ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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死の酒宴

修道女ルクレアに別れを告げると、俺たちはリラ嬢とカエルス少年とともに馬車に乗せられた。客車の座席には柔らかいクッションが貼られていて乗り心地がいい。

 

セレウコスは上機嫌だった。

 

「君たち、腕利きの剣士なんだって?デメトリウスから聞いたぞ。魔物を大勢倒したそうじゃないか」

 

それを聞きながら俺とミレニウスは生返事していた。俺は胸糞が悪かった。この金持ちは、金の力にあかせてルクレアの身体を玩具のように弄んでいた。そして、そのことをおくびにも出さずに今はリラ嬢の慈悲深い養父に収まっているのかと思うと、吐き気がした。リラ嬢にこのことを知らせずにいて良かったと思った。

 

「パパ!ミレニウスおじさんってば凄いのよ。大蛇をあっという間にやっつけたの。それも、頭が八つもあるでっかい奴をよ?」

 

リラ嬢は弾んだ声で養父に言った。そしてその後付け加えた。

 

「あ.....でもセヴルスだってけっこう恰好良かったのよ。だって十匹もグールを倒したんだから。ね?そうでしょ、セヴルス?」

 

リラ嬢がそう言ってくれたのは嬉しかったが、俺は窓の外の風景を見ていて会話に集中できなかった。

 

馬車が貧民街を抜け中央街区に入っていくと、あちこちに家の焼け跡が見られるようになったからだ。

 

それだけではない。

 

兵士たちの死体や壊れた馬車の残骸まで街路に転がっている。午前の陽光が射し込む中、それは異様な光景だった。

 

「昨日魔物が大発生してね。なあに、軍が出動して鎮圧したから今は問題ない」

 

俺の視線に気づいたセレウコスが言った。

 

「それにしてもあいつらは手際が悪いったらありゃしない。君たちみたいにサッサと仕事を終わらせてくれていればよかったんだけどねぇ」

 

富豪は調子良く言った。だが俺は余計に胸糞悪くなった。そして、疑問が胸を突き動かした。

 

魔物の発生──それ自体は珍しくない。だが、この規模は異常だ。

 

魔物どもの掃討に当たったのはコルネリウスの千人隊だ。しかも王家直属の精鋭だ。それが損害を出すほどの大発生など、普通はあり得ない。殆ど軍事侵攻レベルの厄災だ。

 

一体なぜ?どこから?

 

しかし俺は気づいた。被害が広がったのは西地区。丁度神殿群がある方角だ。

 

つまり、俺たちがあの神殿を後にして街に戻ってから、何らかの理由で魔物が大発生してその方角から押し寄せたということになる。

 

「……なあミレニウスさん」

 

俺は隣に座る彼に小声で囁いた。

 

「これ……おかしくないか?魔物の数が……」

 

ミレニウスは窓の外を見たまま、眠そうな声で答えた。

 

「ああ........自然発生じゃねぇよな。溜まってたのが『溢れた』みたいな...感じだよな」

 

「溜まってたのが『溢れた』?」

 

俺は尋ねた。そしてかねてからの推論を口にした。

 

「これって....神殿のある方角から....だよな」

 

「........だな。神殿だ。間違いねぇ」

 

ミレニウスはあっさりと頷いた。

 

俺の想像の中で妙な推論が頭に浮かんだ。あの傭兵団が、俺たちの去った後の神殿の地下に入り込み、あの棺桶状の機械を弄ったことで、何らかの異変が生じたのだろうか?

 

根拠のない想像ではあったが、それが妙に頭にこびりついて離れなくなってしまった。

 

そうこうしているうちに、馬車は広大な屋敷のエントランスに着いた。

 

「さあ着いたぞ。ささやかだが食事していってくれ。酒も持ってこさせよう」

 

セレウコスは引き続き上機嫌な声で言うと、先に馬車を降りた。

 

「パパ!うち、今度このふたりに剣術習いたい。いいでしょ?」

 

リラ嬢が後を追いかけて頼み込む。セレウコスは曖昧な返事をして宥めながら、母屋のほうに歩いていく。

 

すると、召使いらしき者たちがやって来た。馬車の扉を開け、降りるようにと俺たちを(いざな)った。

 

俺とミレニウスは馬車を降りた。セレウコスの邸宅は見上げるほど大きいものだ。さすがは金持ちとしか言いようがない。庭にはいくつも彫像が置かれ、庭木は丁寧に剪定されている。さらには水浴用のプールまでがあり、綺麗な水が湛えられていた。

 

「お腰のものをお預かりします」

 

召使いたちが言う。俺は一瞬迷った。だがミレニウスが拘りもない様子でベルトから剣の鞘を外して召使いの一人に渡したので、俺は躊躇しながらもそれに倣った。

 

俺の背中に冷たいものが走った。

 

─丸腰だ。

 

ミレニウスはの横顔は相変わらず眠そうで、まるで武器なんてどうでもいい、と言わんばかりだ。

 

だが俺は居心地が悪かった。ルクレアの話を信じるならば、セレウコスは信用できない。少なくとも一緒に酒を飲みたいと思うような人物ではない。

 

