灰色の空から降る雪を、魔理沙はガラス戸越しに見つめている。まだかじかむ手を何とか炬燵から引き抜いて、湯呑にお茶を注いだ。
炬燵の猫は私1人。神社の家主は炬燵にいない。何故なら、元旦だからだ。霊夢は私におせち作りや神社のお清めを頼むほど忙しいらしい。
昨夜から雪が降り続いている。細かくて、まばらに降る雪。降り積もることはなくて、石畳の参道に溶けていく雪。霊夢も昨夜から外に出ている。
緑茶を一口。口の中に渋みと温かさが染み入る。
襖が開いた。はんてんを羽織った霊夢が鼻を赤くして入ってくる。
「さむー」
正月に相応しい縁起良い巫女は、小走りで畳を蹴りまくり炬燵の中に滑り込んだ。
「おかえり」 笑みを振る。
「はいはいただいま。しばらく参拝客は来ないと思うわ」
「何で?」
「寒いし」
「そりゃそうか」
「まあ神楽もあと何回かあるんだけどね」
霊夢は身を縮みこませながら、炬燵の中で手を擦り合わせている。魔理沙は急須でお茶を淹れてやった。
「悪いわね」
霊夢は湯気の上る湯呑に掌を押し当てる。しばらく温まってから、湯呑を口に運ぶ。
「あつっ」
霊夢が猫舌なのはよく知っている。慌てて口を離した霊夢に、魔理沙は思わずにやけた。
「まあ、熱いんじゃないか」
「思ったより……」
「沸かしたてだぜ」
「あーどうりで」
唇を窄めて吹き冷ます。身を屈めて何度も何度も、まるで子供のように。湯気が薄らいできて、やっと口をつけた。
飲んで、霊夢は微かに溜息をつく。縮みこんだ体が徐々に緩み、皺の寄っていた眉も柔らかくなる。
魔理沙は中央に積み上がっていたみかんを1個、霊夢の前に置いた。
「食べろよ」
「あんたもね」
霊夢もみかんを置いてきた。手に取る。
お互い、みかんのお尻を上に向け、皮に爪を立てた。厚みある表皮に指を食い込ませ、皮と果肉の間に潜り込んでいく。
「あんたは参拝しないの?」 みかんを転がしながら聞いてくる。
「したぜ」
「ご両親はもう来てたわよ」
「あーそうか? じゃあきっとしてないんだろうな」
きめ細かく結合した皮と果肉の繊維。ぶちぶちと爪で押し切り、剥がしていく。
「今年も詣でないの?」
「しないな。肌に合わなくなった」
「気にしなくていいんじゃない? おせちもさ、今年は食べて行きなさいよ。折角あんたが作ってくれたんだから」
「すべきじゃないだろ?」
剥き終わって、みかんの鮮やかな果肉が露わになる。残った皮はゴミ箱に放った。
「私に歳神様は来ないよ」
歳神様は祖霊。家を捨てた私とは縁の切れた神様。
魔理沙は1房をもぎ取り、ぱくりと頬張る。
「そう」
霊夢も食べる。
そのまま2人は、言葉も交わさずぼうっと外を眺めていた。丘に構える神社からは景色をよく見渡せる。森、山、川、まるで死んだかのような静けさに包まれていた。厚い雲が覆い被さって日光の差さない薄暗い世界。風は吹かず、鳥も羽ばたかず、人もいない。辛うじて動いてるものといったら、雪だけだ。雪が、神社を覆う帳のように降っている。
ふと、このまま止まなければいいのにと思った。止まなければ口実ができる。止まなければ、研究メモが散らばる家に帰ることも、霊夢を、博麗の巫女として見ることもない。こんな風にだらだらと神社に居座って、おせちを作ってやったり、お茶を淹れてやったりしながら。
「いつ帰るの?」 霊夢が口を開く。
「今晩、吹雪いていなければ」
「そう」
ガラス戸に張り付く雪の粒。付いたそばから溶けていって、すぐに目に見えなくなってしまう。
「魔理沙」
霊夢は背中を捻り、こちらを向く。伏せた睫毛を僅かに上げ、瞳をじっと合わせる。そして静かに口元を緩めた。
「今年もありがとうね」
霊夢らしくもない控えめな笑みだった。言うなれば、まるで雪のような。でも冷ややかさのない、温かな。
ありがとう、か。
魔理沙も笑みを返す。
「こちらこそありがとうな」
もう少しだけ雪は止みそうにない。