もしもダンが破門されなかったら   作:まりもまんじゅう

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第五話 ここまで来たら、やるしかない……!

 ついにそのときは来た。もう、逃げるわけにはいかない。

 

 その日、オレはいつもより三十分ほど早く目が覚めてしまった。体の上にへばりついてくるような掛け布団をはがし、無言でたたんだ。

 オレは両肩に丸めた掛け布団と敷き布団を抱え、物干し竿に向かった。太陽はたった今地平線から顔を出したところのようだった。オレの目へ一直線にその光を投げかけてくる。まぶしくて目を細める。景色が明るくなってくる、オレの気分は反比例して暗くなる。

 春に移り変わったはずの早朝、その空気はこうやって起き上がって活動するにはまだ少しつめたかった。

 自分はこれからどうなるのだろう。どこか他所へ行く当てもないし、破門になったら終わりじゃないか。その問いが、内側からオレを刺した。

 布団を干してから、師匠の気配を探りにあの人の寝室のほうへと向かった。外の廊下の下に置きっ放しの屋外用サンダルに履き替える。名も知らないような、背の低い草花がまばらに植わっている道を行く。転がっていた小さな石が足に当たって、つま先を少しだけすりむいた。いつもならそんな不注意はなかった。緊張がオレの体をむしばんでいた。

 師匠の寝室の前まで来たが、まるで気配がない。耳を澄ませても寝息一つしない。

 オレは寺がある山の、そのまた北方向の向こうにある山へと目をやった。ああ、あのひとはきっとあそこに行っているのだろう。

 そうして、このオレを待っているのだ。オレを見定めるために待っているに違いない。

「行くしかないんだ」

 そう、口にしていた。その言葉から逃げるわけにはいかなかった。

 

 オレは自分の寝室に戻った。とっておきのときに着ようと用意した、あの道着を着なければ、とふっと思いついた。

 ほんとうは、あの男、サガットとの闘いに取っておくつもりだったがそうも言っていられない。なにしろオレの進退がかかっているのだから。

 桐の箪笥の何段目に入れたんだったか忘れて、結局上から下までひっくり返した。その音がうるさかったのか、リュウが目を覚ました。

「ダン、もう起きたのか」

 寝ぼけているのか、ぼうっとした焦点の定まらない目だ。オレはリュウに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。起こしたから、じゃなくて、もっと深い部分のことだ。

「師匠はさ、もう用意が出来たみたいなんだ。オレ、行かなきゃなんねえ」

 リュウはその一言でかっと目を見開いて、がばっと布団をめくって起きた。

「行くのか。どこでやるんだ」

「あっちの山だよ。ほら、朱雀城の建ってるほうだ」

「ああ」

 分かってくれたみたいで、城のほうを向いた。部屋の中からじゃ城の姿は見えないが、じっとそちらの方角を見ていた。

 オレはそうこうするうちに道着を発見して、全部揃ってるか確認を始めた。

 上下揃った黒の胴着、オレンジの帯、赤い刺繍の入った手甲、うん。これでいい。中に着るのはいつものがいい。黒の肌着、長袖で、汗をよく吸うやつ。

 オレは立ち上がって、着替えを始めた。リュウのやつはわざとってわけでもないんだろうけど、ずっと城のほうを見てオレから目線を外していた。

 上半身の寝間着を脱いで肌着を着る前に、心臓のところに手を当てる。いつもより心臓の音が速かった。元に戻れと念じてみたが、どうも効果は無かった。あきらめて、そのまま着た。

 

「よし」

 道着の仕上げに帯を締め、オレは一度構えを取る。正対する相手に対して体を横向きにして、顔はまっすぐにらみ合うつもりで立つ。両足に均等な体重がかかるよう心がけ、右腕は脇を締め、左腕を引き気味に低く構える。拳を何度か握り直し、呼吸を整える。真っ黒の胴着がオレの呼吸に合わせて揺れた。

 何度息を整えても、足下にまとわりつく不安を消し去ることは出来なかった。オレは観念して、構えを解く。

「あーあ。いきなり気合いなんか入れたってたかが知れてやがる。くっ、ははは」

 オレは脱力して、その場に座り込んだ。いつまでもこうしてはいられないのだが、どうしても師匠と戦うのが恐ろしかった。

 リュウが布団から出てきて、オレの隣に座った。諭すような口ぶりでオレに提案する。

「そんなに戦いたくないなら、素直に謝ればいいじゃないか。もう、復讐するだとか、そういう気は失せたんだろう?」

「そりゃあそうなんだけど、そういう問題でも無いんだよな。だいたい、あの人がそういう、破門なんかを持ち出す前に自力でオレ自身のムジュンに気づかないからこうなったんだよ。これはオレの責任だ。だから、追い出されたくないのなら、気が変わったって言うのなら、それはやっぱり……自分の拳で証明しなくちゃいけないんだろうぜ」

