バグ・ロジック ―無能力者の成り上がり観測記―   作:来世で会おう

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第10話 黄金の檻、碧の深淵(後編)

 

 1. 黄金の雨と、酸素の臨界

 

「……3、2、1。撃て!」

 

 俺の号令と同時に、神代の手にした護身用の拳銃が火を噴いた。

 

 狙いは正確無比。天井で何千ものクリスタルを輝かせていた巨大なシャンデリアの接続部が砕け散る。

 

 ガシャァァァァァァァンッ!! 

 

 凄まじい轟音と共に、光の破片が書斎に降り注いだ。

 

 不意を突かれた異能兵たちが反射的に腕で顔を覆う。だが、俺が狙ったのは目潰しだけじゃない。

 

「神代! 破片の隙間に、残った全エネルギーで『急激な減圧』を起こせ! 抑制ガスを上方に吸い上げろ!」

 

「くっ……! やってみせる!」

 

 神代が顔を真っ赤にして右手を掲げる。抑制ガスの影響で、彼の酸素操作は普段の半分以下の出力しか出ない。だが、零の指示通り「一点」ではなく「空間全体」の圧力を変動させることで、床付近に溜まっていた重い抑制ガスの霧が、シャンデリアの落下によって生じた上昇気流と合わさり、天井へと吸い上げられていく。

 

「なっ……ガスの濃度が薄れるだと!?」

 

 源三郎の驚愕の声を背に、俺は神代の襟首を掴んでスライディングするように書斎の重厚なデスクの裏側へ飛び込んだ。

 

「神代、一瞬だけ呼吸を止めろ。……ミントの成分を肺の粘膜に張り付かせれば、僅かだがガスの影響を遅延できる。……今だ、出口へ走れ!」

 

 俺たちは混乱する異能兵の包囲を強行突破し、書斎を飛び出した。

 

 背後からは怒号と、重力波による床の破砕音が響いてくる。

 

 

 

 2. 静寂の追跡劇

 

 邸宅の廊下は、もはや豪華な内装など意味を成さない戦場へと化していた。

 

 壁の隠し扉から次々と現れる自動防衛ドローン。そして、感情を去勢された神代家の私兵たち。

 

「灰谷……はぁ……はぁ……。階段は封鎖されている。エレベーターを使うしかないが、あそこは完全に監視下だぞ!」

 

 神代の肩で荒い息をつく。能力の無理な使用で、彼の体温は異常に上昇していた。

 

「分かってる。だから、普通には乗らない」

 

 俺は廊下の角で立ち止まり、壁にある「リネン用ダクト」の扉を蹴り開けた。

 

 そこは洗濯物を地下へ落とすための狭い通路だ。

 

「ここを降りる。神代、お前の能力で自分たちの周囲に『空気のクッション』を作れ。摩擦熱で焼かれたくなければな」

 

「……貴様、本当に私を使い潰す気か……!」

 

 文句を言いながらも、神代は俺を抱えるようにしてダクトへ飛び込んだ。

 

 暗闇を猛スピードで落下する感覚。

 

 周囲を覆う酸素の膜が、壁との衝突をギリギリで防いでいる。

 

 その最中、凛華の焦った通信が頭に響く。

 

『零くん! 神代くん! 逃げて! 地下のエレベーターホールに、ヤバイ波形の反応が出てる! これ、三日前のアイツよ……空間の位相が完全に狂ってる!』

 

「……やっぱり待ち構えてるか」

 

 俺は暗闇の中で、静かに目を細めた。

 

 敵は、俺たちの動線をすべて読み切っている。……いや、読み切っているというより、俺たちが「そこへ行くしかない」ように誘導されているのだ。

 

 

 

 3. 鉄の密室、開かれた地獄

 

 ダクトの終着点。俺たちは地下三階のゴミ集積所に、激しい衝撃と共に着地した。

 

 神代は着地の衝撃を酸素で和らげたものの、ついに膝をつき、激しく咳き込んだ。

 

「……ここまでだ、お坊ちゃん。よくやったよ」

 

「黙れ……まだ、動ける……。父上があんな……あんな怪物を飼っているなら、私がこの手で……」

 

 神代の瞳には、絶望を通り越した「覚悟」が宿っていた。

 

 俺は彼の肩を貸し、静まり返った地下廊下をエレベーターホールへと向かった。

 

 ここから先は、神代家とパンドラが共同開発している「箱庭(リゾート)」の心臓部だ。

 

 エレベーターホールの扉は、銀色に鈍く光っていた。

 

 周囲には警備兵の一人もいない。

 

 その不自然なほどの静寂が、逆に「本物」がそこにいることを告げていた。

 

 ピン、という乾いた音が響く。

 

 エレベーターの表示灯が『B3』で止まった。

 

 ゆっくりと、扉が開く。

 

 そこに立っていたのは、漆黒のライダースーツに身を包んだ、あの男だった。

 

 三日前と違うのは、そのヘルメットの右側に、俺の放った十円玉が刻んだ「生々しい亀裂」が走り、そこから冷酷な男の片目が覗いていることだった。

 

「……また会ったな。灰谷の亡霊」

 

 男が足を踏み出す。

 

 それだけで、周囲の空間が不自然に引き伸ばされ、重力が反転したかのような錯覚に襲われる。

 

 神代が酸素を操ろうとしたが、男が指を軽く鳴らした瞬間、神代の周囲の「空気」そのものが別の座標へと弾き飛ばされた。

 

「ぐわぁぁぁぁっ!?」

 

「神代!」

 

「心配しなくていい。殺しはしない。……彼は『神代源三郎』への担保として必要だ。だが君は違う、灰谷零」

 

 男──コードネーム『カロン』は、歪んだヘルメットの隙間から、愉悦に満ちた笑みを浮かべた。

 

「君の両親が死ぬ間際、私に何を頼んだか知っているか? ……『息子には、この景色を見せないでくれ』だ。皮肉だと思わないか? 君は今、その景色の特等席に招待されている」

 

「……親父たちの名前を、その汚い口で呼ぶな」

 

 俺は腰のポーチから、最後の一枚の「硬貨」を指に挟んだ。

 

 だが、カロンの空間操作は、前回のような「霧」による攪乱が通用するほど甘くはない。彼はすでに、自分の周囲の屈折率をリアルタイムで補正する「学習」を終えていることが、俺の眼には見えていた。

 

「さあ、案内しよう。君たちの家系(ファミリー)が、何を目指し、何を壊そうとしたのか。……その終着駅だ」

 

 カロンが大きく腕を広げる。

 

 エレベーターの奥、奈落へと続くような深いシャフト。そこから、何千、何万という人々の「悲鳴」にも似た、異能の共鳴音が響いてきた。

 

 俺と神代は、逃れられない重力に引き寄せられるように、エレベーターの中へと一歩、踏み出すしかなかった。

 

(続く)

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