Fate/Denied: 最後のマスターはなぜ、英雄を殺すと決めたか 作:冬木観測者・ローシャッハ
「ビーッ。——
耳元の戦術バイザーから響くのは、生死を分かつ極限状況には不釣り合いなほど、吐き気がするほど甘ったるい声。
「冬木市へようこそ、ゼロ様♡
ズドォォォォンッ!!
重力が、乱暴に肉体を捕獲した。
ゼロは制御を失った流星の如く、未だ燻る黒い魔力の残滓を纏いながら、なんの緩衝もなく日本庭園へと叩きつけられた。土塊が飛び散り、手入れされた石畳は瞬時に亀裂を刻み、崩壊する。
「がっ……、はっ……」
白煙を上げるクレーターの底。ゼロはよろめきながら身体を起こす。
漆黒のコートはボロ雑巾のように裂け、露出した筋肉には
「……ッ、NFFサービスなんぞにシステムを弄らせるんじゃなかった。シオンの遺物を、こんなふざけた口調に調教しやがって」
「人聞きが悪いですわねぇ。ワタクシは最新鋭の——」
「黙れ、オルテナウス」
ゼロが顔を上げる。硝煙の向こうで、その
「今のテメェは、コヤンスカヤ本人より鬱陶しいぞ」
「あらあら、ゼロ様ったら~。もっと愛を囁き合いたいところですが……」
オルテナウスの声色が、不意に戯れを捨てた。
「アフターサービスの話をする前に、『目の前』をご覧になることを推奨しますわ?」
警告など不要だった。
その瞬間、冬木市の掻き乱された大気は、鋭利な刃物で切り裂かれたかのように凍りついたのだから。
ゼロは呼吸を止めた。
舞い上がる粉塵が晴れゆくなか、月光の下に静謐と佇む、その小柄な影。
彼女に驚愕はない。
まるでクレーターが穿たれる数秒前から、この
塵ひとつない蒼銀の
その碧緑の瞳には感情のさざ波ひとつなく、ただ純粋で、凛冽な殺意だけが、ゼロの頸動脈に狙いを定めていた。
騎士王。セイバー。アルトリア・ペンドラゴン。
「天より降りし侵入者よ、名を名乗れ」
少女の声は氷のように冷たく、
「貴公が答えるとは思わぬが」
「……その通りだ」
ゼロは顔を上げる。
果てしない旅路の末に焼き尽くされたその金色の双眸が、かつて見知ったはずのその瞳を、無感情に射抜いた。
「どうせ、お前は
その顔。あまりに凛然として、何人たりとも侵せぬ聖性を帯びた
激突の衝撃でさえ乱れなかったゼロの呼吸が、あまりに馴染み深いその造形を目にした瞬間、窒息にも似た痛みに襲われた。
似すぎている。
その揺るぎない眼差しも、すべての責務をその華奢な肩で支えようとする不器用さも。
網膜の裏で、幾重もの
クリスマス・イヴにプレゼントをねだった黒き王。
銀河の彼方でカップ麺を啜った星の王。
最果てにて、己に栄光を授けた槍の王。
そして……。
笑顔で彼を未来へと押し出し——けれどこの間違った世界で、強制的に
『どのアルトリアも、運命的に
どの世界にいようと、どの側面のアルトリアであろうと。「世界意志」という名の三流脚本家が出しゃばってきて、彼女たちを「衛宮士郎」という男の腕の中へ突き飛ばすのだ。
『見ろ。これが全ての元凶だ』
内心の何かが冷笑する。
『
ゼロの指先が微かに震えた。
戦術グローブ越しでも分かる幻痛。かつて彼女を抱きしめたいと願った衝動は、今やこの因果をへし折りたいという破壊衝動へと変質していた。
これが、この世界の
そして眼前の不可視の剣を構える騎士王こそが、このふざけた運命の
「……サーヴァントか?」
セイバーが僅かに重心を沈める。足元の芝生に魔力の波紋が走った。
