東方地月譚 ~ New Age of Lotus Land. 作:SUN_RISE
月の軍勢側最高戦力の一人である『月の四傑・技の浅倉月舟』との戦い、ここからは中編となります。
どうぞお楽しみください。
【???】
それから、半日ほど経った時だった。
月への道が開かれていた霧の湖、その湖岸に……。
ボロボロの姿となった大妖怪とその配下達が、次々と流れ着きはじめたのだ。
……それは、本当にひどい有様だった。
ある者は腕を失い、ある者は目を失い、またある者はまともに立てぬほど心を打ち砕かれ……。
隆盛を極め、間違いなく幻想郷の最上位にいた当時の大妖達が、
それから一日と経たぬ内に、湖岸はボロボロになった妖怪達で溢れ返っていった。そしてその数は、二日、三日……と経つ内に増えていったのだ―――
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【三人称視点】
それは、うなりを上げて迫る真空刃の嵐が月舟を飲み込まんと肉薄した……。
その瞬間の事だった。
「……はぁ!!」
唐突に、月舟の声が広場に響き渡る。しわがれの無い低い声が、空を切り裂く真空刃の風切音を塗りつぶすかの如く広場へと広がっていく。
――ボシュボシュボシュッ。
……驚く事に、彼の長刀が届く範囲内にあった真空刃がまとめて全て消えたのだ。
――ボシュボシュボシュッ。
その一回だけではない。
――ボシュボシュボシュッ。
後から迫る真空の壁が、次々と食い破られていく。
――ボシュボシュボシュッ。
月舟に近いものから順に猛烈な勢いで次々と消し飛ばされていく。
――ボシュボシュボシュッ。
膨みきった風船から空気が抜けた時のような間抜けな音を出して、必殺の刃が悉く撃ち落とされていく。
――ボシュボシュボシュッ。
ただの一つたりとも、
しかも当の月舟はと言えば、八相の構えを保ったまま何もしていない
「なるほど、もう『虚空』ですか」
自身が放った全身全霊の奥義が、敵が放った正体不明の何かを前にまるで羽虫を払うかのように次々と撃ち落とされていく。普通なら恐慌状態に陥ってもおかしくない状況であろう。
……しかし、そんな状況を前にしても文に驚愕の色は一切見られない。むしろ彼女は今にも鼻歌を歌いそうな気安さで、片手で持った小烏丸をクルクルと回している。
それはまるで、目の前の光景が
……そして、その様子をしばらく眺めていた文が手遊びを止める。
そのまま、何事も無かったかのように再び妖刀に妖力を込め始めた。
「……いやはや、
その顔に心底残念そうな、それでいて辛辣な笑みを浮かべながら。
……一方の月舟は、未だ無数に迫り来る風刃を次々と潰していた。
「ふっ、はっ、はぁ!!」
鬼気迫る表情を浮かべ、気合の乗った掛け声で何度も広場の空気を揺らす。その度にまとめて五つ、六つ、七つと、多大な妖力を纏った風刃が消し飛んでいく。
僅か一分足らずの間に月舟が消した風刃の数は、既に800以上。いまだ宙に留まる風刃もあるが、その残りはもう200を切っている。
しかも、それだけの数の攻撃を捌いていながらその身に負った傷は全くのゼロ。月舟は切り傷一つすら負っていない。
……この奥義の存在こそが、彼が月にて『技』の英傑と呼ばれる理由。
霊力により五感を限界まで冴え渡らせる技『掴来』、正確無比な身体操作術『心斬』、日々の鍛錬により極限まで無駄を省き洗練された剣術、人並み外れた集中力、そして月でも最高クラスの強度と切れ味を誇る業物・宗近。
それら全てが合わさって放たれる、月舟最大にして最速の剣術奥義『虚空』。
「……!! はぁ!!」
……そして遂に、文が仕掛けた無双の千刃全てが『虚空』に呑まれ、消え去った。
あれだけ金属音と風切音が鳴り響いていた広場に、不気味な静寂が訪れる。
「………」
剣呑な雰囲気を漂わせながら、その場に佇む月舟。八相に構えたまま、鋭い眼差しでもって文を睨み付けている。
……だが、月舟の腕が微かに震えている。よく見ないと分からない程度ではあるが、それでも間違い無く腕が震えている。
やはり、『虚空』は強力な分
「……もう終わりか?」
「………」
