愚か者   作:鷺沢萌絵

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オリ主、オリキャラはフランス語です。異物なんで。地名はドイツ語にしました。


謎を断つ

  街を出てから十年。俺は三十を超えた。

 かすかに身体的な成長に限界を感じてきた。

 

 身体能力に関してはこれが頂点なんだろう。これからはそれの維持に尽力する。

 

「そこな人……おや、アカズでしたか」

「ああ。えっと、あなたは? 何か御用ですか?」

「いいえいいえ。少し話を聞いてもらいたいと思ったんだが……いやアカズならどうでもいい」

「そういうあなたは、血の匂いがしますね」

「へぇ……一つの感覚を喪ったらほかの感覚が鋭くなると聞いたが、本当なんだな」

 

 今日も山で、適当に魔物を切り刻んで鍛錬して。

 帰り道で魔族に合うのは想定外だった。

 

 血のにおいを漂わせ、人ではない音を発しながら、盲目の俺に人のふりをして近づいてくる。

 

 しかし魔族にも個性や性格というものがあるらしい。俺が盲目ならば騙すまでもないと襲ってくる奴と、それでもぎりぎりまで騙そうとする奴。慎重な性格だったり、大雑把だったり。

 今回出くわした魔族は、前者だ。

 一歩踏み出してきたので、杖を振った。

 

「盲目なら、なにもだまああすぃいいいいい」

 

 魔族というのは不思議だ。

 師匠は心の臓を両断した瞬間に絶命した。

 魔族は、首を落としても首だけがしゃべりながら落ちていくのだ。

 

「どういう仕組みなんだ? 人間と急所は同じなのに。心臓も肺も、人間と機能が違うのか?」

 

 尋ねてみるが、かすかなうめき声とともに、魔族は消えた。

 魔族が消えるとき、僅かな魔力と、得体のしれない何かに分解されていくのが不快だった。

 

「空気を感じ取る能力は、まだ伸びるか……」

 

 

 剣技も身体能力も。聴力も嗅覚も。

 ほとんど成長できない段階になっている。

 

 しかし、今はまだ勘としか呼べない感覚が、少しずつ研ぎ澄まされてきていた。

 

 

 

 

 

 山のふもとに村がある。名をヘルツライトという。

 その小さな村で今は暮らしている。

 

 戻ってくるなり、人の気配が近づいてきて。

 

「セシテさん!! また山に行っていたんですか!? 危ないからやめてくださいと何度も──」

 

「ああ、アムールか。ちょうどいい。俺の家まで連れて行ってくれ」

「はぁ、仕方ないですね……」

 

 村は俺に対して意外と好意的で、これといった貢献はしていないはずなのに、ちゃんとした家を分けてくれた。

 

「家の中のことは大丈夫なんですか? わたしよく様子を見るように言われてて」

「はぁ、それは……」

 

 俺が何かを言うより先にアムールは家の戸を開けた。

 

「まあ、埃が多い……! あっ、剣が埃にまみれてるじゃないですか!?」

 

 少し意識を集中させる。

 音──反響──におい。

 

 自分の家を脳内に描き出し、人型がそこをどう動いているのかも分かる。

 アムールは俺よりずっと身長が低くて、髪がさらさらと長い。顔立ちはわからないけれど、声で何となく想像している。

 

「この村に来たばかりのころは、ずっと剣を振っていたじゃないですか?」

「もう五年は経つか。振っていないわけじゃないんだけどな」

「時々杖を突きながら山に行って……魔族や魔物が出るらしいですよ? あまり行かないでほしいですけど」

「今まで一度も逢ったことがないからな。いないんじゃないか?」

 

 俺が言うと、あからさまにため息を吐いて、というかわざと俺に聞こえるようにしたんだろうけれど。

 

「魔族や魔物が出ても気づいてないだけじゃないんですか?」

「ははっ、そうかもな」

 

 魔族はそこまで多く出てこない。

 下手に暴れて、目立つことを嫌っているらしい。勇者ヒンメルの存在はそれほどまでに大きいのだ。

 俺としては面白くないのだが。

 

「あまり、危ないことはしないように。さて、掃除しますか」

「いや、そんなことをしてもらうわけには」

「はいはい。村長が呼んでいたので、そっちに行っていてください」

 

