ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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海の向こうからの刺客

「.....ミレニウスさんは、わたくしの命の恩人ですわ」

 

ルクレアは答えた。

 

「ええ?そうなの?」

 

リラ嬢が大きな声を出した。その声が静かな建物じゅうに響き渡ったような気がして、俺は思わず口に人さし指を当てて『シィッ』と言ってしまった。リラ嬢は今更気づいたかのように肩をすくめた。

 

「ま...その話はいいじゃねぇか。また今度な」

 

ミレニウスは誤魔化すように手を振るともう一杯をグラスに注いでから酒瓶を戸棚に戻した。ルクレアはそれを見ている。その表情は、懐かしさと、どこか痛みを含んでいるように見えた。そして彼女はリラ嬢に向き直ると言った。

 

「さ、もう遅いですから。お食事が終わったらベッドにご案内しますわね」

 

「...ホントに違うの?元カノじゃないの?」

 

リラ嬢はいかにも不服そうだった。カエルス少年は目を白黒させながらその会話を聞いている。やがて食事が終わると、ルクレアはリラ嬢とカエルス少年を寝所に連れていこうと立ち上がった。だがその瞬間、彼女はリラ嬢の顔を見て立ち止まった。

 

「どうしたの?うちの顔になにかついてる?」

 

リラ嬢が尋ねた。ルクレアはリラ嬢の身長に合わせて身を屈めると相手の頬に手を触れた。

 

「かわいそうに。誰かに叩かれましたのね?」

 

俺は内心、薄暗がりの中でよく気づいたものだと感心してしまった。リラ嬢も同様だったようだ。彼女はやや戸惑って答えた。

 

「う...うん。でも...もうそんなに痛くないし...」

 

だが、ルクレアはリラ嬢の頬に手を触れるとその場で祈祷を始めた。驚くべきことに、その手から薄っすらとした光が浮かび上がる。そして数秒がたつと、リラ嬢が目をパチクリさせながら自分の頬に手を当てた。

 

「あれ?痛くなくなってる....」

 

「大したもんだな。癒しの能力が現れたって噂は本当だったんだな...」

 

横から見ていたミレニウスが呟いた。

 

「わたくしの力ではありません。神からの賜物ですわ」

 

ルクレアは恥ずかしそうに笑うと、子供たちの手を引いて寝所に連れていった。

 

「やれやれ....『元カノ』...かぁ。リラのやつ、何を言い出すかと思えば」

 

ミレニウスは三人の背を見送りながら二杯目を飲み干すと、後頭部をボリボリと掻いた。だが俺はますます合点がいかない。俺は彼に尋ねた。

 

「ミレニウスさん...あんた『命の恩人』って...人助けもしてたのか?」

 

「だからもういいだろって。お前も寝とけ、セヴルス」

 

ミレニウスは面倒臭さげにそう返し、立ち上がった。そして振り向くともう一度言った。

 

「寝るのは交代だ。万一のこともあるかも知れねぇからな」

 

* * * * * * * * * * * * * * * 

 

俺は子供たちが寝かされた部屋の隣に寝所をあてがわれた。しかし、朝からダンジョンを冒険し疲れているはずなのに眠れやしない。

 

部屋から出るとミレニウスは腕組みをして壁にもたれかかって廊下に座っている。

 

「なんだセヴルス。眠れないのか」

 

「ああ」

 

俺は溜め息をつくと彼の隣に座り込んだ。

 

「なあ、ミレニウスさん。少しは教えてくれたっていいだろ?」

 

「何をだ?」

 

ミレニウスはとぼけた様子で言う。俺は続けた。

 

「あんたの正体だ。凄腕の引退剣士。千人隊長も気を遣うほどの人物。かと思うと、修道女から『命の恩人』と呼ばれる。あんた、一体何者だ?」

 

すると彼は大きな、長い溜め息をついた。だが何も答えない。

 

「詮索されるのは嫌だってのはわかる。だが、いくら鈍い俺でも感づくさ。あんたはこの騒ぎが起こることを最初から知っていた。だから俺みたいには驚かないんだ。そうだろ?」

 

俺は重ねて問うた。だがミレニウスは口を開かない。

 

