ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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引き寄せられしもの

聖所の天井が爆発するように崩壊し、石の破片が雨のように降り注いだ。

 

カエルスを庇って床に伏せた俺は、轟音が収まると少年を助け起こし、何気なく視線を上方に移した。

 

その瞬間、俺は自分の目を疑った。

 

天井に開いた大穴から、何者かがこちらを覗き込んでいる。

 

角の生えた頭部に、鋭い牙の並ぶ口吻。

 

鉄のような鱗。長い首。禍々しい形の折りたたまれた羽。

 

ドラゴンだ。

 

破壊と悪意の象徴であるその生物は、俺たちを見据えると、ゆっくりと舌なめずりした。

 

「....よしよし。さあ、こっちにおいで」

 

ゴルギアスは満面の笑みを浮かべると、手を差し伸べてそう言った。

 

天井の穴から、鉤爪の生えたドラゴンの脚がぬうっと入ってくる。

 

ドシッ....

 

巨大生物は身体をこじ入れるようにして床に降りてくると、首を曲げてゴルギアスに頬をすりつけ、目を閉じた。

 

ゴルギアスはさも愛おしそうにその首筋を撫でる。

 

「よぉし..いい子だ。さあ、ちょっと仕事をしたら餌をやるからな」

 

俺は剣を構えながらも思わず後じさった。

 

リラ嬢は?目を走らせると、彼女は壁際に横たわっていたので無事のようだった。

 

だが、王女は目を真ん丸にしてしばらくドラゴンを見つめたかと思うと、やがて気絶しベンチにぐったりともたれ掛かってしまった。

 

「う.....嘘だ。嘘だろ」

 

「ありえねぇ.........」

 

ウラヌスとその手下たちが驚愕に顔を歪めながら呟く。

 

「お...お(かしら)。ど...どうしやす?」

 

老婆の扮装をした傭兵が尋ねた。その顎がガクガクと震えている。

 

「お....お前らは逃げろ。後は俺が始末をつけ...」

 

ウラヌスがそう答えた瞬間だった。

 

グルルル...........

 

ドラゴンが唸り声を上げると、こちらにピタリと視線を据えた。

 

来る。

 

俺はカエルスの腕を掴むと、以前来た時に崩れた石材の山の陰に二人して飛び込んだ。

 

「逃げろ!」

 

傭兵たちが叫ぶ。

 

同時にドラゴンが口を大きく開けた。その胸のあたりに、硬い鱗の間から赤い炎が仄かに立ち昇る。そしてその炎が急速に広がって喉の辺りにまで達した。

 

俺はカエルスの頭を床に押し付け、自分も身を伏せた。

 

途端に、視界が黄色くなった。部屋全体が炎に満たされたように感じられた。

 

恐ろしい熱気が襲ってくる。石材の山の陰に身体を押し込むようにしていると、頭上を炎が通り過ぎていく。

 

兜が過熱し、たちまち耐えられないほどの熱を帯びてきた。俺は慌てて兜に手をやってそれを脱ぎ捨てると、カエルスの兜も縁を掴んで投げ捨てた。

 

ひたすら身体を固く縮めていると、無限の時間が経ったような気がした。実際には数秒しか経っていなかったかも知れないが。

 

やがて火炎放射は止まった。

 

だがようやく顔を上げたとき、俺は部屋の中の惨状に絶句した。

 

傭兵たちと思われる身体が黒焦げになって転がっている。皆、戸口のほうに向かって走り出そうとした姿勢で倒れていた。

 

だが、俺たちが隠れていたのとは反対側にあった石材の山の陰に、ウラヌスと数人の手下たちがいた。

 

「アチチチッ...おい!水!水!」

 

ウラヌスが叫ぶ。そのマントに火がついている。手下たちは水筒を取り出すと、慌てて水をかけていた。

 

「熱っ……!おい、もっとだ、もっと!」

 

ウラヌスは床を転げ回りながら叫ぶ。何本も水筒を空にするとようやく炎が消えた。

 

その時、笑い声が聞こえた。見ると、ゴルギアスが手を叩きながらいかにも愉快そうに笑っている。

 

「御覧になりましたか、王女殿下?これが殿下をかどわかそうとした傭兵どもの最後です」

 

ゴルギアスは王女に言った。

 

だが王女は呆然自失の状態から我に返ると、部屋の中の惨状を見回し、そして悲鳴を上げるとまた白目を剥いて気絶してしまった。

 

