ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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山中の隠れ家

夕闇の中、俺たちはミレニウスの先導で街はずれに向けて歩き続けた。

 

町の反対側からは、軍隊の鬨の声や戦闘音か聞こえてくる。コルネリウスの部隊と貴族派の蜂起兵が戦っているのだろう。

 

だが俺たちはやがて市街地を外れ、山に近づいてきた。人家の灯が遠ざかり闇が濃くなる。

 

俺とカエルス少年、それにリラ嬢は、負傷したままで歩いているミレニウスの顔を時折盗み見た。だがその表情はいつものように物憂げで、眼つきも眠そうなままだ。

 

腹の傷から流れる血は止まったようだ。だが胸にはまだ矢が刺さっている。

 

やがて山道に入った。暗闇の中、うっそうと茂る森に入っていくのは気分のいいものではない。

 

「おい、どこに行くんだ?」

 

俺はミレニウスに声を掛けた。

 

「隠れ家さ。当分町からは離れたほうがいいからな」

 

彼は答えると、歩を進めた。俺は腰の物入れから蝋燭を取り出して火をつけた。

 

ぼんやりとした明りが夜道を照らす。道の勾配が次第に険しくなっていく。俺は時折カエルス少年とリラ嬢を気遣いながら、ミレニウスについていった。

 

ミレニウスの足取りには全く迷いがない。どうやら、暗くても道を間違えないほどこの山を知悉しているようだ。

 

「足元が暗いからな。足を滑らすなよ」

 

ミレニウスが俺たちに言った。俺は頷くと、息の上がってきたリラ嬢の手を握って急峻な坂道を登らせた。すると、カエルス少年が言った。

 

「セヴルスさん、僕が.....」

 

俺はやや驚いて少年の顔を見た。今までの彼なら、暗い夜道とのしかかるような木立を見て怯えただろう。これまでの冒険が彼を変えたのだろうか。俺は微笑むと、彼にリラ嬢を任せることにした。

 

「さあ、行きましょう」

 

カエルス少年が、リラ嬢に手を差し伸べる。彼女もまた目を丸くしたが、やがて笑いながら言った。

 

「なによ。急にヒーローぶっちゃって」

 

「え?...いや...そんなつもりじゃ...」

 

カエルス少年は赤面すると慌てて手を引っ込めた。

 

「冗談よ。あんたも男らしくなってきたってことね」

 

リラ嬢は少年の手をとると歩き始めた。そうして小一時間も山道を登ると、やがてミレニウスが振り向いて立ち止まった。

 

「あと一息だ」

 

見上げると、夜の闇の中に巨大な岩壁がそそり立っている。彼は坂道を登ると、岩壁の隅に転がっている太い倒木に向かっていった。

 

ミレニウスは倒木を乗り越えて向こう側に言った。俺も彼に従って行くと、岩壁の下に洞窟があるのが目に入った。

 

周囲には下草が生えており、遠くからは見えないようになっている。恰好の隠れ場だ。

 

ミレニウスに続いて洞窟に入っていくと、彼は奥に積んであった荷物の上に被せたキャンバス布を取り払っていた。

 

荷物は木箱、麻袋や樽などだ。彼はその荷物の間から薪の束を取り出すと俺に渡した。

 

俺は洞窟の入り口で焚火を熾した。皆がその前に座ると、ミレニウスも地面に腰かけた。

 

「リラ、ちょっと向こう向いててくれ」

 

彼は言うと、胸に刺さった矢に無造作に手をかけて引き抜き、上半身の服を脱いだ。

 

ミレニウスは腹にサラシをきつく巻いていた。血が滲んでいるが、これのお陰で内臓が飛び出なかったようだ。

 

だが、そうだとしても腹を刺されているのにこんな平気な顔をしていること自体が異常だ。

 

俺はミレニウスの胸の傷を見た。血が新たに流れ出ている。だが、俺が腰の物入れから治療薬を取り出そうとすると彼はそれを制止した。

 

「いや、大丈夫だ。これくらい薬塗らなくても」

 

彼はそう言うと、布切れを取り出し自分で胸に巻き始めた。俺は途中から手伝ってやった。だが、信じがたい思いで一杯だった。普通こんなひどい怪我をした兵士は即後方送りだ。それで生き延びられるかどうかは運次第で、命を落とす者も少なくない。

 

ミレニウスは胸に巻いた布を押さえ、軽く息を吐くと服を着た。その仕草は、まるで風呂上がりに肩を回す程度の気軽さだ。

 

俺は思わず口を開いた。

 

「なぁミレニウス。あんた、本当に大丈夫なのか?」

 

ミレニウスは焚火の火を見つめたまま答えた。

 

「大丈夫だって言ってんだろ。慣れてんだよ」

 

