ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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勲章と信念

「はぁ.........」

 

俺はコップをテーブルの上に置くと溜め息をついた。

 

「そんな気に病んでもしょうがねぇだろ。なるようにしかならねぇさ」

 

ミレニウスは自分のコップからチビリと飲むと、俺にそう声をかけた。彼の火傷はおおかた跡が消え、斬られた片腕も元通りになっていた。

 

俺たちは、下宿の前の通りにテーブルを出して二人で酒を飲んでいた。昼下がりの通りは仕事で行きかう町民たちでにぎわっている。

 

商品を荷車で引く商人。資材を肩に担いだ職人。作物を運ぶ農民。

 

誰も彼もが、自分の職業を誇らしげに誇示しているように、俺の目には見えた。

 

だが、俺には仕事がない。探しているのに、ないのだ。

 

ことの始まりは、神殿から女神像を回収した俺たちの仕事の報酬を取り立てるために、銀細工職人デメトリウスの工房を訪れたときだった。

 

俺は、応対に出てきた若い職人から驚くべきことを聞いた。

 

工房の主人であるデメトリウスは戦乱のさなかに持病が悪化して急死。

 

工房は借金まみれであったため、その所有物は全て債権者に差し押さえられている。女神像も例外ではなかった。

 

俺は、デメトリウスとの約束で女神像の価値の二割が取り分となっていることを説明したが、向こうは相手にしてくれなかった。口約束だけで書面が残っていないからだ。

 

「契約書も交わしていないのか?じゃあ駄目だ。そんなの到底債権者には認められない。帰った帰った」

 

面前で扉が閉められ、俺はしばらく呆然とした後下宿に帰った。

 

そして、俺はどうにか気を取り直し営業活動を再開した。

 

ところが、戦禍から復興しようとしている町には、『ダンジョンから回収してきたお宝に高額報酬を支払う』余裕のある好事家など、滅多にいるものではない。

 

酒場や寄合いに顔を出し、情報を収集しても、見込みのある話は一切ない。

 

ただでさえ目減りしている俺の貯金は、もはや底をつきようとしている。

 

そして、その俺の悄然とした様子を見かねて、ミレニウスは酒瓶を取り出して俺を誘ったのだ。

 

「...兵隊稼業に戻るかなぁ...」

 

俺は弱々しく呟いた。だがそのあと頭を振った。これしきのことで夢を諦めるわけにはいかない。だいいち、それでは俺のことを師と慕ってくれるカエルスに申し訳が立たない。

 

「ま、それもいいんじゃね?」

 

ミレニウスが興味もなさそうに言う。

 

「でも....俺は...夢を諦める姿をカエルスに見せたくはないんだ」

 

そう俺が言うと、ミレニウスは肩をすくめた。

 

「じゃあ、あがいてみればいい。それもカエルスの奴には勉強になるだろうよ。夢を叶えるっていうのは簡単じゃねぇってことのな」

 

「....って口で言うのは簡単だよ!でもあがく本人は俺なんだけどなぁ」

 

俺は文句を言ったが、最後はやはり泣き言になってしまう。

 

「なあ、ミレニウス。あんたは剣士をやってない時は何で喰ってたんだ?」

 

「俺か?まぁ色々やったなぁ。例えば....」

 

俺が尋ねると彼は思い出しながら答えた。

 

「鉄くず集めとか、死体の片付けとか...」

 

それを聞いた俺は肩を落とした。たとえ食い詰めていても、やりたいと思える仕事ではない。

 

「あぁ..!あと、ひとつ実入りの良いやつがあったよ」

 

彼が突然言った。それを聞いて俺は思わず顔を上げ身を乗り出した。

 

「....貴族の真剣試合の相手さ。うまいこと『やられた』フリをすれば大枚を支払ってくれる。一回やりゃぁ一年遊んで暮らせたもんさ」

 

「それ...あんた以外の人間にはできないだろ!」

 

俺は突っ込んだ。そしてまた溜め息をついた。

 

ミレニウスほどの男でも、剣士で喰えないときは人に誇れないような半端仕事で食いつないでいる。それが現実なのか。

 

「ま、何にしたって死なずに生きてりゃあいいじゃねぇか。そうすりゃチャンスも巡ってくるだろうよ」

 

ミレニウスはそう締めくくった。

 

総論としては正しい、と俺は思った。だが、俺は彼のように千年生きられるわけではない。

 

早く仕事をしたい。それも剣の腕を生かして。

 

焦りが胸を焦がす一方で、諦めがヒタヒタとこの身を登ってくる。

 

その時だった。

 

通りのはるか東の方から、大勢の兵士たちが行進する音が響いてくる。

 

ザッザッザッザッザッ....

