鋼の中の雛   作:藤村灯

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死霊図書館

 カイトの拾ってくる話はどれも胡散臭い物ばかりだった。とは言え、素直にゴウザンゼの望むレベルのものを用意しようとすれば、他の神を狩ってこなければ釣り合いが取れそうにない。自らの神の神使を取り返すために、今度は他の教団と抗争を始めるはめになる。追い詰められればカイト達ダゴン教会も、その選択を迫られるだろう。

 

「魔術師だった主が死んだ後、ほぼ手つかずで放置されてる館があるって話だ。忍び込めさえすれば、遺された魔導書の類を手に入れられるんじゃねえか?」

 

 怪しすぎる。そんな旨い話があったとしても、めぼしい品はもうとっくに奪い尽されているだろう。第一、カイトに話を聞かせた者は、何故自分で行かない?

 

「そこはそれ。魔術師だけに結界の類が仕掛けられているんだろうさ。だが、そこいらの奴なら手出しできない代物でも、俺と兄貴なら軽いもんだろ?」

 

 ずいぶん高く買われたものだが、俺には結界を破る力はない。

 

『結界の有無や力を持つ品物かどうかなら、あたしが教えてあげるわよ』

「それじゃあ行こうぜ! 他にアテもないしな!」

 

 カイトは館の場所を聞き出すのに既に金を払い前のめりだ。確かに、亜神の身代金になるような物はそうそうある訳がない。価値のある代物を手に入れるには、それに見合った危険を冒す必要がある。

 

 

 館への道のりは険しかった。街道を外れ荒野を歩き、狼の鳴き声を聞きながら夜を明かすこと二日。道もない深い森の奥に、その館はひっそりと佇んでいた。森と敷地を分ける壁はとうに崩れ、わずかに石積みを残すのみとなっている。外壁には蔦が絡まり、半ば木々に埋もれているが、屋根壁は崩れずに形を保っていた。

 

「ずいぶん辺鄙なとこに住んでたんだな。不便じゃねえのか?」

 

 こうなる前は道も続いていたのだろうが、確かに近くに集落はない。だが、魔術師のやることだ。外へ出るには歩く以外の別の方法を使っていたか、使い魔を利用し、屋敷から出ずに暮らしていたのかもしれない。

 

『さっきからうっとおしいけど、あれは何なのかしらね?』

 

 雛神様が気にしているのは、木々の間からずっとこちらを見ている者達のことだろう。一様に襤褸をまとい、蒼褪め強ばった顔を晒している。生気は感じられない。死霊の類だろうが、特に何をしてくる訳でもない。ただ立ち尽くし、虚ろな視線を投げ掛けてくるだけだ。

 

「構やしねえ。さっさと入ろうぜ。じゃないともう日が落ちそうだ」

 

 扉は錆び付いていたが、鍵は掛かっていなかった。俺達の先に、もう既に侵入した者がいるのだろう。

 

『……うん?』

 

 足を踏み入れた瞬間、雛神様は微かな神気を感じたという。破られた結界の名残だろうか? だが、閉じ込められた訳でもなく、何かが近づいてくる気配もない。

 

『気のせいかしら?』

 

 玄関ホールを抜けると、目の前には書架の列が続いていた。棚には本が整然と並び、荒らされた形跡はない。手に取ってみると、歴史書や博物誌、異国の言葉との対訳辞書。これだけの数があるのは正直予想外だったが、ゴウザンゼが必要とするかとなると話は別だ。

 

「すげえ! 見ろよ、奥にもまだ本が並んでるぜ?」

 

 部屋を区切るのも壁ではなく書架。天井にまでびっしり本が詰められている。この中に貴重な魔導書が紛れ込んでいたとしても、俺やカイトに見分ける術はない。

 

『貴重な魔導書は、その内容だけで神気をまとうものよ。それだけ危険でもあるのだけれど』

 

 通路の両側にも書架が並んでいる。都には国費を費やし、ひたすら本を写し集め、途絶えること無く蔵書と書架を増やし続ける、図書館というものが存在する。その図書館でもこれだけの本が並んでいるだろうか? 螺旋階段の支柱までもが書架の役目を果たし、数多の本が収められている。

 

「こういうもんは、やっぱり奥に行くほど貴重な品が置かれてるって寸法だ」

 

 どこかおかしい。どれだけ通路を歩き、何度階段を上り下りしただろう。この図書館は、外から見た通りの大きさではない。角灯を手に進むカイトも気付いていないはずはないが、ここまで来た以上手ぶらで帰るつもりはないのだろう。時折立ち止まり、書架の本を確認しながら歩み続けるうち、書架で区切られ小部屋になった場所を見付けた。

 

 天板の広い書き物の上には、書類の束が山と積まれている。椅子には作業中にこと切れたのか、干乾びた木乃伊が一体座っている。この一角に置かれている本に魔導書が含まれているのか、俺でも神気を感じ取ることができる。だが俺は、小部屋に足を踏み入れようとしたカイトの肩を掴み止めた。雛神様が警告を発したからだ。

 

『次はあんたがあそこに座るハメになるわよ?』

 

 小部屋を見て、雛神様はようやくここがどういった物なのかに気付いたという。

 

『収められた本を含めたこの館の内部自体が、一つの神格になっているわね』

 

 椅子に座る者は、ただ知識を集めるだけが目的のそれの、贄にして司祭となり、自らの知識を死ぬまで本として書き続けることになるのだろうと。 

 

「じゃあ何か? 俺らは騙されて誘き寄せられたってことか?」

『ここにある本は餌だけあって貴重な知識が記されてるみたいね。一人が座ってるうちにもう一人が何冊か持ち帰れないか、試してみる?』

 

 いつの間にか、小部屋に淀んでいた闇が形を取り、襤褸を着た蒼褪めた顔を持つ者が、椅子を指さしている。外の連中と同じ存在だろう。早く代われとでもいうつもりか。

 

「そいつはまっぴらごめんだ!」

 

 俺達を帰したくないのか。帰りは組み変わった書架の群れを、道を探し倍ほどの時間を掛けて戻る羽目になった。館の玄関を出る頃には、もう真夜中になっていた。

 

 木立の間から覗く死霊どもは、引き返せと言うように一斉に館を指し示す。

 仲間が増えずに残念だったのだろう。恨めしそうな表情を浮かべ立ち尽くす彼等に構わず、俺達は館を後にした。

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