「俺はもうこうなっちまったら、報酬を貰っていい暮らしが待ってる、なんて結末にはならないってことぐらいは分かる。だが、あんたが知っているなら教えてくれ。この騒ぎは一体何なんだ?いったいこれから何が起こるっていうんだ?」

 

俺の言葉は薄暗がりに吸い込まれていった。ようようの時間が経ってからミレニウスは口を開いた。

 

「知ってどうすんだ?」

 

「どうするって......」

 

俺は戸惑った。そしてこう答えた。

 

「どうするもこうするも、今のままじゃまるで袋の中に詰め込まれてどこかに運ばれてるのと同じじゃないか。具合が悪くて仕方がないってもんさ」

 

「知ったらお前さんは安心するのか?」

 

ミレニウスはやおら問うてきた。俺はドキっとして言葉に詰まった。

 

「い....いや...安心っていうか.....」

 

「安心してぇなら聞いたって無駄だぜ」

 

彼は詰まらなさそうに前を向いた。俺は唾を飲み込んだ。

 

「無駄って、どういう意味だよ」

 

「意味なんざねぇよ。知らねぇ方が得する時もあるってことだ」

 

「そんな言い方されたら、余計に気になるだろ」

 

俺は文句を言った。

 

「.....だろうな」

 

ミレニウスは肩をすくめる。彼は立ち上がると、廊下の窓から外を覗き込んだ。そして素っ頓狂な声を上げた。

 

「あぁ?マジかよ」

 

「どうした?」

 

俺も立ち上がると彼の横に並んだ。ミレニウスは外の暗がりを覗き込みながら忌々しげにつぶやいた。

 

「.....ッたくどうなってやがる」

 

そして彼は俺のほうを向くと言った。

 

「...敵襲だ」

 

俺は愕然として目を丸くした。

 

「て......敵襲?だ....いったい誰が?」

 

「わからん。だがすぐに侵入されるぞ。準備しとけ」

 

ミレニウスは剣を抜きながら俺の方に目配せした。俺も剣を抜いた。だが、俺には敵の姿も見えないし物音も聞こえない。

 

誰が?何人?どこから?

 

俺は頭が混乱しながらも廊下の左右を見回した。

 

その瞬間、ガラスが割れる音と女の悲鳴が聞こえた。ミレニウスはルクレアと子供たちが寝ている部屋の扉に殺到するとそれを開け放った。俺も後ろから続いた。

 

部屋の中を見ると、寝室の窓ガラスが割れ、窓枠も壊れている。窓際には黒ずくめの男がいた。

 

子供たちは驚いた表情でベッドで身体を起こし、それを庇うようにルクレアが立っている。

 

「ルクレア、下がれ!」

 

そう叫んだミレニウスは剣を投げた。男が身体を起こした瞬間、その胸を剣が刺し貫いた。男は呻き声を上げてよろめくと、その場に倒れた。

 

俺はルクレアと子供たちに駆け寄って声をかけた。

 

「大丈夫か?」

 

「え...ええ...」

 

ルクレアは動転した表情を見せながらも、頷いた。その手には鞘に入った短剣が握られている。

 

「なに?一体どうしたの?」

 

リラ嬢は眠い目をこすりながら尋ねた。カエルス少年はすっかり怯えてしまい声も出ないようだ。

 

「セヴルス、まだ終わっちゃいないぞ」

 

ミレニウスは倒れた男に歩み寄るとその身体から剣を引き抜いた。その瞬間だった。

 

破れた窓から次々と黒ずくめの男たちが飛び込んできた。ひとり、ふたり。三人....いや...四人もだ。

 

「剣士さま!」

 

修道女はそう叫ぶと、短剣を鞘から抜いた。

 

「大丈夫だ。俺の後ろにいろ」

 

ミレニウスが言った。その刹那、背後の廊下の窓ガラスが割れる音がした。振り向くと戸口から新手の黒ずくめの男たちが入ってくる。ふたりだ。

 

侵入されたら挟み撃ちにされる。そう考えた俺は反射的に先頭の一人に斬りかかった。男は左腕を掲げて斬撃をいなした。

 

手甲だけで剣を?だが俺は考える間もなく剣を横に払った。ところが相手は驚くべき速さで身を伏せて躱すと、片手に持った鉤爪のようなものを繰り出してきた。俺は身を引いて躱しながら体勢を立て直した。顔に数本の切り傷が出来たのが感覚で分かった。