 

恐ろしいほど揃った歩調だ。

 

眼を上げると、天を指して立ち並ぶ槍の穂先と、陽光を反射して眩しく輝く甲冑が見えた。

 

王家直属部隊だ。

 

俺は浮足立ってしまった。

 

ミレニウスと二人でいるシチュエーションで王家直属部隊がこちらに向かってきていると、どうしても嫌な予感がしてしまう。

 

理屈が合わないが、彼らが俺たちを逮捕しに来ているような気がしてしまうのだ。

 

だが、ミレニウスは変わらずコップを傾け酒を飲んでいる。

 

そうこうしているうちに、部隊が下宿の前までやってきて整列した。

 

総勢三百人は下らない。通りがかりの町民たちも驚いて立ち止まり、こちらを見ながら互いに噂話をしている。

 

そして、部隊の中央には見覚えのある長身の男が立っていた。

 

コルネリウスだ。

 

「せ...千人隊長どの!」

 

気づいた俺は思わず立ち上がった。だが、彼の脇に立っていた百人隊長が言った。

 

「千人隊長どのではない。軍長官、コルネリウス閣下であらせられるぞ」

 

「あの時以来だな、セヴルス、ミレニウス」

 

コルネリウスは進み出ると俺たちに声をかけた。その服装は見慣れた甲冑ではなく、銀色の刺繡が施された仕立ての良い礼服だ。

 

「ぐ...軍長官...ですか?」

 

俺は驚いて絶句し、そして思わず漏らした。

 

「平民出身で長官なんて....前代未聞の大出世じゃないですか!」

 

「私のことはいい。それより君たちに渡す物がある」

 

コルネリウスは、横にいた部下が差し出した何かを受け取ると、俺の前に立った。

 

「セヴルス。君は民間剣士でありながら、報酬を求めず王国のために命をかけてよく戦った。よって君にこれを授ける」

 

彼は、飾り帯のついたメダルを俺の首にかけると、俺の肩を叩いた。

 

「....銀獅子勲章だ。よくやってくれた」

 

「あ...ありがとうございます....」

 

俺は呆気にとられたまま、辛うじて礼を述べた。

 

ずっしりとしたメダルを手に取る。本物の銀でできている。

 

だが、次の瞬間、恥ずかしいことに俺の頭の中にある考えが浮かんだ。

 

これを質屋に持っていけば、何日分の生活費になるだろうか、と。

 

コルネリウスは次にミレニウスに歩み寄った。だがミレニウスは腰かけたままでチビチビと酒を飲んでいる。

 

「ミレニウス....君の貢献は言葉にも尽くせないほどだ。だが一つ確実に言える。君はこの王国を惨禍から救った。よって....」

 

コルネリウスは飾り帯のついた金色のメダルを差し出して続けた。

 

「君に、金獅子勲章を授ける。ミレニウス、どうか受け取ってくれ」

 

「いらねぇよそんなの」

 

ミレニウスはぶっきらぼうに答え、また酒を一口すすった。

 

その場の空気が凍りついた。兵士たちだけでなく、見物している町民たちまでもが驚きに口をつぐんでいる。

 

「.....し...しかし...ミレニウス。君の貢献に対する感謝の気持ちとして...」

 

困惑したコルネリウスが言った。だがミレニウスは取り合わない。

 

「だからいらねぇって。勘違いすんなよ。貢献かなんか知らねぇが、俺はやった覚えはねぇからな」

 

「....ぶ....無礼だぞ!それが軍長官どのに向かっての口のきき方か!」

 

見かねた百人隊長が怒鳴った。だがミレニウスは気にも留めない様子で言葉を継いだ。

 

「あのなぁ。俺は王国なんかのために戦ったわけじゃぁねぇんだ。勝手に解釈してもらったら困るんだよ、こっちも」

 

コルネリウスも、百人隊長も、そして俺も状況をどう処理してよいか分からず、眼を丸くしていた。だが、やがてコルネリウスが口を開いた。

 

「...王国の...ためではない、と言うのか。なら教えてくれ。君はいったい何のために戦っていたんだ?」

 

「何のため?」

 

ミレニウスは片手で自分の顎を掻きながら顔を上げて相手を見た。

 

「知り合いが道端で倒れてたからちょっと助けただけだ。誰だってするだろ、そんなことは」

 

「い....いや...そんなことないだろ」

 

俺は思わず横から口を出した。『道端で倒れていた知り合いを助ける』ようなノリで千人の敵兵を倒し十万の軍勢を食い止められては、こちらも脳がバグってしまう。

 

「は....ハァッハァッハァッハァッハ....これは愉快だ!」

 

コルネリウスは呆れ顔をしていたのが、やがて大声で笑いだした。

 

「君の信念は分かった。君が助けるに値すると判断した『知り合い』のうちに私が数えられているとしたら光栄だ」

 

「だからよぉ、光栄とか名誉とか、俺苦手なんだけどなぁ。もっとお前さん、ないのか?こう、軽いノリって奴がよぉ」

 

ミレニウスが言う。と、コルネリウスは一瞬ぽかんとした顔をした。

 

「軽いノリ?」

 

百人隊長は怒りで顔を真っ赤にしている。

 

「貴様......礼儀をわきまえんか!」

 

だがコルネリウスは手を上げて制した。

 

「いいのだ、百人隊長」

 

その声は静かだったが、部隊全員が一瞬で黙り込むほどの威厳があった。

 

コルネリウスはミレニウスの前に立ち、しばらく彼を見つめていてが、やがてふっと笑った。

 

「なるほど。君は軽いノリで王国を救ったというわけだな」

 

ミレニウスは肩をすくめる。

 

「まぁな。重いノリでやると疲れるだろ」

 

「なるほど。では、疲れない程度に、これからも頼む」

 

「...ん...まぁ気が向いたらな」

 

ミレニウスは酒をすすった。俺は発する言葉も思いつかず、ただ二人を見つめていた。

 

だが、やがて兵士たちは踵を返すと来た時と同様の揃った歩調で帰っていった。

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