ミレニウスはしばらく黙っていたが、やがて話し始めた。
「これから話すことはあてずっぽうも入ってる。だが...俺の見立てではこうだ」
彼は茶を一口すすると続けた。
「あの機械は神殿がまだ正常だった時代のものだ。『魔の転換』が起こる前のな。それで、神殿内で発生する『気』を集めるのに使われていた」
「そ...それが『霊気』なんですよね?なんのためでしょうか?」
カエルス少年が言う。ミレニウスは言葉を継いだ。
「女神を礼拝するために集まった者たちから発散する『気』――それには願いやら、恨みやら、希望やら、不満やらいろいろあるだろうが――それを集めるんだ。偶像礼拝の場ってものはそういうモンが強烈に渦巻く。一人ひとりの分は大したことなくても、何万人となりゃ別だ。そしてそれを......」
「それを『
カエルス少年が言う。ミレニウスは顔を上げた。
「よく知ってるじゃねぇか。お前、物知りだなぁ」
「い...いえ」
カエルス少年は顔を赤らめた。そして続けた。
「じ...実は父の蔵書の中に古代史の本があって。約千年前、皇帝メネラオスが人々に自分を礼拝させることによって受ける『気』を利用して自らを不老不死にしようとした、って記述があったんです」
「妙なことを考える奴だな。それでその皇帝はどうなったんだ?」
俺は感心しながら少年に尋ねた。
「不老不死になる前に暗殺されちゃったらしいです」
カエルス少年はそう言ってから、目を輝かせてミレニウスに向き直った。
「てことは、メネラオス皇帝の逸話は本当だったんでしょうか?僕はてっきりただの伝説だとばっかり思ってました」
「ん?ああ。そうだな。そもそもあいつの頃には.....」
ミレニウスはそう言ってから何かに気づいたかのように黙り込んだ。
「あいつ?」
俺は怪訝に思って尋ねたが、彼は不自然に話題を戻した。
「あ...いや、なんでもない。でだ....」
ミレニウスは咳払いすると言葉を継いだ。
「あの機械にゃ、その集められた『気』がしこたま溜まってるわけだ。それに俺の見立てじゃぁ、おそらくアルテミス神殿だけじゃなく全ての神殿の地下にあの装置が仕込まれてる」
「全ての神殿の地下....ってことは相当な数だな」
俺は指折り数えた。これまで建造された神殿を合算したら十や二十ではきかない。
「...それで、溜めに溜めた魔力の塊りが眠ってるわけだ。俺の見たところ、『魔の転換』はそっからちょっとだけが漏れたに過ぎない」
「ミ...ミレニウス、ちょっと待て。その『
俺は尋ねた。
「最初の想定じゃぁそうじゃなかったんだろうな。純粋な崇敬、賞賛、憧憬...そういったものに害はなかったんだろう。だが...古代の礼拝にはドス黒い感情が渦巻くものもあった」
ミレニウスが言うと、カエルス少年が呟いた。
「....僕、読んだことがあります。古代の礼拝儀式では、神々への請願のためによく人間の赤子が捧げられたって」
「まじかよ...」
俺は絶句した。ミレニウスは引き継いだ。
「燃え盛る欲望、絶望的な叫び、変性意識状態...そんなもんで満ち満ちてりゃあそりゃ悪い力も入ってくるわな。しかもそういうものに限って強烈な力になる」
「で、その力を集めて武器にしようとしていたってわけか」
俺が独り言のように言うと、ミレニウスが答えた。
「おそらくな。だが、想定通りにゃならなかった。人から発する濁った汚ねぇ『気』は魔物どもの好む餌だ。少しの漏れがあれだけの魔物どもを呼ぶんだ。もし装置をこじ開けでもしたらそれこそ国が吹っ飛ぶだろうな」
それを聞いた俺は眉をしかめて首を振った。するとリラ嬢が呟いた。
「そんな..そんなの信じたくないよ。うちのお父さんがそんなものを作ってたなんて....」
「いや、そうじゃねぇ。お前の父親は作ったというより『見張って』たんだろうよ」
ミレニウスが言うとリラ嬢は顔を上げた。彼は続けた。
「装置の原理そのものは、原始的ではあっても千年前に完成してたんだ。しかもお前の父親は『魔の転換』より後の人間だ。『魔力の漏れ』が生じたことで王家は装置を持て余し始め、それで魔法技術者にそれを封印するよう指示した。そんなところじゃねえか?」
「そうなのかなぁ。だといいけど....」
リラ嬢は呟いた。
「....だがこれから俺たちはどうするんだ?ゴルギアスがもしあの装置を狙ってるんだとしたら、放うってはおけないぞ」
