ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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エピローグ
後始末


「ふう.....もう大丈夫ですわ」

 

ルクレアが顔を上げて微笑むと、額の汗を拭いた。

 

カエルス少年は上体を起こし、不思議そうに自分の身体を眺めている。

 

「カエルス....カエルス.....良かったな...」

 

俺は言葉に詰まってしまい、ただ泣くのをこらえるだけで必死だった。

 

「ミレニウスさま!」

 

ルクレアはといえば、俺たちと喜びを分かち合う暇もなく立ち上がると、ミレニウスのほうに駆けていった。

 

「....やれやれ...終わった終わった」

 

ミレニウスは剣を納めると、床に転がった自分の片腕を拾い上げた。そして石材の山の上にどっかりと腰を下ろすと、腕を切断面にくっつけ、包帯でぐるぐる巻き始めた。

 

「ミレニウスさま!わたくしが治療します!」

 

ルクレアが叫ぶように言う。だがミレニウスは顔を上げ彼女を見ると首を振った。

 

「ぁあ?いや、大丈夫だ。慣れてるからよ」

 

俺は耳を疑った。

 

『慣れてる』とは何だ。

 

ミレニウスの顔は半分焼けただれ、頭皮も剥がれ、片目も潰れ、唇も半分崩れて歯が剥き出しになっている。

 

しかも、切断された腕をただくっつけておけば直るなどということは絶対にありえない。普通の人間なら、そうだ。

 

「ミレニウスさま!わたくしに...わたくしに治療させてください!」

 

ルクレアはほとんど悲痛な声を出した。ミレニウスの有様を見たら、誰でも同じ気持ちになるだろう。

 

「だからいらねぇって」

 

ミレニウスはそう言うと、また包帯を巻く作業を再開した。ルクレアは遠慮がちに手を伸ばしてそれを手伝う。

 

「で......でも....痛いでしょう?」

 

「ああ。痛てぇよ」

 

「だったら...その痛みだけでもわたくしが取り去って...」

 

「だからいらねぇって言ってるだろ。わかんねぇやつだな」

 

ミレニウスがやや乱暴な口調で答えた。ルクレアはビクッとして手を引っ込め、顔を上げた。

 

「...どうしてですか?どうしていつも、わたくしの治療を拒まれるのですか?」

 

ルクレアはしばらく黙っていたが、やがて啜り泣きながら尋ねた。するとミレニウスは長い溜め息をついた。

 

「...これはお前に話してなかったな....」

 

彼は顔を上げると続けた。

 

「千年も生きてると、自分が何者なのか分かんなくなっちまう時がある。友達も仲間もすぐに死んじまうから結局一人になっちまう。そうすると、自分はひょっとして幽霊とか化け物なんじゃねぇかって思うのさ。けど...そんな時、痛みを感じると思い出すんだ。俺はまだ人間だった......ってな」

 

ミレニウスは包帯を巻き終えた。ルクレアが手伝い、腕を布で肩から吊ると、彼は言葉を継いだ。

 

「お前の治療が嫌なわけじゃねぇよ。ただ、俺みたいな奴には勿体ねぇって言ってるだけさ。ほれ、他にも怪我人がゴロゴロしてるだろ」

 

ルクレアは数秒の間ミレニウスを見つめていたが、今度は祭壇の後ろにいるリラ嬢と王女のところに向かって歩いていった。

 

「おお、そなたが癒しの力を持つという修道女か。さあ、早くわらわの怪我を治...」

 

王女が顔を輝かせる。だが、ルクレアはそれを無視すると、ウラヌスの手からリラ嬢を受け取り、ゆっくりとベンチに座らせた。

 

「ご気分はどうですか?リラさん」

 

「ううん...なんか頭がクラクラするし、目の前が暗くって...」

 

ルクレアはリラ嬢に手を当てて祈祷を始めた。王女は焦れたように横から口を出す。

 

「これ、何を考えておるのだ。普通わらわのほうが先であろう」

 

すると、ルクレアは祈祷を中断し丁重な口調で王女に答えた。

 

「恐れながら王女殿下、この少女は血を失ったことにより極度の貧血を患っております。王女さまのお怪我の治療は他の者にお申し付けくださるようお願いいたします」

 