「こちらへどうぞ。旦那様がお待ちです」

 

召使いたちに先導されて戸口を潜り、廊下を進んでいく。陽光の射し込む中庭を抜けると、やがて俺たちは広い食堂に通された。壁には金箔の額縁、天井には巨大なシャンデリア。

 

普段住んでいる安下宿に比べたら目もくらむような豪華さだ。だが、その空気はどこかぎこちない。作り物のような冷たさが漂っている。

 

ほどなく、食堂にセレウコスがやってくると俺たちに声をかけた。

 

「さあさあ、遠慮なくやってくれ。夕食にはまだ早いが、冒険続きで腹が減っただろう」

 

テーブルの上に、次々と皿が運ばれてくる。魚のマリネ、色とりどりの果物、ナッツや干し肉などに加え、瓶に入った葡萄酒も目の前に置かれた。

 

「リラを守ってくれたそうじゃないか。あの娘はお転婆だから手を焼いたろう。特に...ええっと.....セヴルスくん、君は真面目そうだから、娘のイジリの恰好の標的だったんじゃないか?」

 

セレウコスはそう言いながら俺を座らせると、酒瓶の栓を抜き、杯になみなみと注いで手渡してきた。

 

「あ.....ありがとうございます」

 

俺は受け取った。だが、果たして飲んでいいものかどうか迷った。

 

「ささ、遠慮せず、グウッと。あと、そっちのええっと.....ミレニウスくん」

 

富豪はもう一つの杯に酒を注いでミレニウスにも渡した。

 

「あ...ども」

 

ミレニウスはそれを受け取ると、躊躇なく口をつけた。そして、水でも飲み干すかのようにあっという間に飲み干してしまった。それを見たセレウコスは一瞬目を丸くしたが、すぐに作り笑いを浮かべて言った。

 

「ほ.....ほほう。ずいぶんいける口じゃないか。もう一杯いくか?」

 

「あ....お気遣いなく。自分でやりますんで」

 

そう言ってミレニウスはテーブルに置かれた葡萄酒の瓶を鷲掴みにし、それを傾けるとラッパ飲みし始めた。俺は言葉も失って彼を見つめるばかりだった。

 

「いやぁ、さすが金持ちの飲む酒は違うねぇ...」

 

ミレニウスは口元を襟で拭うと、茫然としている俺の手からも杯を奪い取り、それを一瞬で飲み干してしまった。

 

そして大きなゲップをすると、より眠気の増したような顔をしてソファにドカっと腰を下ろした。

 

「は.....ハハハ。気に入ってくれてよかったよ。じゃあ...そうだな。もう一本持ってこさせよう。おい!」

 

唖然とした顔をしていたセレウコスは我に返ると立ち上がり、手を叩いて召使いを呼んだ。

 

その刹那、ミレニウスが俺の袖口を引っ張り、耳元で囁いた。

 

「あいつらの武器はたぶん毒針だ。最初の一撃を躱せばどってことねぇ」

 

次の瞬間、彼は何事もなかったかのようにソファにだらしなく身をもたせかけて欠伸をした。

 

召使いがやってくると、セレウコスは何事か耳打ちした。頷いた召使いは一度引き下がり、ほどなく盆の上に葡萄酒の瓶を乗せてやってきた。

 

だが、その頃にはミレニウスは鼾をかき始めていた。

 

----俺は焦った。

 

これは一体どういうことなんだ?

 

ミレニウスは、敵の武器が何かを察知するくらいの能力があるのに、酒を飲み過ぎて泥酔してしまったのだろうか?あるいは、酒に眠り薬かなにかが入っていたのを不用心に飲み干してしまったのだろうか?

 

これで、万が一のとき戦えるのは俺一人。

 

俺も剣士だから、覚悟はできている。

 

だが肝心の剣は手元にない。

 

俺は恐怖心と矜持との間で揺れ動いていたが、やがて肚を決めた。

 

襲われたら自分ひとりの手で危機を跳ね返すしかない。

 

召使いが盆の上の葡萄酒の瓶をテーブルに置いた。

 

そして、盆を小脇に抱えると俺に向かって軽く頭を下げた。

 

俺はそいつの動作を視界の隅で注意深く見守った。

 

その瞬間だった。

 

召使いは盆の裏に隠していた筒を取り出し、口のほうに持っていった。

 

吹き矢だ。

 

俺は咄嗟にテーブルクロスの端を掴むと、一気に引っ張って抜き出し、相手に投げつけた。

 

それは召使いが吹き矢の筒に息を吹き込んで発射したのとほぼ同時だった。

 

発射された矢が、まだ空中にあった布に突き刺さる。

 

布がバサリと床に落ちた。するとそいつは慌てて懐を探り、二の矢を装填しようとした。だが俺は跳ね上がるようにソファから飛び出すと突進し、相手に体当たりをぶちかまし、馬乗りになって殴りつけた。

 

セレウコスが警告の声を上げた。その途端に、さらに三人の召使いたちが食堂に駆け込んできた。皆が手に短剣を持っている。

 