「クラススキルを感じ取れぬが、この魔力反応……バーサーカーか? あるいはアヴェンジャーか?」
直感が告げているのだろう。
目の前の黒衣の青年は、人の器を持ちながらも、とうに人の領域を踏み外している。その全身から漂うのは、数多の戦場を渡り歩いた硝煙の臭いと、人間が抱えるにはあまりに重すぎる魔力の
ゼロは答えない。
ただセイバーを見据える。その眼差しに、歴戦の騎士王ですら得体の知れぬ悪寒を感じ取った。
それは敵を見る目ではない。切除すべき『患部』を見る、外科医の目だ。
「オルテナウス」
ゼロの声は砂利を噛んだように低く、熔金色の瞳から感傷が急速冷凍され、絶対零度の殺意へと変貌する。
「
「迂回はしない。補助機能を全カットしろ。残りの
かつての彼なら、対話を試みたかもしれない。あるいは非致死性の手段を選んだかもしれない。この顔の持ち主を傷つけたくないという甘えがあった。
だが、それは自殺行為だ。
目の前のアーサー王は、すべてのアルトリアの
不機嫌そうな電子音と共に、戦術バイザーが明滅し、ブラックアウトする。胸元のブローチが放つ、存在観測を継続する微かな緑光だけが残った。
この歪んだ世界を正すために。奪われた未来を奪還するために。
——彼女の屍を、越えていくしかない。
「|俺はこの間違いを正す、どんな代償を払ったとしても《I will fix this, no matter what it takes》」
誓言ごとき呟きが、夜気に落ちた。
「御託を!」
セイバーが動いた。
人間の動体視力では捕捉不可能な速度。
Aランクの魔力放出が華奢な肉体を弾丸へと変え、不可視の聖剣が暴風を巻く。地面に刻まれた深痕だけが、死神の軌跡を示していた。
初手からの首断ち。
それこそが騎士王の慈悲。一切の苦痛を与えず、一撃のもとに葬り去る最適解。
だが——ゼロは避けない。
七つの特異点と異聞帯という地獄を這いずり回った彼の
ゼロの掌に、懐中電灯にも見える無骨な灰色の円筒が現れる。
「
噴出する黄金の光刃。現代工業めいた暴力的かつ不安定な高熱が、千一秒の刹那に
「なッ——!?」
セイバーの碧眼が驚愕に見開かれる。
攻撃を防がれたからではない。兵装が交錯した瞬間、相手から「戦士」としての尊厳も、試探りも感じられなかったからだ。
ゼロの左手が、毒蛇のように黒い袖口から滑り出る。
五指が開かれ、視認不可能な極細
それは殺戮のためだけに研ぎ澄まされた技術。人理を救うために「名誉」などという言葉を噛み砕いて飲み込んだ男が、この悲劇の運命へ手向ける、最大の
お前が全ての始まりだというのなら。頼むから未来のために、死んでくれ。
「卑怯な!」
騎士王の反応速度は思考を超越していた。
だが、それも
距離はゼロ。鼻先が触れ合うほどの
ゼロは微塵も狼狽えない。熔金色の左目に、冷徹な勝利の光が宿る。
弾かれた左手は、その反動を利用し——まるで慰めるかのように、セイバーの手甲へと【優しく添えられた】。
「
ゼロが、悪戯のようなコードネームを囁く。
クルミ大の黒い金属球体。ある悪魔ごとき道化師の宝具をリバースエンジニアリングした量産型礼装が、吸血する
球体の中心で、紅い光が激しく明滅を始めた。
「こ、れは——ッ!」
セイバーの『直感』が脳髄で警鐘を鳴らす。防御不能。甩き放せ!
だが、その球体はまるで生き物のように装甲へ浸透している。
ゼロは一撃離脱の勢いで後方へバックステップを踏み、巨大な蝙蝠のように黒衣を展開して身を隠す。
カッ、ドォォォォォンッ!!!
