「セヴルス、これ着とけや」
ミレニウスが放ってきたものを受け取った俺は、思わず声を上げた。
「おわっ....重っ...」
彼が洞窟の奥から引っ張り出してきたのは年代物の胸当てだった。肩当ても付属している分厚い金属製だ。ちょっとやそっとの斬撃は跳ね返せそうだ。
「あとこれだ。戦さが始まったら被っとけ」
彼は続いて鉄の兜を投げてよこした。受け取った俺は苦笑いした。これも、壁画か何かでしか見たことのないような年代物だ。だが、油でも塗ってあるのか錆つくことなくツヤツヤと光っている。
「しかし...博物館でもあるまいし、あんたもよくこんなモノ持ってるな」
俺が言うとミレニウスは荷物をゴソゴソと探りながら答える。
「まあな。昔の仲間が残してったんだ。運のいい奴でな、寝床の上で死んだよ」
俺は無言で頷いた。ミレニウスのこういった気軽な言葉の背景には、数百年といった重みがあるということは、もう説明されずとも解っていた。
「あ~...あと、セヴルス。お前弓矢できるか?」
手を止めたミレニウスが聞いてきた。
「あ...ああ。訓練でやったことはある」
すると彼はこれまた年代物の弓と矢筒を俺に放ってきた。既に両手がいっぱいだった俺は辛うじてそれを受け取ると、すべての武装を洞窟の床に並べ、胸当てを頭から被って身に着け始めた。
「おぉいカエルス、こっち来いや」
ミレニウスは少年を呼ぶと、ジャラジャラと音を立てる鎖帷子を彼に手渡した。ミレニウスは、カエルス少年にそれを着せ、ベルトを留めてやると、頭に軽めの鉄兜を乗せた。
「かっこいい....って言いたいとこだけど、サイズがぶかぶかね」
見ていたリラ嬢が笑う。カエルス少年は顔を赤らめたが、ミレニウスが言った。
「ま、気にすんな。恰好より死なねえことのほうが大事だからよ」
俺も武装を整え終わると、弓を曲げて弦を張りながら言った。
「その通りさ。背なんてそのうちすぐ伸びるからな」
ミレニウスは今度はリラ嬢に手招きした。不思議そうな顔をした彼女に、彼は鞘に収まった短剣を渡した。
「万が一のためにな。一番効くのが『突き』だ。襲われたら躊躇わずに使えよ」
「....わかった。ありがとう、おじさん」
彼女は頷くと、短剣の鞘を自分のベルトに取り付けた。
「ええっと。あとは予備の剣を出しとくか。槍は重すぎるしな.....」
ブツブツとミレニウスが呟く。ところがその時、洞窟の外から足音が聞こえた。大勢の足音だ。俺は慌てて剣を抜くと、外に駆け出した。敵襲だとしたら不味い。
ところが、洞窟の外に出た俺は、そこにあった光景を見て思わず口を開けて立ち尽くしてしまった。
王家直属部隊の兵士たちがズラリと並んでいる。磨き抜かれて陽光に光る鎧兜、一糸乱れぬ隊列。今となっては見慣れた姿だ。
そして、その中央には輿の上に乗った貴婦人の姿があった。
* * * * * * * * * * * * * * * * *
「頭が高い。ここにおわすは王女サロメ・マカベウス殿下なるぞ」
貴婦人のお付きと思われる役人風の男が呼ばわった。俺はわけもわからないまま、とりあえず片膝をついて頭を下げた。洞窟からカエルス少年が出てきて、驚愕の声を上げると慌てて俺に倣った。
「ミレニウスはどこにおるのです?わらわはミレニウスと話しがしたい」
王女がよく通る声で言った。年の頃は俺と大して変わらないように見えたが、生まれつき備わった威厳のゆえか、普通の若い女性とは明らかに違う一種の凄みを醸し出していた。
「おい、剣士。ミレニウスとやらを呼べ。ここにおるのだろう」
「あ....は、はい」
お付きが俺に命じてきた。俺は立ち上がると、洞窟の中に入った。すると、ミレニウスはリラ嬢に手伝わせて、荷箱に入った木炭や焚き木を引っ張り出して袋に入れているところだった。
「おい、ミレニウスさん!ミレニウス!.....」
俺は転がるように彼の横に駆け込むと言った。
「王女....王女が来てるぞ!あんたと話しがあるって....」
