ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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汚い奴ら

「ゴルギアスの旦那!借りを返しに来たぜ!」

 

割れ鐘のような男の声が響き渡った。

 

振り返ると、背後の戸口から肥満体の男が出てくるのが見えた。

 

あの男だ。傭兵団長ウラヌスだ。

 

「ヘヘヘへ...若造め、幽霊でも見たような顔しやがって。俺はこの通り生きてるぜ」

 

驚愕した俺の視線に気づくと、ウラヌスは自分の腹を勢いよく平手で叩いた。

 

配下の傭兵たちは散開すると、油断なく弓矢を構えた。総勢で三十名は超える数だ。刺客たちは次第に後退していった。

 

「おやおや...君も随分しぶとい男だな」

 

ゴルギアスは余裕の表情を崩さず苦笑した。

 

「お陰さまで。これからもご贔屓に頼みますよ、旦那」

 

ウラヌスは軽く頭を下げたが、次の瞬間上目遣いにゴルギアスを睨みつけた。

 

「...だがその前に...裏切りの代償は払ってもらうがな。あんたの身をもってだ」

 

「興味深い。私がいつ君を裏切ったというのだね?」

 

ゴルギアスは尋ねた。

 

「とぼけるんじゃねえ。あの箱のパイプを外したら何が起こるか、あんたは知りながら俺に隠していた。違うか?」

 

「それは見解の相違だね。君たちは傭兵なんだ。あれくらいの魔物の群れ、処分できて当然じゃないかね?」

 

ウラヌスの問いに、元雇い主は全く悪びれることなく答える。それを聞いたウラヌスは一瞬口ごもったが、すぐに続けた。

 

「...へっ...あくまでしらばっくれるつもりか。なら良いだろう。その周りにいる邪魔者どもを片付けてからゆっくりと『話し合い』と行こうじゃねぇか」

 

「やれやれ。随分な自信家だな君も。彼らは南方帝国で随一の戦闘員なんだ。君らのような雑兵とは訳が違う」

 

ゴルギアスは溜め息をつくと、階段を登り、王女の座らされたベンチに腰掛け足を組んだ。

 

「見物させてもらうよ。君らの健闘が楽しみだ」

 

それを合図としたかのように、傭兵たちが前進し間合いを詰めた。

 

刺客たちは二十人弱だ。

 

俺たちを合わせればこちら側が約二倍。

 

だが刺客どもの練度は極めて高い。油断していたらやられる。

 

数秒のにらみ合いが続いた後、ウラヌスが叫んだ。

 

「やれ!」

 

弓兵が一斉に矢を放った。

 

だが、刺客たちは驚異的な反応速度を見せた。身を伏せて矢を躱すと、剣を構え突進してきた。

 

だが、予想外のことが起こった。弓兵たちが武器を放り出して踵を返し、逃げ出したのだ。

 

刺客は勢いに乗じて殺到して来る。その瞬間、弓兵たちの後ろに控えていた傭兵たちが手に持っていた何かを投げつけた。

 

それが軽い破裂音を発すると、たちまちモクモクとした煙が上がった。斬り込んできた刺客たちが途端に目と鼻を押さえ、咳き込み始めた。

 

「バカが。引っ掛かったな!」

 

ウラヌスが笑う。動きの鈍った刺客たちを、槍や剣を持った傭兵たちが次々と刺し通していく。

 

逃げ出した弓兵たちも戻ってきて剣を抜き、加わった。たちまち五・六人ほどの刺客たちが身体中に傷を負って倒れた。

 

「な...なんか...ライオンを襲うハイエナみたいですね」

 

カエルス少年が剣を上げるのも忘れ唖然として呟く。俺は覚えず頷いた。

 

刺客の生き残りたちは咳き込みながら狼狽した様子で後退し、こちらから距離を取る。傭兵たちは前進し始めた。俺たちもその戦列に加わった。

 

「全く...目潰しくらい想定していなかったのかね。だらしがない」

 

ベンチに座っていたゴルギアスが失望した顔で呟いた。だが、その表情からはまだ余裕が消えていない。

 

部屋の奥に追い詰められた刺客たちは足を止めると、攻勢に出るかのように剣を構え直した。

 

ところが、その途端に傭兵たちは引き下がり、距離を取る。

 

当惑し、焦れた刺客たちが前に出ると、今度は長槍を持った者を先頭に傭兵たちが矢鱈目ったら武器を突き出す。

 

刺客が引き下がると、傭兵たちは前に出る。だが相手が攻勢に出ようとすると、素早く後退する。

 

「お...おいウラヌス。お前たち戦う気あるのか?」

 

俺は思わず尋ねた。

 

「へっ...若造。まあ見てろってんだ」

 

ウラヌスは笑う。

 

