俺たちを包囲した男たちが一斉に腰に手を伸ばし、剣を抜いた。
ヤバすぎる。これはヤバすぎる。
ダンジョンを探索し、お宝を持ち帰り、報酬を得ようとしていただけ。
それなのに何でこうなるんだよ。
俺は泣きたい気分になった。
だが、とにもかくにも大人しく殺されるわけにはいかない。俺は自分の剣の柄に手を掛けた。
「なあ.....あんたらウラヌスんとこの連中か?」
その時、ミレニウスが口を開いた。緊張感の欠片もない語調だった。俺はびっくりして彼の顔を見た。
そしてそれを聞いたとき、男たちの小隊長らしき逞しい男の眉がピクリと動いた。だが彼は言葉を発しなかった。
ミレニウスはひとりで納得したように頷くと、続けた。
「ははぁん。やっぱそうだな。あいつ、最近ちゃんと団員の給料払ってるのか?遅れてんじゃねえのか?」
それを聞いた途端、男たちが驚いた顔をした。
「ウラヌスの奴、資金繰りが下手くそだからな。あいつ昔っからそうなんだよなぁ....」
ミレニウスが言う。それを聞いた男たちの何人かがやや狼狽した表情を見せた。
だが、隊長らしき逞しい男が一喝した。
「ただのハッタリだ。どのみち死人に口なしだろ。やっちまえ!」
俺はヤケクソになって剣を抜いた。俺とミレニウスは自然に、カエルスとリラを庇うように互いに背を向けて立った。
「はぁ......面倒くせぇ」
背後で、ミレニウスが溜め息をつきながら剣を抜く音が聞こえた。俺はまたもや驚いた。肝が据わっているといっても、このレベルは普通ではない。二十人の剣士を相手にしてどうしてこんなに平然としていられるのか?
俺は剣を構えながら左右に目を走らせた。視界の中で誰かが動いた。来る。
前から突進して来た奴の斬撃を剣で逸らすと、袈裟斬りを放った。だが相手も剣士だ。防がれて鍔迫り合いになった。
だが、背後で次々に悲鳴が上がった。俺は思わず肩越しに視線をやった。
敵の兵隊たちが三人ほど、剣を放り出し右手を押さえながら後退している。
ミレニウスは無造作に剣を下段に構えていた。その切っ先から僅かに血が流れている。だがほんの僅かだ。
俺の相手をしている敵もそれを目にして一瞬呆然としたのが分かった。俺はすかさず頭突きを放つと、前蹴りで相手を蹴倒し、縦斬りで手傷を負わせた。
「貴様らぁ!!」
敵は一層殺気だった。残った人数で新たな包囲網を形成してくる。隊長も自ら剣を抜きながら指示を飛ばした。
「近寄らず少しづつなます斬りにしろ。弱らせてから止めを刺すんだ」
だが、ミレニウスは剣をだらりと下段に提げたまま、無造作に隊長に近寄っていった。
その動きが、全く『戦場らしく』ない。
まるで買い物中に良い食材を見つけた主婦のような、何気ない歩き方だった。
隊長はハッとして顔を上げると、雄たけびを上げて剣を振り下ろした。
だがミレニウスは僅かに身体を反らしてそれを躱すと、剣を跳ね上げた。
「.......ッ.....ウッ.....」
隊長が声にならない悲鳴を上げるのが聞こえた。ポトリと何かが地面に落ちる音がした。
「やめようぜこういうの。何の得にもならねえだろ。な?」
ミレニウスが諭すように言うのが聞こえた。見ると、隊長は苦痛に顔を歪めながら左手で右手を握っている。だがその指の間から血がダラダラと流れていた。その足元には指らしきものが転がっている。
どういうことだ?何が起きているのだ?
