ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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取りなす男

「へへへ....こんな山奥までご苦労だったな。尾行してきた甲斐があったってもんだ」

 

王女と護衛兵たちを取り囲むように出現した武装集団の中から、肥満体の男が進み出て言った。

 

あいつだ。

 

その男は、傭兵団長ウラヌスだった。

 

王女は老婆に偽装した二人の男たちによって完全に押さえつけられ、喉に刃を当てられている。剣を抜いた兵士たちはどう動いてよいか分からず戸惑っていた。その間に傭兵たちは素早く包囲網を固める。弓を構えた者たちが油断なく矢をつきつけていた。

 

「ぶ...無礼者!わらわを誰と心得る!」

 

王女が叫ぶ。だが、ウラヌスは嫌らしい含み笑いを漏らしながら近づいてきて言った。

 

「もちろん知ってるさ。王女サロメ様だろ?悪いが、あんたには大金がかけられてるんでね。一緒に来てもらおうか」

 

ウラヌスが王女の顔に手を伸ばすと彼女は表情を歪めて罵った。

 

「汚らわしい!傭兵風情がわらわに触れるでない!」

 

「わかったわかった」

 

ウラヌスは笑って手を引っ込めると、周囲を見回した。

 

「おっと兵士ども。一ミリでも動いたらどうなるかわかってんだろうな?知ってのとおり俺たちゃ相手が女だからって手加減するようなことはしねぇ。姫さんの顔を台無しにされたくなけりゃ、とっとと道を開けな」

 

兵士たちは屈辱と困惑を顔に浮かべながら互いに顔を見合わせる。

 

「わ....わらわをどうするつもりだ?」

 

王女は圧倒的な形勢の不利を悟ったのか、急に怯えた表情になった。

 

「ま、ご想像にお任せするがな。とにかく途方もない大金を払ってでもあんたを自分のモノにしたい奴がこの世にはいるってことさ。悪い話じゃあねえだろ?きっと大事にしてもらえるぜ。一生な」

 

「ま........まさか!」

 

王女はみるみる顔面蒼白になった。

 

「まさか.....な.....南方皇帝.....」

 

「依頼人の秘密は明かすわけにゃいかねぇ。ひとつ言えるのは.....相当地位の高いお方だってことさ。あんたとじゅうぶん釣り合うくらいのな」

 

それを聞いた王女は目を丸くしていたが、やがて金切り声で叫んだ。

 

「いやじゃ!いやじゃ!わらわは行きとうない!」

 

「往生際の悪い女だな。おい、お前たち」

 

ウラヌスが手の者たちに指示すると、彼らはたちまち王女を大きな麻袋に押し込み始めた。

 

「助けて!助けて!助けて!助けて!」

 

王女の悲鳴が響く。離れて見ていた俺はミレニウスを顧みた。

 

「お....おい!ミレニウス!」

 

俺は囁くように言った。

 

「助けようぜ。俺たちはまだ存在を気づかれていない。奇襲すれば.....」

 

「..............はぁ。面倒臭ぇ...............」

 

ミレニウスが呟いた。だが俺は彼に顔を近づけて迫った。

 

「面倒臭がってる場合じゃないだろ。このままじゃ王女は南方皇帝の妾か....悪くすれば性奴隷にされちまうんだぞ!」

 

「....わぁったよ」

 

彼は顔を上げた。そして、数瞬の間考えていたようだったが、振り返って俺に言った。

 

「セヴルス、合図したら俺を矢で狙え」

 

「.............................はあ?」

 

俺は意味が分からず聞き返した。すると彼はもう一度繰り返しながら歩き始めた。

 

「いいから俺が合図したら俺を矢で狙え。頭の辺りがいい」

 

ミレニウスは、こちらの姿を隠していた倒木の陰から出ていくと、傭兵どものほうに向かって歩いていく。俺は倒木の陰に身を低くすると、弓に矢をつがえた。

 

だが、俺の隠れている場所からは傭兵どもの姿はよく見えない。俺がミレニウスを矢で撃ったあと、彼はどうするのだろう?俺の頭の中は疑問符で一杯だった。

 

「おぉい、ウラヌス」

 

ミレニウスが声を上げた。

 

すると、その場がシーンと静まり返った。

 

数秒後、ウラヌスの声が聞えてきた。

 

「なッ...........どッ...ど...ど...ど...ど...」

 

