「さあ、始めよう。一対一だ。それ以外、一切ルールは無用。問題ないね?」
階段を降りると、ゴルギアスが微笑んだ。ミレニウスは答えた。
「上等だ...............。遠慮なくやらせてもらうぜ」
「よろしい。君ならそう言うと思っていたよ」
ゴルギアスはミレニウスから少し離れて立ち、バカでかい戦棍を下段に軽く構えて間合いを測り始めた。
その光景そのものが異常だ。普通ならそんな巨大な武器は持ったままで歩くこともかなわないだろう。
「や...やべぇな。このままじゃこの建物が崩れちまいかねねぇぞ」
ウラヌスが呟いた。俺も同じ危惧を持った。王女はともかく、リラ嬢はまだ気を失ったままだ。上から何かが落下してきたらひとたまりもない。
だがその瞬間、ゴルギアスが一歩前に出て戦棍を横に払った。
ヴンッ......!
先ほどより一層強い突風が吹く。ウラヌスが自分の顔を手で覆い、その焦げたマントがバタバタとなびく。
俺はカエルスを抱きかかえながら壁際に退いて身を伏せた。
ヴンッ......ヴンッ......!
ゴルギアスが連続して戦棍を振り回す。ミレニウスは身体を反らし、後方に飛び退いてそれを回避した。
「ヌオッ!」
ゴルギアスが気合いを発して、武器を縦に振り下ろした。ミレニウスが横飛びし、それを数センチの差で躱す。戦棍の先端が床に叩きつけられ、建物が細かく揺れた。
ドシィ...ン...!
だが隙が出来た。
やはりミレニウスが動く。剣を袈裟斬りに振り下ろした。
するとゴルギアスは床に食い込んだ戦棍をそのまま上にハネ上げた。普通の人間なら絶対にありえない動作だ。
ミレニウスの剣が金属音を立てて跳ね返された。
ヴンッ......
さらにゴルギアスの戦棍が横殴りに襲ってくる。
ミレニウスは鹿が跳ねるように後退してそれを回避し、距離を取った。
「アテが外れたようだね。私が普通の兵士のように動くと考えていたのだろうが、その考えは捨ててもらいたい」
立ち止まったゴルギアスは微笑むと、戦棍を空振りした。
空気が震え、床の砂埃が横に流れる。
「私にとってこの武器の重さは小枝のようなものだ。そうだな....言ってみれば攻撃力は破城槌だが、機動力はレイピアと変わらない。そう思ってもらえればいい」
「へぇ」
ゴルギアスの講釈に、ミレニウスは興味もなさそうに答えた。
「どうだね?本気を出す気になったかね?」
「んあぁ.................まぁ、ね」
ミレニウスは曖昧に言う。だがその顔は眠そうなままだ。
「いくら君といえどもこの一撃を喰らったらしばらく動けまい。.....私は知っている。君の不死の秘密をね」
ゴルギアスはそう言うと、ゆっくりと前に進み出た。
「そして....その限界もだ」
両者の距離が縮まった。ゴルギアスが再び戦棍を振り回した。突風が吹き荒れ、床に散らばった石の破片までもが吹き回されて飛び散る。
ヴンッ....ヴンッ....
攻撃の間隔が狭まった。横殴りに次々と襲う戦棍を、ミレニウスは身を反らし、あるいは頭を下げて回避する。
だが、息をもつかせぬテンポの猛攻に反撃が出ない。ミレニウスは次第に壁際に追い詰められていった。
「どうしたミレニウス!逃げてばかりではないか!」
ゴルギアスが叫ぶと、戦棍を振り下ろす。身体を傾けて回避したミレニウスは軽い動作で剣を振った。
「うぐッ......」
ゴルギアスの呻き声が上がる。その手首から一筋の血がほとばしる。
ミレニウスの追撃の横斬りが迫った。だがゴルギアスは素早く武器を左手に持ち替えると、その柄で剣を受け止めた。後退しながらも戦棍を振る。
ミレニウスが飛び退いて距離を取る。ゴルギアスの表情に初めて焦りが浮かんだ。
その右手首に赤い筋が走っている。
「.....出たぜ。ミレニウスの『筋斬り』だ。俺の部下たちがやられたやつだ」
ウラヌスが呟く。
「...手が使えないように、筋だけを斬るってのか?」
俺も驚いて言った。ウラヌスが答える。
「ああ。あいつは基本的に殺しってモンを嫌うからな。だからああやって剣を持てなくするんだ」
ゴルギアスは戦棍を肩に担ぐと、額に汗を浮かべ、左手で右手首を握りしめた。
だが、数秒すると彼の表情が和らぎ、微笑が浮かんだ。
「.....見たまえ。もう治っている」
俺は目を凝らし、そして自分の見たモノを疑った。
ゴルギアスの手首の傷跡が跡形もなく消えている。
