ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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千年生きた男

その時、廊下の奥の暗がりから足音が聞こえてきた。

 

コツ....コツ........

 

ブーツの靴底が石床を打つ音だ。

 

祭壇の前に座を占めた巨大なドラゴンは、眼を丸くしてじっと廊下の出口を見つめている。

 

やがて戸口に人影が現れた。

 

崩れた天井から射し込む光が、その下半身を照らす。

 

古風な股引にゲートルを履いている。

 

その人影が進み出ると全身が見えた。

 

身体中に返り血を浴び、だらりと下げた両手に剣を持っている。

 

それはミレニウスだった。

 

「ミレニウス.....どッ....どッ....どッ....」

 

それを見たウラヌスが目を丸くして叫んだ。

 

「どッ....どうしてお前.....」

 

「ん?あぁ....さっきルクレアが教えてくれてな」

 

ミレニウスは呟いた。だが、その視線が床に倒れたカエルス少年を捉える。

 

その瞬間、彼の目が見開かれた。灰色の瞳の奥に何かが浮かぶのがわかった。

 

殺気だ。

 

「...んで...あんたがゴルギアスだな?」

 

ミレニウスは再び眠たげな眼に戻り、部屋の奥に向かって声を掛けた。

 

するとゴルギアスはベンチから立ち上がり、歓迎するように両手を広げた。

 

「.....君がミレニウスくんだね。お会いできて光栄だよ」

 

「どうも。....よろしく」

 

ミレニウスは軽く頷くと、両手の剣を軽く振って血を払い飛ばした。

 

「きみの噂は聞いていたよ。千年生きた剣士。無双の達人。文字通りの一騎当千の男...とね」

 

ゴルギアスは笑みを絶やさず続けた。

 

「しかし君の存在は聞いていても、居所を掴むことができなかった。軍の情報網を持ってしてもね」

 

「いいや、俺はコルネリウスには居所を伝えといたぜ。いくらなんでも何も言わず町に居座るのは意地悪だからな」

 

「なるほど........」

 

ミレニウスが答えるとゴルギアスは顎に手をあてた。

 

「すると、コルネリウスは最初から私を信用していなかった.....ということか」

 

「当たり前だろ。お前さんは雲の上の貴族。あいつは平民出で現場の人間だ。全てを報告せず切り札を一枚取っとくのは不思議じゃあねえ。誰でも思いつくことじゃねえか」

 

それを聞いたゴルギアスの笑みがわずかに引きつる。だがミレニウスは退屈そうに首を回すと、切り出した。

 

「ゴルギアスさんよ。お前さんが何企んでたにせよ、もう終わりだ。王国連合の援軍はコルネリウスが三日前に出した伝令でもうそこまで駆けつけてる。おまけに........」

 

彼は傍らのウラヌスを見やった。

 

「コルネリウス隊も全員復活した。今頃帝国軍を蹴散らしてるところさ。休んでろっていうのに聞きやしねぇからな。とんだ仕事中毒だよ、あいつらも」

 

「ふん....それはまた興味深い展開だ。だが一点誤解があるようだね」

 

ゴルギアスは再び穏やかな笑顔に戻ると、人差し指を上げた。

 

「私の目的は既に達せられた。これは帝国軍がどうなろうが全く関係ない。見たまえ、これが証拠だよ」

 

彼は片手でドラゴンを指し示した。

 

「王国連合の援軍の相手など、何万人いようが彼一人で事足りる。私が皇帝の玉座につくのは誰にも止められはしない」

 

「へえ、そうかい」

 

ミレニウスは酒場で酔客の与太話に相槌を打つ亭主のような口調で返すと、前に進み出た。

 

「折角会えたのに、もうすぐお別れとはね。残念だよ、ミレニウスくん」

 

ゴルギアスはそう締めくくると、ドラゴンの顔を見上げた。

 

「さあ、やりたまえ。彼なら君の相手にふさわしいだろう?」

 

俺は思わず唾を飲み込んだ。

 

ミレニウスの腕は凄まじい。だが.......

 

ドラゴンが相手となると話は別だ。

 

果たして勝てるだろうか?