 

背後からは敵集団とミレニウスが武器を撃ちあわせる音が聞こえる。俺の目の前の敵は、さらに胸元目掛けて攻撃を放ってきた。俺はすんでのところで半身になって回避すると、蹴りで相手の軸足を刈った。体が崩れたところを袈裟斬りした。

 

ザックリと刃が喰い込む。だが途中で止まった。

 

服の下に鎖帷子。しかもかなり高質のものだ。

 

そいつの背後にいた二人目が背に手を回して短めの剣のようなものを抜いた。手傷を負わせた男がもう一度鉤爪を振り回してくる。俺は後ろに下がりながらも剣を大きく振り回して牽制した。

 

だが、その瞬間信じられないことが起こった。

 

俺が手傷を負わせた男がうずくまると、後ろの一人がその背中を蹴って跳躍したのだ。そいつは軽々と俺を飛び越すと、俺と子供たちの間に立った。

 

「ひとり行ったぞ!」

 

俺はミレニウスに警告した。俺が手傷を与えたひとりが立ち上がって背中に手を回し、短めの剣を抜いた。

 

俺はようやく理解した。

 

こいつら、ただの刺客じゃない。訓練されている。しかも徹底的に。

 

手傷を負わせた相手が剣を振り下ろしてくる。俺はそれを自分の剣で受けた。鍔迫り合いだ。だが体格は同等なのに凄い力だった。背後で、俺を飛び越えた男がルクレアに迫っていくのが気配でわかった。

 

金属音と女の悲鳴が聞こえ、短剣が床に叩きつけられる音が響いた。俺は咄嗟に剣の柄で目の前の相手の鼻面を打ち、小手を浴びせ相手の武器を叩き落した。だが回し蹴りが飛んできた。俺は横面に打撃を喰らった形になり、よろめいた。

 

「リ....リラさんに近づくな!」

 

カエルス少年の叫び声が聞こえる。助けてやりたいがこちらにも余裕がない。俺の敵は取り落とした剣を左手で拾い上げた。そいつが顔を上げると、暗がりの中、眼がギラリと光った。獣のような眼。

 

俺は頭を振ると体勢を立て直した。気合いの声を発して袈裟斬りを放つ。そいつは左手で片手持ちした剣で俺の斬撃を逸らすと、慣れた手つきで喉目掛けてカウンターを仕掛けてきた。身を伏せ、紙一重の差で回避する。

 

だが、身を屈めたところで敵の前蹴りが顔面を直撃した。ふらついたところで腹に喰らった。突きだ。剣先が身体に深く突き刺さるのを感じた。

 

生まれて初めてだ。いや、人生で最初で最後だろう。

 

これで終わるのだ。俺は悟った。

 

だが、それと同時に俺は思った。

 

終わってたまるか。

 

俺は剣を握った相手の手首を掴んだ。そして剣を抜くことができないよう押さえつけながら、自分も相手の腹に深く剣を突き刺した。相手が驚愕した様子で目を見開いたのが分かった。俺が剣の刃をこじると、相手は呻き声を上げながらゆっくりと倒れた。

 

だがそこまでだった。俺は力が抜け、床に座り込んだ。

 

その時、ミレニウスの声が聞こえた。

 

「ふぅ...間に合ったな」

 

肩越しに振り返ると、俺を飛び越えた黒ずくめの男がミレニウスに背後から刺されていた。ちょうどそいつがリラ嬢に手を掛けようとしたところだった。

 

その足元にはカエルス少年が倒れている。その手にはあの刃のついていない模造剣が握られていた。

 

黒ずくめの男がゆっくりと倒れる。窓際に目をやると、四人の男たちは皆傷を負ってうずくまっていた。

 

「おい、大丈夫か、セヴルス」

 

ミレニウスが声を掛けてきた。俺は弱々しい微笑みを返した。

 

「もう....ダメみたいだ。ミレニウスさん、あとは頼む」

 

その時だった。壁際に退いていたルクレアが俺のところに駆け寄ってきた。

 

「今治療いたしますわ」

 

「いや.....シスター。俺はもう...十分です」

 