傭兵どもの動きは、まるで大きな得物をつつき回して弱らせる捕食動物の群れそのものだった。

 

とうとう怒り狂った刺客が次々と斬り込んできた。

 

「退却だ!」

 

ウラヌスが叫び、傭兵たちは一斉に逃げ出した。あっと言う間に部屋の出口に殺到し、そこから廊下に雪崩れ込んでいく。

 

俺は呆れながらそれを横目で見ていたが、すぐに武器を構え直した。十名ほどの刺客たちがそれを追いかけ、残り五名が俺とカエルスを取り囲む。

 

だが、その時だった。

 

廊下のほうで、人が派手にスッ転ぶ音が聞こえてきた。次いで、刺し殺される者たちの呻き声が響く。

 

一瞬、俺たちの周囲の刺客どもの視線が泳ぎ、その目に動揺が見えた。

 

俺はその機を逃さなかった。

 

地面を蹴って殺到し、正面にいた者に斬りかかる。

 

相手が刃を上げて受けの体勢を取る。だが俺は剣の軌道を変えて胴を払った。

 

鎖帷子の感触。だが想定済みだ。

 

左右の敵が剣を払ってくる。その軌道を視界の隅に捕えると、俺は身を低くした。

 

計算どおりだった。刃が俺の兜をかすめて火花を上げる。俺は後ろ蹴りで片方の敵を蹴り倒すと、もう片方の胸を刺し貫いた。

 

だが、最初に胴を払った相手は無傷のごとくの勢いで突きを放ってきた。

 

俺は身体を回した。胸を狙った剣先が鎧を軽く抉る。その勢いで突っ込んできた相手の襟首を掴むと、俺はそいつの足を払い引き倒した。

 

だが後ろ蹴りで倒した相手が既に立ち上がり、剣を振り上げ殺到してきた。俺は上半身を反らしてその斬撃を躱すと内小手をかけた。

 

苦痛の声を上げたが、相手はまだ剣を放さず二の太刀を繰り出す。それを自分の剣で受けながら、俺は視界の隅でカエルスの姿をとらえた。

 

少年は前回にも増して的確な動きで二人の刺客の攻撃を捌いていた。

 

俺は鍔迫り合いからわざと後ろに飛び退き、相手の追撃を誘った。足払いで引き倒した奴も立ち上がって武器を構えた。

 

二人が時間差で飛び掛かってくる。だが、一人目の太刀筋が見えた。俺は剣を肩の横に振りかぶってそれを捌くと袈裟斬りで一息に相手の首筋を断ち斬った。

 

二人目が裂帛の気合いとともに突きを放ってくる。

 

距離はもう目の前だ。時間がない。

 

俺は思い切り腹を引っ込めながら身体を捻った。

 

間に合った。刃が肉を浅く抉る感触。だが体の泳いだ敵の首が目の前にある。

 

俺は狙いすました袈裟斬りでそれを払った。血しぶきが飛び散り、相手は脱力して床に崩れ落ちた。

 

俺はすぐにカエルス少年を見やった。

 

だが、彼は既に一人目を倒し、もう一人と向き合っているところだった。

 

「おい、手伝い...要るか?」

 

「いりません」

 

俺が尋ねると少年は躊躇いなく答えた。

 

俺は胸がいっぱいになってしまった。この少年は....本物の戦士になった。

 

最後の一人の刺客は振り返って俺を見ると、驚愕の表情を浮かべた。

 

彼は、うろたえたように俺たち二人を見比べると、デタラメに剣を振り回しながら出口のほうに逃げて行った。

 

その途端だった。

 

傭兵たちが再びドヤドヤと雪崩れ込んできた。

 

それと鉢合わせになった刺客は、悲鳴を上げながら抵抗したが、多勢に無勢だった。全身を突き刺され、ハイエナに取り囲まれた水牛のようになすすべもなく倒れていった。

 

「おお若造。お前らも済ませたか」

 

ウラヌスが声をかけてきた。俺は当惑しながら彼に尋ねた。

 

「なあウラヌス。さっきの十人....」

 

「ああ、あれな。廊下に油を撒いておいたのさ。たっぷりとな」

 

彼は平然と答えた。

 

「俺たちが逃げるフリしたのを見て見事に引っ掛かってくれたからな。単純な奴らで助かったよ」

 

「なッ.......そんな卑怯な手で倒したんですか?」

 

カエルス少年は目を丸くした。

 

「卑怯もクソもあるか、小僧。戦場ってのは勝ちゃぁいいんだよ」

 

ウラヌスが当然のごとく答える。

 

「ていうかウラヌス。あんたさっき死にかかってたよな」

 

気づいた俺が指摘すると、彼は頭を掻いた。

 

「ああ...そうだ。それ、実はなぁ............」

 

ウラヌスはデレデレとした顔になって続けた。

 

「メチャクチャ美人の尼さんが祈って直してくれたんだ。あぁ畜生...名前を聞いとくべきだったなぁ...何しろありゃぁ、イイ女だった。千年に一人くらいの逸材だったぜ。尼さんなんかにしとくのは....」

 

「おい、あのひとは神に身を捧げたんだぞ。彼女を邪まな気持ちで眺めるのはやめないか」

 

俺はやや怒って彼を咎めた。

 

だがその瞬間だった。

 

パチ...パチ...パチ...パチ...