ウラヌスは時が止まったように固まってしまったらしい。しばらくしてようやくその口から声が漏れてきた。

 

「ど...ど...ど...どうしてお前がここに居るんだよ!」

 

やっとのことで言葉を発すると、彼の声は完全に裏返っていた。

 

「どうしてって....ここ、俺の家なんだけどなぁ」

 

ミレニウスが頭を掻きながら呟くように答えた。傭兵たちが一斉に武器を構え、弓兵たちが弦を引き絞る音が聞こえた。ウラヌスが疑り深そうな声で尋ねる。

 

「お...お前、まさか王家のイヌになったんじゃねえだろうな」

 

「え?いや...いやいやいやいや。まさか」

 

ミレニウスは手を振って否定した。

 

「じゃ....じゃあ...お前の出る幕じゃねえだろ。とっとと消えろ!」

 

ウラヌスは心から安堵した声を出すと、言葉を継いだ。

 

「じゃなかった....。ここがお前の家ってことはだ....俺たちが消えるまでそこを動くんじゃねえぞ。わかったか!」

 

「いや...なんつうかよぉ.....」

 

ミレニウスはウラヌスの肩に担がれた麻袋を指した。中に詰め込まれた王女は「助けて」と叫びながらジタバタ暴れている。

 

「放してやったらどうだ?嫌がってるんだしよぉ....」

 

「寝ぼけたこと抜かすんじゃねぇや、お前らしくもねぇな」

 

余裕を取り戻したウラヌスが笑いながら吐き捨てる。だがミレニウスは続けた。

 

「いや...なんつうか....俺、女の哀れっぽい悲鳴って奴だけはどうも慣れられねぇんだよ。どうだウラヌス....俺に免じて放してやってくれねえか?」

 

「ヘン、お前の妙な癖なんか知ったことか」

 

ウラヌスは袋を担ぎ直すと、ミレニウスに背を向けた。

 

「俺たちは傭兵稼業だ。どこに金儲けのタネを捨てる奴がいる?それにいくらお前でも、王女を傷つけずに俺たちから助け出すなんてなぁ不可能だ」

 

王家側の兵士たちは怒りの形相で剣を構えながらも、誰一人として動けない。ウラヌスが合図すると、傭兵たちは油断なく武器を構えながら一斉に動き始めた。

 

「あばよミレニウス。次は落ち目の王家なんてモンに肩入れしねぇことをお勧めするぜ」

 

すると、ミレニウスは俺に背中を向けたまま、左手を軽く上げて指で合図した。

 

ミレニウスを射る?それが何を意味し、どうなるのか?

 

俺には一切分からなかったが、ひとつ確信があった。

 

あいつの言う事を聞いていれば、まず間違いない。

 

俺は狙いをつけると弓を引き絞り、放った。

 

鋭い風切り音を立てた矢がミレニウスの後頭部に向かって飛んでいく。

 

その瞬間だった。

 

ミレニウスは首をわずかに傾けながら、目にもとまらぬ速度で剣を抜くと、それを縦に振り下ろした。

 

金属と金属が触れる音。次の瞬間、ウラヌスが悲鳴を上げた。矢が着弾したのだ。ウラヌスが思わず王女の入った袋を肩から落とした。

 

ミレニウスは次々と合図する。俺は二の矢、三の矢を放った。その度に、彼は剣を振る。軌道を逸らされた矢が、ウラヌスの手下どもに命中した。彼らは呻き声を上げてうずくまった。

 

「王女殿下をお救いしろ!」

 

王家直属部隊の兵士たちが叫ぶ。両軍がぶつかり合い、その場はたちまち騒然となった。

 

だが傭兵たちも黙っていなかった。弓兵たちがミレニウスを狙って次々と矢を射掛ける。

 

「ミレニウス!」

 

俺は思わず叫んだ。だがミレニウスは恐ろしいほどの速度で剣を振り回す。多数の矢がヘシ折られ、彼の周囲に落ちていった。

 

やがて王女は麻袋から這い出すと、悲鳴を上げながら四つん這いに逃げ始めた。

 

「助けて!助けて!」

 

すると、逃がすまいとして傭兵たちが後ろから追いかける。俺がミレニウスの合図で矢を射ると、彼は剣を振るってその軌道を逸らす。矢は次々と傭兵たちの腕や脚に命中し、悲鳴が上がった。