 有無を言わさずといった様子で、食器類を整理し始めたアムール。

 仕方がないので、言われた通り村長の家にでも行ってみることにした。

 

 集中せずとも、村長の家はわかる。横に長くて、というのも村内会議をするときに集まるための場所であるのだから、広くなくてはならないのだ。

 村長は随分と高齢で、九十は超えているらしい。

 俺が来た時からそういっていたから、その話が本当なら百に近いはずだ。

 

「大げさでもなさそうなんだよな」

 

 村長もすでに明を喪っていて。

 この村が俺に対して優しいのは、村長の存在も大きいのかもしれない。

 優れた知性と経験、ゼーリエよりもずっと仙人のような視点を持っている気がする。

 

 俺が家の前に立った瞬間に、奥から声がした。

 ガラガラと砂のようにしわがれていて、なんといったのかまでは聞き取れなかった。

 俺が聞き取れないということは、誰にも聞き取れないだろう。

 

「では、入ります」

 

 ただ、経験上村長がこの状況で何か口に出したとしたら、入れと言ったはずだ。

 俺は目が見えない代わりに聴力が発達している。しかし、村長は俺ほど耳がよくない。それなのに、どうやって察知しているのやら。

 

 戸を開けて、なるべくはっきりとした声で話しかける。

 

「体調にお変わりはありませんか?」

「もうこの歳になると、下り坂よ」

「俺がこの村に来た時から言ってますよ?」

 

 村長は昔、魔法使いとしてこの村を守っていたらしいのだが、最近は横になっている時間が増えた。

 

「それで? 何の用なんですか?」

「アムールと夫婦になる気はないか?」

「はあ? 何の冗談……冗談ではないのですか……そんなの、アムールが可哀そうでしょうに」

「なぜだ?」

「なぜって、アムールは今いくつでしょう……? 二十歳? 俺より十五も若いし、それに盲の良人をもってどうするんです」

「もうすでに、世話を焼かれているじゃないか」

 

 と、村長は言うが、どうせ村長に促されてやっているんだ。

 

「あの気の強い女子が、オレから何か言われたくらいで人の面倒を見てたまるか」

 

 俺が何かを言い出すより先に村長は言った。表情は見えないはずなのに、なぜわかるのか。

 問いただしたことはあるが、答えてはくれなかった。

 

「まあ……確かに。アムールはあなたのいうことを聞きそうにないか」

 

 そういう意味では、確かに俺は好かれているのかもしれない。

 

「でも、どちらにせよ。それを受ける気はないです。削ぎ落していく真っ最中なんだから……」

 

「剣を振るうのをやめたときは、諦めてくれたのかと思ったがな」

「杖で十分魔族も殺せる。そう遠くないうちに、振らずに切れるようになるだろう」

「人知を超越した剣技だ。人によっては、オレの言っていることは冒涜のようにも思うだろう。お前ほどの才能を、無駄にしたいなんてな」

「剣の道を諦めて、アムールと一緒になれと?」

 

 ふと、不思議な感覚になった。

 お互い盲目の人間が、会話している。あいまいな同胞意識と、僅かな敵意。その正体はわからない。

 

「今すぐ決める必要はないが……」

「いや、今断らせてもらいたい」

「まあ、待て。近くの街に、僧侶ハイターが訪ねてくるらしい。彼と一度話してみてから決めてくれ。それでも考えが変わらなければ、オレはお前にもう何も言うまい」

「僧侶ハイターか……」

 

 確かにあってみたい。アイゼンかヒンメルが理想だが。それでも指標の一つにはなるだろうから。

 それでこの話も流してくれるというのなら、いったんそれで受け入れよう。

 

 だが、

 

「そもそも、どうしてそんなことを?」

 

「そうだな。これだけ長く生きると、オレより年上の人間も、年下の人間も、何人も死んでる。特に、かの勇者に魔王が倒される前。今よりずっと魔族も魔物も猛威を振るっていたのだからな。それでも、個人個人に愛着を持ったし、新たに持つ。オレは、お前が幸せに生きていけることを最後の目標に思ってるんだ」

「……悪いが、ほかの目標を見つけてみてください」

 

 持っていた杖で、軽く地面をたたく。

 音が響き、反射し、聞き分ける。二回目で、完全に家の内装も理解できた。

 

「まだ先があるはずなんだ」

 