俺はそうミレニウスに問いかけた。するとミレニウスは意外そうな顔で聞き返してきた。
「そりゃぁそうだが....。セヴルス、お前こそどうする?」
「ミレニウス、ヤツを止めよう。俺たちふたりで」
俺は言った。そして言ってしまってから、やや顔を赤らめて言い直した。
「なあ.....俺はその...なんというか...」
俺は言葉を探した。
「俺は剣士として....この事件に巻き込まれた以上、知らぬ存ぜぬで通すわけにいかない。それにリラお嬢さまを守るっていう仕事もあるだろ?」
三人が俺の顔を見つめるなか、俺はこう締めくくった。
「要するに俺は...なんていうか...あんたと運命共同体になっちまったって気がするんだ。だから..俺としては、お嬢様を守り、ゴルギアスを止めたい。その上で、聞いたんだ。俺たちはどうするのかって」
「僕も...僕も入れてください。僕もリラさんを守ります」
するとカエルス少年が言った。今度は、俺とミレニウスとリラ嬢が目を丸くして少年を見つめることになった。
「僕...何もできないけど...でも...なんだか分かったんです。自分のことばかり考えていると、暗い場所も、廃墟も、魔物も怖くて仕方がないけど、リラさんのことを考えると、僕が守らなきゃいけないって気持ちのほうがずっと強いんです」
しばらく目を丸くしていたミレニウスはやがて笑い始めた。
「『豆』剣士でも剣士は剣士....だな。見上げたもんだ」
カエルス少年は恥ずかしそうに声を上げた。
「そ....そんなに『豆』『豆』っって....」
「そうと決まったからにはきょうから特訓だ。覚悟はいいな?」
俺が彼の肩に手を置くと、少年は気を取り直したように頷いた。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
俺はカエルス少年に基礎から稽古をつけ始めた。ミレニウスは、口出しするつもりがないのか、リラ嬢と一緒に座って眺めている。
カエルス少年は定期的に剣士のレッスンを受けていたと言ったが、明らかにその指導者には実戦経験がないことが見て取れた。踏み込みが浅い。間合いの詰め方が理解できていない。
俺は、剣と剣が触れるくらいの間合いを覚えさせ、そこからの踏み込みと斬撃を練習させた。肩口を狙った縦斬り、横からの胴払い、そして突き。相手が斬りかかってきたときの避け方、受け方、カウンター。
少年は、さすがに頭の出来が良いのか、教えたことをあっという間に覚えていった。
踏み込みの角度を直せば、次の瞬間には修正されている。 刃筋の通し方を示せば、三度目には形になっている。
これはいける。俺は思った。彼を邪魔していたのは強すぎる恐怖心だけで、それが取り除かれればモノになる。俺は教えながら確信した。
「カエルス、かっこよかったよ。うまくなったんじゃない?」
リラ嬢が練習を一区切りして腰かけた少年に声をかける。たちまち少年は赤面して顔を伏せてしまった。
「そろそろ昼飯だなぁ.....鹿肉なら売るほどある。俺はずっとこれで大丈夫だが、お前らにはキツいかもなぁ」
ミレニウスが、塩をまぶして吊るした干し肉を眺めながら言った。すると、リラ嬢がおずおずと手を上げた。
「あのね...うち、実はお金持ってるの」
彼女はそう言いながら金貨を一つ取り出した。俺は目を丸くしてしまった。兵士の月給に相当する額だ。
「家から脱出するとき、貯金箱の中のもの全部ポシェットに入れてきてたんだ」
彼女はそれを俺の手に渡すと続けた。
「これ....お父さんの仇に復讐するためにって溜めたんだけど。でもよかったら使って?」
「お...お嬢様、本当にいいんですか?」
俺が尋ねると彼女は言った。
「いい。みんなのために使って?第一、うちを守ってくれてるんだからこれくらいはしなきゃ」
俺はミレニウスの顔を見た。彼は少し肩をすくめたあと頷いた。俺は金貨を受け取ると言った。
「こうしよう。俺とカエルスで町外れまで降りる。そこで農家から食料を調達しよう。ミレニウス、その間お嬢様を頼む」
「了解だ」
話がまとまると、俺とカエルス少年は鹿肉で腹ごしらえしてから山を下りた。
* * * * * * * * * * * * * * * *
だが街はずれの農村地帯まで降りていき農家を訪ねると、荷車に荷物を載せて次々と避難の準備をしている。俺たちは近くの農民に声をかけた。