 

ミレニウスは何の迷いもない歩調でドラゴンに近づいていく。

 

もうじき火炎放射が来る。俺は剣を納めると横たわったカエルスに近寄って抱き上げた。

 

だが、さっきから様子がおかしい。あまりにも静かすぎる。

 

俺は顔を上げてドラゴンを見た。

 

ミレニウスはドラゴンの前に来て、突っ立っていた。

 

巨大生物は、固まったまま動かない。

 

眼を大きく見開き、ミレニウスを見つめている。

 

ドラゴンにとっては彼は鼠ほどの大きさしかないだろう。

 

だが、ドラゴンはまるで蛇に睨まれた蛙のように凍り付いていた。

 

「どうしたのだ?早くやるんだ」

 

ゴルギアスが怪訝な顔で言った。だがドラゴンはそれでも動かない。

 

次の瞬間だった。ドラゴンが耳を伏せ、その目に怯えたような表情が浮かんだ。

 

ミレニウスが一歩前に出る。

 

ドラゴンが首を引いて、後じさりする。その巨体から伸びた尻尾がたちまち聖所の燭台や祭壇に触れ、器具が落ちてけたたましい音を立てた。

 

「何をしている。早く焼き尽くせ。喰い殺してもいい。やれ!」

 

ゴルギアスは焦れた声を出した。するとドラゴンが一瞬飼い主を見、それからミレニウスを見た。だがその目は大きく見開かれ、さっきまで開いていた口はピッタリと閉じられている。

 

「この役立たずが!逆らうなら皮を剝いで敷物にしてやるぞ!」

 

ゴルギアスが怒鳴る。ドラゴンはようやく気を取り直した様子でミレニウスに向き直ると、怒りの形相を浮かべて口を開いた。

 

その胸の鱗の間に炎が浮かび上がる。

 

その刹那、ミレニウスが片手の剣を投げた。それは真っすぐに飛んでいき、ドラゴンの口に飛び込んだ。

 

剣は見事にその喉の奥に突き刺さった。

 

ゲフォッ....!

 

異物の混入にドラゴンがむせる。彼は上を向くと、何度も咳き込んだ。

 

ゲフォッ!ゲフォッ!

 

雷鳴のような轟音だった。ドラゴンは首を左右に振り、必死で吐き出そうとする。

 

振動で上から石材の破片がパラパラと落ちてくる。俺はカエルス少年を抱き抱えて身を低くした。

 

見ると、ミレニウスは、まるで家畜に近づく農夫のような様子でドラゴンに声をかけていた。

 

「あぁ....喉詰まっちまったか?悪りぃ悪りぃ」

 

ミレニウスは片手に残った剣を鞘に納めると、腰の物入れから何かを取り出した。

 

苦し気な表情をしたドラゴンが目を開け、唸り声を上げた。その目には怒りと恐怖がないまぜになった感情が浮かんでいる。

 

「これでも喰いな」

 

ドラゴンが、ミレニウスに噛み付こうとして大きく口を開けた瞬間、彼は両手に持った丸いモノをそこに放り込んだ。

 

ドラゴンが驚いた表情で動きを停めた。その喉がゴクリと鳴る。呑み込んだ何かがゆっくりと首から胴体へ下っていくのが見えた。

 

グオオオッ.....!

 

コケにされたことを感じたのか、ドラゴンは怒りの咆哮を上げ、改めて口を開いた。その胸の表面に炎が浮かぶ。

 

いきなり鈍い爆発音がすると、巨大生物の胸と腹が突然膨れ上がった。みるみるうちに、まるで産卵直前のヒキガエルのように膨張し切った体になってしまった。

 

ドラゴンの目に当惑が浮かぶ。次の瞬間、彼は視線を下ろして変わり果てた自分の身体を見た。

 

そして、彼はゆっくりと白目を剥き、その首がしなると、ビタンと音を立てて床に落ちた。振動がして、祭壇の器具がまた床に落ちて音を立てた。

 

「よっこいしょっ.....と」

 

ミレニウスは横たわったドラゴンの頭の上に乗ると、剣を逆手に持って突き立てた。

 

ズシッ‥‥‥‥。

 

まるで、家を建てる前に杭を打つ職人のような無造作な手つきだった。

 

俺もウラヌスもその手下どもも、ただ呆然としてそれを見つめていた。

 

ありえない。

 

こんなの、ありえない。

 

「なぁ...ウラヌス。ドラゴンって、普通メチャクチャ強い...はずだよな?」

 

俺は思わず呟いた。

 

「...いや...若造。ミレニウスに限っては...そんなことはねぇ...みたいだぜ」

 

ウラヌスは辛うじて口を開いた。その顔は、笑みと、呆れと、畏怖がないまぜになった表情だった。

 

「ふう....」

 

