ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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王家の秘密を握る娘

「....あんたは貴族派だ。そして『王家の秘密を握る娘』を手中に収めてる」

 

ミレニウスは何気ない口調で呟き、商人に歩み寄ると続けた。

 

「そいつを使えば王家がひっくり返るくらいの、『秘密』をな」

 

それを聞いたセレウコスは目玉が飛び出さんばかりに目を見開き、痙攣したように息を呑んだ。

 

「お...お前!どうしてそれを......!いったい誰から?」

 

「誰だっていいじゃねぇか」

 

ミレニウスは心底からどうでもよさそうにそう言うと、セレウコスの肩に親し気に手をかけた。

 

「話してもらおうか。その『王家の秘密』ってやつをよ」

 

「そうだ。正直に話せ」

 

俺はそう言って彼の顔を睨みつけた。だがその必要もない様子だった。ミレニウスの眠たげな眼に見据えられ、セレウコスは猛獣に狙われた小動物のように身をすくませている。

 

「じ....実は...」

 

商人は怯えた声で話し始めた。

 

「.........リラは王家の血筋なんだ....」

 

俺は驚いた。だが次に、なんとなく納得がいった。リラ嬢の、あの躊躇いもなく人を顎で使う気性。確かに平民の生まれとは考えにくい。

 

「それだけじゃねぇ。リラの父は王家がひた隠す魔法技術を扱っていた。そうだろ?」

 

ミレニウスが言う。セレウコスはビクッと身体を震わせた。

 

「お...お前はどこでそれを.....!」

 

「聞いてるのはこっちだ。さっさと言え!」

 

俺は苛立って怒鳴りつけた。だがミレニウスは手を上げて俺を宥めると、再び尋ねた。

 

「リラの父が死んだとき、お前さんは彼女を引き取った。そうだな?」

 

「そ...そうだ。身分上、一般家庭に置くわけにはいかんから。それで私が...」

 

「リラの父の死因は何だ?」

 

ミレニウスが静かな口調で、しかし被せるように尋ねた。するとセレウコスは怯えたように顔を上げた。そして言葉を詰まらせながら首を振った。

 

「わ...私は知らない。本当に知らないんだ」

 

「ウソこけ」

 

ミレニウスは切って捨てた。

 

「お前さんさっき、『王家の血筋』って言ったじゃねぇか。その死因が不明なんて怪し過ぎるだろ」

 

セレウコスは目を丸くしたまま黙っている。額には次々に大粒の汗が浮かんできていた。

 

「....ま...それか『絶対に人には言えない理由』で始末されたってか。どうだ、当たってるだろ?」

 

セレウコスは汗をぽたぽたと床に落としながら、必死に口を閉ざしている。

 

「.....あんたはそれを知っているはずだ。そしてリラが一体『何』を持っているのかも、な」

 

ミレニウスは大して興味もなさそうな口調で続けた。するとセレウコスは震え声で言った。

 

「...わ...私は...ゴルギアスさまに命じられただけだ。『時が来るまで預かっておけ』、と」

 

「『時』?いったい何のことだ?」

 

俺は尋ねた。だがセレウコスは慌てて口を閉ざした。ミレニウスは言った。

 

「ゴルギアスっていやぁ軍の長官じゃねぇか。そいつも貴族派なのか?」

 

「わ...私には言えない。そもそも...いったい誰と誰が貴族派なのかなんてことは、誰も知らないんだ!」

 

セレウコスは必死の形相で首を横に振る。

 

「なぁんか説得力ねぇなぁ....当のあんたが貴族派だって自慢してたのに。そうだろ?」

 

ミレニウスは肩をすくめながら言った。そして俺に向き直った。

 

「ま...でもこれで大体読めたぜ」

 

「どういうことだ?」

 

俺は尋ねた。するとミレニウスは答えた。

 

「リラが鍵を握っている『何か』を、王家も貴族派も欲しがってる。だがその『何か』は....リラ本人じゃあない。だがリラ抜きでも成り立たない。だが.....」

 

ミレニウスは目を細めると珍しく真剣な語調で言った。

 

「リラが神殿の地下を訪れた日、全てが動き始めたってことさ。これは偶然じゃねえ」

 

「なあミレニウスさん。その『何か』ってのは...あの機械に関係してるのか?」

 

俺は当て推量を言ってみた。すると彼は頷いた。

 

「ああ....だな。リラの実父。そしてあの機械......だが、それともう一つだ」

 

ミレニウスは明日の天気を当てるくらいの気軽な口調で続けた。

 

「リラは魔法使いの血筋だ。そして王の親戚で魔力体質なんてのはどこの国を探しても一握りしかいねぇ。だから.....」

 

セレウコスはまるで極寒の海で遭難して救助されたばかりの船員のように震えている。ミレニウスは淡々と続けた。

 

「いま...この渦の中心にいるのはリラだ。本人が気づいているかいないかに関わらず、な」

 