小指の先ほどの爆弾が、塀を吹き飛ばすほどの指向性衝撃波を撒き散らす。
呪詛属性を帯びた赤紫の火球が炸裂した。メフィストフェレス由来の悪辣な技術は、「物理衝撃でありながら、物理防御では完全に相殺できない」という最悪の
噴き上がる黒煙。
ゼロは着地と同時に
あのセイバーを三秒足止めした。人類の身としては、奇跡に等しい戦果だ。
だが、三歩目を踏み出した、その時。
背筋の産毛が逆立った。
音はない。大気の揺らぎさえない。だが、死線を潜り抜けてきた第六感が告げている。
湿り気を帯びた、粘着質な殺意が、毒蛇のように脊椎を這い上がってくるのを。
貫かれる。
思考より先に、反射神経が肉体を駆動させる。ゼロは地面を強く踏み砕き、慣性を無視して強引に右側へ横転した。
ガィィィンッ!
紫色の魔力残滓を引く、毒蛇の牙のような長大な鉄釘。それがゼロの残像を貫き、深々と地面に穿たれていた。
矢ではない。それは獲物を捕獲するために鍛造された『楔』。
「意外ねぇ」
屋根の上から降ってくるのは、冷淡でいて危険な女の声。
獲物を品定めするような侮蔑と、テリトリーを侵された怒りが混じり合う。
「正面からセイバーを圧倒した上に、中の人間まで襲おうとするなんて。……あの坊やのことは嫌いだけれど、ここは私の仮宿なのよ」
ゼロが視線を上げる。
月を背に、紫の長髪が狂い踊る。黒いベルトがボンテージのように肢体を締め上げ、魔眼殺しの目隠しをした長身の女。手には鎖に繋がれた
ライダー。メドゥーサ。
「次から次へと……」
ゼロは血反吐を吐き捨て、
「今夜は冬木市の『サーヴァント・カーニバル』か?」
悪態をつきながらも、足だけは止めない。
背後からは
まだ
後ろのライオンが噛み付いてくる前に、前の毒蛇を始末する。
屋根の上のライダーが次なる短剣を投擲する暇も与えず、黒衣の男は狂犬のように突っ込んだ。
「死に急ぐか」
ライダーが冷笑する。この距離なら、サーヴァントの反応速度は人間の数十倍。僅かに身を豗し、鎖で首をねじ切れば終わる。
しかし、ゼロの指が柄の機関部を弾いた。
カシャ、——ヴンッ!
起動ではない。
短かった円筒が、魔力のポンプ音と共に爆発的に伸びる。二段、三段——瞬きの間に、それは二メートルを超える漆黒の長柄へと変貌した。
「
煌めく黄金の刃が消え、長柄の尾端——『聖槍・オルタ』の欠片が狂ったように回転を始める。吹き出すのは、石油のように重く、不吉な紫黒の魔力。それは光さえ飲み込む、巨大な鎌となって凝縮する。
「な——ッ?!」
ライダーの視界が、突如として
人間が振るえる重量ではない。物理打撃の範疇を超えた、純粋な魔力嵐の質量体。
「狭所だが、機動力と『怪力』を持つお前と刺し違えるのはリスクが高い」
嵐の中心で、ゼロの氷結した声が響く。
小細工はない。疾走の運動エネルギーをすべて乗せ、その二メートルの攻城兵器を、ライダーの横腹へと薙ぎ払う。
「だから——不意を突いて一撃で潰す」
ズドォォンッ!!