「お主の渾身の奥義は、一片残らず全て叩き落した。次は……」
大きく息を吸い、そして吐き出す月舟。その動作の後、腕の震えが完全に止まる。
「……お主の首を貰う」
はっきりとそう言い切る月舟。強がりもここまで完璧ならば、大したものであろう。
……しかし、当然だが完全に回復した訳ではない。その証拠というべきか、あれだけ大きかった月舟の威圧感がかなり薄れている。
「さて、どちらの首が飛ぶのが先ですかね?」
「………」
月舟の刺すような視線を軽く受け流しながら、文が
……そしてその右手には、
「では、貴方が待ちわびている次弾……」
片手でゆっくりと、自身の真横から上へ、そして頭上へ……まるで月舟に見せびらかすかのように、刀身が翠色となった妖刀を掲げる。
「……放たせて頂きますよ、『無双風刃』!!」
そう言い放ち。
構えた『小烏丸』下へと振り抜いた。
今度は込めた妖力が少なかったのか、目に見えて真空刃の数は少ない。床に刻まれた傷も小さい。
……しかし、それでも200近い真空刃が生成され、月舟に向けて放たれた。
「………」
微かに汗ばんだ手で、武器を握る月舟。当然、まだ『虚空』を放てるだけの霊力は練りきれていない。
それでも、月舟の目は真空刃を真っ直ぐに捉えていた。数が少ない分、自身に当たりそうな真空刃だけを冷静に見極め、最低限だけ撃ち落とせば十分対応できる、そう考えていた。
……そう、考えて
「………なんだと!?」
月舟が、慌てたような様子で大きく後方へと飛び退く。まるで、何か重大な脅威から急いで逃げようとしているかのように。
無双風刃を見てさえ驚かなかった月舟が、初めて見せた動揺。
それは一体何故か。
「……ふふふ」
真空刃の一部が紫の作り出したスキマ空間に飲み込まれ、奥に消えていくのを見たからである。
「
紫が優雅ささえ感じさせるような所作で、閉じた扇子を横に振るう。
「……
……そして紫のスキマ空間内は、距離や方角の概念を超越した異次元空間。
だから、まっすぐ飛んでいた真空刃の向きをスキマ空間内で捻じ曲げ、それを離れた位置へ瞬間移動させるなど紫にとっては造作もない事なのだ。
「くっ……!?」
月舟の真横に開いたスキマから、次々と緑色の真空刃が飛び出し襲い掛かる。
……とっさに後ろへと飛び退いていたため、直撃は
だが、攻撃はそれだけに留まらない。
「………!!」
無双風刃は、真空刃が同じ直線上を飛ぶ事を前提とした制御によって成り立っている。だからこそ、あれだけの数の真空刃同士が一切ぶつかる事なく敵へと到達するのだ。
だが今回のように、真空刃の飛行ルートが何らかの理由で交差すればどうなるだろうか?
……当然の結果として、制御が追い付かず真空刃同士が衝突する。
「……っ……!!」
前から真っ直ぐ飛んできた真空刃と、紫の手により左右へと分かれた真空刃。それらが月舟の目前で次々と衝突を起こし、妖力を含んだ一つの大きな衝撃波と化して月舟に襲い掛かる。
腕を合わせ、空中で顔を守るように防御態勢を取った月舟。
だが衝撃波はそれを嘲笑うかのように月舟に覆い被さり、容赦なく体を切り裂いていく。更に強烈な風圧によって後方へ吹き飛ばされ、壁に思いきり叩き付けられた。
「かはっ……」
肺の空気を全て吐き出し、目を見開いて苦しそうに悶える月舟。
たった一回の文と紫の連携攻撃、しかも文の無双風刃が全力ではないにも関わらず、あっという間に月舟は瀕死に追い込まれた。
「……ぐぅ……」
……だが、倒れない。
壁を支えに、傷付いた体を真っ直ぐに立たせている。だらんと下げた右手には、しっかりと宗近が握られている。
月舟の体に刻まれた傷は深く数も多かったが、その
「ふふふ、敵は文だけじゃないのよ?」
ゆったりとした足取りで、文の横へと移動していく紫。彼女の口元は扇子で隠されており、その真意は窺いしれない。
しかし目元のみで判断するならば、それは冷笑あるいは嘲笑ともとれるような、はっきりと負の感情がこもった笑みであろう。
「当然……だろう、『残心』という……言葉を知っておるか? 妖怪の賢者よ」
「まさか知らないとでも?」
「……愚問だったな、忘れてくれ……」
そして、どれだけ重い傷を負ったとしても、月舟には強力な回復技がある。
