「コルネリウス、さっさと始末しておしまいなさい」
王女が焦れた表情で促すと、千人隊長コルネリウスはウラヌスの前に立ってゆっくりと剣を振り上げた。
その時だった。
「あ.........あのよぉ」
ミレニウスが緊張感のない声を出した。思わずコルネリウスが振り返る。
「あのぉ........そいつの命......今は見逃してやってくんねぇか?」
その場の空気が完全に凍り付いた。そして王女が目を見開き、その顔がみるみるうちに紅潮していく。
「な.........な.........な.........なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「ミレニウス....いったい君は何を言い出すんだ?」
普段は冷静なコルネリウスでさえ、当惑と混乱を浮かべた顔で固まってしまった。
「言った通りさ。そいつの命....今は見逃してやってほしいんだ」
ミレニウスが繰り返す。
「ミ...ミレニウス....お前....」
ウラヌスが泣き濡れた顔を上げた。
「お前、天使か何かか?なんで俺なんかの命乞いを....」
「いや、『今』だけな。用事が終わるまでだ。本当のところはオメエの命なんざどうでもいい」
ミレニウスが冷たく言い放つ。それを聞いたウラヌスがガックリと首を垂れた。
「わけを聞こうか、ミレニウス」
コルネリウスが剣を納めながら尋ねた。王女は怒りのあまり口も聞けないほど顔を赤くしていたが、やがてフラフラと座り込んでしまった。お付きの者が慌てて介抱している。
「いや...まずちょっとこいつに確かめたくてよ...」
ミレニウスはウラヌスの前にしゃがみ込むと改めて口を開いた。
「ウラヌス...お前、ゴルギアスに雇われたんだろ?」
「ヘン、この俺様が依頼人の秘密を漏らすわけ.....」
ウラヌスは虚勢を張るように顔を逸らした。だがミレニウスは手を伸ばし、相手の顎を掴むと無理やり自分の方を向かせ、その目をじっと覗き込んだ。するとウラヌスはたちまち怯えた表情になった。
「へっ....い...今さら依頼人の秘密も何も無えか。....話すよ。話せばいいんだろ」
やがてウラヌスは目を伏せると話し始めた。
「その通りさ。ゴルギアス卿は前金五千万ルピー、成功報酬しめて五億ルピーで俺たちを雇ったのよ。こんな大口の仕事は俺も初めてだからな。張りきったもんさ」
「で、ゴルギアスはお前に命じたんだな?アルテミス神殿の地下にある棺桶みてぇな箱を持ってこいって」
ミレニウスは無表情に言葉を継ぐ。それを聞いたウラヌスは息が詰まったような顔をしたが、溜め息をついて認めた。
「....あ...ああ。そうだ。最初はダンジョンで魔物をちょこっと狩ってお宝を持ってくるだけの仕事だと思ってた...だけど...」
「お前さんたちが棺桶からパイプを外した途端、魔物の大群が現れた。そうだな?」
ミレニウスが畳みかけると、ウラヌスは驚いて目を丸くした。
「ミ....ミレニウス...お前なんでそんなことまで知ってるんだ?」
「なんでもさ。今は俺の質問に答えろ」
ミレニウスはウラヌスに顔を近づけて囁くように言った。ウラヌスはたちまち震え上がったような表情になると何度も頷いた。
「で、お前さんは仕事をしくじった。傭兵団は大損害を負ってほうほうの体で逃げ出した。ゴルギアスはご機嫌斜めになり、この失地を挽回したければ王女を誘拐してこいと命じた。....そんなところか。違うか?」
聞いていたウラヌスは顔中に汗をかいていたが、それでいて顔色は蒼白だった。
「お...お前......一体...何者なんだ?なんでそんなに....」
「慣れてるんだよ、こういう話にはな」
ミレニウスはつまらなさそうに呟くと、ウラヌスの肩にポンと手を置いた。
「なあウラヌス。お前、おかしいと思わなかったのか?」
「な.....何がだよ」
おどおどした様子でウラヌスが尋ねた。するとミレニウスは溜め息をついた。
「はぁ....甘い奴だなお前も。前金で五千万も弾むような奴が、まともに成功報酬を払うつもりがあるとでも思ったか?」
「えっ...だ...だけど契約書も書いたし....」
「んな紙っぺらで約束したことになるかっつうの」
ウラヌスの言葉に被せるようにミレニウスが吐き捨てる。そして彼はやや優しい語調になると続けた。
「ウラヌス。お前、捨て駒にされたんだよ。捨て駒、にな」
その場の全員が沈黙した。コルネリウスも腕を組みながら真剣な顔で聞き入っている。
「いいか、あの棺桶は『霊気収集機』っていってな。あの中には女神礼拝で群集から集めた『霊気』がギッチギチに詰まってんだよ。それから、人の欲とか悪意とか絶望とかが澱みたいに凝縮された『魔霊気』もな。で、あのパイプをお前さんが外した途端、その中に残ってたやつがドバって溢れたわけさ」
ミレニウスの言葉にコルネリウスが反応した。
「待て、ミレニウス。ということは、三日前の魔物の大量発生は....」
「こいつのせいさ。知らずにやったことだけどな」
ミレニウスはウラヌスの頭を軽くはたきながら答えた。ウラヌスは茫然とした顔で宙を見つめたままだ。ミレニウスは続けた。