ミレニウスはドラゴンの頭から降りると、剣を血払いしながら言った。

 

「正直動物虐待ってのは俺の趣味じゃあねえ。だが飼い主が躾けを怠ってる場合は話が別だ」

 

さすがのゴルギアスもやや驚いた表情で見つめていた。だが彼はすぐに余裕の笑みを取り戻し、顔を上げた。

 

「なるほど。君に関する噂は本当だったようだ。あらゆる戦場とあらゆるダンジョンを制覇した男....千回死んで千回蘇った男....とね」

 

ゴルギアスは、何を思ったか振り返ると、気絶していた王女に歩み寄った。

 

そして、彼女に手をかけて軽く揺り動かした。王女は薄く目を開けたが、すぐに目を覚まして身体を起こした。そして周囲を見回すと、ミレニウスの姿を認めて叫んだ。

 

「ミレニウス!ミレニウス!早くこやつを倒せ!命令じゃ!」

 

だがミレニウスは心底嫌そうな顔をして溜め息をつき、首を振った。

 

「命令すんなって言ったろ、王女さんよ」

 

彼は剣を軽く振りながら呟いた。

 

「ま....いずれにせよ俺はこいつと戦わなきゃなんねぇ...。俺自身の落とし前みたいなもんだからな」

 

王女は当惑した顔をした。ゴルギアスはうやうやしい態度で王女から離れ、ミレニウスに向き直ると言った。

 

「ミレニウスくん。君の対戦相手に指名されるなんてどれほどの名誉だろう。私がどんなにうれしいか、想像できるかい?」

 

「さあな」

 

ミレニウスは興味もなさそうに吐き捨てた。

 

「俺はてめえの名誉なんかクソほども興味ねぇ。言うことがあるとすりゃ一つだ」

 

ミレニウスは剣先を上げ、ゴルギアスに向けた。

 

「‥‥リラを返せ。ついでにそこの王女さんもな」

 

「な...なんでわらわが『ついで』なのじゃ!普通逆であろう!」

 

王女が怒りに顔を赤くして叫ぶ。だがゴルギアスは含み笑いすると答えた。

 

「それはできないよ、ミレニウスくん。レディたちにはこの戦いを見届けてもらわなければ。何しろ一世一代の戦いなのだから。そして勝者こそが彼女たちの心を勝ち得る」

 

「バカか。芝居と現実の区別もつかねぇのか。寝言は寝て言え」

 

ミレニウスは言い捨てる。するとゴルギアスはニヤリと笑った。

 

また狂信者の目だ。

 

「ふむ.......君もまた事態への理解が足りないようだね」

 

ゴルギアスは言うと、ベンチの脇に立てかけてあった物体に手を伸ばした。

 

戦棍だ。

 

あまりにも巨大過ぎるので、最初は礼拝用の設備かと思ったが、やはり戦棍だ。その先端部は人間の胴体ほどもある。

 

次の瞬間、俺は驚きに目を見張った。

 

ゴルギアスがその戦棍の柄を握ると、ヒョイと持ち上げたのだ。

 

彼は階段を降りながら、その武器を軽く一振りした。

 

ヴンッ...........

 

風切り音が響く。突風が吹いて、俺は思わず顔を伏せた。

 

ウラヌスは顔を覆っていた手を下げると、目を丸くして呟いた。

 

「う...嘘だ..ろ。あんなの巨人でもなけりゃ持ち上げられねぇはず...」

 

ゴルギアスは得意げな笑みを浮かべると、階段を降りながら戦棍を肩に担いだ。

 

「御覧の通り、『霊気』を取り込んだ私の身体は常人の数十倍に強化されている。つまり.....」

 

そこまで言うと、彼はやおら戦棍を振り上げ、脇に転がっていたドラゴンの死体の胴に叩きつけた。

 

ドカァ....ン..!

 

ドラゴンの身体が洪水に流されたように床を滑り、壁に突き当たって止まった。またもや上から石の破片が落ちて来る。

 

「どうだね?これでもまだ私を嘲る余裕があるかね?」

 

ゴルギアスは言った。俺とウラヌスは言葉を失っていた。

 

『魔王化』手術。

 

ゴルギアスは、外見はそのままでも、その力は完全に人間の域を超えてしまっている。

 

「さあ、始めよう。一対一だ。それ以外、一切ルールは無用。問題ないね?」

 

ゴルギアスが微笑む。ミレニウスは答えた。

 

「上等だ...............。遠慮なくやらせてもらうぜ」

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