 

「助け.....助けて!」

 

王女はとうとうミレニウスのもとに辿り着くと、あられもない様相で抱き付いた。

 

ミレニウスは心底から嫌な顔をしながらそれを受け止め、飛んで来る矢を片手の剣で叩き落す。

 

その頃には、王家軍が完全に立ち直っていた。真正面からのぶつかり合いなら、傭兵など敵ではない。傭兵たちは次々と斬り倒され、あるいは制圧されていく。

 

数十秒もすると、戦闘は終わった。王家軍の兵士たちは息を荒げながら周囲を確認すると、ミレニウスのところに駆け寄ってきた。

 

ミレニウスにしがみついたまま震えていた王女は、兵士が手を差し伸ばすと、我に返ったように顔を上げた。

 

そして次の瞬間、ミレニウスを睨みつけると、あからさまに鼻を鳴らして顔をそむけた。

 

「フンッ!」

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

「……なんなんだよ、あの女」

 

王女が兵士たちに連れられていき、俺たち三人が物陰から出てミレニウスのところまで行くと、彼は呆れ声で呟いた。だがリラ嬢は口元を押さえて笑っている。

 

「おじさん、王女様に抱きつかれてたじゃん。よかったね」

 

「よくねぇよ……」

 

ミレニウスは本気で嫌そうな顔をした。カエルス少年はぽつりと言った。

 

「ミレニウスさん....嫌々ながら王家を危機から救っちゃってましたね。....すごい」

 

すると、山道から新手の王立軍兵士たちが大勢登ってきた。その先頭に立っていた指揮官を見て俺は声を上げた。

 

「千人隊長.......!」

 

コルネリウスだ。

 

「殿下......ご無事でしたか!」

 

コルネリウスは兵士たちに支えられた王女に駆け寄る。だが王女はすっかり元気を取り戻したのか、傲然とした様子で顔を上げた。

 

「遅い。わらわを放ってなにをしていたのです」

 

「しかしながら殿下.........」

 

コルネリウスは当惑した様子で、取り押さえられた傭兵たちに目をやった。

 

「殿下、単独行動は危険と申し上げました。もしも御身になにかがあったら.....」

 

「もうよい。悪者どもは捕えられたゆえ」

 

すると、千人隊長はミレニウスの姿を認めて言った。

 

「ミレニウス......もしや君が....?」

 

「んあ....まぁ、ちょっと手伝いをな」

 

ミレニウスが言葉を濁す。

 

「さすがはミレニウス。噂に違わぬ腕だな」

 

コルネリウスが笑みを浮かべて近づく。だが王女は不機嫌な声を上げた。

 

「コルネリウス。こやつらの首を刎ねておしまい。わらわをかどわかして敵に売り飛ばそうとした不埒な輩に今すぐ罰を与えるのです」

 

「で.....殿下.........」

 

驚いたコルネリウスが目を丸くした。だが王女は譲らなかった。

 

「何をためらうのです?重罪の中の重罪、極刑がふさわしいではないか」

 

「む........確かにそうですが................」

 

コルネリウスは頷くと、剣を抜いて、取りひしがれたウラヌスの前に出た。

 

「ウラヌス.......本来なら裁判を開き刑を言い渡すところだが今は戦時下だ。反逆罪、王家冒涜罪、誘拐未遂罪でお前を処刑する」

 

「へへへ..........俺も年貢の納め時かぁ」

 

ウラヌスは腕の矢傷を押さえながら泣き笑いの表情を浮かべた。

 

「言い残すことがあれば聞こう」

 

千人隊長の問いにウラヌスは答えた。

 

「あ~あ。せめて一瞬だけでも大金持ちになって........いい女を抱いて.....」

 

「コルネリウス、わらわは聞きとうない。さっさと始末しておしまい」

 

焦れた表情で王女が促した。それを聞いたコルネリウスはゆっくりと剣を振り上げる。

 

その時だった。

 

「あ.........あのよぉ」

 

ミレニウスが緊張感のない声を出した。思わずコルネリウスが振り返る。

 

「あのぉ........そいつの命......今は見逃してやってくんねぇか?」

 

その場の空気が完全に凍り付いた。そして王女が目を見開き、その顔がみるみるうちに紅潮していった。

 

「な.........な.........な.........なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

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