 リュウは、返答に詰まった。そうだ、話してわかるぐらいのことなら、最初から破門なんか持ち出しやしないのだ。

「でもまあ、答えは出たからさ! なんとかなるさ。リュウのおかげでな」

「オレの?」

「うん。だからやるだけやってみる」

 オレはすっくと立ち上がる。リュウを見下ろし、無理に笑顔を作って見せた。

「お前も来るか? ジャマは出来ねえだろうけど」

「そうだな。行こうか。それと、元から邪魔をするつもりもないよ。ダンがいなくなるのは嫌だけど、それと勝負に水を差すのは問題が違うだろう」

「ふっ、そういうやつだったな。お前は」

 オレは板張りになっている外の廊下に出た。靴でも履いておこうかと思ったが、やめておこう。少しでも気を敏感に察知するには素足のほうがいい。痛えけど。

 

 手を開いて、黒の手甲を見つめた。赤い刺繍の糸が、血が滴っているように見えてきた。首を振って、まっすぐ城のほうを見た。

 リュウのほうの支度も済んで、オレたちは城のほうへと歩いて行った。何度でも通った道だ。土がむき出しで、切り開いただけの道だった。舗装どころか道の脇に生い茂っている草木の手入れもされていないもんで、人が通るには少々つらい。

 足の裏を、とがった石が何度も突き刺すようにえぐってきた。そんなもので血が出るほどやわではないが、痛いものは痛い。

 でも、この痛みさえ惜しい。師匠にわかってもらえなければ、この寺の門を潜ることは叶わなくなる。裏道やらなんやらはとうの昔に通れなくなり、朱雀城への一本道はこの寺からしか通っておらず、必然的に朱雀城へ行くのだって破門されたら叶わないのだ。

 こんな、人が住むには不便すぎる土地であっても、やっぱりオレは離れがたかった。

 あの城を見るのがこれで最後になるなんて、後味が悪すぎる。

 

 何十年前に作られたものかも分からない石段はあちこちが崩れかかっていて、気をつけて登らなくてはならなかった。後ろを歩くリュウのほうを見た。初め来た頃は何度も躓いて、オレが手を差し伸べることもあった。今じゃ、オレの助けなんかなくってもすいすいと昇っているじゃないか。

 オレがいなくても、リュウはここでうまくやっていけるだろう。その事実が、オレを打ちのめしそうになった。オレがここに居る必要性とは……?

 リュウに気取られる前に前を向いた。だめだ。弱いところなんか見せてはだめだ。

 今日が、最後になるかも知れないんだ。最後ぐらい、かっこいいままで終わらせたい。……こういう見栄っ張りなのは、よくないとこだと自覚はしてる。

 バカだなあ、オレは。なにをかっこつけているんだ、と。何度かオレはそういうことを自分の中で言い続けていた。

 

 石段を登り切ると、城門に行き当たる。櫓のある通りを抜けて、オレたちは言葉を交わすこともなく先へと向かう。野草が生い茂り原っぱとなってしまった本丸に入っていった。城の天守閣を見上げる、ところどころひび割れた壁が、いつ見てももの悲しい。

 イネ科の親戚なんだろうか? ススキに似たような植物がそこら中生い茂っていた。比較的その繁殖が抑えられていて、ミステリーサークルの穴のようになってる場所に師匠が立っていた。

「遅かったな」

「すいません」

 リュウは、なにも言わないまま後ろに下がっていったようだ。足音が聞こえる。

 師匠の正面に向かい、十メートルほど離れた位置に立つ。この位置からでも、向こうの気に押されそうだ。それほどの実力差があるんだってことを、身に沁みて感じていた。

「弁明はないのか」

「しても無駄です。それは師匠がいちばんよくわかっていると思います」

「それもそうだ、おい、リュウはなにをしに来た」

「立ち会いです。勝負の邪魔はしないと約束しました」

「なら、いい」

 ざあ。と音がした。それまで無風だった原野に、師匠を中心として急激に風が起こる。気が起こしたものだった。草の穂がなびく様に、オレは圧倒された。

 なんとか後ろに引いた足で踏みとどまる。負けるな。負けてたまるか。

 