「あ....?食料?あんたら、それどころじゃないぞ。あんたらも早く逃げたほうがええ。悪い事は言わん」
農民が荷車に慌ただしく袋を放り込みながら答える。
「だが王家直属部隊が動いて反乱は鎮圧されたんじゃないのか?」
俺が言うと、彼は怖気を振るったように首を振った。
「もっぱらの噂じゃあ、これから大戦争が始まるってことじゃ。もうこの町には住めなくなるくらいのな」
「大戦争?」
俺は声を上げた。
「なんでも外国が攻めてくるってな。ワシらはともかく、幼な子や妊婦のいる家はかわいそうじゃなぁ...。遠くまで逃げるには時間がかかるじゃて」
俺とカエルス少年は顔を見合わせた。だが当初の目的を果たさないといけないと思い直し、俺は持ちかけた。
「なあ....多少相場より高くてもいい。あんたたちの食料を分けて欲しいんだ」
「悪いが...ワシらもこれからしばらく畑ができなくなるでのぉ。スマンが他を当たってくれ」
農夫は言う。俺はやむなく最後の手段を取ることにした。懐から金貨を取り出し、ほんの少しだけ相手に見せると、続けた。
「あんたら、逃げるにしても路銀は必要だろ?俺たちは食料が必要だ。お互いに損のある話じゃあないと思うぜ」
金貨を見た農夫は少しだけ気を引かれたような表情をした。結局交渉のうえ、俺たちは挽いた粉を大きな袋で三つほど譲り受けることになった。法外な高値だが、今は仕方がない。
山に向かって戻りながら歩いているとカエルス少年が言った。
「外国が攻めてくるって....南方帝国のことでしょうか?」
「...おそらくな」
俺は答えた。だが今だに信じられない。
「南方帝国は....確か五百年前の戦いで大敗北を喫してからは王国と敵対していなかったはずですよね....」
少年が言う。だが俺は首を振った。
「だからといって完全に野心を捨てたわけじゃあなかったってことだろうな....ゴルギアスが取引きをしたんだろう。領土と利権を渡すから力を貸せってな」
山を登っていくと日が傾く前に隠れ家に辿り着いた。リラ嬢が飛び出してきて尋ねた。
「おかえり!どうだった?」
「お嬢様...申し訳ありません。相場よりだいぶ高い値段になっちまいました」
俺は担いできた食料を洞窟の床に置いた。ミレニウスは洞窟の奥で何事か作業をしていて出てこない。カエルス少年も自分が担いできた袋を下ろしながら言った。
「農民たちはみんな避難準備をしてました。なんでも、これから大戦争が始まるっていう噂が広まってて.....」
リラ嬢はその言葉を聞くとやや顔色を失った。
「……大戦争……?」
俺は肩で息をし、粉袋を整えながら言った。
「...あくまで噂です。ですが....もしかすると洞窟暮らしが長引くかも知れませんね」
カエルス少年は唇を噛みしめた。
「もし本当に南方帝国が攻めてきたら....」
俺は二人を洞窟の入り口に置くと、作業をしているミレニウスのところに向かっていった。
「ミレニウス...聞いたか?」
「ん...ああ」
彼は金属でできた筒に添え木を当てたような奇妙な道具を手にし、それを矯めつ眇めつ眺めながら生返事をした。俺は腕組みしながら続けた。
「ゴルギアスが本格的に南方帝国軍を導き入れようとしているとしたら...」
「あぁダメだなこりゃ。錆ついちまってら」
ミレニウスは聞いていないのか、そう呟くとその奇妙な道具を床に放り出した。壁際には小さめの樽がいくつか転がっている。
「やっぱこういう道具はダメだな。昔ながらの奴で行くか....」
ミレニウスは樽をつま先でつつくと言った。俺は不思議に思って尋ねた。
「ミレニウス、なんだこれは?」
「ん?....ああ。火筒と火薬さ。ひょんなことで手に入ったから仕舞っといたんだ。だが全部パーになっちまった」
答えを聞いて俺はたまげてしまった。
「火筒?火薬?....そんなものどこで?」
俺は唾を飲み込むと続けた。
「た...確か大昔に実験的に使われたっきり、軍隊では廃用になったはず...」
「あ...うん。そうだな。確かに見ての通りさ。結局手入れとか保管に手間がかかり過ぎるから使えやしねぇ」
ミレニウスは答える。俺は驚きに目を見張りながら、足元に転がった樽を見た。
樽には、製造年月日が黒ぐろと書かれている。かすれてはいるが、まだ読める。
そして、それは百年以上前の日付だった。