銀色のプレートに指が触れた瞬間、脳内に情報が直接流れ込んでくるような錯覚を覚えた。視界の端で光が収まると、そこには俺という存在を定義した「数値」が並んでいた。
「……なるほどな。出来すぎだろ」
思わず口角が上がるのを、俺は必死に抑え込んだ。
そこに刻まれていたのは、到底レベル1のものとは思えないスタッツの暴力。そして、本来一つであるはずの項目に並ぶ、二つの『天職』。
【天職:重戦士/魔導師】
中学から積み上げてきた肉体の研鑽が『重戦士』として。そして、前世の知識とこの世界への適応が生んだ膨大な魔力適性が『魔導師』として、互いを補完するように結実していた。数値を見れば、HP、筋力、体力、耐性の項目は、召喚直後の勇者光輝をすら優位に超えている。
周囲では、次々と驚愕と歓喜の声が上がっていた。
「すごい! 筋力が100を超えてるわ! さすが光輝くん、天職『勇者』ですって!」
「香織さんも『癒術師』!? 恵里さんは……『降霊術師』? すごい、みんなレア職だよ!」
光輝が、眩いばかりの光を放つプレートを掲げ、王族や騎士たちから称賛の嵐を浴びている。ハジメはといえば、自分のプレートを見て「錬成師……非戦闘職か……」と少し肩を落としていたが、その隣で恵里が「ハジメくんが作るもの、私楽しみだよ。一緒に頑張ろう?」と、その手を強く握っていた。
そんな中、俺は静かにプレートを胸ポケットへと仕舞い込んだ。
「さて、勇者の方々。確認が終わりましたら、そのプレートをこちらへ。記録を取り、皆様に最適な装備と訓練を準備いたします」
教会の神官たちが、羊皮紙を手に回ってきた。クラスメイトたちが次々と「はい、お願いします!」と誇らしげにプレートを差し出していく。そして、俺の番が来た。
「……久磨誠様ですね。プレートを拝見しても?」
若い神官が、当然のように手を差し出してくる。俺は、その手を静かに見下ろし、短く答えた。
「断る」
「……はい?」
「聞こえなかったか。このプレートをあんたらに渡すつもりはない、と言ったんだ」
「な、何を仰るのですか! これは重要なデータなのですぞ! それに、神エヒトより授かりし力を秘匿するなど――」
「神が授けたものなら、それは俺の所有物だろ。それに、ステータスは命に関わる機密情報だ。手の内を、出会って数分の、信じられるかも分からない連中にさらけ出す趣味はない」
俺の言葉に、教皇イシュタルの目が険しく光る。
「久磨くん、何を言ってるんだ!」と光輝が割って入ろうとしたが、俺はそれを手で制した。
「雫も、ハジメも、自分の意志で提出した。それはいい。だが俺は、俺のプライバシーを優先させてもらう。……どうしても天職を知りたいって言うなら、教えてやるよ。俺の天職は『重戦士』だ。それ以上でも以下でもない」
「『重戦士』……。確かに、その体躯を見れば納得はいきますが……しかし、プレートによる確認なしでは……」
神官が狼狽えて教皇を仰ぎ見る。
俺は一歩前に出た。それだけで、周囲の空気が重く圧せられるような威圧感を放つ。レベル1とは思えない、鍛え抜かれた肉体の熱。
「記録には『重戦士』とだけ書いておけ。どうしてもプレートを奪いたいってんなら、力ずくで来るか? 召喚早々、勇者の仲間を一人『検品拒否』で処刑するつもりなら、それも面白いがな」
俺の不敵な言葉に、一人の男が苦笑いを浮かべて割って入った。
王国の騎士団長、メルド・ロギンスだ。彼は俺の体格を鋭い目で見つめた後、神官の肩を叩いた。
「……よせ。彼にも一理ある。戦士が自分の手の内を隠したがるのは、生存本能のようなものだ。……久磨殿と言ったか。その体格、嘘を言っているようには見えん。提出は後日でも構わんよ。プレートを隠せるだけの度量があるなら、それもまた戦士としての資質だ」
教皇も、深いため息をついて頷いた。今は一刻も早く「勇者」たちを掌握したい時期だ。ここで一人のイレギュラーと揉めて、全体の士気を下げるのは得策ではないと判断したのだろう。
俺はポケットの中のプレートに指を触れ、確信していた。
公表された『重戦士』は、俺の半分に過ぎない。そして、この数値の暴力こそが、奈落の底でハジメと俺が生き残るための、絶対的なパスポートになる。
「……ふぅ、冷や冷やしたよ、クマくん。でも、カッコよかった」
ハジメが苦笑しながら寄ってくる。
「自分の身は自分で守る。それが基本だろ、ハジメ。……さあ、飯だ。異世界の飯が食えるんだろ?」
俺は不敵に笑い、困惑する王城の人々を背に、食堂へと歩き出した。
俺のステータス――レベル1にして、全勇者候補を凌駕する物理スタッツ、そして隠された『魔導師』の力。
それを知る者は、今のところ、この世で俺一人だけだった。