「おおっと....王女にはちょっと刺激が強すぎたかな、このショーは」

 

ゴルギアスはややバツの悪い顔で舌を出すと呟いた。

 

「ショーだと?貴様....どこまで心がねじ曲がってやがる。だいいち誘拐を命じたのは貴様、本人だろうが!」

 

俺は怒りに駆られて剣を振り上げた。

 

だが、わかっていた。

 

......もう勝てる可能性は万にひとつもない。終わりだ。

 

「そうだったかな?もう忘れたよ」

 

ゴルギアスは平然と答えると、再び手を伸ばしてドラゴンの鱗を撫でた。

 

「いずれにせよ、役立たずどもにはふさわしい最後じゃないか。私にとってはこの子のほうがよほど有益なしもべだよ」

 

そう言った後、ゴルギアスは自分の手をじっと見つめた。その目は狂信者の目だ。

 

「『魔霊気』の放出は魔物を引き寄せる。だが、ランダムに放出していたのではただの大発生を呼ぶだけだ。しかし...それを体内に取り込んだ私は.....」

 

含み笑いをすると、ゴルギアスはその手を高く掲げた。

 

「その放出を自在に制御できるようになった。それはつまり、どの種類の魔物をどれだけ召喚するかを自分で決められる、ということだ。これが何を意味するか分かるかね?」

 

俺はそれを聞いた瞬間慄然とした。

 

『魔王化』とはこのことだったのだ。

 

「さあ、どういう最後を迎えたいかね、君たちは?この子の餌になるか、それとも黒焼きになるか。私としては節約のため前者のほうが好ましいがね」

 

そして、にこりと笑った。

 

「だが私をここまで楽しませてくれたんだ。死に方くらいは選ばせてあげよう」

 

その瞬間だった。

 

カエルスが立ち上がると、剣を中段に構えた。

 

「お.....おい!何をするつもりだ!」

 

「僕は諦めません」

 

俺が声を掛けると、少年は静かに言いながら、すり足で前に進み出た。

 

ウラヌスと手下どもも、呆然とした表情でそれを見る。

 

「僕は諦めません。コルネリウスさんが諦めなかったから」

 

そう言うと、カエルスは剣の柄を握り直し、身体を前に傾けて走り始めた。

 

ドラゴンの影が床に伸び、その影の中に少年の小さな身体が吸い込まれていく。

 

「や...やめろぉ!」

 

俺は石材の山の陰から飛び出し、少年に手を差し伸べながら追いかけた。

 

ドラゴンは当惑した表情で目を細め、カエルスを見つめた。

 

カエルスは気合いの声を上げると、跳躍してドラゴンの鼻面に剣を叩きつけた。

 

硬いモノに金属が当たる音が響く。ドラゴンは微動だにしなかった。

 

着地したカエルスはもう一度剣を振り上げようとする。だが、ドラゴンは頭を下げると、その鼻先でカエルス少年を突き飛ばした。

 

まるで破城槌を当てられたかのように、少年が吹き飛び、十メートル以上も後方の床に叩きつけられる。

 

「カエルス!」

 

「おい、小僧!」

 

俺は走り寄ってカエルスを抱き起した。ウラヌスまでもが物陰から飛び出して駆け寄ってきた。

 

「....セヴルスさん....。僕は...剣士に...なれました...か?」

 

カエルスが苦し気に息をしながら呟いた。その口から血が流れている。内臓を潰されたのだ。

 

「お前は...お前は...剣士だ!立派な剣士だ!誰にも負けない...剣士だよ!」

 

俺は叫んだ。ウラヌスも涙を流しながら呟いた。

 

「バカ野郎が...死に急ぎやがって。生きてりゃいい事一杯あるのによぉ...そんな年で女も抱かずに死ぬなんて....」

 

だが、またも笑い声が部屋に響き渡り、俺は我に返って顔を上げた。

 

ゴルギアスが腹を抱えて笑っている。

 

「ま....まった...く...なんというコメディだ!自分からドラゴンに突っ込んでいくなど...どんな道化も真似できないよ。素晴らしい!」

 

ゴルギアスは辛うじて息を継ぐと、こう言った。

 

「さて、時間を潰し過ぎたかな。もう遊びはこれくらいにしよう」

 

彼はドラゴンの背中をポンと叩くと、階段を降りながら続けた。

 

