日本サッカーは、
一度だけ、世界の頂点に立った。
ワールドカップ決勝。
延長の末、最後の笛が鳴った瞬間、
スタジアムは一瞬、音を失い――次の瞬間、爆発した。
誰もが、現実を理解するのに時間を要していた。
円堂守
豪炎寺修也
鬼道有人
キャプテンマークを巻いた男が、
仲間と肩を組み、天を仰ぐ。
この瞬間、日本代表――
イナズマジャパンは、世界の頂点に立っていた。
翌日、世界中の新聞はその名を躍らせた。
奇跡ではない。
番狂わせでもない。
「完成されたチーム」
「日本サッカーの到達点」
誰もがそう評した。
――だが。
それから十数年。
日本は一度も、ベスト8の壁を越えられなかった。
あの連動も、
あの判断も、
あの“熱”も。
誰も再現できなかった。
雷は、
もう一度は落ちなかった。
⸻
夜の山中に、巨大な建造物がそびえ立っていた。
無機質なコンクリート。
窓は少なく、光は抑えられている。
まるで要塞だ。
「……ここ、サッカー施設だよな?」
誰かが呟いた。
潔世一は、足を止めて建物を見上げていた。
胸の奥が、わずかにざわつく。
全国大会で敗れたあの日。
あのラストパス。
自分の判断は、正しかったのか。
答えは、まだ出ていない。
だが――
その答えを求めるように、彼はここへ呼ばれた。
ポケットの中には、一枚の紙。
日本フットボール連合
強化指定選手 招待状
集められた選手は、三百人。
それぞれが、
・全国のエース
・注目の新人
・地方の怪物
と呼ばれてきた存在だ。
だが今は、互いを探る視線ばかりが交錯している。
「なあ……ここ、知ってる?」
「噂だけな。
“日本サッカーをぶっ壊す施設”だとか」
「なんだそりゃ?てっきり、新生イナズマジャパンを誕生させる!とかそんな感じかと思ってたぜ」
その言葉に、潔は思わず反応した。
――イナズマジャパン。
子供の頃、テレビにかじりついて見ていた。
誰もがボールを信じ、
誰もが仲間を疑わなかった。
世界を獲った、唯一の日本代表。
だが同時に――
今では“神話”だ。
再現されない、過去。
「……」
潔は唇を噛む。
尊敬している。
だが、どこか遠い。
自分は、あそこには立てない。
そんな諦めが、心の奥にあった。
重い音を立てて、扉が閉まる。
照明が落ち、
巨大なスクリーンが点灯した。
ざわめきが、自然と静まっていく。
画面に映ったのは――
長身の男。
腕を組み、
挑発的な笑みを浮かべている。
「よう」
低く、通る声。
「集まったな、エゴイストども」
一瞬、空気が凍る。
「……誰だよ、あいつ」
「態度でかすぎだろ」
だが男は気にしない。
「俺の名前は絵心甚八」
「今日からここ――
ブルーロックの全権管理者だ」
スクリーンが切り替わる。
映し出されたのは、
誰もが見覚えのある光景。
ワールドカップ決勝。
トロフィーを掲げる日本代表。
イナズマジャパン。
会場が、どよめく。
「……うわ」
「円堂だ」
「豪炎寺……」
誰もが、自然と画面に見入る。
それは、日本サッカー最大の成功体験。
絵心は、その様子を見て、口角を上げた。
「こいつらは、英雄だ」
はっきりとした口調だった。
「日本サッカー史上、
唯一、世界を制したチーム」
潔は、胸が少し熱くなるのを感じた。
――やっぱり、すごい。
だが次の瞬間。
映像が切り替わる。
敗戦。
敗戦。
敗戦。
ベスト16。
ベスト16。
またベスト16。
「……」
誰も、声を出せない。
「これが、その後の日本代表だ」
絵心の声は、淡々としている。
「なぜだと思う?」
「なぜ日本代表は急に勝てなくなった?」
沈黙。
「世界もまた、実力を付けてきた?」
誰かが、慌てて首を振る。
「違う」
絵心は即答した。
「強すぎたんだ」
会場がざわつく。
「全員が、同じ感覚を持っていた。
全員が、同じ未来を見ていた」
「だがな」
男は、指を立てる。
「それは“教えられない”」
潔は、はっとする。
――確かに。
あの連動は、技術だけじゃない。
感覚だ。
信頼だ。
「あの轟くイナズマのような強烈なプレーは、再現できない」
絵心は、冷酷に言い切った。
「だから日本は、十年以上低迷した」
誰かが声を荒げる。
「じゃあどうしろってんだよ!」
「俺はあの人たちに憧れてるんだ!」
絵心は、少しも間を置かずに答える。
「お前らはイナズマジャパンの“超劣化版”だ」
会場がざわめきに包まれる。
「チームワーク?
友情?
連携?」
「それで世界を獲れるなら、
もう一回獲ってる」
潔の脳裏に、あの映像が浮かぶ。
迷いのないパス。
信じ切った判断。
――否定された気がして、胸が痛む。
だが絵心は、続けた。
「勘違いするな」
一瞬、声のトーンが変わる。
「俺は、イナズマジャパンを否定しない」
画面には、再びトロフィーを掲げる姿。
「結果がすべてだ
彼らは、確かにあの瞬間世界一だった。」
その言葉に、少し空気が緩む。
「だが」
絵心の目が、鋭くなる。
「次に世界を獲る方法は、
あれじゃない」
スクリーンが暗転する。
「ここブルーロックで作るのは――」
光が戻り、
三百人全員を見下ろす視線。
「世界一のストライカー」
潔の心臓が、強く脈打つ。
「チームで勝つな」
「仲間に預けるな」
「最後にゴールを奪うのは、
たった一人でいい」
会場の空気が、明らかに変わった。
恐怖。
高揚。
反発。
すべてが混ざり合う。
「円堂も、豪炎寺も、鬼道もいない」
絵心は、淡々と告げる。
「次の世界一には、
過去の英雄はいらない」
そして、言い切った。
「必要なのは――
お前らの中の、最もエゴの強い一人だけだ」
潔は、息を呑んだ。
尊敬は、消えない。
だが――
――超えろ。
そう言われた気がした。
奇跡のようなあの時代は、終わった。
ここから始まるのは、
エゴの時代。
こんな感じの小説読みたいよね