ところが、俺の慌てぶりとは対照的に、ミレニウスは作業の手を止めることさえせず呟いた。
「....ったくこっちが忙しいところを人んちの庭に押しかけてきやがって.....何の用だってんだ?」
「....いや、だからあんたと話したいんだって。早く来いよ!」
「面倒臭ぇ...」
俺は耳を疑った。王族から直々に訪問を受け、『話しがしたい』と言われているのに対応するのが『面倒くさい』などという発想がそもそも理解不能だ。
「うち、おじさんの代わりに話して来ようか?小っちゃい頃だけど会ったことあるし」
リラ嬢が言う。するとミレニウスは深いため息をついて袋を地面に放り出し、洞窟の出口に向かって歩き出した。
俺とリラ嬢とミレニウスが洞窟を出ると、カエルス少年は跪いたまま微動だにしていない。散開した兵士たちからも、ざわめき一つ聞こえなかった。
俺は再び跪き、リラ嬢は軽く膝を曲げた。だがミレニウスは突っ立ったままだ。
輿の上から王女が声をかける。
「そちがミレニウスか?」
「んぁ...ああ。どうも」
ミレニウスが気の抜けた返事をすると、たちまちお付きの男から怒声が飛んだ。
「貴様!頭が高いぞ!身分をわきまえろ!」
「よいのです。今は作法を気にしている暇はありませんから」
王女は手を上げて彼をなだめると、向き直って続けた。
「ミレニウス、そちの武勇のほどは亡き父王からとくと聞いております。そして今、この危急のときほど、王家がそちの力を必要とするときはありません」
俺とカエルス少年は頭を垂れて聞いている。だがミレニウスは眠そうな顔をしたままだった。
「ミレニウス、そちに命じます。今こそ王家のために戦いなさい。この戦さでそなたの腕を存分に.....」
「嫌だね」
ミレニウスが、小さな声で、しかしハッキリと答えた。あまりのことにその場の空気が凍り付き、王女も驚愕に目を見開いて口をつぐんでしまった。
「き....貴様!無礼にもほどがあるぞ!」
お付きの男がほとんど裏返った声で絶叫した。だがミレニウスは耳に小指を突っ込んでほじりながら続けた。
「なんつうかよぉ....俺、国とか組織のイヌになるのはもうウンザリしたんでね。欲しくもねえしがらみができちまうからよ」
それを聞いた王女はワナワナと唇を震わせていたが、やがて言った。
「そ....そちは王国をなんと心得るのか。王とはすなわち国そのもの.....」
彼女はやっと気を取り直すと、人指し指をつきつけて言葉を継いだ。
「それに逆らうは、国の敵となるということが、まさかわからぬとは申すまい!」
「だからよぉ....あんたの言ってる国の敵になるとか味方になるとかが面倒くせぇって言ってんだよ。どうせ国の中身なんてコロコロ変わっちまうんだからよ」
ミレニウスは気だるげに答えた。
「だから俺はそん時々で気に入った奴と一緒に戦う。このやり方を変える気はねぇ。一ミリたりともな」
俺は驚愕を通り越して、唖然とした顔でミレニウスの眠そうな横顔を眺めた。カエルス少年もまたポカンと口を開けている。だがリラ嬢だけは妙にうれしそうな顔だった。
「....な...なんという不敬!貴様、王国の恩恵を受けていながら...」
お付きの男が言うとミレニウスは被せるように呟いた。
「でも俺、この王国ができる前から剣士やってっからなぁ。恩恵って言われても正直ピンと来ねぇんだよなぁ~...」
すると相手は言葉を失ったように黙り込んだ。王女もまた目を白黒させていた。
だが、しばらくの沈黙のあと、彼女は気丈そうに顔を上げ、口を開いた。
「いいでしょう。そちにはもう頼みません。わが方には忠実な直属部隊がいます。わらわの身を守るため命を捨てることも厭わない者たちです。その勇気は永遠に称えられましょう」
彼女はミレニウスを睨みつけると捨て台詞を吐いた。
「しかし....この国家存亡の戦いから退いたそちの名は今後長い間、恥とあざけりの対象となりましょう。せいぜいこの洞窟に籠っていればいいわ。気のすむまで」
