ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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第四章: 隘路の大決戦
人間の壁


俺たちは丘の上で一晩を過ごした。風を避けるように灌木の脇に寝床を設け、三交代で睡眠を取る。夜明けごろ眼下の隘路を見ると、まだ動きはない。王家直属部隊の兵士たちもまだ戦闘体勢はとっていないようだった。

 

だが朝食を終えた後に俺とミレニウスが並んで眺めていると、海岸線に散開していた南方帝国軍が動き始めた。

 

大隊規模の群れが移動し始めている。砂浜から街道に登り、隘路に近づいていた。

 

「始まるのか...?」

 

俺が呟くとミレニウスは答えた。

 

「いや、まずは使者を送って降伏を促すんだろ」

 

見ているうちに、街道に進んだ帝国軍の兵士たちの中から数人の者たちが前に出ていった。隘路に整列した王家直属部隊に近づいていく。

 

すると王家直属部隊から背の高い男が進み出た。

 

コルネリウスだ。

 

千人隊長は、南方帝国軍の使者たちと相対して、何事か話し合っているようだった。

 

だが、しばらくすると、コルネリウスはいきなり剣を抜き、使者たちに斬りつけ始めた。

 

ひとり、ふたり、三人と使者たちが倒れ、残りが泡を喰ったように友軍のほうに逃げ帰る。王家直属部隊の兵士たちから歓声と口笛が飛ぶのが聞こえてきた。

 

「コルネリウスの奴、檄おこプンプン丸じゃねぇか...話すだけ無駄だろうぜ」

 

ミレニウスは詰まらなさそうに呟くと、焚火の傍らに戻って座り込んだ。

 

だが、俺はその場を動くことができなかった。帝国軍がいよいよ本格的に動き始めたのだ。

 

砂浜から続々と兵たちが移動している。やがて千名ほどの隊列が街道に集結した。その中から士官たちの号令が聞こえてくる。

 

やがて隊列が整えられ、帝国軍と王家軍の両者は百メートルほど離れて向かい合った。

 

再び号令が響く。俺の隣にカエルス少年がやってきて隣に立った。片手を額の上にかざし目を凝らしている。

 

「矢だ!矢を射掛ける気です!」

 

カエルス少年が叫んだ。俺も目を凝らすと、朝の陽光の中見えてきた。帝国軍の隊列は弓兵だ。矢をつがえた弓を左手で上げ、次の号令を待っている。

 

再び号令が聞こえた。その瞬間、千名の弓兵たちが一斉に矢を放った。

 

それは異様な光景だった。夕暮れの町の上空を飛ぶ鳥の大群のように、真っ黒になった矢の群れが一斉に帝国軍の隊列から上昇していき、次いで王家直属部隊に向かっている。

 

だが、その瞬間だった。

 

コルネリウスの怒号が聞こえると同時に、王家直属部隊の兵たちは瞬く間に隊形を変えた。

 

各々が持っていた大盾を掲げると、隣の兵の盾とピッタリと合わせている。針を通す隙間もないほどだ。そして前面と側面も盾の壁で固められ、さしずめ『鉄の箱』のようだった。

 

ドスドスドスドスドスッ.....

 

黒い雨のように降り注いだ矢が王家軍の盾に突き刺さる。だが、掲げられた盾は岩のように動かない。

 

再び帝国軍の隊列から真っ黒な矢の群れが打ち上げられた。放物線を描いた矢が降り注ぐ。だがそれでも、矢は虚しく盾に突き刺さるばかりだ。王家側の兵士は誰一人として倒れない。

 

カエルス少年が息を呑む。

 

「す……すごい……!」

 

ミレニウスは焚火の前で腕を組んだまま言った。

 

「連中は矢の雨を想定して訓練してる。あれくらいじゃ誰も死なねぇよ」

 

俺も思わず生唾を飲み込んだ。俺も元兵士として同じ訓練を通ってはきているが、反応速度と練度がケタ違いだ。

 

『王家のために命を捧げる』という決意が彼らをしてこれほどまでの鍛錬を積ませたのか。

 

帝国軍は何度も何度も矢を射掛けた。だが、王家軍兵士の固い防御の前には通用しないと理解したのか、やがて弓兵隊は隊列を解いて砂浜に戻っていった。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

一旦街道から引き揚げた帝国軍だったが、やがて昼どきが過ぎると再び動き始めた。

 

号令とともに、歩兵部隊らしき隊列が街道に登っていく。その数は前回の弓兵たちの数倍だ。

 

「やっとか...だが随分のんびりしてるんだな」

 

俺が感想を漏らすと、ミレニウスは横になって目を閉じながら呟いた。

 

「帝国軍の連中も当てが外れただろうからな。数にモノを言わせて蹂躙しようと思ってた相手が、『岩みてぇに固てぇ人間の壁』だったってなりゃ....躊躇いもするだろうぜ」

 

「僕....本で読んだことがあります。巨大帝国の軍隊って、中央への忠誠心の薄い地方出身兵も多いから、断固として抵抗してくる相手に対しては意外と脆い面もあるって」

 

カエルス少年が遠慮がちに言う。俺は納得した。

 

「なるほどな.....。あっちは戦利品目当てに上の命令で戦争してるだけなのに、相手が『王家のためなら死んでもいい』ってな狂信的な連中なら戸惑うのも当然か....」

 

俺の心に僅かだが希望が湧いてきた。たとえ不利にせよ、コルネリウス隊は思ったよりも長い間持ちこたえられるかも知れない。

 

