提督と一緒に東京まで出かけることになった。とある防衛省の施設で艦娘を使った試験をすることになったらしく、それに協力してほしいのだという。
「というわけで行くぞ。…この時間だと通勤ラッシュにぶつかるな、まあ腹を括ってくれ」
腹を括れ...?「何か悪いことでも起きるのにゃ?」
「いや、ここから電車に乗って行くわけなんだが、かなり混むんだよそれが」
「混んだら何かよくないの?」
「俺は慣れてるからまあいいんだけど、ちょっと多摩にはきついかもしれない」
「電車なら何回か乗ったことあるにゃ。別に混んでたからって大丈夫だにゃ」
「まあ行ってみればわかる。おっと、乗りたい電車に間に合わなくなるからさっさと行こう」
「はいはい」提督がそこまで言うのなら何かあるのだろうが、一体何が待ち受けているのか見当もつかない。
荷物をまとめ、二人で最寄り駅まで歩いて電車が来るのを待つ。何分かすると車両がホームに滑り込んできて止まった。
「そんな混んでないにゃ」ドアから乗り込んで中を見渡すと、座席は全て埋まっているがそれなりに余裕がある。「各停だからな。三つ先で降りるぞ」「…?目的地はもっと遠くだったよね?」「そこでもっと速い電車に乗る」「なるほど」「そっちがものすごく混むんだ、覚悟してくれ」
覚悟しなければいけない混雑とはどういうことだろうか、などと考えているうちに乗り換える駅に到着した。開いたドアからホームに降り、次に乗る電車をぼんやりと待つ。
『間もなく3番線に快速急行新宿行きが参ります。危ないですから黄色い点字ブロックの内側までお下がりください』
アナウンスと共にその電車がやってきたのだが…「…これに乗るの…?」ドアが開くと、中に人がみっしりと、文字通り隙間なく詰まっているのが見える。それ以上人が乗れる余地があるとはとても思えない。
「早く乗らないと置いてかれるぞ」提督はそう言うと私の手を掴んでそのまま乗り込む。
数秒せずに自分のすぐ後ろでドアが閉まり、電車が動き出した。確かに混んでいるとは聞いていたが、まさか隣の人と体が触れ合い、手を動かす余裕もないなどとは想像できるわけがない。なんでこんなに人(と艦娘)を鮨詰めにする乗り物を走らせることが許されているのだろうか。
「今日はなにか行事でもあるのかにゃ…?」流石に何か特殊な事情があるに違いない。
「特にないと思うぞ、平日は毎日こんな感じだ。まああと30分くらいで終点だから我慢してくれ」
「……提督はよく耐えられるにゃこんなの」「学生の頃は毎日これで通ってたから慣れた」これを毎日だなんて、もはや訓練か何かではないのか。
「まあ本当に辛かったら言ってくれ、途中で一旦降りて休んだりもできるからな」「大丈夫だにゃ」普段丸一日海の上にいたり敵と撃ち合ったりしているのに乗り物ごときで音を上げるわけにもいかないので、現実逃避に窓の外の景色を眺める。
見渡す限り建物しかないな、一体なんのためにこんなに地面を建物で埋め尽くしたんだろう、などと考えていると外に見える建物がだんだん縦に長くなっていき、終点の新宿なる駅に着いた。
「ここでまた乗り換えてそこから10分くらいだな」「にゃあ…」
諦めて提督の後ろについて歩く。しかし駅の中も人が多い。気を抜くと提督を見失ってしまいそうだ。
「それでここの通路を右…あれ?工事中で通れなくなってる…じゃあこっちか?来るたびに道が違うな…」
「大丈夫にゃ?」提督にも道が分からなかったら二人してこの駅というにはやけに広い建物を彷徨うことになってしまう。
「まあなんとかなる、道が違うくらいいつものことだからな。ああ、見えてきたぞ、あの改札だ」
「次に乗る電車も混んでるの?」「いつ乗っても混んでるな」
「勘弁してほしいにゃ…」「我慢してくれ、そんなにかからないから」「はいはい…」
そこからまた別の電車(さっきよりは混んでいなかった)で少し行ったところで降りて何分か歩くと防衛省の大きな建物があった。そこで試験に丸一日付き合わされたけど、それ自体はあまり印象に残らなかった。
「ふだん鎮守府でやってることとあんまり差がなかったにゃ…あんな思いしてわざわざ来たのに損した気分だにゃ」「確かにそうだったかもな…お疲れ様」
「本当に疲れたにゃ。でも、鎮守府の外に出られたのは楽しかったにゃ。もっと違う所にも行きたいにゃ」
「そうか、それなら良かった。また別の施設で用事がある時に連れてってやるよ」
「何もない時にも出かけてみたいにゃ。多摩一人だけで遊びに行ったらだめかにゃ?」
「上に許可を取れば大丈夫だと思うが、正直よく分からない。内陸に出かける艦娘ってそんなにいないからな。それこそ鎮守府の近くの港町とかなら結構みんな行くんだが」
「そうなの?」
「だって君たちって海から離れるのを嫌がるじゃないか。多摩は珍しい方だぞ」
「多摩には海から離れたくない理由がよく分からないにゃ。今日ここまで来る途中に色々見たけど、海辺よりこっちのほうが人が沢山いて面白そうだにゃ。建物もいっぱいあるし」
「そうか、多摩は賑やかな方が好きなタイプか。都会人だな」
「というか、正直海の上にいるのに飽きてきたにゃ。広すぎるし何もないにゃ」
「船がそれを言うかよ…まあいい、ちょっと上の方に相談してみるよ。今日みたいに海から離れたところに艦娘が行かなきゃいけない仕事って実はそれなりにあるし、それを多めに割り振ってもらえるかもしれない。そういうのってあんまりやりたがる艦娘がいないしな」
「頼んだにゃ」
どうせ陸を歩けるようになったんだし、折角ならもっと色んな所に行ってみたい。海が嫌いではないけれど、20年も海の上にいて、その後ずっと長い間海の底にいたのだ。しばらく海を離れても罰は当たらないだろう。