「慣れてる....って」

 

俺は絶句した。

 

「おじさん、もうそっち見ていい?」

 

こちらに背を向けていたリラ嬢が言う。

 

「ああ。もういいよ」

 

ミレニウスが答えると、リラ嬢は彼の顔を見上げホッとしたような笑顔を見せた。

 

「よかった。おじさん、死なないのね?」

 

「ああ。死なない」

 

ミレニウスは当然のように答える。本人は特に嬉しそうな様子もなかった。

 

「で...でも。刺されてましたよね?内臓に傷がついたりしてないんですか?」

 

カエルス少年が尋ねた。するとミレニウスは面倒くさそうに言った。

 

「まぁ...そうかも知らんがそのうち治るさ」

 

投げやりなほどの雑な口調だった。俺はカエルス少年と顔を見合わせた。するとミレニウスは話題を変えるように言った。

 

「残念だが、今晩は飯はなしだ。明日なにか食わせてやる」

 

俺はカエルス少年とリラ嬢に自分の水筒から水を飲ませた。自分も水を飲むと水筒は空っぽだ。だが暗がりの中水を汲みに行くわけにいかない。俺は言った。

 

「もう寝るしかなさそうだ。ミレニウスさん、交代で見張りしよう」

 

「ああ。そうだな」

 

するとカエルス少年が声をあげた。

 

「僕も見張りします。三人交代にしましょう」

 

「おいカエルス、お前いったいどうしちまったんだ?」

 

俺は苦笑した。焚火の明かりがゆらゆらと揺れ、洞窟の壁に影が映る。カエルスは赤面して呟いた。

 

「だ、だって……僕だけ寝てるなんて……嫌です。僕だって……役に立ちたいんです」

 

「わかった。じゃあ順番を決めよう。セヴルス、俺、最後にカエルスでどうだ?」

 

「うちはいいの?」

 

ミレニウスが言うとリラ嬢が尋ねた。俺は口を出した。

 

「お嬢様は除外です。剣士じゃありませんから。敵が来ても即応できないでしょう」

 

「じゃあカエルスは剣士なの?」

 

そう問われると、俺もカエルスも言葉に詰まってしまった。するとミレニウスが可笑しそうに言った。

 

「ま、剣士ってことでいいんじゃねぇか?」

 

笑ったついでのように立ち上がると、ミレニウスは洞窟の奥に歩いていった。そしてしばらくゴソゴソと探し物をしていたが、やがて一本の剣を持って戻ってきた。

 

「ほれ。これ使え」

 

ミレニウスは剣をカエルス少年に差し出した。やや小ぶりだが、短剣よりは長い。

 

少年は受け取りながらも驚いて目を丸くした。

 

「えっ....これ...本物ですか?」

 

「ああ。気を付けて使えよ」

 

ミレニウスは再び腰かけると言った。

 

カエルス少年は恐る恐る剣を鞘から抜いた。焚火の光で刀身が輝いた。

 

「軽いが刃はよく通る奴だ。お前の体格にはちょうどいい」

 

ミレニウスが言うと、リラ嬢が笑った。

 

「よかったねカエルス。これであんたも『豆』剣士だね」

 

「えっ...『豆』って....」

 

少年がまた顔を赤くした。だが俺は励ますように彼の肩を叩いた。

 

「恥ずかしがることはない。『豆』だって強くぶつけりゃ大の男も怯ませられる」

 

それを聞いた少年は真剣な面持ちになった。

 

「あの...セヴルスさん。僕に...教えてもらえますか?剣術を...」

 

「もちろんさ。明日、腹ごしらえをしたらな」

 

俺は請け合った。俺たちは決まった順番に従って見張りをしながら交代で睡眠をとり、リラ嬢は、洞窟の奥に麻袋を積んでこしらえた寝床で寝た。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

夜の間、遠く町の方からは時折鬨の声や戦闘音が聞こえてきたが、隠れ家の周辺には何事もなかった。

 

翌朝、ミレニウスは俺たちに待っているように言い置き、さらに山の上に向かって歩いていった。一時間ほども待っていると、やがて呼び声が聞こえてきた。

 

俺とカエルス少年が立ち上がって声のするほうに向かっていくと、崖の上でミレニウスが手を振っていた。

 

「食いモンだ。下ろすから受け取れ」

 

見上げると、ミレニウスは鹿の死体に縄をくくって釣り下ろそうとしている。俺とカエルス少年は慌てて崖の下に駆け寄り、下ろされた鹿の身体を洞窟に引き摺っていった。

 

「昨晩見回りのついでに罠を仕掛けといたんだ」

 

降りてくるとミレニウスは言った。彼は目を丸くしているリラ嬢の前で鹿を血抜きし解体しながら、カエルス少年にバケツで水を汲んでくるよう指示した。

 