 

拍手の音が聞こえた。見ると、ゴルギアスが立ち上がって手を叩いている。その顔には、相変わらずの穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

「いやいや、見事だ。実に見事だよ、ウラヌス君。鮮やかな戦術だったね」

 

ウラヌスは剣を肩に担ぎ、鼻で笑った。

 

「へっ、上流階級の皮肉ならもう聞き飽きたぜ。お前のイヌどもは全滅だ。次はお前の番だぜ」

 

ゴルギアスは首を傾げた。

 

「全滅? ああ、そうだね。確かに彼らは優秀だったが...まあ、所詮は人間だ」

 

彼は笑みを絶やさないまま続けた。

 

「言っただろう。私の『手術』は成功した、と。それが何を意味するのか、君たちにご披露するときが来たようだね」

 

ウラヌスは怪訝な顔をした。俺はゴルギアスから目を離さないまま言った。

 

「ゴルギアスの奴、『魔王化』手術を受けたっていうんだ。本当かどうか知らないがな」

 

「へっ....そんなご大層な手術を受けたんなら、病院のベッドにでも寝てたらどうだ?」

 

ウラヌスが毒づいた。だがゴルギアスは笑顔のまま言った。

 

「では...とくとご覧あれ。これが私の得た力の一部だよ」

 

彼はそう言うと、片手を天に向けて掲げた。

 

だが、何も起きない。

 

俺とウラヌスは顔を見合わせた。カエルスも怪訝な顔をした。

 

しばらくの時間が経ったあと、ウラヌスが笑いだして言った。

 

「へえ、随分と凄い力を手に入れたもんじゃねぇか。これほど『寒い』空気に耐えられるなんてな。俺なら到底無理だよ」

 

傭兵団長は真顔に戻ると、部下たちに手で合図した。

 

「てめえも年貢の納め時だな。傭兵の世界で裏切り者がどうなるかを嫌というほど味わわせてやる。なます切りか、皮剥ぎか、好きなのを選びな」

 

傭兵たちがドヤドヤとゴルギアスを取り囲んだ。

 

ゴルギアスは笑みを浮かべたまま天に手を差し伸ばしている。

 

「呆れた奴だな...もしかして厨二病か?その『魔王』の力を持ってる夢でも見てるのか?」

 

ウラヌスは当惑して呟いたが、やがて肩をすくめた。

 

「まあいい。やれ」

 

傭兵たちが一斉にゴルギアスに押し迫った。

 

だがその瞬間だった。

 

建物の外、空のほうから、獣の恐ろしい吠え声が聞こえてくる。

 

俺は思わず顔を上げた。傭兵たちも足を止めて上を見上げる。

 

数秒の時間が経つと、今度は音が聞こえてきた。

 

バサァッ..バサァッ..

 

羽音だ。それも、恐ろしく巨大な、空飛ぶ生物の羽音。

 

まさか....。

 

俺はある可能性に気づいて、驚愕に目を見開いた。

 

その刹那だった。

 

ドカアァ‥‥ン!

 

轟音を立てて天井の中央が一気に崩れ落ちた。

 

俺は反射的にカエルスに手を伸ばし、その身体を抱えながら身を伏せた。

 

砕け散った天井の石材が降り注ぎ、俺たちの兜に当たってガンガンと音を立てた。

 

周囲にはもうもうと煙が漂っている。

 

「大丈夫か、カエルス?」

 

「な...なんとか大丈夫です」

 

俺は彼を助けて立ち上がらせた。周囲を見回すと、傭兵たちはみな自分の頭をさすりながらヨロヨロと身を起こしている。

 

煙の立ち込める先にいるはずのゴルギアスを俺は目で探した。

 

彼は相変わらず同じ場所に立っていた。だが、視線をその上方に移した瞬間、

 

俺は自分の目を疑った。

 

天井に開いた大穴から、何者かがこちらを覗き込んでいる。

 

角の生えた頭部に、鋭い牙の並ぶ口吻。

 

鉄のような鱗。長い首。禍々しい形の折りたたまれた羽。

 

ドラゴンだ。

 

破壊と悪意の象徴であるその生物は、俺たちを見据えると、

 

ゆっくりと舌なめずりした。

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