「『魔霊気』は魔物たちの格好の餌だからな。そもそも二百年前の『魔の転換』も、あそこからちょっとずつ漏れ始めたのが原因だ」
「じゃあ...ゴルギアスはそれを知ってて俺たちに....」
やっと我に返ったウラヌスが呟く。コルネリウスは首を振りながら小声で引き取った。
「ムウ‥‥なんという奸計だ....。傭兵団を使って霊気収集機からの漏洩を引き起こし、魔物の大量発生を呼び起こして町を攻撃させる......」
「それで王家直属部隊の戦力を削り、その直後にゴルギアス派が一斉蜂起して町を占領する、てな計画だったってわけさ」
ミレニウスはそこまで言うと立ち上がった。ウラヌスは茫然としたまま取り憑かれたように小声で言った。
「......じゃあ..俺たち傭兵団は最初っから魔物たちに襲われて全滅するっていう筋書きだった....」
「あぁ。そういうこと。だから『捨て駒』なのさ」
ミレニウスは言うと、コルネリウスに向かって軽く首を傾げた。千人隊長は言った。
「だがミレニウス。君が南方帝国の刺客たちを捕らえたおかげで、我々は即応することができた。ゴルギアス卿の計画は狂った。少なくともその一部はな」
「時間稼ぎに過ぎねぇよ、そんなの」
ミレニウスは唇を歪め、手を上げると海の方角を指した。
「隊長さんも見たろ。南方帝国の船が押し寄せてきてるんだ。...どうせ呼び込んだのはゴルギアスだろうがな」
「千人隊長どの、どうするんです?このままでは国が占領されちまいます」
俺は思わず進み出るとコルネリウスに尋ねた。
「言うまでもない。王家直属部隊はあくまでも戦う。そして奴らを食い止める」
コルネリウスは即答した。だが俺は重ねて尋ねた。
「でも.....部隊の人数は何人残ってるんですか?」
すると隊長は俺を見てわずかに微笑んだ。
「.......三百人だ」
「えっ....三百.....ッ!」
俺は仰天して目を丸くした。
「隊長どの...いくらなんでもそりゃ無茶です。敵は少なくとも十万は....」
「敵の人数が多いからどうだというのだ、セヴルス?」
コルネリウスは目を細めて俺を見返した。
「我ら王家直属部隊は入隊のときから王家のため命を捧げる覚悟のある者のみで構成されている。たとえ全滅しようと最後のひとりまで務めを全うするだけだ」
「隊長.......」
俺は絶句した。コルネリウスの信念は立派だが、実行するとなると話は別だ。
その時だった。
「ちくしょう.........ちくしょう..........ちくしょう........」
兵士たちに取り押さえられていたウラヌスがブツブツと呟き始めたかと思うと、その声が次第に大きくなってきた。
「ちくしょぉ......ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおッ!」
ウラヌスは頭を左右に振って暴れ始めた。兵士たちが慌ててその身体を押さえつける。
「ちくしょぉおおおおおおおおッ!よくも......よくも俺様をハメやがったな!許せねぇ!許せねぇ!」
他の兵士たちも加勢し、やっとのことでウラヌスの巨体を地面に引き倒した。だが、傭兵団長は口から泡を吹きながら喚いた。
「許せねえ!ゴルギアスの奴!呪ってやる!地獄に引き摺り込んでやる!」
コルネリウスは困惑したようにミレニウスを見る。だがミレニウスは苦笑いするとしゃがみ込んでウラヌスに言った。
「残念だったな。まっ..世の中お前さんより汚い奴なんてゴマンといるって話さ」
「....放せ!放しやがれ!今から俺が行ってゴルギアスの奴をブッ〇ろす!」
ウラヌスは喚き続ける。だがミレニウスは相手にせず、立ち上がりながら千人隊長に言った。
「隊長さん、俺の用事、終わったぜ。後は煮るなり喰うなり好きにしてくれ」
「待て!待て!待て!待て!」
ウラヌスが正気に戻ったように叫んだ。
「待て!俺にチャンスをくれ!ゴルギアスの奴に一泡吹かせてやらなきゃ死んでも死にきれねぇ!頼む!」
「チャンスだと?我々がどうやって貴様を信用できるというのだ?王家を裏切り王女殿下を狙った貴様を」
コルネリウスは厳しい顔で見下ろす。だがウラヌスは必死で続けた。
「わかった...なら、こうしてくれ。俺たちをあんたらの『捨て駒』にしてくれ。俺たちでゴルギアスの奴に罠をしかける。失敗したら全員死ぬ。成功したら....そうだ、俺は死刑でいいが、部下は見逃せ。それでどうだ?」
ミレニウスは眉を上げコルネリウスを見る。千人隊長は数秒考えた後頷いた。
「.....なるほど。悪くない」
コルネリウスは顔を上げると、介抱されている王女に近づいていった。
「王女殿下、こやつの命については今しばらく.....」
「.......わらわはもう疲れた。そなたの好きにするがよい」
お付きの者に扇で扇がれていた王女は蚊の鳴くような声で答える。
「.............おじさん、すごい。さっきから人を救ってばっかだね」
リラ嬢が感嘆の表情で呟き、カエルス少年が何度も頷く。
だがミレニウスは顔を背けた。
「........知らねぇよ。救ってやったつもりもねぇし」
だが俺は見てしまった。彼の耳が赤くなっているのを。