんだろ。期待すんなっての」
「偉そうに言うなあ。……適当だなんて言い張ってはいるが、あんたなら、真面目にだって生きられるだろ? ……というよりも、根の性格は真面目であったと思うんだが?」
「へへっ、そういうのはもう止めにしてるんだって。正しく生きろ、だって? やなこった。マジメに生きてたってさあ、損するばっかりなんだよ。悪かったな、オレはそんな生き方は出来ねえ。……ところでよう。お前、あの人たちを弔いに来たってことなら……これで済ませるだけでは、ちいとばかし寂しいんじゃあねえか?」
彼は、問いながらゆっくりと立ち上がる。
「酔って踊る、の「踊る」ってもんはさ……これから、だろ?」
兄弟子の……兄さんの目が青く光る。
闘気が地に、風に渦巻く……桜の木がその変動を感じ取ったのか、枝がぶるぶると震えた。夜の空間そのものが、この人のために変性していく。
「それはそうだな。兄さんと会って、昔日を偲んで話すだけで、それだけで帰るなんて、そんなもったいないことは出来ない」
オレも呼応するように立ち上がった。この場の一切は兄さんの気に支配されている……立っているだけで、圧倒的な圧力で頭がくらみそうだ。
兄さんの持つ力は、天に光る星よりも、あきらかにまばゆい。
こんなにも深い夜なのに、この人の闘気は舞う桜のひとひらも逃さずに照らし尽くしている。結果として、オレたちの立っているその周囲だけがあかあかと眩く照らし出されている。訳を知らない人間なら、恐ろしさのあまりすぐに逃げ出してしまうだろう。
この人は「何かの折り目に、大切な機に闘う」となると、こういう派手な演出を欠かさない。正直言って無駄なところに力を割いているようにも見える。
だが、この人が真に性質の悪いのは、こんなギラギラの演出にまったく見劣りしないぐらいの、圧倒的な実力が備わってしまってるというところだ。
本当に、本当に。全くもって、度し難い。
……ああ、思い出す。オレの父さんも、……こういう人だったよ。なにも、こんなところを受け継がなくたって構うまいに。変なところが律儀な男だ。
オレは始動の構えを取った。兄さんがやる気だというなら、オレが遠慮するいわれはない。
兄さんは心底楽しそうに笑っていた。今にも歌い出すんじゃないか、というような調子だった。
「やる気だな。いいぜ。どーせこの辺りには人は来ねえよ……念には念を入れてな、麓で人払いだってしてやったからな。てきとーにスピーカーを仕込んでさ。幽霊が出そうなBGMとか流してる。それに……そのへんを乗り越えて山を上がるような怖いもの知らずだろうが、こんなに明るくっちゃあ本能的に怖くって近づけねえだろ? こーんな、夜だってのにひとりでにピカピカと光ってる怪奇現象にさ!」
「こんなに光っているのは……」
オレは、闘気渦巻く草原を見回した。青く、燐光が立ち昇っている。幻想的といえば聞こえはいいかもしれないが、理屈を知らない人間からしたら……こんな光景を目にすれば、恐れ以外の感情は抱けないと予想した。
「人払いのためなのか……? 兄さんのやることは……いちいちが派手だな。確かに人は寄り付かないのだろうが、これでは遠目からだと余計に目立つとは考えないのか? 本末転倒だな。……本当に、あの人を思い出すよ」
「ははは、いいじゃん。それにさ、誰をマネてんのか……分かってるのか。ならオレも見栄を切ってる甲斐があるってもんだ」
「どうせ父さんを見習うというのなら……強さのほうだって、伴っていなくてはならないぞ?」
「ふん。かわいくねえの。……じゃあ、そろそろ……お手並み、拝見、てな!」
草むらが一斉になびく。
風圧と共に、圧倒的な気合が、その流れがオレに向かってくる。兄さんの踏み込みは一瞬で距離をゼロにし、その拳がオレの顔面に肉薄する。
速い。だが、見えないわけではない。
オレは正面から受けはしない。横に流して、カウンターの足払い。躱すだけ躱したら、ひとまず後ろに跳ぶ。距離を取らなければ、あの質量を持った気に呑まれ、圧倒されるだけだ。
「あっさり躱すか。ま、今のは小手調べ……まだまだこれからだろ? 夜明けまではあと五時間ほどあるぜ」
「そいつは、楽しめそうだな……!」
言った途端に、兄さんの拳が再び眼前で閃いた。
今度は躱しきれない。オレは前腕に気を高め、その重い一撃を受けきる。
骨が軋む音が鳴る。だが、それ以上に全身の血が湧きたつ。
歓喜がオレを奮い立たせる。
父と師を失った悲しみを、後悔を、この拳に乗せて昇華する。弔いに言葉はいらない。互いの本気をぶつけ合うことこそが、暗殺拳の生き残りであるオレたちにできる、唯一の……鎮魂のための行いなのだ。
オレは、似合わない軽口を言いたい気分になった。
「まったく、軽いな、こんなものか? ぶらぶらと遊び歩いて、スーツなんか着込んでるから腕が鈍ったんじゃないか、兄さん?」
「減らず口を! 後悔するなよ……ッ!」
兄さんの蹴りが、空を裂いて迫る。オレは波動を拳に纏い、それを迎え撃つ。
夜はまだ終わらない。オレたちの夜は、まだ続く。
桜の枝が揺らめく下で、火花を散らすような打ち合いは、夜明けの光が差すまでいつまでも続く。
第十四話→なんらかのトラブルにより兄弟間の和解が発生しない→ビタールートに分岐→約五年後、「二人の命日」が訪れる→その約十年後、〈そのぜろ〉の夜の出来事
なんでこんな……ノベルゲームみたいなことになっているのだろうか。
このビタールートのダンは、意識的に「豪鬼さん」の人格のエミュレーションを行っています。欠けてしまったものを自分自身の振る舞いで埋めようとしています。
ですが、お気楽なフリをしようとも、根の性格が滲み出ています。いくら演技が上手くったって、完全に別人になりきるなんて難しいものです。無理がありますよ。という話です。