「な....な...な..なんですってぇ!」

 

それを聞いた王女は怒りで顔を真っ赤に紅潮させたが、やがて顔を歪めて幼児のように泣き出した。

 

「なんで...なんで...誰も彼もがわらわをないがしろにするのじゃ!誰か!誰か構ってたもれぇ!」

 

それを聞いていた俺はいたたまれなくなり、カエルス少年を置いて王女のもとに駆け付けた。

 

「王女様。ご安心を。俺が治療いたします...お怪我を拝見」

 

すると王女は目を丸くして俺を見た後、片手を差し出した。

 

手のひらに、ほんの小さなかすり傷がついている。怪我と言える代物ではない。

 

だが、俺はうやうやしい動作で治療薬を取り出すと、王女の手に塗りつけ、丁寧に包帯を巻きつけた。

 

「...そちの名はなんと申すのじゃ」

 

「はい、俺はセヴルスです。フリーランスの剣士です」

 

俺が王女の質問に答えると彼女はようやく機嫌を取り戻したようだった。

 

「セヴルスか。そちはもちろん、このわらわを救うためにここに駆け付けたのだな?」

 

彼女の重ねての質問を聞いたとき、俺は一瞬固まった。

 

この神殿に駆け付けたとき、俺の頭の中にはリラ嬢を救うことしかなかった。

 

王女の姿を見たときも、それは変わらなかった。ミレニウスではないが、王女を助けるのは俺にとって「ついで」のことだったのだ。

 

だが、沈黙が答えを急かすようにのしかかってくるなか、俺は頭の中で忙しい計算を巡らせたあと、頷いた。

 

「はい、王女さま。王女さまがさらわれたと聞いていても立ってもいられなくなりまして...」

 

「そうかそうか!そちのような忠義者がこの王国にまだいたとは。わらわは嬉しいぞ。後で褒美を取らせよう」

 

王女はすっかり笑顔になった。俺はホッとした。

 

だが、視線を感じてふと振り返ると、回復して立ち上がったカエルス少年が俺を見ている。

 

俺は気づいてしまった。彼の俺を見る眼差しに、ごくわずかだが失望と軽蔑が含まれているのを。

 

純真な少年に、良くないものを見せてしまったことを、俺は少し後悔した。

 

だが、こうも思った。俺はフリーランス。来月仕事があるかもわからない身の上。

 

例え恰好悪くてもいい。偉い人たちとのコネを作らなければならないのだ。

 

* * * * * * * * * * * * * 

 

「おぉいウラヌス。ちょっと頼まれてくんねぇか」

 

腕の処置を終えたミレニウスが声を上げた。するとウラヌスと手下どもが集まってきた。

 

「悪りぃがこいつの身体を地下の棺桶の中に仕舞っといてくんねえか?」

 

「合点だ。頭はどうする、ミレニウス?」

 

ウラヌスが尋ねる。するとミレニウスは少し考えた後言った。

 

「...そうだなぁ。海の中に投げ込んどいてくれりゃぁいいや」

 

「わかった。おい、お前ら!」

 

ウラヌスが手下どもに指示すると、彼らはゴルギアスの首なしの身体を引き摺っていった。ウラヌス本人は、床にしゃがんで額に剣が刺さったままの魔王の頭を覗き込んだ。

 

「ゴルギアスの旦那!毎度どうも。これから海水浴に連れていって差し上げますよ。天気も最高、気分が良くなりますぜ!」

 

「...た...助けて...くれ...ウラヌス....」

 

驚いたことに、ゴルギアスはまだ生きていた。口をパクパクさせ、蚊の泣くような声でしゃべっている。

 

「え?なんですか旦那?聞こえませんぜ!」

 

「....ウラヌ...ス..もし...助けて...くれたら...報酬を...」

 

ゴルギアスが言うと、ウラヌスは笑って手を振った。

 

「いえいえ、報酬はいりませんよ、旦那。俺にとって一番の報酬は、あんたの泣き顔を見ること。それで十分ですぜ」

 

傭兵団長は聖所の隅にあった鉄製の賽銭箱を持ってくると、それにゴルギアスの頭を納め、肩に担いで鼻歌まじりで出て行った。

 

