バグ・ロジック ―無能力者の成り上がり観測記―   作:来世で会おう

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オリジナル作品が書きたいんじゃ!!
これは、異能至上主義な世界で無能力者の主人公が成り上がる物語。


第1話:灰色の街の観測者1

 

 東京の空は、汚れた雑巾のような灰色をしていた。

 

 少なくとも、俺、灰谷 零(はいたや れい)の目にはそう映っている。

 

「おい灰谷! 手が止まってんぞ! 資材搬入急げ!」

「……はいはい、今行きますよ」

 

 現場監督の怒号に、俺は気のない返事を返してコンクリートの粉塵が舞う作業場へと戻った。

 

 日当一万二千円。交通費なし。空前の「異能バブル」に沸き立つこの国において、俺のような「持たざる者」がありつける仕事なんてこんなものだ。

 

 ふと、横で作業していた大柄な男が、軽々と鉄骨を持ち上げるのが見えた。

 筋肉増強系の異能者だ。ランクはEかDといったところか。彼は自分の怪力を誇示するように鼻を鳴らしているが、俺の目には滑稽にしか映らない。

 

(……右肩の筋繊維が過剰収縮を起こしている。重心もズレた。あの力の使い方じゃ、あと三年で脊椎をやって廃人だな)

 

 異能とは、進化ではない。脳のバグだ。

 特定の物理法則を無視する代償に、必ずどこかに歪みを生む。

 

 俺は作業用手袋を外し、ポケットの中で冷えた指先を擦り合わせた。

 ……嫌な習性だ。街を歩けば、すれ違う異能者の「出力の揺らぎ」がノイズのように視界に飛び込んでくる。そいつが次に何をするか、どんな欠陥を抱えているか、考えたくもないのに脳が勝手に最適解を弾き出してしまう。

 まるで、この世界の裏側に書かれた設計図を盗み見ているような感覚。

 

 だが、そんな力があったところで、今の俺はただの建設現場のバイトだ。腹は減るし、家賃は待ってくれない。

 

「お疲れさん。はい、これ今日の日当」

 夕方。手渡された薄い封筒の軽さにため息をつき、俺は現場を後にした。

 

 近所のコンビニで半額シールの貼られた廃棄寸前の弁当を手に取り、レジへ向かう。これが今の俺の全てだ。

 

 自動ドアを抜け、湿ったアスファルトの匂いがする通りに出た、その時だった。

 

 ──ドォォォォンッ!! 

 突然の爆音と共に、視界の先の交差点で車が宙を舞った。

 悲鳴。タイヤのスキール音。そして、ガラスが砕け散る鋭い音。

 高級宝飾店が入るビルのショーウィンドウが、内側から弾け飛んだのだ。

 

「きゃあああ! 何!?」

「テロか!?」

 

 逃げ惑う群衆の流れに逆らい、俺は半額弁当が入ったビニール袋を提げたまま、反射的に爆心地方向へと目を細めた。

 

「警察だ! 大人しくしろ!」

 

 幸い、現場付近をパトロールしていた警官隊がすぐに駆けつけ、拳銃を構える。だが、彼らの銃口は宙を彷徨っていた。

 

「……ハハ、大人しくしろ? 誰に言ってるんだい、お巡りさん」

 

 声は聞こえる。だが、姿がない。

 砕けたショーウィンドウの奥、無人の空間から男の嘲笑だけが響いてくる。

 

「見えない……! 透明化の能力者か!」

「発砲許可! 撃て!」

 

 警官たちが闇雲に発砲する。乾いた銃声が連続するが、弾丸は虚空を切り裂き、店内の壁や什器に穴を開けるだけだ。

 

「無駄無駄。俺には触れないよ。俺はここにいて、ここにはいない」

 

 次の瞬間、警官の一人が見えないハンマーで殴られたように吹き飛んだ。防護服がひしゃげ、血を吐いて倒れる。

 

「くそっ、どこだ! サーモグラフィー班はまだか!」

 

 現場はパニックだ。見えない敵、触れられない恐怖。物理法則を無視した理不尽な暴力。

 

 俺は歩道橋の下、陰になった場所からその光景を冷めた目で見つめていた。俺の網膜には、警察が見ているものとは違う景色が映っていた。

 

(……へえ。『透過』と『光学迷彩』の併用型か。レアだな)

 

 一般的には別系統の能力だ。それを同時にこなしているのなら、ランクA相当の危険因子。現場の警官たち──恐らくランクC以下の身体強化系異能者たちでは、手も足も出ないだろう。

 

「やめとけよ……」

 

 俺は小さく呟いた。

 焦った警官の一人が、広範囲を焼き払う火炎放射系の異能を使おうと構えたからだ。

 

 ゴオォッ! 

 炎が放たれる。だが、その炎は空中で不自然にねじ曲がり、術者である警官自身へと逆流した。

 

「ぐあああああっ!?」

「おい! 馬鹿、風向きが変わったぞ!」

 

 違う。風じゃない。

 俺は目を凝らす。炎が割れた空間。そこに生じた陽炎のゆらぎ。

 

 そして、地面に散らばった微細なガラス片が、「何か」に踏まれて軋む音。

 

(……視えた)

 

 奴は幽霊じゃない。そこに質量はある。

 光を曲げ、体を透過させている間も、重力からは逃れられない。

 脳内で、奴の能力の「入力」と「出力」の式が組み上がる。完璧に見える透明化にも、必ず「(バグ)」がある。

 

「……あーあ」

 

 俺は手の中のコンビニ袋を見た。

 このまま警察が暴走すれば、この辺り一帯が封鎖され、俺のアパートへ帰る道も塞がれる。最悪、この半額弁当が冷め切ってしまう。

 

 それは困る。非常に困る。

 俺はため息を一つ吐くと、群衆の陰から一歩、前へと踏み出した。

 

 警察の制止線を、何の力も持たない一般人がふらりと越えていく。

 

「おい! そこの君! 危ないから下がれ!」

 

 警官の制止を無視し、俺は独り言のように、しかし「見えない男」に確実に届く声量で呟いた。

 

「すごいな。光の屈折率を常時補正しながら、自身の分子密度を可変させてるのか。脳の処理領域、焼き切れそうだね」

 

 ピタリ、と。

 戦場の空気が止まった気がした。

 

 無人の空間から、微かな衣擦れの音がした。

 

「……あ? なんだお前。ただの一般人(ノーマル)か?」

 

 空気が震える。俺の目の前、わずか五メートルの距離に不可視の「死」が潜んでいる。

 だが、不思議と恐怖はない。俺には奴の「輪郭」が、手に取るように分かり始めていた。

 

 俺は手にしたコンビニ袋をぶら下げたまま、退屈そうに言った。

 

「あんたの弱点、右足の小指だろ。……随分とかばって歩いてるじゃないか。痛風か?」

 

 それが、俺とこの理不尽な世界との、最初の交渉(ネゴシエーション)だった。

 

(続く)

 




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