彼は恍惚とした表情を浮かべ、その手を上げながら続けた。
「『霊気』の力により自己治癒力も飛躍的に向上している。....だが」
彼はニヤリと笑うと、ミレニウスを見やった。
「部下たちの報告によれば、君の場合はそうはいかないようだね。負った傷はしばらく残る。....ということは、『治癒より早く破壊』すれば...君はやがて....」
俺は生唾を呑んだ。
まさか.......。
「死ぬ、ということだ」
ゴルギアスが呟くように言った。だがミレニウスは全く動じた様子もなく答えた。
「そりゃお前さんも同じだろ」
「同じ?....たわけたことを言ってもらっては困る」
ゴルギアスは苦笑しながら首を振った。
「私の調査によれば、ミレニウス。君は偶然『霊気』を身体中に浴びたことによって現在の能力を獲得したに過ぎぬ。だが私は自らの血液に『霊気』を溶け込ませた。それも『収集機』に溜まっていたもの全てを、だ」
彼はすっかり治った右手で武器を持ち直すと、それを一振りした。
「つまり身体強化、治癒能力、その全てにおいて私のほうがケタ違いに上だ。それに加えて....『魔霊気』の操作による魔物の召喚能力もだ」
「あぁ........おいゴルギアス。それ、やめといたほうがいいぜ」
ミレニウスが相手を遮った。
「『魔霊気』ってなぁ根本的に制御できるモンじゃねえ。弄り回してるうちにとんでもないことになるのがオチだ。悪いことは言わねえ。取り込んじまったもんはしょうがねぇから、使わないでおいたほうが身のためだぞ」
「フン.....何の根拠があってそんなことを?」
ゴルギアスは首を傾げる。ミレニウスが答えた。
「そりゃ...俺も持ってるからさ。ちょっと使ってみたらヤバいことになってな。元に戻すのに百年くらいかかったぜ」
「デタラメを。そんなたわごとには騙されんぞ」
ゴルギアスは笑い飛ばしながら続ける。
「いま、私は王国で、いや世界で並ぶもののない力を手に入れたのだ。これこそが『統治』に必要なものだ。もはやわが民は戦乱や侵略に怯える必要はない」
彼は祭壇の後ろの壁際で恐怖に固まっている王女を顧みた。その熱弁を王女は唖然とした顔で聞いている。
「いいかね、わが方には数知れない魔物たちの軍団がいる。そしてそれでも足りなければ私自身が戦う。それに立ち向かえる者はいない。人類が夢見た『絶対平和』だ」
俺もまた唖然としながら聞いていた。狂っているとしか思えない。ゴルギアスは言葉を継いだ。
「王女殿下。私はあなたに決して揺らぐことのない帝国の繁栄を見せよう。あなたは皇妃としてその頂点で美と贅沢をほしいままに.......」
「い....いやじゃ!そんなのはいやじゃ!」
王女は耐え切れなくなったように立ち上がって叫んだ。
「わらわは....そんなモノの妻にはなりとうない!人間として暮らしたいのじゃ!」
「あぁ~あ。ほれ見ろ、フラれちまったじゃねえか」
ミレニウスがボソっと呟いた。
ゴルギアスは驚いて口をつぐんだ。王女は両手で顔を覆いながら言う。
「わらわは....父の先祖が造ったこの国を消し去るのはいやじゃ。たとえ小さくとも、弱くとも、この国は人間の国じゃ。農民が耕し、職人がモノを作り....」
ゴルギアスは大いに機嫌を損ねたようだ。王女から顔を背けると吐き捨てた。
「くだらん。実に下らん。我が力の価値を理解できんとは」
彼は首を振ると、失望を露わにしながら言った。
「いいだろう。ならばわが妻の代りなどいくらでもいよう。私は世界一....」
「ゴルギアス、あんたビョーキだよ。発想が人間じゃねぇ。俺でも引くぜ」
ウラヌスが嘲笑うように言った。だが、その目は笑っていない。忙しく左右に動き、祭壇の背後に横たわったリラ嬢とこちらとの距離を測っている。
まさか?
「な?ゴルギアス、お前さんウラヌスに説教されてるようじゃお仕舞いだぜ」
ミレニウスが気軽な口調で追い打ちをかける。するとウラヌスが叫んだ。
「おい、俺を引き合いに出すなよ!」
「やかましい!」
ゴルギアスは戦棍を床に叩きつけた。建物が振動し、石の破片が飛び散る。
「貴様ら全員地獄を見たいようだな。ならばよいだろう。今すぐ望み通りにしてやろう」
俺はカエルスを抱えながらひたすら身を低くした。
戦いがどういう展開になるにせよ、部屋の中にいたら余波が降りかかるのは避けられないだろう。
重傷を負ったカエルスだけでも連れ出すか?