 こんなところで、止まりたくはない。

 

 

 †

 

 

 

 朝起きて、人の気配に飛びのく。

 

「きゃぁ! そんなに急に起きたら危ないですよ……もしかして、驚かせてしまいましたか? 申し訳ありません」

 

 アムールだ。朝から家に来たことなどないはずだが、どうして今日に限って。

 

「どうしましたか?」

「いや……昨日村長と話をしたんだが、あなたは内容が何だったのか知っているのか?」

「いいえ? 変わった話だったんですか?」

「いいや。大した話ではなかった」

「…………」

 

 ベッドのすぐ横に置いていた杖を拾い上げて、何度か床を叩く。

 本来ならば杖を持たずとも動けるが、これはいうなれば俺の剣だ。

 剣を持たずとも斬れるが、あったほうがいい。

 

 ゼーリエのくれた剣は、業物過ぎて、使うとかえって剣技が鈍る気がした。力を入れずとも鉄が切れる、魔法みたいな剣だ。

 

「そう言えば、なんで朝から来ているんだ?」

「お忘れですか? 今日は感謝祭ですよ?」

「あぁ、そうか……日付感覚なんかないからな」

 

 小さな村だから、街でやるようなものとは違う。もっとずっと静謐で、祈りに近い。

 女神さまに祈っている人は多くないが、自然崇拝……何か大雑把な魂に祈っているみたいだ。

 

「あまり楽しみじゃないんですか?」

「祈りの言葉を言って浮いた記憶があるからな、あまりいい思い出はないんだ」

 

 ゼーリエの紹介で、何度も教会に通っていた。

 魔力がほとんどない俺には、僧侶としての才能はなかった。だが、祈りの言葉で心を慰めることくらいはできる。僧侶に求められているのは治癒だけではないのだ。

 記憶力には自信があって、聖典の内容は完全に諳んじている。

 

 今となってはまったく活かせてはいないが。

 祈りの言葉を必要とされることもなければ、それで女神さまの魔法を解読しようとも思えないし、そもそもできないし。

 

「今年は一緒に参加しませんか? もちろん、街のお祭りに比べたら大したことはないですけど……今年から楽器の演奏ができる人が、それぞれ演奏して見せるんです」

「演奏?」

「村長と……それから貴方。これまでの感謝祭は、篝火をしたり、ランプを並べたり。視覚に頼ったものばかりでしたから、それに加えて音楽に酔いしれようと、そんな話になったんです」

「そうか。なら、楽しみかもな」

 

 

 盲目。眼が見えないと言っても、その程度は人による。

 ぼやけて見えるから、ほぼ見えないと言っている人。

 俺みたいに、明暗すらわからない人。俺の世界は完全な冥暗だ。

 

 村長は、確か、光は感じ取れたはず。

 

 つまり演奏というのは、俺のために企画されたものだろう。

 むろん、俺以外の人間だって楽しめるが。

 

「ふふっ、楽しみですね」

 

 視覚すら断って、それでも俺は、何か失いたくないと思うらしい。そっと何か靄のようなものが晴れて、未知の感情の正体が分かった。

 

 けれど、愛と情は、桎梏となって俺の歩みを止めてしまう。

 断たなければならないものなのだ。

 

 

 

 †

 

 

 

 ぱちぱちと炎が木を鳴らす。

 演奏がなくとも、俺はこの音でも楽しめた。

 

「そろそろ演奏が始まりますよ」

「なぁ、笛を一つ貰ってもいいか?」

「笛? ですか?」

「ああ、長らく吹いていなかったから、どこまでできるかはわからないが」

 

 俺の言葉を聞いて、周りにいた村人たちがバタバタと準備をし始めた。

 どうやら俺のための笛を用意し始めたらしい。

 

 やっと気が付いたが、俺は愛されているみたいだ。

 数年前にやってきただけなのに。

 何かこの村のためにできたことなど、一つもないのに。

 

 

 ゼーリエが派遣してきた、演奏家を思い出す。

 目が見えない代わりに、いくらか鋭敏になった聴覚を活かす。音に心を込める。

 たしか、誰に聞かせたいかを考えろと言われた。

 

 俺のすぐ真横で、驚いた息遣いに変わったアムールが、もっと驚いてくれたらいいなと。

 

 心を込めた。

 

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