その時、セレウコスはいきなり立ち上がると、出口に向かって駆けだそうとした。ミレニウスは落ち着いて手を伸ばすとその襟首を掴んで引き戻した。

 

「おいおい、どこ行くんだよ。まだパーティは盛り上がってる最中じゃねぇか」

 

「....こ...殺される!もしも秘密を洩らしたことがバレたら.............」

 

セレウコスは怯え切った顔で叫んだ。そしてミレニウスに言った。

 

「わ...わかったぞ。あの売女がお前に言ったんだな!そうだろ!」

 

俺は思わずセレウコスの頭をはたいた。

 

「その言いかたはないだろ。あのひとにはちゃんと名前があるんだぞ!」

 

怒りが湧いてきた俺は商人の襟首を掴むとまくしたてた。

 

「それだけじゃない。あのひとには尊厳もあった。それをお前は金の力で....」

 

「そ...それのどこがいけないんだ。男なら皆やってることじゃないか」

 

セレウコスは驚いたように答える。それを聞いた俺はさらに腹が立った。相手の襟首を締めあげようと手に力を入れたその時、ミレニウスは大きな溜め息をついて俺に手を掛け引き離した。

 

「落ち着けセヴルス」

 

ミレニウスにそう言われて、俺は我に返った。彼は商人に尋ねた。

 

「今はその話はいい。それより、リラは無事なんだろうな?」

 

「あ...当たりまえだ。今は自分の部屋にいるはずだ」

 

「外から鍵をかけられて...か?」

 

ミレニウスが問うと、商人は再び目を見開いて息を呑んだ。

 

「図星だな」

 

ミレニウスは俺に合図した。

 

「早いとこ連れ出そう。ここが襲撃されたときまずい」

 

そのとき、セレウコスが怯えた様子でうわごとのような声を上げ始めた。

 

「も....もう駄目だ。もう駄目だ。.....もしゴルギアスさまに知られたら...」

 

そう言うと、商人は糸の切れた人形のように膝から床に崩れ落ちた。その目はもはや人形のように虚ろだ。

 

「つ...捕まるくらいなら....いっそ...いっそのこと.....」

 

俺は困惑してミレニウスと顔を見合わせた。すると商人は、床に落ちていた吹き矢の毒針を掴むといきなり自分の首に突き立てた。

 

「おい!」

 

俺は慌てて商人の手を掴んで制止しようとしたが、既に遅かった。セレウコスは白目を剥いて口から泡を吹いている。ミレニウスもその身体の傍に跪き、首に手を当てて脈を取った。

 

「....死んだな」

 

ミレニウスは呟いた。

 

「な....なんなんだ一体?どうなってるんだ?」

 

俺も混乱して呟いた。ミレニウスは商人の身体から手を離すと言った。

 

「....こいつぁ俺も読み違えてたぜ。商人だから損得勘定だけで動いてると思ってたが、違ったみてぇだな」

 

彼は立ち上がると言葉を継いだ。

 

「自分が仕えてる相手を神みてぇに思ってる連中は....裏切りがバレるくらいなら自分で終わらせるほうを選ぶ。そっちだったみてぇだな」

 

「仕えている相手を...『神』?」

 

俺は理解し切れなかった。ミレニウスは後頭部をボリボリと掻きながら呟く。

 

「思ったよりずっと面倒なことになるな....久しぶりだぜこんなの」

 

「久しぶりって....あんたこんな途方もない事件を今まで見たことあるのか?」

 

俺が尋ねると、ミレニウスはキョトンとした顔で俺を見た。そして思い出したように呟いた。

 

「....あ。ああ....だいぶ昔にな」

 

その言い方が俺の心に妙に引っかかった。だがその時、誰かが廊下を走ってくる音が聞こえて俺は我に返った。

 

敵だろうか?俺は短剣を拾い上げると構えた。だが、部屋に飛び込んできたのは見慣れた顔だった。カエルスだ。

 

「セヴルスさん!ミレニウスさん!大変です!」

 

だが、カエルス少年は食堂に駆け込んでくるなり、ひっくり返ったテーブルや縛り上げられた召使いたち、さらにはセレウコスの死体を見て驚きに目を剥いた。

 

「カエルス!どうしたんだ一体?」

 

俺は少年に近づくと、部屋の隅に連れて行って落ち着かせた。だが少年は顔面が蒼白になってしまった。

 

「.....セレウコスさまが....?一体どうして?」

 

「話せば長い。それよりどうしたんだ、そんなに慌てて」

 

ミレニウスが少年に尋ねる。カエルスは我に返ると顔を上げた。喉の奥で息を詰まらせ、それでも言葉を絞り出そうとしている。

 

「……王が……っ……!」

 

カエルスの声が震えている。語尾が言葉になっていなかった。

 

「落ち着け。順番に話せ」

 

ミレニウスが言うと、カエルスは大きく息を吸い、それから、まるで自分の口から出る言葉を信じられないように呟いた。

 