「どうも、お構いなく」
ミレニウスは、ここへ来てやっと膝を曲げ頭を下げた。その仕草が余計バカにしているように見えたのか、王女は一瞬顔を真っ赤にしたが、やっとのことで怒りを納めると今度はリラ嬢に向かって言った。
「リラ。申すまでもなく、あなたは本来なら王家の近くにいるべき身。あなたはわらわと一緒に来なさい」
ところが、リラ嬢は何のてらいもなくこう答えた。
「ううん。うちはいい。ここにいるから」
またもやの拒絶に、王女は目をまん丸くして絶句。
「だってミレニウスおじさんと一緒にいたほうが安全だもん...ねっ」
リラ嬢は続け、ミレニウスの顔を見上げるとニンマリと微笑んだ。
王女はもはや茫然として言葉を失っていたが、お付きの者がやがて促した。
「殿下。このような道理の分からぬ下賤な者たちと関わっていては御身が穢れます。参りましょう」
やっとのことで我に返った王女が頷く。やがて、輿は来た方向に引き返して下りの山道に向かい、兵士たちもそれに続いた。
俺たちは洞窟の外に立ち尽くしてそれを見送っていた。俺は苦笑しながら言った。
「やれやれ....ミレニウスさん、あんたみたいな偏屈なヤツ、俺初めて見たよ」
「ああ、よく言われる」
ミレニウスは眠そうに呟く。
だが、俺が漏らしたのには若干の褒め言葉、そしてちょっとした誇りが込められていた。
ミレニウスの言う「気に入った奴」に、もし俺が入っているのだとしたら、剣士人生でこれほど面白いことはないからだ。
ところが、見ていると山道から人影が二つほど出てきて、フラフラと王女の隊列に近づいていった。
気づいたミレニウスが怪訝な声で呟いた。
「ん?なんだあいつら」
俺も目を凝らした。頭にスカーフを巻いた、腰のひどく曲がった老婆たちだ。彼女たちは哀れっぽい声を上げ、王女の輿に近づいていった。
「王女様.....王女様....どうか憐れんでくだせぇ....」
「息子も孫も死んで、もう家には年寄りと女しかおりませんです....」
老婆たちの声がこちらまで聞こえてきた。俺は呟いた。
「物乞いか.......戦争になるとああいう年寄りが増える。可哀そうなもんだな」
すると、お付きの者がヒステリックに喚くのが聞こえた。
「無礼者!殿下に気安く近づくでない!」
すると老婆たちは悲鳴を上げてよろめき、その場に崩れ落ちた。だが彼女たちはそれでもむせび泣きながら哀願した。
「王女様.....もう明日食べる食べ物さえありませなんだ...どうか...どうか...」
すると、それを聞いた王女は、哀れに思ったのか、手を上げてお付きの者を下がらせた。
「お前たちには苦労をかけました。この戦さ、必ずわが方の勝利で終わらせます。どうかそれまで堪えてください」
彼女はそう言うと、懐から貨幣らしきものを取り出して持ち、老婆たちに渡そうと腕を伸ばした。
その瞬間だった。
老婆のひとりが獣のような素早さで王女の手を掴むと、腰から引き摺り下ろした。同時に、もう一人が短剣を抜き、彼女の首筋につきつける。
さらに、山道のほうから何者かの集団がワラワラと姿を現した。
「動くんじゃねえ!王女さんの命が惜しけりゃな!」
割れ鐘のような男の声が響く。俺はそれを聞いた瞬間、嫌な思い出が頭の中にフラッシュバックした。
兵士たちが一斉に剣を抜いた。だが、姿を現した男たちのほうがはるかに人数が多い。何人もが弓矢を構え、狙いをつけている。
しかも、王女はふたりの老婆によって完全に押さえつけられ、喉に刃を当てられている。いや、老婆と見えたのは偽装だった。彼らのスカーフがずれて落ちると、中にあったのはギラギラと目の光る男たちの顔だ。
「へへへ....こんな山奥までご苦労だったな。尾行してきた甲斐があったってもんだ」
出現した武装集団の中から、肥満体の男が進み出て言った。
あいつだ。
その男は、傭兵団長、ウラヌスだった。