鋼の中の雛   作:藤村灯

6 / 58
ツァトゥグァの戦闘司祭 壱

 街へ来てから十日ほど経った。商隊の護衛や用心棒などを受けてみたが、金にはなるが修練にはほど遠い。割りの良い長期契約の依頼もあったが、どれも俺が求めている物とは違っていた。

 

 数日前からクラムを見掛けない。同じ宿を取ってはいたが、特に示し合わせている訳でもない。挨拶も無しとは水臭いが、要領の良いクラムのこと。実入りの良い仕事を見付けて、街を離れたのだろう。

 

 そうするうち、ようやく骨のありそうな仕事を見付けることができた。街の西方にある洞窟に、魔物が棲みついたという。街道に近いので、すでに商隊が襲われる被害も出ている。

 

『だけど依頼人が気に入らないのよね……』

 

「どうかな鋼殻の騎士殿。伝え聞く武勇が噂通りなら心強い。是非同行を引き受けて貰いたいのだが」

 

 金糸で縁取られた派手な法衣。指には魔力を秘めた宝石を嵌めた指輪。美髯を蓄えた伊達男・アラバードは、ツァトゥグァの戦闘司祭として討伐に出るのだという。

 

「魔物を相手取れる者は多くはない。教団でも私くらいのものでね。並みの雇い兵では物の役には立たんし、困り果てていたところだ」

 

 雛神様はアラバートが気に入らないようだが、依頼自体は俺好みの物だ。危険があるというのなら、なおのこと受ける価値がある。

 

「鋼殻の騎士の腕を見込んでの頼みだ。報酬は特別にはずませて貰うよ」

 

 雛神様が渋っているせいか。美髯の戦闘司祭が浮かべた笑みはどこか下卑た物に感じられた。

 

 

 魔物が棲む洞窟は馬で半日ほど。供を外に待たせ、アラバード自らが松明をかざし奥へ進む。腰には華美な装飾の施された大剣。白い法衣の下には鎧を着こんでいるようだが、この男、どれほど腕が立つのか。気を抜かず進むうち、ふと奇妙な感覚を抱いた。

 

『何、いま門をくぐったの? 結界の類?』

 

 先を行くアラバードがくつくつと笑声を漏らす。

 気付くと周囲の景色は狭い洞窟から、敷石が敷き詰められた広間に変わっていた。

 

『下よ!!』

 

 嫌な気配に飛び退ると、敷石の隙間から黒い粘液が滲みだしていた。黒い液溜まりはうぞうぞと蠢きながら、蛙めいた脚と乱杭歯の生え揃う大口を形成する。見れば粘液はそこここに滲みだし、産み出された異形は、大口からたれ流す唾液で飢えを訴える。

 

 広間の中央には石を磨いた玉座が置かれ、黒い毛に覆われた獣がだらしなく寝そべっていた。

 

 大きい。最初は何匹もの獣が群がっているかのように見えたが、手足の一本づつが熊ほどもある巨体だと知れた。蟇蛙めいた姿のそれは、半開きの大きな口と、眠たげに半ば閉じた目という、弛緩し切った表情を晒しているが、雛神様が委縮するほどの神気をその身に帯びている。

 

『まどろむ怠惰なるもの……』

「ここに来た鋼殻の騎士は、お前で二人目だ」

 

 二人目? まさか――

 

 玉座の下に転がる、ねじ折れた二本の剣。クラムの物だ。

 

「足を失い逃げ切れぬと悟った奴は、けなげにも腹を裂いて雛神を逃がそうとしていたな。残念ながら、吾が主は死に損ないの従者より先に、雛神をご所望されたがな!」

 

 何がおかしいのか。アラバードは笑いながら続ける。

 

「卑小とはいえ、神気持つものは美味に感じられるらしい。吾が主にとって騎士がパンなら、雛神は一粒の砂糖菓子といったところか!!」

 

 剣を握る右腕が熱い。

 俺の怒りなのか雛神様の怒りなのか。どちらでも構わない。

 お互い、いつ命を落とすのかも分からぬ身であった。いずれ必ず剣を交えることになる間柄だった。

 それでも。それだからこそ。

 

『分かってるわねアイン……他のはどうでもいい。あの男だけは、二度と薄汚い笑い声を上げらられないよう、首を落として舌を刻んでやりなさい!!』

「できるものかよ! 地蟲の分際で!!」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。