「王が、暗殺されました……!」

 

食堂の空気が凍りついた。俺は思わずカエルスの肩を掴んだ。

 

「な……なんだって……?」

 

カエルスは必死に続ける。

 

「街中が混乱してます!王家の兵と貴族派の兵が……あちこちで衝突して……それで……軍隊がこの屋敷にも向かってるんです!」

 

ミレニウスは短く息を吐いた。驚きよりも、予期していたという顔だった。

 

「ッたく動き始めると早ぇなあ....どいつもこいつも」

 

すると、俺は何か焦げくさい臭いに気づいた。周囲を見回すと、部屋の外から煙が入り込んできている。ミレニウスは少年に向き直った。

 

「ズラかるぞ。カエルス、リラの部屋、どこか知ってるか?」

 

少年は頷いた。

 

「し、知ってます!二階の東側の角部屋です!」

 

ミレニウスは呟いた。

 

「俺が行ってくる。セヴルス、その間にこの召使いたちの縄を解いてやれ。ただし俺たちの武器をどこにやったか聞いておけ。エントランス前で落ち合おう」

 

「わかった!」

 

ミレニウスが部屋を出ていくと、俺は四人の召使いたちから武器の置き場所を聞き出したあと、その手足を縛った縄を短剣で断ち切ってやった。

 

武器は廊下沿いの物置に放り込んであった。煙が次第に充満してくる中、俺はカエルス少年の手を引きながら身を低くして廊下を進み、武器を回収するとエントランスの方へ向かっていった。

 

解放された召使いたちは、手足がまだ強張っているのか、ヨロヨロとしながら逃げていく。だが彼らが俺たちを追い抜き、エントランスから扉を開けて前庭に出た途端、悲鳴と人が倒れる音が立て続けに響いた。

 

俺は慌ててカエルスの手を掴んで壁際に身を寄せた。扉の隙間から外を覗き見た俺は驚愕した。

 

武装した兵が建物を取り囲んでいる。

 

「中にいるのは分かってるんだぞ!出て来い!」

 

呼びかける声が聞こえた。だがその間にも廊下は煙で満たされ始めていた。カエルス少年は目から涙を流して咳き込みながら、口を手で押さえている。これ以上ここにいたら、俺は大丈夫でもこの子がもたない。

 

俺は意を決すると、屋敷の扉を開けて外に出た。

 

既に日の暮れかけた空を背景に、目の前には夥しい数の兵士たちが並んでいた。その足元には先ほどの召使いたちの死体が転がっている。

 

しかも、俺は異様なことに気づいた。兵隊たちが着ているのは王立軍の制服ではない。真っ黒な甲冑だ。

 

「あの娘を渡してもらおう。どこにいる?」

 

兵士たちの中心に立っていた隊長らしき男が進み出て俺に言った。だが俺はカエルス少年を庇いながらも沈黙を保った。背後の扉からもうもうと煙が噴き出してくる。

 

ミレニウスとリラ嬢は果たして生きて出てこられるのだろうか?それが気掛かりだった。

 

「返事をしないのか?ならよいだろう....貴様の身体に聞いてやろう」

 

隊長はそう言うと背後の兵士たちに合図した。俺は舌打ちすると剣を抜いた。すると、カエルス少年も、俺が渡しておいたミレニウスのための剣を抜き放った。

 

「おい....無理はするなよ、カエルス。君は子供だからまだ見逃されるかも知れない」

 

俺は近づいてくる兵士たちを見据えながら言った。

 

「でも....でも。リラさんを渡すわけには...」

 

カエルス少年は恐怖に震えた声を出しながらも答えた。俺は感嘆してしまった。この少年のどこにこんな勇気が隠れていたのだろう。

 

三人の兵士たちが俺たちを包囲し、剣を抜いた。こちらよりはるかに重装だ。勝ち目は薄い。

 

俺は覚悟を決めると中段に構えた。

 

その時だった。

 

「悪ぃ....。お待たせお待たせ」

 

緊張に欠ける声が背後から聞こえてきた。ミレニウスだ。

 

肩越しに振り返ると、俺は仰天してしまった。扉を開けて出てきたミレニウスの顔は火傷だらけだ。服もところどころ焦げている。だが、その腰にしがみついていたリラ嬢は無傷のようだった。

 

兵士たちが驚いて顔を上げ、そして改めて剣を構え直した。隊長が号令をかける。

 

「こいつは手練れだ。数で圧倒しろ!」

 

「へいへい......いつものやつね。そうしてくれるとこっちも助かるよ」

 

ミレニウスが言うのが聞こえた。そして、カエルスから取り上げた剣を携えて俺の横に立った。

 

「セヴルス....子供たちだけ頼むわ。あとは俺がやる」

 

俺は自分の目が点のようになってしまったのを感じた。そして改めて周囲を見回した。

 

重装備の兵士たちが百人以上。

 

これをどうやって『やる』というのか?

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