鋼の中の雛   作:藤村灯

10 / 58
山岳
飛竜五連 序


『あれは草なのかしらね? それとも樹木?』

 

 雛神様が興味を持ったのは、崖の上に生い茂る植物だ。俺も目にしたことのない物で、つるりとした節のある緑色の幹に、枝葉を生やしている。引き抜かれた動物の背骨の群れのように見えなくもない。

 

 今回の依頼は学者の護衛。やけに報酬が多いので理由を聞いてみると、人の寄り付かない地で植物採集をするのだが、その辺りには異界からの魔物が棲み付いて危険なのだという。

 

 現れたそれは、馬ほどもある体躯に蝙蝠の羽根を持つ、鳥とも獣ともつかぬもの。俺が囮になっておびき寄せ、学者一行を逃がしたまでは良かったが、足元が崩れ滑り落ち、谷底に倒れ伏している最中だ。

 

『成体でもないシャンタク鳥に後れを取るなんて。親はあれの二回りも大きいのよ?』

 

 雛神様は呆れ口調で小言を下さるが、足場の悪い崖の小道で、初見である頭上からの攻撃を凌ぎ切っただけで僥倖ではないか。

 

『戦場ならこれで死体になってるわね』

 

 もっともだ。どんな場面で誰が相手であろうと、善戦しただけで褒められる物でもない。結果が全て。正論すぎてぐうの音も出ない。雛神様の流す脳内麻薬のおかげで痛みはないが、骨折したのか足がうまく動かない。

 

『ほらアイン、さっそく汚名返上の機会が巡って来たわよ!』

 

 見上げると、谷に落ちた俺を探して頭上を旋回していた黒い影が、見る見る迫ってくる。縄張りに踏み込んだ俺を、逃がす気は無いらしい。依頼主である、学者先生が追われなかっただけで、良しとすべきか。無理に身体を引き起こし立ち上がり、骨剣を構える。

 

 急降下するシャンタク鳥。

 交差する瞬間に骨剣を振るう。

 

 浅い。

 翼を斬り裂き、地上へ落とせればと思ったが。

 シャンタク鳥は旋回し、再び急降下する。

 

「頭を下げるアル!」

 

 二度目の交差寸前、背後から声が掛かった。

 

 とっさに身を低くした俺の頭上を飛び越し、声の主はシャンタク鳥の顎を蹴り上げた。

 

「一つ!」

 

 異国の装束を纏った少女の姿。頭の後ろで編んだ髪が、尾のように跳ねる。

 

「二つ!! 三つ!!!」

 

 俺の剣が届かぬほどの高所で、少女が続けざまに放つ蹴りは、シャンタク鳥の左目を蹴り抜き、首をへし折った。

 見知らぬ体術だ。鞭のようにしなやかで、剣よりも迅く、斧よりも靭い。

 墜ちるシャンタク鳥の首を踏み折る形で、身軽に片足で降り立った少女は、振り向き首を傾げて俺に問い掛けた。

 

「お節介だったアルか?」

 

 どこの訛りだ。

 首を振り感謝を伝える俺に、少女はほほ笑みを返した。

 

 

「あれは竹というものアルよ。あたしの一族がここに来た時に持ち込んだものアル。いろいろ使えて便利アルよ」

 

 マオと名乗った少女に案内された先は、その竹林の中の庵だった。確かに垣根や窓枠は竹で組まれている。庵の傍らに、枝を払い乾燥させる為に積んであるのも見えた。マオはここで妹と二人暮らしで拳法の修行を続ける傍ら、竹細工を売って暮らしているという。

 

「春には筍も取れるアル。手間を掛ければこんなのも作れるアルよ」

 

 懐から取り出した棒の蛇腹を開きあおいで見せる。折り畳める団扇か。扇と呼ぶらしい。マオの一族は東方からこの地に流れ着いて以来、頑なに故郷の風習を守っているのだという。

 

『それで、あれは草なの? 木なの?』

「アイヤー、ごめんアル。あたし分からないよ。気にしたことないアルから」

『ないのかあるのかどっちよ!?』

 

 粗末な庵の中から、幼い少女が覗いているのに気付いた。編んだ髪を頭の左右でまとめ、リボンを結んでいる。顔つきが似ている。マオの言っていた妹だろう。

 

「あたしはリロイ・ロン・フェイ・キスク・キ・キ・チョウ・イェン・タルハ・ナザク・ナム・マオ。こっちは妹のレンカある」

 

 長い。当主が一族の名を順に受け継いで行く決まりなのだろうか。レンカはマオの後ろに隠れ、はにかんだ表情を浮かべている。快活な姉とは正反対の性格に見える。

 

「シャンタクに崖から落とされたアルか。骨が折れてるのに動けるか。兄さんずいぶん頑丈ネ」

 

 痛みが無いため忘れていたが、左足が折れている。脳内麻薬が切れたせいで、身体全体に、打ち身による痛みと熱を覚え始めている。

 

「街道に戻る山道なら案内できるアルけど、その身体では無理ネ。危険アル。ここで怪我を治してから行くヨロシ」

 

 痛みだけなら短期間ごまかすことはできるが、折れた足で山登りをすれば、直りが遅くなるどころか後遺症が残りかねない。

 

『早めに治してあげるから、繋がるまで大人しくしてなさい』

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。