まずい。こちらが素手で三対一は分が悪い。俺は咄嗟に、今制圧した召使いが持っていた盆を手に取り、円盤投げのように投げつけた。

 

それが手近の敵の顔面に当たって金属音を立て、そいつが怯んだ。だが後続の二人が短剣を振りかざしながら近づいてくる。俺はテーブルに手をかけるとそれを相手の足元に丸ごと引っ繰り返して妨害した。

 

先ほどミレニウスが飲み干した酒瓶が転がる。俺はそれを拾い上げて構えた。体勢を立て直した三人の敵も短剣を構える。

 

だが足元に散らかった皿や食材のせいで、こちらを攻めあぐねている様子が見えた。俺はすかさず先頭の一人に躍りかかると、酒瓶でその手の短剣を叩き落し、横面を殴打した。

 

二人目が突き出してくる剣を身体を反らして避け、前蹴りでよろめかせる。三人目が短剣で斬りつけてくる。それを酒瓶で受けて逸らすと、左手で腕を掴んで投げを喰らわした。

 

投げた奴の鎖骨を踏みつける。骨が折れる嫌な音がして悲鳴が上がった。

 

残った一人は相手の思わぬ手ごわさに怯んだようだった。そいつは仲間を呼ぼうとして踵を返した。俺は背後から殺到すると突き倒し、後頭部に酒瓶を振り下ろした。瓶が割れて派手な音が響く。そいつは呻き声を上げて大人しくなった。

 

俺は荒い息をつきながら立ち上がった。拍手の音が聞こえてくる。振り返ると、ミレニウスが何事も無かったかのように目を覚まして手を叩いている。

 

「おい.....起きてたんなら手伝ってくれよ!」

 

俺はやや腹立ち気味に叫んだ。

 

「悪ぃ。そうしようとしたんだけど、必要ねぇみたいだったしな」

 

「必要ねぇって……あんたなぁ……!」

 

俺は荒い息を整えながら、床に転がる短剣と割れた瓶を見下ろした。

 

ミレニウスはソファからゆっくりと起き上がり、伸びをしながら言った。

 

「うん、いい動きだったぞ。最初の一撃を躱した時点で、ああ、こりゃ大丈夫だなって思ってよ」

 

「大丈夫じゃねぇよ!こっちは丸腰で必死だったんだぞ!」

 

「ま...そう怒るな。結果オーライじゃねぇか?」

 

ミレニウスはとぼけてそう言うと、横で狼狽した顔をしているセレウコスに向き直った。

 

「で...だ。俺たちを狙った理由を聞かせてもらおうじゃねぇか」

 

「し...信じられん。お前は人間なのか.....?あれほど大量に...」

 

セレウコスは目を見開いて呟く。ミレニウスは首を傾げるとそれを引き取って言った。

 

「毒...だろ?悪ぃな、アテが外れて....。今までさんざん盛られ過ぎて、効かなくなっちまってるんでね」

 

「毒.....?」

 

俺は尋ねた。

 

「ああ。麻痺系だ。たんまり入ってたぜ」

 

俺はミレニウスが毒を飲んでも平気なことに、もはやほとんど驚かなかった。むしろ俺は、愕然としてセレウコスを見た。裏のありそうな奴だとは思っていたが、これほどとは。猛然と怒りが湧いてきた俺は商人に詰め寄った。

 

「ふざけやがって。俺たちを眠らせて何をするつもりだったんだ?」

 

「ま...待て!暴力はやめろ!」

 

商人は怯えた顔をして慌てて両手を上げた。

 

ミレニウスは、手を上げて俺を制止すると、まるで昼寝から起きたばかりのような顔で尋ねた。

 

「さっきの質問だ。俺たちをなぜ狙った?」

 

セレウコスは喉を鳴らし、視線を泳がせた。

 

「ち、違うんだ!私はただ...リラを守りたくて!」

 

「あんたのやってることはどうもおかしいんだよなぁ」

 

ミレニウスは呟いた。

 

「リラを守りたいならどうしてダンジョンになんかに行かせた後俺たちに毒を盛る必要がある?危険な目に遭わせたくねぇならただ単に俺たちと引き離せばいいだろ。違うか?」

 

「そ...それは....」

 

セレウコスは追い詰められたように喘ぐ。制圧された召使いたちが呻き声を上げて身じろぎし始めた。俺はテーブルクロスを短剣で引き裂くと、彼らの手足を縛って動けなくした。

 

「....あんたは貴族派だ。そして『王家の秘密を握る娘』を手中に収めてる」

 

ミレニウスは何気ない口調でまた呟いた。

 

「そいつを使えば王家がひっくり返るくらいの、秘密をな」

 

それを聞いたセレウコスは目玉が飛び出さんばかりに目を見開き、痙攣したように息を呑んだ。

 

「お...お前!どうしてそれを......!いったい誰から?」

 

「誰だっていいじゃねぇか」

 

ミレニウスは心底からどうでもよさそうにそう言うと、セレウコスの肩に親し気に手をかけた。

 

「吐いてもらおううか。その『王家の秘密』ってやつをよ」

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