ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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第三章: 生き過ぎた男
千年の履歴


「ミレニウスさん....教えてくれないか」

 

俺はおずおずと尋ねた。カエルスとリラ嬢は買ってきた小麦粉をこねてこしらえたパン生地を平らな石の上で焼いている。俺とミレニウスは山の上で集めてきた薪を地面に下ろしたところだった。

 

「ん?なんのことだ」

 

ミレニウスはとぼけているのか何なのか、何気ない口調で聞き返してきた。

 

「その....なんというか」

 

俺は唾を呑みこむと続けた。

 

「こういう言い方はアレなんだが....あんたは....普通の人間じゃない...だろ?」

 

俺はパンを焼いているふたりに聞こえないよう声を落とすと、こう尋ねた。

 

「腹を刺されて胸を矢で貫かれても普通に生きてられる人間なんて俺は見たことはない。それだけじゃない....洞窟にあった樽の日付もだ」

 

「ミレニウスさん、セヴルスさん、パン焼けましたよ」

 

カエルス少年が声をかけてきた。

 

「おう、ありがとな」

 

ミレニウスは呟くと、焚火の近くに腰をかけた。俺も傍に座ってパンを受け取ると、言葉を探した。

 

「ミレニウスさん、あんたは....今までいろんなモノを見過ぎたんだろ?まるで人生を何週もしたみたいに」

 

顔を見ても、ミレニウスは無表情にパンを齧っている。俺は続けた。

 

「話したくないなら...無理にとは言わない。だが....俺は知っておきたいんだ。これから先あんたと一緒に戦うんなら、あんたが今まで何を見てきて、いま何を思いながら戦おうとしているのかってことを」

 

カエルス少年とリラ嬢も顔を上げミレニウスを見た。だが、当の本人は表情を変えずパンを咀嚼し続けている。

 

「パン種入ってなくても以外といけるな」

 

彼は呟くと、リラ嬢を見た。

 

「リラ、お前料理上手なんだな」

 

「うちじゃないよ。ほとんどカエルスがやってくれたし」

 

リラ嬢は顔を赤らめた。俺は咳払いすると言葉を継いだ。

 

「なあ、ミレニウスさん。この子たちも、あんたが普通の人間なら死んでもおかしくないほどのケガをしていても平気だってことに驚いてるんだ。だから...説明してやったほうがいいんじゃないか?」

 

カエルス少年はそれを聞くと目を伏せながらも軽く頷いた。俺はこう畳みかけた。

 

「俺にはあんたがちゃんとした人間だって....いや、そこいらの傭兵やなんかよりよっぽどまともな剣士だってことがわかる。あんたは、人の通すべき筋も、守るべき人情も知ってる。だからこそ、あんたが魔物や幽霊じゃあなくって、ちゃんとした人間で、それでも何らかの理由があって他人とは違うってことを納得しておきたいんだ」

 

「....ったく。わぁったよ。わぁった」

 

そう言うと、ミレニウスは溜め息をついて、残りのパンを口に放り込み、しばらく時間をかけて咀嚼していた。やがて、彼は食べ終わると口を開いた。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

「セヴルス、お前さンの言う通りさ。俺は普通の人間じゃない」

 

ミレニウスが静かに話し始めると、真剣な眼差しで聞いていたカエルス少年とリラ嬢が息を潜めた。

 

「ま....腹を刺されても矢で胸を射抜かれても平気で生きてるなんてそりゃ怪しまれるわな」

 

彼は焚火を見つめていたが、やがて遠くに視線を移した。

 

「もっとも、俺は魔物でも幽霊でもねえ。人間だ。だが.....ちょっとしたワケがあって死なねえ身体になっちまった。それだけさ」

 

「し....死なない身体....ですか?」

 

カエルスが驚愕に目を見開きながら尋ねた。

 

「ああ。死なねえ.....っていうより、死ぬことができねぇンだ。今まで何度も死のうとしたがな。どうしても無理だった」

 

俺たち三人は雷に打たれたように固まって、沈黙していた。だが、俺はやっとの思いで口を開いた。

 

「.....も....もし良かったら...どういうわけでそうなったのかを...話してくれないか?」

 

「ああ」

 

ミレニウスは頷くと、こう言った。

 

「呪い....とでも言うのかな。ま、厳密に言やぁ誰かに呪われたわけじゃぁねえ。だが、自分のやったことの報いだってのは間違いねぇ」

 

鳥の声と焚火のはぜる音を背景に、ミレニウスのボソボソとした声が響く。

 

「......俺は、とある奴に復讐をした。そしたらそいつが受けるべきものを俺が代わりに受けちまったのさ。だから俺は、こうなりたくてなったわけじゃぁねぇ。そう言う意味では、これは呪いだと俺は思ってる」