俺はミレニウスを手伝った。鹿の皮をはぎ、太腿の肉を短剣で切って枝に刺し、焚火であぶる。さらに、余った肉に岩塩をまぶして干し肉にするつもりのようだ。

 

カエルス少年が汲んできた水を、ミレニウスは樽に砂利や砂や木炭を詰めた簡易的な濾過器で濾過したうえで鍋に入れて熱した。俺は自分用に持ってきた茶の葉を鍋に入れた。薄いが、茶といえば茶だ。

 

リラ嬢は目の前に出された鹿肉を複雑な表情で眺めていた。だが、カエルス少年が勢いよく喰いつき、目を輝かせながら食べているのを見ると、やがて自分も食べ始めた。肉を咀嚼しながら彼女は涙ぐんで呟いた。

 

「....鹿さん。ごめんね」

 

皆が肉で満腹になり、茶を啜り始めると、話題は自然に現下の状況のことになった。

 

「まず整理させてくれ」

 

俺は言った。

 

「軍長官ゴルギアスは謀反を起こし、王を暗殺すると同時に、配下の兵士たちを一斉に蜂起させた。ここまではわかる。だが奴は同時に南方帝国の刺客たちを雇ってリラ嬢を狙わせた。これが俺には得心がいかない点なんだ」

 

「うちも全然わかんないよ」

 

リラ嬢も不服そうに言った。

 

「あの軍隊の偉いおじさん。うちのこと『全ての鍵』なんて言ってたけど....そんなこと言われても困るんだけど。だって全然身に覚えがないもん」

 

「お嬢様、何か思い当たることは全くないんですか?お父様が言い残した遺言とか、あるいは形見の品とか」

 

「ないよ、そんなの」

 

俺が問うと、リラ嬢は首を振った。

 

「だって、お父さんがやってた仕事の中身だって、あとでお母さんから聞いて知ったんだもん。あのヘンな機械だって、神殿の地下でこの目で見るまではどんな形してるかも知らなかったし」

 

俺が腕を組んで唸るとミレニウスが呟いた。

 

「コルネリウスのやつ、刺客どもを尋問してリラのことだけじゃなく蜂起のことも吐かせたって言ってたよな。だとすりゃぁ、ゴルギアスは完全に南方帝国と手を組んでるってことだろな」

 

「じ.....尋問ってどんなことをするんですか?」

 

カエルス少年が恐る恐る尋ねた。

 

「先端に金属片とか尖った骨を仕込んだ鞭で背中を打つのさ。自白するまでな」

 

ミレニウスがこともなげに言う。俺も、そのむち打ちの現場を見たことがある。俺はそれを思い出し、少し怖気を振るった。重大犯罪を犯した者を取り調べるときに使われる手法だ。

 

「背中の皮膚と肉が引き裂かれて挽肉みたいになっちまう。ひでぇモンだぜ...よくあんなことを思いつくよな、人間ってやつは」

 

ミレニウスは粗末な土器に汲んだ茶を啜りながら言った。俺は咳払いすると再び口を開いた。

 

「....話を戻そう。ゴルギアスは南方帝国と組んでどうするつもりなんだろう?」

 

「そりゃぁ、マカベウス王家を倒して自分が王になる....って筋書きだろうよ」

 

ミレニウスが言う。だが俺は反論した。

 

「待て。南方帝国がなんの見返りもなく協力するわけがないだろう?たとえ王になれたところで南方帝国の傀儡にしかなれないんじゃないか?」

 

「だろうな」

 

ミレニウスは眠たげに言う。俺は首を振った。

 

「...そこになんのメリットがあるんだ?俺には理解できん」

 

「ま、自国を外国に売り飛ばすのは支配層への私怨を抱える奴らの常套手段だからな。だがゴルギアスには目算があったんだろう。テーブルの上のカードを全てひっくり返せるような目算が」

 

「それはいったい...何だろう?」

 

俺は尋ねた。

 

「あの機械さ」

 

ミレニウスが言った。皆が少し黙り込んだ。俺は顔を上げると言った。

 

「ミレニウス、教えてくれ」

 

俺はミレニウスに向き直った。

 

「あんた、何か知ってるんだろ?あの機械は何をするものなんだ?」

 

「『霊気収集機』...」

 

カエルス少年が呟く。そして誰にともなく続けた。

 

「それって....『霊気』を『収集』するって意味ですよね。じゃあその『霊気』ってなんなんでしょう?」

 

ミレニウスはしばらく黙っていたが、やがて溜め息をついて話し始めた。

 

「これから話すことはあてずっぽうも入ってる。だが...俺の見立てではこうだ」

 

彼の話は、俺たち全員を驚愕させるのに十分なものだった。

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