「私はこれから北方帝国の皇帝となる。王女はわが妃だ。そして....」

 

彼は横たわっているリラ嬢に目をやった。

 

「この娘は...まあ血筋から言えば私の養女が相応しいかな?彼女にはまだ果たすべき役割が残っているのでね」

 

「役割だと?貴様...何を企んでいる」

 

俺は立ち上がると叫び、剣を構えた。

 

カエルスが模範を示した以上、命を惜しむ気は俺の中から消え失せていた。

 

俺の中に、もう恐怖はなかった。

 

ただひとつ。

 

この狂った男を、ここで止める。

 

その決意だけだった。

 

「さっき言ったろう?『霊気収集機』の封印を解くカギは『血』にあったと」

 

彼は答えた。

 

「『霊気収集機』はひとつだけではない。丘の周囲にある神殿群の地下にはまだ数知れない『霊気収集機』が眠っているのだ。私はその中に残存している『霊気』を残らず回収し、体内に取り込む。そのためには彼女の『血』が必要だ」

 

俺は背筋が寒くなり、そして怒りで顔が真っ赤に紅潮するのを感じた。

 

「貴様どこまで邪悪なんだ....!リラお嬢様を自分の欲望のために...」

 

「失敬な。私が強くなればなるほど、養女である彼女もまた幸せになるじゃないか。その理屈がなぜ分からない?」

 

ゴルギアスはさも心外な表情で眉をひそめた。すると、ウラヌスがゆっくりと立ち上がり、剣を抜きながら言った。

 

「ケッ...俺は自分のことを腐った悪党だっていう自覚はあったが、あんたほどじゃねぇや」

 

俺とウラヌスは並び立つと剣を構えた。するとゴルギアスは溜め息をついた。

 

「やれやれ、まだ道化が二人も残っているというのかい?私はもうショーを終わりにしたいんだが、君たちがどうしても出演するというのなら、まあいいだろう」

 

彼は顔を上げるとドラゴンに声をかけた。

 

「好きに料理しなさい。終わったらレディたちを連れて王城までひとっ飛びと行こうじゃないか」

 

そう言うとゴルギアスは階段を登り、王女の横たわるベンチに腰を掛けた。

 

俺は覚悟を決めた。剣を握り直し、疾走に備えて姿勢を低くする。

 

グルルル.....

 

ドラゴンが唸り声を上げ、首をもたげた。

 

ウラヌスが呟いた。

 

「おい若造....。お前、もし生き残ったら....傭兵になる気はねえか?」

 

「生憎だがお断りだ。俺はあくまでも剣士なんでね。あんたらとは違う」

 

俺が答えると、傭兵団長は鼻を鳴らした。

 

「けっ...気取りやがって。まあいい。もし勝ったら儲けは俺が七割、お前が三割でいいな?」

 

「いや、お前が全部とれ」

 

俺は即答した。

 

ウラヌスは一瞬だけ目を丸くし、次の瞬間ニヤリと笑った。

 

「そうかい。そいつは豪儀だな。じゃあ、死ぬまで働けよ、相棒」

 

ドラゴンが咆哮を上げると、こちらに向けて口を大きく開けた。その胸の辺りの鱗の隙間から赤い炎が立ち昇る。

 

始まる。

 

俺は火炎が放たれた瞬間に横跳びしようとして、蹴り足に力を込めた。

 

だが、その瞬間だった。

 

ドラゴンが突然口を閉じた。胸に浮かんだ火炎が急速に引いていく。

 

そして、彼は驚いたような表情で俺たちの背後の廊下の出口に目をやった。

 

ゴルギアスも怪訝な顔をして魔物を見上げた。

 

「どうした?食欲がないのか?」

 

何が起こったのか理解できず、俺はウラヌスと顔を見合わせた。

 

ドラゴンは、眼を丸くしてじっと廊下の出口を見つめている。

 

すると、廊下の奥の暗がりから足音が聞こえてきた。

 

コツ....コツ........

 

ブーツの靴底が石床を打つ音だ。

 

やがて戸口に人影が現れた。

 

崩れた天井から射し込む光が、その下半身を照らす。

 

古風な股引にゲートルを履いている。

 

その人影が進み出ると全身が見えた。

 

身体中に返り血を浴び、だらりと下げた両手に剣を持っている。

 

それはミレニウスだった。

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