俺はかすれた声で言った。だが彼女は聞かずに、俺の背に手をかけてゆっくりと横たえた。ミレニウスも俺の傍らに来た。

 

「抜くぜ。ちょっと痛いけど我慢しろ」

 

そう言うと彼は俺の腹に刺さった剣を無造作に引き抜いた。

 

想像を絶するほどの痛みに俺は声も出せないまま悶絶した。だが、ルクレアは俺の傍に跪くと刺された箇所に手を当てて祈祷を始めた。

 

俺は荒い息をついたままその様子を眺めていた。だが、驚くことに急速に痛みが引いていく。

 

五分もすると、出血が止まった。俺は呆気にとられたまま腹を探った。傷跡さえもが塞がっている。

 

「治りましたわ。刺されてすぐだったのが幸いでしたわね」

 

ルクレアは微笑むと、今度はミレニウスが介抱していたカエルス少年の傍に行った。こちらは殴られて気絶しただけのようで、直ぐに意識を取り戻した。

 

ミレニウスは剣を血払いして納めると、倒れた男たちに近づいてその身を探り始めた。

 

ところが、ルクレアが今度はその男たちの一人に近づいて祈祷を始めた。

 

「お....おい。何をするつもりだよ」

 

慌てたミレニウスが尋ねると、ルクレアは答えた。

 

「修道女としては怪我をしている人を放置することはできませんわ」

 

「お...おいおい。そりゃあいいけど目覚めたらまた襲われるだろ」

 

ミレニウスがもっともな事を言った。結局、ルクレアが治療をしている間、俺とミレニウスは侵入者たちの手をベルトで縛り、両足を靴紐で動かないよう固定した。

 

さすがのリラ嬢も青い顔をしている。カエルス少年は顔を上げると、手に持っていた模造剣を鞘に納めて座り込んだ。俺は自分が本当に完治しているのかがいまだに半信半疑で、何度も自分の腹を手でさすった。

 

ミレニウスは、回復して縛り上げられた男たちの一人の傍に改めてかがみ込んだ。その口元を覆っていた布を取り去ると、こう声をかけた。

 

「ミンエイナッアン?ワッマンアルセルクイラフナ?」

 

問いかけられると、その男は驚愕に目を大きく開いた。そしてその男が口を動かした瞬間、ミレニウスはその顎を押さえ、手を口の中に突っ込んだ。

 

もがいた男が何かを吐き出した。ミレニウスは床に落ちたその小さな何かを拾い上げると、一瞥して少し驚いたように肩をすくめた。

 

騒ぎを聞きつけた他の修道女たちが恐々とした様子で戸口に集まってきたが、ルクレアが事情を説明し、危険は去った旨を伝えると再び自分たちの部屋に戻っていった。

 

ミレニウスは再びかがみこむと、俺たちに理解できない言葉で男に話しかけている。だが、男は頑なな表情で顔を伏せ沈黙し続けている。

 

「.....にしてもまぁ、よく毒薬入りカプセルなんてモノを口に入れたまま戦えるもんだな」

 

ミレニウスは諦めて立ち上がると、男の口から出てきた何かをポケットに仕舞いながら呟いた。俺は自分の腹をさすりながらも尋ねた。

 

「こ....こいつら一体何者なんだ?」

 

「海の向こうから来た連中さ。体臭で分かる」

 

彼はそう言うと、首を傾げた。

 

「だが....わかんねぇことがひとつある。なんでリラを狙ったんだ?」

 

ミレニウスは腕を組み、倒れた刺客たちを見下ろした。

 

その表情は、戦いの最中よりもずっと険しい。俺は思わず聞き返した。

 

「リラを……狙った?いや、たまたま子供がいたからじゃないのか?人質にしようとしたとか?」

 

「違ぇよ」

 

ミレニウスは即答した。

 

「こいつらの動き、見ただろ。俺やお前を無視してでも、子供の方へ向かっていった」

 

俺は息を呑んだ。確かに──。

 

沈黙が部屋を覆う。その時、その沈黙に耐えかねたようにリラ嬢が口を開いた。

 

「.....み....みんな...今まで黙っててごめんね」

 

その場にいた全員がリラ嬢を見た。その口調は普段の彼女とは違って、珍しく真摯で神妙なものだった

 

「うち......まだみんなに話してなかったことがあるの」

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