 

ここまで話すと、彼はリラ嬢に言った。

 

「俺がお前に復讐なんざやめとけ、と言ったのはそういうわけさ。リラ、何が起こったかを知りたいか?」

 

「...うん。知りたい」

 

彼女は真剣な目でミレニウスを見つめながら答えた。すると彼は目を伏せ、少し黙ったあとまた口を開いた。

 

「俺は....十六の歳で剣士になった。腕を見込まれて近衛兵に取り立てられた。貧乏な家だったから家族からは喜ばれたもんさ。出世頭だってな。皇帝の直属だから武器はもちろん着るものも、それどころか食い物さえも最上級のものをあてがわれた」

 

「ミ....ミレニウスさん...あの」

 

カエルス少年が恐る恐る口をさしはさんだ。

 

「皇帝制は七百年前に廃止になった...って本で読みました。ミレニウスさんがお仕えしていたのはどの皇帝....なんですか?」

 

同じ疑問が胸に浮かんだ俺はミレニウスの横顔を見た。すると彼は言った。

 

「メネラオスだ。さっき話に出た『霊気で不老不死になろうとした』男だ」

 

カエルス少年が引き攣ったように息を呑んだ。リラ嬢は驚愕で口をポカンと開けている。

 

「.......最終的に俺はメネラオスの護衛部隊に抜擢された。副隊長に出世したよ。結婚もし、子供もできて、いっぱしの家も建てられた。人生は順調だって思ってたよ。そん時はな」

 

そう言うと彼は軽く首を振った。

 

「でも、皇帝とか王族って連中がどんなに汚い奴らか、知ってはいても俺は気に留めなかった。直属の部下なんだから、何も塁は及ばねえってタカをくくってたのさ。だがそれが大間違いだった」

 

焚火の中に枝を数本放り込むと、ミレニウスは続けた。

 

「皇帝の息子は札付きの異常者だったんだ。街角や市場で美しい娘を見かけたら手段を選ばずに連れ去って慰み物にする。誰も文句が言えないのをいいことにな。それである日のことだ。俺のひとり娘があいつに目をつけられちまったのさ。まだ十四歳だった」

 

リラ嬢は目を見開き口に手を当てた。カエルス少年も食い入るように聞き入っている。

 

「........俺の娘は.......命こそ助かったが、心を壊された。最後には水に入って自分の命を絶ったよ。俺は葬儀を上げたあと、何事もなかったように仕事に戻った。自分に言い聞かせてな。相手は皇帝の息子なんだ。自分の力ではどうにもできるワケがねぇってよ」

 

俺たち三人は息を詰めるようにして聞いていた。ミレニウスは軽く溜め息をつくとまた話し始めた。

 

「だが....ある夜だった。魔が差したっていうのかな。俺は、皇帝の息子が一人で酒を飲んでるところを見かけた。そして近くに行って剣を抜いて首を刎ねた。一瞬だった。自分で本当にやったのかどうかもよくわからないくらいな。だが、その瞬間から俺は国中のお尋ね者になったってわけだ」

 

「ミレニウスさん、あんた......昨晩言ってたよな。ひとり対百人に慣れてるって....」

 

俺が思わず言うと、ミレニウスは頷いた。

 

「ああ。思えばあれが最初だった。俺はひたすら追っ手と戦いながら逃げた。身体中に斬り傷を負いながらな。そこで俺は逃げ込んだのさ。近衛連隊の中でも一握りの上級幹部しか知らねぇ皇帝専用の脱出通路にな...。それで、追っ手の裏を掻いてその通路を逆走し、皇帝の寝所に忍び込んだ。生存本能って奴さ」

 

そこでミレニウスは口調を変え、笑い声を漏らした。

 

「ところが、こっからが面白れぇんだ。俺がベッドの下に隠れてたらよ、メネラオスの奴、医者やらなにやら何人も連れてやってきたのさ。それに、でっけえ機械をゴソゴソと運び入れてた。で、何が始まるのかと思ってたら、ちょうど追っ手も俺の居場所に気づいたらしくてな。警備兵がやってきたのさ。俺はベッドの下から飛び出すと、皇帝の首に剣を突き付けて脅したよ。近づいたらこいつを殺すってな」

 

ミレニウスの気軽な口調とは裏腹に、俺たちは石のように固まったまま聞いていた。

 

「そしたら警備兵もさすがに一瞬固まっちまった。で、俺が皇帝を見ると体中に管をつけられてやがる。それが機械に繋がってるのさ。ところが警備兵が弓矢で俺を狙い始めた。俺はこうなったら道連れだと思って皇帝の首を掻き斬ったよ。んで、俺はあいつの血を身体中に浴びちまった。それに、その奇妙な機械から伸びた管から液体が出てきて、それも一緒にな。同時に警備兵が矢を放って、俺は何発も喰らっちまった」