 師匠はもう、一歩目を踏み出していた。その一歩だけで、オレとの間合いがぐんと縮まる。どうする、行くか、留まるか、退くか。

 オレは跳んだ。もうこれは、本能の段階での判断であった。師匠の上段蹴りが見える。落ち着け。

 オレは右足で絡め取るようにして師匠の蹴りを受ける。しびれるような衝撃が走るが、それに負けず受け身を取る。地面に叩きつけられる前に衝撃を逃がすよう腕と足でクッションを作った。立ち上がり向かい合うと、師匠の体から気が発せられているのが目で見て分かった。

 その気が針のように鋭くなり、こちらを一斉に向いた。たったそれだけで気当たりを感じて腰を抜かしそうになる。

 腰を深く落とし、相手と呼吸を合わせようと努めた。額に汗が流れ、したたり落ちるのを感じた。

「どうした。お前の意思とやらはそんなものか?」

 挑発だ。それも雑だ。惑わされるな。オレは右腕のガードを上げ、前に踏み込んだ。このまま引いていては埒があかない。

 師匠の腕が組み変わる、が、それは陽動だ! ワンテンポ遅らせた、しなる足刀がこちらを襲ってくる。

 オレは右腕で無理矢理受け、懐に飛び込んだ。

 どうせ、一発でも食らえば勝負はほとんど決まる。だとすれば、こっちの攻めだって数発で終わるのだ。

 師匠はオレの拳からなにかを読み取ろうとしている。それがなにかは知らない。

 だが、オレのやることは一つだけだ。

 全力でぶちかます!

 師匠が手刀を振り下ろすのが見えた。ステップワークでぎりぎり躱す。

 鳩尾に向かって膝を入れる! 読まれていたのか感触が浅い。すぐさま正拳の反撃が返る。半身になって拳を躱すと、逆の膝で追撃……。

 

「そんな単純に……行くかっての!」

 思いっきり、腰から足先まで気を巡らして、蹴っ飛ばす。それだけでは終わらない。その場で強烈な回転を起こす。体の軸は決してぶらさず。独楽になったように!

「竜、巻、旋ッ風、脚!」

 入った! 確かに師匠の体を捕らえた感覚があった。

 師匠がのけぞった……その刹那、だった。

 オレの頭部に衝撃が走った。たぶん、カウンターの裏拳……?? だ。まともに入ってしまって、オレはそのまま横方向にすっ飛ぶ。

「がっ、はっ……」

 立ち上がろうとするが、頭がぐらついてまともに立てない。これはまずい。というかさっきの裏拳はなんなんだ。

 波動拳を飛ばさずに打ち込んできたか……? いやまさか。そんな構えに気がつかないほど動体視力が悪いわけではない。それに、波動での反撃はもっと重い。具体的に言うと、死んだような気分になる。今のはそれほどではなかった。

 となれば、ただ単に隙を突かれただけか。くそ。ちゃんと気を巡らせていたわけでもないだろうにこの威力と来たか。嫌になる。

「どうした、それで終わりか?」

「勝手に終わらせないで下さいよ……。オレはね、こんなところで終わるつもりはないんだ」

 そうだ。オレは。頭っから一本の鋼の芯を通すイメージで立ち上がる。こんなものではあきらめない。オレはいっぱしの格闘家になるんだ。

 親父とは違う、サガットとも違う、オレの道を行かねばならない。そのためにはもっと修行が要る。追い出されている場合ではない!

 師匠が踏み込んでくる。あえてオレは待った。見極めろ、すべて返せ。全力を以て返し切れ!

 襟首と裾を掴んでくる手が、ハッキリと見えた。

 オレはすぐさま手刀で掴む手をはじき返す、師匠の体が、わずかにだが揺らいだ。

 オレはその場で片足を思い切り踏み込んだ、跳ぶために、一直線に師匠のところまで!

 一発目の膝蹴りが入る。まだ浅い。二回目、入れ替えた逆足が脇腹に刺さった。

「い……けェ、断空脚!」

 三回目が入るのと同時に、オレの中で気の巡りが途切れるのが分かった。そのまま、オレは膝をついた。

 頭に酸素が廻らない。裏拳がこんなところで響いてくるとは。師匠が体勢を立て直した。まずい。ガードを……。構える前に、低くかがんだ師匠の蹴りが、オレの心臓を捕らえた。









真意を思い出し、親父のことを嫌いになってしまった。その親父の技をそれでも「必殺技」として頼りにしてしまう、そんな弱さもあるやつなのである……。
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