「……『呼癒法』」
大きく息を吸い込む月舟。たったそれだけで、彼の体に刻まれた傷がみるみるうちに塞がり、癒えていく。
……そしてそれを、無言でじっと見つめる文と紫。だが、二人とも笑みを浮かべている。
ほどなくして、全ての傷が消え去った月舟が改めて武器を構え直す。
「あら、ずいぶんとハイペースで使ってるわね。大丈夫なのかしら?」
「………」
口端を少しだけ吊り上げながら、紫が笑う。
対する月舟は、無表情を貫く。
……『呼癒法』は、強制的に自然治癒力を高める技。そのため、使った後の身体的反動が非常に大きい。
それでも一日五回程度までなら殆ど影響は無いが、それを超えれば……。
「動きが大きく鈍る、か……」
「あら、その割には随分と余裕なのね」
「………」
ただでさえ四対一と数的不利を背負っているうえに、その四人は自分と同格かそれ以上の実力者ばかり。『虚空』『呼癒法』と大技を連続で使ったところで、現実は文と互角に戦うので精一杯。
そこへ紫の乱入……さらにその後ろでは、和葉と御代が大技の準備をしている状況。誰の目から見ても、月舟の圧倒的不利は明らかだった。
「……まだまだ、戦いはこれからだろう?」
……それでも、表情こそ曇っているものの目に宿った光は未だ消えてはいない。
壁から一歩、二歩、三歩……やや離れた位置で再び八相の構えをとった。
「……思ったより粘るわね」
微かに笑顔を陰らせる紫が、傍らに立つ文にだけ聞こえるよう小さく呟く。実のところ、紫は必殺を期して戦いに乱入したのだが、結果は紙一重で月舟を倒すには至らなかった。
「……まだ三人残ってますからね、少しでも消耗させようという魂胆なのでしょう」
紫達四人からすれば、この戦いは月舟を倒して終わり……という訳にはいかない。その後に控える、月舟以上の実力を持つ三人の四傑も倒さなければならない。
そして文の言う通り、月舟の狙いは消耗戦。少しでも戦いを長引かせる事で四人を消耗させ、可能ならば誰かを道連れにする事。それが、四傑の筆頭から与えられた月舟の役割であった。
そしてここまでは、『掴来』『心斬』による攻撃の受け流し、『虚空』と『呼癒法』による奥義潰し、と文だけではあるものの戦力を削る事に成功している。
……そして彼は、自分が勝つという結果が万に一つも無い事は承知の上でこの任を引き受けている。彼にとっては、まさに命を懸けた決死の攻防なのだ。
「……残念だけど、その思惑に乗る訳にはいかないわよ」
「そうだな、早いところこの必殺の攻撃を叩き込んでやらないとな」
紫と文の会話に、歩み寄ってきた和葉と御代が割り込む。
……和葉は光り輝く三十六枚の札を両手に携え、御代は両手を煌々と紅く輝かせながら。
確かにこのまま戦っても、四人の実力をもってすれば確実に月舟には勝てるだろう。
……しかし消耗を抑え短期決戦を望むのならば、このまま戦い続けるのは愚策。月舟に『呼癒法』を使う隙を一切与えず、一気に致命傷を負わせなければならない。もちろん、必要以上の消耗を抑えながら。
そのためには……、
「……では、私がもう一度いきましょう」
和葉と御代が用意した大技を当てる隙を、誰かが作り出さなければならない。
現状それができるのは、月舟と互角以上の接近戦を演じる事ができる文だけ。
ゆえに息を整えた文は、今一度戦いへと赴くため一歩前に出る。そのまま、顔を横に向け目だけで三人を見やる。
「任せて貰えますか?」
「………」
穏やかな表情の和葉が頷けば、追従するように御代もコクンと頷く。そのまま二人は、沈黙をもって肯定の意思を示す。
「紫さんも、よろしいですか?」
「ええ」
扇子で口を隠し、笑顔を覗かせながら紫も頷く。
それを見届け前を向いた文の背に、穏やかな笑顔を浮かべる和葉から言葉がかけられる。
「……文」
「何でしょうか、和葉?」
「バテても構わないから、思いっきり戦ってきていいわよ」
「………」
文からの返事は、肯定を示す頷き……それと、少しだけの笑顔。
それを受け取った和葉は一歩退くと、穏やかな表情をしまいこんで月舟をキッと睨み付けた―――
読んで頂き、ありがとうございます。
以下、戦いは後編に続きます、お楽しみに。