ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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第二章: 鍵を握る令嬢
記憶の再燃


「....みんな...今まで黙っててごめんね」

 

リラ嬢がやおら口を開いた。その口調は普段の彼女とは違って、珍しく真摯で神妙なものだった。

 

「うち......まだみんなに話してなかったことがあるの」

 

その場にいた全員が彼女を見た。

 

「俺たちに話してなかったことって....何ですか?」

 

俺は戸惑って尋ねた。リラ嬢は俯いて言葉を継いだ。

 

「うち....本当は知ってたんだ」

 

「知ってたって....何をです?」

 

俺が尋ねるとリラ嬢は小さな声で答えた。

 

「うち...知ってたの。神殿の地下に何が隠されてたのかってこと」

 

俺は混乱した。謎はミレニウスの正体だけで十分なのに、今度はリラ嬢まで秘密を持っていたというのか。

 

「ごめんね.....。うち...誰か一緒に行ってくれる人を探してたの。この目で確かめたくって......」

 

俺は首を振りながら重ねて尋ねた。

 

「お嬢様....。意味がわかりません。どういうことなんです?お嬢様はあの奇妙な機械のことを最初から知ってたっていうんですか?」

 

リラ嬢は首を縦に振った。

 

「うちの本当のお父さんは....魔法使いだって話はしたでしょ?うちのお父さんは、本当は王さまのお抱え魔術師だったらしいの。それでいろんな魔法の機械を作ったり修理するのが仕事だったんだって。うち、小さいころお母さんから聞いたわ」

 

俺たちは黙って耳を傾けていた。破れた窓から静かな夜風が吹き込んでくる。

 

リラ嬢はそこで言葉を切った。そして喉の奥で何かを呑みこむと、再び話し始めた。

 

「でもね....お父さんはある日突然いなくなったの。そのときはうちは小さかったから分からなかったけど、でも今ならわかる。きっと偉い人の秘密を知っちゃったんだと思う。だから...........『消された』んだって」

 

「『消された』.....?」

 

俺は驚いて呟いた。

 

「うちのお母さん....病気で死ぬ前に教えてくれた。『お父さんは王さまの命令で魔法機械を作ってた』って。それは神殿の地下に置くもので、世の中をひっくり返しちゃうくらい物凄い力を持った機械なんだって」

 

ミレニウスは腕を組んだまま黙っていた。だが、縛り上げた刺客のひとりが身体を芋虫のようによじって逃げようとしたので、彼はその鳩尾に軽く蹴りを入れて大人しくさせた。リラ嬢は話し続けた。

 

「うち....怖かった。でも知りたかった。お父さんが何を作って....どうして殺されたのか....知りたかった。だから神殿の地下に行きたかったの......」

 

「知って...どうするつもりだったんだ?」

 

ミレニウスがふと呟いた。するとリラ嬢は顔を上げた。その目は激しく揺れていた。彼女はしばらくためらっていたが、やがて口を開いた。

 

「....復讐してやるんだ」

 

「復讐?」

 

俺は驚いて声を上げた。

 

「復讐してやるの。お父さんを殺した連中に。だから、うち剣術も習いたいし、大きくなったら魔法も使えるようになってやるの」

 

リラ嬢は目から涙を流すと呟いた。

 

「それで.....それで.....いつかきっと悪い連中を同じ目に遭わせてやるんだ!」

 

薄暗い部屋の中を沈黙が覆った。俺はあまりのことに言葉を失っていた。だが、ふと胸に浮かんだ疑問があり、それを口にした。

 

「お嬢様....その『収集機』というものはどんな風に働くものなんですか?」

 

するとリラ嬢は答えた。

 

「わかんない....詳しいことはお母さんも教えてくれなかったから。だけど王さまが欲しがるくらいだから、誰にも作れるってわけじゃないし、きっと何かの力を集めて使えるようにするものなんだと思う」

 

彼女は顔を上げて俺たちを見上げた。

 

「ねえみんな...お願い。うちを手伝って?お父さんを殺した悪い奴らを探し出して、仕返ししてやりたいの。うちも頑張って剣術とか覚えるから」

 

俺はどう答えていいかわからず口をつぐんだ。胸が締め付けられるような思いだった。リラ嬢はまだ子供だ。なのに、なんという重いものを背負ってしまったんだろう。

 

「やめとけ」

 

ミレニウスが静かに、しかしハッキリした語調で言った。リラ嬢は驚いた顔で尋ねた。

 

「....な...なんで?」

 

「やめとけ。悪いことは言わねぇ」

 

ミレニウスはゆっくりとリラ嬢に歩み寄ると、そのベッドの端に腰かけた。リラ嬢はその横顔を見つめて言った。

 