いっぽう、ルクレアがしばらく祈祷を続けると、リラ嬢はすっかり元気を取り戻したようだった。

 

「セヴルス!カエルス!」

 

彼女が走ってきて笑顔を向けてくると、俺も心から安堵した。

 

「帰りましょう、お嬢様」

 

俺は何気なくそう声をかけた。だが次の瞬間、気づいてしまった。

 

彼女に、帰る家はもうないのだ。

 

「...い...いや...すいません、お嬢様...」

 

だが、口ごもる俺に対してカエルス少年がとりなすように言った。

 

「セヴルスさん。リラさんを僕の家でお預かりするよう、父に頼んでみます」

 

「そ...そうか...」

 

「...ありがとう、カエルス」

 

リラ嬢が言った。その表情は最初に出会った頃とは違っていた。

 

その年齢には似つかわしくないほどの、多くの戦いを見た彼女は、もはや我儘な金持ちの娘ではなかった。

 

その瞳には、以前にはなかった静かな強さと思慮深さが宿っていた。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * 

 

俺たちが神殿から出ると、街道は王国連合の援軍の兵士たちでごった返していた。

 

海を見ると、帝国軍の船団がほうほうの体で引き返していっている。そのうちの数隻は、王国連合の船団の衝角でやられたのか、船体が真っ二つに割れて沈みかかっていた。

 

激闘のあった隘路に目をやると、銀色に光る甲冑をつけたコルネリウス隊の面々が槍を高く掲げて気勢を上げている。勝利宣言をしているのだろう。

 

既に日が傾きかけているなか、俺たちは兵士たちを掻き分けながら町に戻った。

 

下宿に帰った俺は、ミレニウスに夕食を運び、茶を沸かしてやるなどして、何くれとなく世話を焼いた。

 

本人は大丈夫だと言い張ったが、やはり全身に怪我を負ったその様子を見ていると、放ってはおけなかったのだ。

 

だが、食事が終わるとミレニウスはゴロリと横になって寝息を立て始めた。それを見届けた俺は自室に帰った。

 

だが、夜中を回ったころ、俺は虫が騒いで目が覚めた。

 

今、何かが起きている。

 

言葉で説明のできない予感がしたのだ。

 

階段を登ってミレニウスの部屋に行ってみると、彼の姿がない。

 

そして、置いてあるはずの剣も見当たらない。

 

―――まさか?

 

俺は自室に戻り、甲冑を着て剣を持つと外に飛び出した。

 

月明りの下、街道を西にひた走り、神殿に向かう。

 

ようようの時間をかけて神殿に辿り着くと、俺は剣を抜いて用心深くその前室に足を踏み入れた。

 

蝋燭に火をつけ、片手に剣を構えながら、前室を通り過ぎ、廊下に入る。

 

暗い廊下を抜け、聖所に入った俺は、そこにあった光景を見て絶句した。

 

ミレニウスが真ん中に仁王立ちしている。その片手には剣があった。

 

そして周囲にはありとあらゆる魔物たちの死骸。

 

オーク。ゴブリン。グール。多頭蛇。ガーゴイルまで。

 

「...んぁ?セヴルスか」

 

ミレニウスは振り向くと言った。俺は言葉も出ないまま彼に歩み寄っていった。

 

「お...おい...ミレニウス...こりゃ一体...」

 

「やっぱ思った通りさ。ゴルギアスの血に引き寄せられて、いろんな魔物が湧いて出てやがった」

 

彼は答えた。だが、その口調は作物についた小虫の処置について話す農夫のような平静なものだった。

 

「だ...だけど...これだけの数を...あんた一人で?」

 

俺は驚愕のあまり背中を汗が垂れていくのを感じた。

 

聖所の中は文字通り魔物どもの死骸で埋め尽くされている。

 

しかも、ミレニウスは昨日、魔王との激闘を繰り広げたばかり。

 

いや、そもそも魔王と戦う前には、帝国軍を相手に大立ち回りを演じたのだ。

 

この男......一体...何者なんだ?

 

俺が呆然としていると、ミレニウスは剣を納めて俺の肩を叩いた。

 

「......さ、後始末は終わった。帰るぞ」

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