あるいは、援軍が到着するまで。

 

だがミレニウスの言葉が俺の思索を破った。

 

「ま...だけど戦場ってなぁそんな甘いモンじゃねぇぞ。人間ってなぁ疲労するからな。数で来られたらまず勝てねぇ」

 

現実に引き戻された俺は、再びコルネリウス隊の様子に目を凝らした。今は各々が盾を下ろし、突き刺さった矢をそこから取り除いたり、あるいは思い思いに準備体操をしている。

 

だが、街道に集結した南方軍は真っ黒な群れとなって移動し始めていた。その足音や武器を打ち鳴らす音がこちらまで響いてくる。

 

コルネリウスの怒号が聞こえた。途端に王家側兵士が隊列を整えた。相変わらず、一瞬と言っていいほどの速さだ。今度は前面に大盾を向け、槍を前に突き出している。

 

ドン...ドン.....

 

太鼓の音が聞こえてきた。この辺りの地方では聞きなれない音で、不吉な思いを掻き立てる。

 

カエルス少年が息を呑んだ。

 

「あれ全部、突撃してくるんですか……?」

 

ミレニウスは目を開けずに答えた。

 

「ああ。矢で崩せねぇなら、肉で押すってわけだ」

 

いつの間にか傍にやってきたリラ嬢が不安げに言った。

 

「三百人で....あれ全部を?」

 

ミレニウスは答えなかった。太鼓の響きが近づいてくる。やがて太鼓が乱打されると、帝国軍の兵たちが一斉に叫び声を上げた。さらに両足を踏み鳴らし、武器と武器を打ち合わせている。これらが入り混じった凄まじい轟音がこちらまで聞こえてくる。

 

だが、王家側の兵士たちは微動だにせず構えを取り続けている。

 

ひとしきりの威嚇が止むと、帝国軍の隊列は静まり返った。だがやがてその間から士官たちの怒鳴り声が聞こえてきた。

 

たちまち、飛び火するようにそれが鬨の声となった。同時に帝国軍が一斉に動き始めた。

 

数千人が雪崩を打つように王家軍の隊列に向かっていく。

 

両者の距離が縮んでいく。帝国軍の先頭集団がみるみるうちに王家軍に迫った。

 

ドシンッ.....

 

大群と大群がぶつかり合う地響きのような音。

 

帝国軍の最前列がたちまち槍で串刺しにされた。だが、全く気にすることもなく、後から後から帝国軍が王家軍の隊列に押し寄せる。まるで土砂崩れのようだ。

 

よく見ると、王家軍が僅かに後退している。帝国軍にじりじりと押されているのだ。

 

俺は思わず拳を握った。手のひらに汗がにじむ。

 

次の瞬間、驚くべきことが起こった。王家軍の盾の守りが一瞬だけ開き、新たな槍がその内部から突き出された。

 

夥しい数の帝国軍兵士がたちまち串刺しになって崩れ落ちる。そして次の瞬間にはもう盾の隙間が閉じられ、何事もなかったかのように隊列が元通りになっている。

 

「す...すげぇ。まるで得物を狙うカマキリだな」

 

俺は思わず感嘆の声を上げた。

 

「凄まじい練度ですね。本で読むのと実際に見るのとは大違いです」

 

カエルス少年が目を輝かせる。

 

だが真っ黒な塊となった帝国軍の隊列の後尾には続々と新しい群れが加わる。

 

人海戦術とはこのことだ。もはや剣を振るう余地もないほど密集した兵たちが隘路に押し迫った。

 

「あ~あ。あれじゃ無駄に死人が出るだけだぜ」

 

ミレニウスが体を起こすと戦場を見やりながら言った。

 

再び王家軍の隊列の盾が開き、槍が突き出される。帝国軍の最前列が倒れる。それが続くうち、いつしか死体の山がそこここに積み上がり始めた。

 

帝国軍の士官が何度も号令をかける。死体の山を乗り越えるようにして新手が突撃する。

 

だが、王家軍は崩れない。それどころか僅かに前進し、最初に立った地点に戻っていた。槍が突き出されるたびに帝国軍の兵士たちがよろめき、倒れていく。

 

その日は日が暮れるまで、王家軍の兵士は一名も倒れなかった。

 

俺たちは夕食を済ませると、昨日のように交代で睡眠をとった。

 

だが、ミレニウスは自分の番の見張りを終えるとゴロリと寝転びながら言った。

 

「コルネリウスの奴ぁよく分かってるはずさ。二日目はこうは行かねえ。そして三日目は地獄だ」

 

「ミレニウス...俺たちにできることはないのか?」

 

俺は思わず尋ねた。

 

「....ないね」

 

ミレニウスは即答する。

 

「それになぁ、最初に言ったろ。俺たちの狙いはあくまでもゴルギアスだ。奴さんが神殿に現れたときが『その時』だ」

 

彼は寝返りを打つと続けた。

 

「ゴルギアスの思惑通りに運んだら....南方帝国軍どころの騒ぎじゃなくなる。文字通り、国が吹っ飛ぶぜ」

 

「南方帝国軍...どころじゃないって...どういうことだ。外国の侵略より酷いことなんてあるのか?」

 

俺は彼の背中に声をかけた。するとミレニウスは答えた。

 

「ああ。外国人ったって所詮は人間だろ。だが、ゴルギアスが目的を果たしたら....」

 

彼はやや間を置くとこう言葉を継いだ。

 

「人間による支配が終わるんだ。そういう話しさ」

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