 

そこまで話すと、ミレニウスは息を吐き、顔を上げて宙を見た。

 

「.......ところが、どうしたわけか俺はそれでも死ななかった。で、警備兵が今度は剣で襲ってきた。俺は片端から斬り捨てた。俺も刺されたり斬られたりしながらな。ところが、普通なら死ぬところを、俺は死ななかった。体中の傷はみるみるうちに塞がってくし、どうしたわけか、傷の痛みは感じても倒れる気がしねえ。俺は察したよ。あの液体が鍵だってな。俺は警備兵と戦いながら、機械から出る液体を浴び続けた。そうこうしてるうち、怖がって誰もかかってこなくなった。部屋も廊下も兵どもの死体でいっぱいになっちまった」

 

彼は茶を一口飲むと言葉を継いだ。

 

「皇帝の部屋から出ると、時々兵どもが襲ってきた。それも全員斬り殺して、俺は家に帰ると、女房を連れて田舎に逃げ、そこでしばらく暮らした」

 

ミレニウスはそこで言葉を切った。鳥の声と焚火の音だけが聞こえてきた。

 

「.......。でも、やがて女房は歳をとって死んだ。俺はなぜか死ななかった。そしたら俺はどうしていいかわからなくなっちまったよ」

 

彼は顔を伏せると、またボソボソとした声に戻って続けた。

 

「俺は思った。戦場に行けば死ねるってな。それで世界中を回って戦争をやってる場所を探したもんさ。で、戦さをやってると聞けば大小を問わず突っ込んで行った。だが死ねなかった。そこで俺は、魔物と戦えば死ねるかも知れないと思った。そこで世界中を回ってダンジョンを探した。いろんな連中と戦ったもんさ。でも、それでも死ねなかった。その時点で気づいたらもう何百年も経ってた」

 

彼が言葉を切ると、しばらく沈黙が続いた。

 

「おじさん...その間ずっとひとりぼっちだったの?」

 

やがて、リラ嬢が顔を上げて尋ねた。

 

「まあな。仲間ができても、すぐ死んじまうからよ。だから人とは親しくならねぇように気を付けてたもんさ。........だけど、一緒に戦ったり冒険してたら情も移っちまうけどな」

 

「辛かったでしょ?」

 

リラ嬢はミレニウスの隣に座るとその手を握った。彼女の眼には涙が溜まっていた。

 

「最初のうちはな。でも、もう慣れたさ」

 

ミレニウスは短く答えた。だが、俺は彼の『慣れた』という言葉の裏に隠された途方もない年月を想像してしまい、思わず身震いした。

 

「ま...俺の話はこんなところさ。これで納得できたか?」

 

ミレニウスはそう言うと腰を上げた。

 

「あ......ああ」

 

俺は慌てて答えると立ち上がった。

 

「だがミレニウスさん、どこ行くんだ?」

 

「ちょっと海の様子を見てくる」

 

彼は答えると、険しい崖のほうに向かって歩き始めた。

 

「海の様子?」

 

「ああ。なんか匂い始めたからな」

 

俺が尋ねるとミレニウスは答えた。すると、リラ嬢が声を上げた。

 

「うちも行く」

 

「じゃ...じゃあ僕も」

 

カエルス少年も続いた。結局俺たちはミレニウスを先頭、俺を最後尾にして、険しい崖の脇にあった山道を登り始めた。しばらくして崖の上に出た俺たちは、木立をかき分けて海を見渡す場所に出た。

 

「やっぱ来たか」

 

ミレニウスは呟いた。

 

眼下に町が広がり、その端から伸びる街道を囲む平原が切れるところから海岸線が始まっている。太陽の光が海面に反射し、海の様子が見えづらい。俺は掌を目の上にかざして注視した。

 

「ほれ、南方帝国の旗印だ」

 

そう言いながらミレニウスは指をさした。俺は彼の示す方角に視線を移し、そして驚愕に息を呑んだ。

 

水平線の向こうから、海一面を埋め尽くすような船団の影が近づいてきている。高く掲げられた帆には半月刀を持った獅子の意匠が染め抜かれていた。

 

その数は百や二百ではきかない。千単位だ。だとすれば、運搬している兵員の数は十万を超える。

 

俺は事態の深刻さを悟ってその場に凍りついた。カエルス少年も、リラ嬢の手を握りながらも息を呑んで立ち尽くしている。

 

「.....あ~あ。面倒臭ぇことになるぞぉ、こりゃぁ」

 

ミレニウスはけだるげに言った。

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