いや、リラ嬢がまだいる。
俺が頭の中で忙しく計略を巡らせているうちに、ゴルギアスが再びミレニウスと向き合って武器を構えた。
だがその瞬間だった。
ミレニウスが目を細めると、口を大きく開けた。
あくびだ。それも特大の奴だ。
フワアァ‥‥‥ア‥‥‥。
俺も、ウラヌスも一瞬固まってしまった。
ゴルギアスに至っては、驚愕に目を丸くしている。
「....あ.....悪りぃ悪りぃ。ちょっと眠くなっちまってな」
彼は言うと、左手で後ろ首を掻いたあと、照れ隠しなのかその手をポケットに突っ込んだ。
「わ...私を愚弄していられるのも今のうちだぞ。覚悟しろ!」
気を取り直したゴルギアスは唸るように言うと、一歩、また一歩と距離を詰めていった。
「●ねぇいッ!」
気合いの声とともにゴルギアスが躍りかかった。
戦棍が風を切る。突風が吹き、紙一重でかわしたミレニウスの前髪が激しく吹き付けられる。
矢継ぎ早に戦棍が襲う。
横。縦。横。横。
見切ったように回避するミレニウスだが、反撃が出ないのは同じだ。
だが、身軽に逃げ回る彼を見て俺は再度驚愕した。
片手をポケットに突っ込んだままだ。
冷静さを失ったゴルギアスが見境いなく武器を叩きつけ始めた。
ドカァンッ!ドカァンッ!
床が大きく窪む。ミレニウスが壁際に逃げると、ゴルギアスが振り回す戦棍が柱を打ち砕く。
天井から石の破片が次々に落ちてくる。その時だった。
ウラヌスが走り始めた。
肥満体を精一杯駆使して、突き出た腹をユサユサと揺らし、
フロアを横切り、突き当たりの祭壇の後ろにある階段を目指している。その先にはリラ嬢が横たわっていた。
だがそれにゴルギアスが気づいた。
「...俺の女たちに近づくなぁッ!」
彼は攻撃の手を止め、鬼の形相で振り向いた。
だが、それが致命的な隙になった。
ヴンッ...........
風鳴りの音がする。ゴルギアスの戦棍のではなく、剣の音だ。
気づいたゴルギアスが間一髪のところで顔を反らして躱した。
だが、その顔に横一文字の斬り傷が浮かんだ。
「め...目がぁ...ッ」
ゴルギアスは後じさりする。両目から血を流していた。
「遊びは終わりだぜ、坊や」
ミレニウスは剣を肩に担ぐと、ゴルギアスに向かって冷たく言った。
「お.....終わってはおらんぞ。私はまだ生きているではないか」
左右を見回しながらもゴルギアスは必死で戦棍を構える。
するとミレニウスは左手をポケットから取り出した。その指先に何かをつまんでいる。
「なあ、お前さんの目が元に戻るまで何秒くらいかかる?」
緊張感のない語調でミレニウスが尋ねる。ゴルギアスは喚いた。
「わけもないことだ。もうすぐ.....」
ピンッ.........
するとミレニウスはその指先に持ったものを弾いた。それは放物線を描いて飛んでいき、ゴルギアスの口に入った。
ゴクッ......
不意を突かれたゴルギアスはそれを飲み下す。
そして、次の瞬間、その顔がみるみるうちに苦痛に歪み始めた。
「う....グ.....グォ.....ッ」
息を詰まらせ、武器を取り落としたゴルギアスが床に膝をつく。
「....お前さん、毒、盛られるの初めてだろ?」
ミレニウスは剣を軽く素振りしながら言った。
「お前さんの刺客が持ってた自殺用カプセルさ。もちろんこんくらいじゃ死ぬことはねぇ。だが.....一分くらいは動けなくなる」
「き‥‥貴様ァ‥‥」
ゴルギアスの顔が蒼白になった。
「よし...お嬢ちゃん。ウラヌスおじさんが安全なとこに連れてってやるからな」
見ると、ウラヌスが祭壇の後ろにいるリラ嬢のところに到達し、跪いていた。
彼女は意識を取り戻したのか、身を起こして目を擦っていた。傭兵団長はそんなリラ嬢をそっと抱き上げた。
「なんであんたがここにいんのよ?」
リラ嬢は不服そうな声で言った。ウラヌスが答える。
「まあいいじゃねえか、細かいことは。見てみな。あんたのミレニウスが悪者を倒すとこさ」
「ゲーム・オーバーだ。首を刎ねられたらさすがのお前さんも終わりだよ」
ミレニウスはそう呟くと、ゴルギアスに近づいて剣を振り上げた。
勝った。
ミレニウスが勝った。
俺は心の中で快哉を叫んだ。
..........だが次の瞬間だった。信じられないことが起こった。
ゴルギアスの顔が一瞬にして変貌したのだ。
彼は口を大きく開けると凄まじい勢いで炎を吐き出した。
ミレニウスが横跳びする。だがその身が半分ほど炎に包まれてしまった。
「お...ろ...か...も...の...がぁ.......」
地の底から鳴り響くような声でゴルギアスが呻く。
だがその姿はもはや人間のものではなかった。
硬い鱗。口から突き出す牙。頭部から生える角。
盛り上がった筋肉。赤黒い肌。関節各所から突き出る鋭利なトゲ。
その筋張った手の指先からは長い爪が生えている。
『魔王化』した男。
その完全な姿がいま、目の前に現れたのだ。