「...どうして?悪い奴らに罰を与えてやるのがどうしていけないの?」

 

「復讐なんてしたってロクなことにならねぇぞ。呪いをもらうだけだ」

 

ミレニウスは続ける。だがリラ嬢は納得行かない様子で聞いた。

 

「ロクなことにならないって....おじさん、したことあるの?」

 

「ああ。あるよ」

 

ミレニウスはあっさりとした口調で答えた。それを聞いたリラ嬢は驚いたように目をしばたいた。

 

「あるって....いつ?」

 

「ずっと昔さ。ずっと...な」

 

ミレニウスはリラ嬢の肩に手を置くと、その顔を見た。

 

「復讐なんてやめとけ。だいいちお前はまだ子供だ。そんなことは忘れて子供らしく生きるほうがよっぽどいい。子供時代なんて一瞬で終わるんだぞ。それを復讐なんかのために使ってどうする?」

 

「おじさん....でも...」

 

リラ嬢は問い返した。

 

「おじさん....でも......復讐したほうが、しないよりスッキリしたはずでしょ?」

 

それを聞いたミレニウスは黙り込んだ。リラ嬢は続けて問うた。

 

「うち....お父さんを殺されてもずっと黙ってるなんてできない。おじさんも愛する人を殺されて、我慢できなかったんでしょ?それって誰だってそうじゃない?」

 

「ああ......そうだな」

 

ミレニウスは小さな声で認めた。

 

「それに『呪い』とか言ったって....本当じゃないでしょ?だっておじさん、いまこうやってちゃんと生きてるじゃん」

 

「いや......。むしろそれが問題なんだけどなぁ」

 

ミレニウスはそう答えた。リラ嬢は涙の跡を残したまま、ぽかんと口を開けてミレニウスを見つめていた。俺もカエルスも意味が分からず、同じように彼を見ているばかりだった。だが、ルクレアだけは、ミレニウスの言葉を味わうかのように目を伏せている。

 

「さ、子供は寝る時間だ」

 

ミレニウスはふと思い立ったように顔を上げた。

 

「ルクレア、俺たちはここで寝る。子供たちに新しい部屋を頼む」

 

俺とミレニウスは窓ガラスの破片を片づけ、破れ目に応急的に木の板を貼った。そしてそれでも隙間風の入ってくるその部屋で俺たちふたりが寝ることになった。しかも、交代で刺客たちを見張りながらだ。子供たちとルクレアは隣の部屋に引っ込んでいった。

 

途切れ途切れの睡眠をとり、俺たちは翌朝活動を開始した。朝食をとると、貧民街から人夫たちを呼んで、縛り上げた刺客たちを荷車に乗せて駐屯地の門の前に放り出せとだけ指示して運ばせた。

 

「さ、お嬢様。帰りましょう」

 

人夫たちが修道院の前の坂を下っていくと、俺はリラ嬢を顧みた。だが彼女はひどく不満そうだった。

 

「お嬢様。復讐なんて忘れていつもの生活に戻りましょう。剣術なら俺が教えますが、冒険は大人になってからでも遅くはないですしね」

 

だが彼女はそっぽを向いた。だがカエルス少年は一連の騒動から解放されることを知って晴れやかな顔をしている。俺は貧民街で小間使いの少年を捕まえると、小銭を渡してリラ嬢の養父、セレウコスへのことづてを託した。歩いて帰る途中で兵士に見つかっては困るし、辻馬車を使っていては金がかかりすぎるからだ。

 

数時間もすると、修道院前の坂道を馬車が登ってきた。四頭立ての豪華な馬車だ。

 

馬車は建物の前までくると停車し、中から恰幅のよい中年男が出てきた。

 

「リラ!心配したぞ!」

 

「ごめんね、パパ」

 

男はリラ嬢を抱きしめると俺たちに向き直った。

 

「君たち、娘のわがままに付き合わせてしまってすまないね。疲れたろう。私の家で食事でもしていってくれ」

 

俺は驚いて目をパチクリさせてしまった。てっきり、娘を危険な目に遭わせたと叱責されるかと思っていたからだ。このセレウコスという男はさすが富豪だけあって器の大きな人物だと俺は感じ入ってしまった。

 

すると、建物の扉が開いてルクレアが見送りに出てきた。

 

「シスター、世話になりました。いろいろありがとうございます」

 

「悪かったな。俺たちのせいでガラス割れちまって」

 

俺とミレニウスは口々に言うと頭を下げた。

 

「そうだ。パパ!ガラスの修理代払ってあげて。もとはと言えばうちのせいだから」

 

リラ嬢が声を上げた。するとセレウコスは困惑した顔をしながらも頷いた。

 