ライダーは短剣で受けようとした。だが、桁違いの魔力質量が彼女の重心ごと粉砕する。
まるで建設重機に正面から撥ねられたかのように、彼女は布切れのように吹き飛んだ。壁が崩壊する轟音と共に、ライダーは悲鳴を上げる暇もなく、紫黒の雷光を纏った薙刀ごと、玄関横の耐力壁へと叩き込まれた。
「チッ、出力低下が激しいな。霊核どころか、
粉塵が舞い、妖艶なサーヴァントを瓦礫が埋め尽くす。英霊の耐久力ならば即死はしないだろうが、霊基が激震し、十数秒は壁から引き剥がせないはずだ。
ゼロは瓦礫を一瞥もせず、薙刀を収束させ、黒い稲妻となって粉砕された玄関を突破した。
木片が飛び散る中、
データベースにある情報はこれで全て。あの二騎を抜ければ、居間に「正義の味方」がいる……。
セイバー相手に一瞬の隙を作り、ライダーを火力で圧殺する。
その代償として、残された生命力は枯渇寸前だ。
だが——安いものだ。
ゼロの冷え切った口元が、わずかに歪む。
勝った。
未来からの
障子紙一枚隔てた向こう、居間から温かい光が漏れている。
そこに、ヤツがいる。
世界に偏愛され、本来なら自分に向けられるはずだった全ての光を奪い去った男。
目標まで、あと五メートル。
魔術も、宝具もいらない。あとは歩いていって、果物ナイフでも突き立てれば、この悲劇の連鎖は断ち切れる。
ゼロは、障子の向こうを焼き尽くさんばかりに睨みつけた。
「殺すぞ、エミヤ・シロウ」
幾千の悪夢の中で繰り返してきた呪詛を、低く吐き捨てる。
ゼロの靴底が、廊下の板を踏みしめた、その瞬間だった。
ド、ン。
心臓が、一拍止まった。
音ではない。
空気さえ凝固させるほどの『質量』が、突如として頭上に顕現したのだ。
それは純粋で、隠しようもない、生物としての本能が畏怖する——絶対的な『死』。
ゼロは弾かれたように見上げた。
視認する必要さえない。歴戦の直感が、最も無様で、けれど唯一の
——地面を転がる、泥臭い回避だ。
なりふり構わず、横へと飛ぶ。
次の、刹那。
爆発も、閃光もなかった。
ただ、豆腐に杭打ち機を打ち込むような、鈍く、重い音がしただけだ。
常軌を逸した巨大な『斧剣』が——屋根の半分を巻き込みながら——コンマ一秒前にゼロが立っていた空間を、物理的に消滅させていた。
衛宮邸が、断末魔のような悲鳴を上げて軋む。
セイバーではない。
ライダーでもない。
土煙が晴れる。
その山のような黒い肉体は、完全には立ち上がっていない。片膝をついたまま、紅く燃焼する狂乱の双眼で、地を這う蟻を見るように、ゼロをあごでしゃくっていた。
『■■■■■■■————!!!!』
それは咆哮ではない。
ギリシャ神話最強の大英雄が、絶望という名の
バーサーカー。ヘラクレス。
巨大な影が、血の気を失ったゼロの顔に落ちる。
人間どころか、並の英霊でさえ、十二の試練を持つ大英雄との
だが、死の恐怖よりも、ゼロを凍りつかせたのは。
前提崩壊の事実だった。
「……ふざ、けるな」
ゼロは乾いた音で呻く。喉が砂利で詰まったようだ。
すべての手順は完璧だった。あと一歩だった。
「
剣の柄を握る指が、あまりの力に白く軋む。
廃墟と化した衛宮邸で、不条理と、行き場のない憤怒が木霊した。
「どうしてだ……。なんで、バーサーカーが、この
—————————————————————————————————————————————
【あとがき】FGO第2部終章リメイクという名の「人理定着」
「嘘でしょう」 ——そう呟かずにはいられませんでした。
ゼロが冬木に降り立ち、運命への反逆を誓った(僕が第2章を書き上げた)まさにその時。
公式から『FGO 2.0終章リメイク』が発表されるなんて。
これは単なる偶然ではありません。間違いなく、汎人類史(公式)による正確無比な飽和攻撃です。
私たちがこの物語で掲げようとした「陳腐な結末への怒り」を察知し、世界(TYPE-MOON)は慌てて「より強固で、より完璧な、否定しようのないエンディング」を上書きしに来たのです。
まるで、「お前のような歪な異聞帯に、入り込む隙間などない」と言わんばかりに。
正史が我々を『剪定』しに来た以上、悠長にはしていられません。
人理定礎が完了し、この物語が『有り得ざるもの』として消滅させられる前に、この記録を公開します。
ゼロよ、どうやら君の敵はエミヤ・シロウだけではないらしい。
TYPE-MOONのシナリオライター室そのものが、全力で君を「剪定」しに来ているぞ。
ならば見せてやろうじゃないか。公式の筆が折れるか、僕らの執念が砕けるか——勝負だ。