バグ・ロジック ―無能力者の成り上がり観測記―   作:来世で会おう

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おまたせしました!3話投稿します!
エリートと無能力者の対比が好きです


第3話:エリートの矜持

 

 警視庁本庁舎の裏手。錆びついた貨物用エレベーターが、重い音を立てて地下へと沈んでいく。

 

 同乗している久我山は、黙ってタバコを吹かしていた。本来は禁煙のはずだが、この男の周囲には「規則」などという言葉は届かないらしい。

 

「着いたぞ。ここが君の新しい『職場』だ。掃除の行き届いた建設現場よりはマシだろう?」

 

 チィン、と乾いた音がして扉が開く。

 そこに広がっていたのは、俺の住むボロアパートが数千件は買えそうな、最新鋭の電子機器と冷徹なクロームに彩られた空間だった。

 

 警視庁・対異能犯罪特務班、通称『S.A.S』。

 

 異能者が引き起こす解決不能な怪事件を、法と倫理の限界ギリギリで処理する組織。

 

 俺は片寄ったのり弁の袋を提げたまま、不釣り合いな革張りのソファが並ぶラウンジに足を踏み入れた。空調は完璧で、空気には微かなオゾンの匂いが混じっている。

 

 ……贅沢な空間だ。だが、俺の「眼」には、その豪華な壁の裏側に張り巡らされた過剰な警備システムや、待機している異能者たちの殺気だったバイタルが透けて見える。

 

「……室長。これはいったい、どういう冗談ですか」

 

 部屋の奥から、冷気が流れてきたような錯覚を覚えるほど、澄んだ声が響いた。

 

 振り返ると、そこに一人の青年が立っていた。

 完璧にプレスされた特務班の制服。一分の隙もない立ち居振る舞い。彫刻のように整った顔立ちには、育ちの良さと、それ以上に「強者」としての傲慢さが刻まれている。

 

「紹介しよう。今日からうちの特別顧問として迎えることになった、灰谷零くんだ」

 

 久我山の言葉に、青年──神代颯は、ゴミを見るような視線を俺に向けた。

 

「顧問? 冗談はやめてください。彼のデータは見せてもらいましたが、能力値は『完全な(ゼロ)』。異能の欠片すら持たない一般人だ。ここは幼稚園ではありません。我々選ばれた異能者が、命を懸けて化け物を狩る戦場だ。……そんな、その日暮らしの浮浪者を混ぜて、何がしたいんですか?」

 

 神代が一歩、前へ出る。

 その瞬間、ラウンジの空気が一変した。

 肌にまとわりつく湿気が一瞬で消え、肺が押しつぶされるような圧迫感が襲う。

 

(……酸素密度を変えたか)

 

 俺の周囲の酸素だけが急激に薄くなり、意識が遠のきそうになる。

 

 威圧。言葉で追い出すより先に、恐怖で心を折りにきているわけだ。

 だが、俺はふらつくどころか、一歩前へ踏み出し、神代の目を見据えた。

 

「おい、お坊ちゃん」

 

 酸欠で喘ぐはずの俺が、平然と言葉を発したことに、神代の眉がピクリと跳ねた。

 

「君のその『空気遊び』。……派手な割に、効率が最悪だな。教科書通りの出力すぎて、次にどこが薄くなるか丸見えだ」

 

「……何だと?」

「酸素密度を操作して圧力をかける。確かに強力だが、君、さっきから右の肺の呼吸が浅いな。能力の使用中、気圧差で自分の肺を傷めないように無意識にかばっている。そのせいで、出力にわずかな『ムラ』が出てるぞ。左斜め30度、そこだけ酸素が漏れてる。……隙だらけだ」

 

 俺は酸素が正常に残っている「隙間」へと首を動かし、深く息を吸ってみせた。

 

 神代の顔色が、怒りで朱に染まる。

 

「貴様……無能力者の分際で、私の能力を批評する気か!」

 

 神代の指先が動く。今度は威圧ではない。酸素を凝縮し、物理的な衝撃波として俺を吹き飛ばそうとしている。

 

 だが、その指が弾かれるより早く、俺は淡々と続けた。

 

「やめとけよ。ここで僕を撃てば、君の能力の『致命的な欠陥』を久我山室長の前で証明することになる。……君、10分以上の連続使用で、軽度の脳梗塞に似た症状が出るだろ。後頭部の血管がさっきからドクドクいってる。名門・神代家の家系図に、『無能力者に言い負かされて自滅したエリート』なんて経歴を書き加えたいのか?」

 

 神代の指が、ピタリと止まった。

 彼は驚愕と屈辱が混じった表情で俺を凝視している。

 実際には、彼が脳梗塞になる確証なんてない。

 だが、首筋の血管の動きと、瞳孔のわずかな開き、そして彼のような完璧主義者が陥りやすい「オーバードライブ」の兆候から逆算した、論理的なブラフだ。

 

「……久我山室長。私は認めません」

 

 神代は能力を解き、冷たい声で言い放った。

 

「戦場では知理屈など何の役にも立たない。必要なのは、敵をねじ伏せる力だ。……この男がただの口先だけのゴミだということを、次の現場で証明して見せます」

 

 神代は俺に肩をぶつけるようにして、足早にラウンジを去っていった。

 

 去り際、彼の耳の後ろが微かに赤くなっているのが見えた。図星を突かれた時の、エリート特有の反応だ。

 

「……ハハハ! いやあ、傑作だ」

 

 久我山が腹を抱えて笑いながら、俺の肩を叩いた。

 

「神代颯。神代グループの次男にして、特務班の若きエースだ。プライドの高さはエベレスト級だが、まさか初対面でここまで完膚なきまでに言い負かされるとはな」

「別に、事実を言っただけです」

 

 俺はソファに腰掛け、冷え切ったのり弁の蓋を開けた。

 

「力がある奴ほど、自分の力の『裏側』には無頓着だ。……で、日当の話に戻りましょうか。さっきの威圧で、僕の精神的苦痛の分も上乗せしてもらいますよ」

 

 俺は醤油の小袋を切りながら、神代が去っていった扉を見つめた。

 

 エリート異能者と、無能力の復讐者。

 

 最悪の出会い。だが、この「バグだらけの世界」をデバッグするには、あの傲慢な酸素の支配者(ルーラー)の力も、いずれは利用してやる必要がある。

 

「……いただきます」

 

 冷えた竹輪の天ぷらを口に運びながら、俺はこの贅沢すぎる牢獄──特務班での日々を、静かに開始した。

 

(続く)

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