「うん?悪戯でもしてガラスを割ったのか?仕方のない子だなぁ」

 

セレウコスはルクレアに近づいてくると、自分の懐に手を入れて金貨を取り出した。

 

「うちの娘が迷惑をかけてすまないね。これで足りるかい?」

 

「いいえ...そんなお気遣いをいただかなくとも..........」

 

ルクレアは微笑んで顔を上げた。だが、彼女はセレウコスの顔を見た途端息を呑み、みるみるうちに顔面蒼白になった。セレウコスも、ルクレアを見た瞬間に動きを止めた。そして気まずい表情になった。

 

ルクレアは口に手を当てて顔を逸らした。その身体はふらついている。俺は慌てて彼女が倒れないよう支えた。

 

「ど...どうしましたシスター?ご気分でも...」

 

「おい、中で休ませよう。ドアを開けてくれ」

 

ミレニウスは俺に代って彼女の身体を支えると指示した。俺は急いで建物の扉を開けた。

 

「どうしたの?お姉さん大丈夫?」

 

リラ嬢も養父のところを離れて、カエルス少年と一緒に走り寄ってきた。俺たち四人はルクレアを食堂まで連れていって座らせた。

 

ルクレアは食堂の椅子に座らされると、胸元を押さえ、荒い呼吸を繰り返していた。

 

「シスター、本当にどうしたんです? 顔色が……」

 

俺が問いかけると、ルクレアは震える指先で口元を押さえたまま、かすれた声で答えた。

 

「……あの方……あの方は……」

 

ミレニウスが椅子を引き寄せ、ルクレアの正面に腰を下ろした。

 

「落ち着け。深呼吸だ、ルクレア」

 

ルクレアは震える息を吐き、ようやく言葉を紡いだ。

 

「……あの方……リラさんの……お養父(とう)様……セレウコス様……」

 

リラ嬢が不安げに身を乗り出す。

 

「パパが……どうしたの……?」

 

ルクレアは、まるで胸の奥に押し込めていた何かが一気に溢れ出したように、震える声で続けた。

 

「ミレニウスさま.....このことはリラさまには.....」

 

それを聞いたミレニウスはリラ嬢に席を外すよう目配せした。彼女は当惑した顔をしたが、意外にも大人しく従って、カエルス少年を伴って外に出ていった。ルクレアはようやく落ち着くと、話し出した。

 

「わたくし....修道女になる前には娼館で働いておりましたの」

 

俺は息を呑んだ。ルクレアが身にまとっていた沈痛な空気。それはその過去から引き摺っていたものだったのか。

 

「セレウコス様は....そこの定連でした。それで...ことが終わると枕元でよくお話をされていましたの」

 

「話って....何をです?」

 

俺は思わず尋ねた。

 

「王家の権勢は必ず終わる時が来る....だから今のうち貴族派に賭けておいたほうがいいって」

 

「貴族派.....か」

 

ミレニウスが呟く。俺は尋ねた。

 

「それはつまり....現王マカベウス王直系の家系ではなく傍系の貴族たちの派閥、ということですね」

 

ルクレアは頷いた。そして続けた。

 

「わたくし.....お相手している間もあの方のお名前さえ存じ上げませんでしたから、リラさんにお会いしても何も気づきませんでしたの。でも、あの方はこうも言っておられましたわ」

 

俺は唾を呑みこみながら聞き入った。ミレニウスは黙ったままルクレアの顔を見つめている。

 

「.....自分の手元には、王家の秘密を握る娘がいる、と。いざとなったらそれを使えば形勢は一変する、と」

 

「……『王家の秘密を握る娘』……?」

 

俺は思わず聞き返した。

 

ルクレアは震える指先を組み、自分の膝の上でぎゅっと握りしめた。

 

「ええ……。その娘というのがリラさんのことだと……わたくし、今になって気づきましたの」

 

俺は茫然としてモノも言えず突っ立っていた。ミレニウスはしばらくして頷くと、低い声でルクレアに言った。

 

「よく話してくれた。これは俺たちの間だけのことにしておこう」

 

彼は俺に目配せすると、食堂から出て廊下を歩いていった。俺は慌ててついていった。

 

「お.....おいミレニウスさん......」

 

「ちょうどいい。あいつのご招待に乗ろうじゃねぇか」

 

ミレニウスは感情のない声で呟いた。

 

「ご...ご招待に乗る?」

 

俺が戸惑って聞き返すと、彼は低い声で言った。

 

「放っとくわけにいかねえしな....だろ、セヴルス?」

 

俺はそう問われて、数瞬考えたあと頷いた。

 

急速に懸念が湧き上がってきた。

 

詳細は分からない。だがリラ嬢の身に危険が迫っているのだ。

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