俺にはよく理解できなかった。だが、一つ分かったことがあった。
このミレニウスという男は、できる。
ならば、二人で活路を切り開くことも不可能ではないかも知れない。
新たに湧いた希望を胸に、俺は周囲の状況を確認した。残りは十数人。
何人かが叫び声を上げながら斬りかかってくる構えを見せた。俺は攪乱作戦に出ることにした。こちらもやたらと剣を振り回しながら牽制し、間合いを保ちながら動き回った。時折背後を見やると、ミレニウスの腕に恐れをなしたのか、彼の前にいる兵どもはなかなか動かない。
だがその時だった。
隊長の野太い声が響いた。
「動くな........そこまでだ!」
見ると、隊長が左手でリラ嬢の髪の毛を掴み、血の流れている右手で短剣を抜いてその喉元にあてている。カエルスはその近くで茫然としていた。腰の剣に手をやってはいたが、膝がひどく震えていた。
「なにすんのよ!放しなさい!うちにこんなことしたら後でひどい目に遭うわよ!」
「うるせぇ、静かにしろ」
暴れるリラに怒鳴りつけると隊長はこちらを向いた。
「剣を捨てろ。この娘の命が惜しければな」
隊長はニヤリと笑うと言った。俺は怒りで顔が真っ赤になるのを感じた。
「卑怯だぞ!貴様剣士として恥ずかしくないのか!」
「剣士?こちとら剣士やってるつもりなんてハナからねぇよ」
隊長は言い捨てた。そしてこちらに顎をしゃくった。
「さあ、三つ数える間に決めろ。この娘を見捨てるか、剣を捨てるか」
俺とミレニウスは顔を見合わせた。だが、ミレニウスの眼には相変わらず感情らしきものがない。この事態に至ってもまだ、眠そうにしている。
だが俺が決断する前に彼は答えた。
「ああ、いいぜ」
ミレニウスは無造作に剣を放り捨てた。剣が草地に落ちる鈍い音が聞こえる。
だが、俺には分かった。これは、大人しく従った奴から殺されるゲームなのだ。
無念さが胸に込み上げてきた。せっかく見つけた仲間なのに。これで失うことになるのか。
「ヘヘヘ......バカかこいつ」
槍を持っていた手下がせせら笑いながら言った。そして槍を構えなおすとその穂先をミレニウスの胸に向けた。
「ちょっと!あんたたち、絶対許さないからね。パパに頼んで、二度と街に入れないようにしてやるから!」
リラが怒り狂った様子で叫ぶ。だが、隊長と槍の男はニヤニヤするばかりだった。
「はいよお嬢さん。あとであんたのパパには身代金をたっぷり頂くことにするからね」
槍の男はそう言うと、ミレニウスの胸に槍を一気に突き立てようとした。
だがその瞬間だった。
ミレニウスは身体を半身にして穂先を避けると、無造作に槍の柄を掴んだ。
すると、槍男は紐を引かれた操り人形のように引き寄せられ、ミレニウスを通り過ぎたところで派手に転び、地面に倒れた。
そしてミレニウスの手に槍が残った。槍を取られた男は慌てて上半身を起こした。だがその頃にはミレニウスは手慣れた様子で槍を握り直していた。
「返しやがれ!」
槍を失った男が喚きながら立ち上がる。だがミレニウスが槍の石突きでその鳩尾をポンッ、と突くと、そいつは白目を剥いて倒れた。
「剣は捨てたから別にルール違反じゃないよな?」
ミレニウスが言った。俺は意味も分からず彼の顔を見た。そもそも事態が把握できない。するとミレニウスは槍を頭上に掲げてブンと振り回した。
もの凄い風圧がした。突風だ。草が激しく揺れ、砂塵が巻き上がる。思わず俺は顔を背け目を閉じた。
数秒後、俺は目を開けた。すると目の前で数人の兵隊たちが崩れ落ちていく。
我に返って倒れた者たちに目をやると、皆呻き声を上げながら頭を抱えている。頭部に打撲ができたような様子でもがき苦しんでいた。
残った兵隊たちが慌てふためいた。
「てめえ!」
ミレニウスは無表情のまま槍を数回振り回した。
ゴツッ...ゴツッ..っと立て続けに衝突音が聞こえる。だがその時ミレニウスが叫んだ。
「ああッ.....ヤベッ...........!」
数人の兵隊たちが一度に倒れた。そのうちの一人は、槍の穂先で斬られたらしく、喉を押さえながらもがいていた。
「やっぱ槍だと手加減が難しいんだよ。勘弁な......」
彼はそう言うと、槍を放り捨てた。だがその時にはもう敵の数は半分を切っていた。
俺は状況がよく分からないまま、勢い込んで叫んだ。
「さあ諦めろ。このミレニウスさまとセヴルスさまを敵に回したお前らの不運を嘆くんだな!」
隊長はリラに短剣を突きつけながらも愕然とした顔をしていた。だがすぐ気を取り直すと、改めて短剣を持ち直した。
「バカ野郎が。この娘の命がどうなってもいいのか?」
その瞬間、リラが隊長の手に嚙みついた。隊長は一瞬悲鳴を上げたが、すぐに拳を固めるとリラの顔を殴りつけた。少女はたちまち草地に倒れた。
それを見た瞬間、ミレニウスの顔が固まった。そして彼は言った。
「そういうのは好きじゃねぇんだよなぁ......」
ミレニウスは素手のまま隊長に歩み寄っていった。隊長は混乱した顔で短剣を構えた。だが両者の距離が詰まると、隊長は叫び声を上げながら突きを放った。
その刹那にミレニウスは半身になった。まるで最初から突きが来ると予期しているかのような無造作な動きだった。そして隊長の手首を掴むと軽く捻った。
パキッ......。骨が折れる音がした。
悲鳴を上げた隊長が膝を突くと、ミレニウスは彼のもう片方の手を掴んで同じ動作をした。また骨が折れる音がした。隊長は絶叫すると地面に倒れ伏した。
もはや数えるほどしかいない敵の残党は、顔を見合わせると一目散に逃走し始めた。あとには、痛みに泣きわめく隊長と、呻き声を上げ頭を抱える兵隊たちと、死体がひとつ、残された。
「おい.....お嬢ちゃん.......大丈夫かい?」
ミレニウスが身を屈めて声をかける。カエルス少年もようやく我に返って駆け寄っていった。剣を納めた俺がそれに続いた。
リラ嬢は薄っすらと目を開けた。その顔には痛々しい痣がついている。
彼女は首を振ると身体を起こした。
「あいつら.....行っちゃったの?」
「ああ」
ミレニウスは答えると、リラ嬢の頭に手を乗せた。
「怖い目に遭っちまったな。さ、帰ろう」
するとリラ嬢は驚いたように相手を見上げた。
「帰るって......どこに?」
「どこって.........家さ」
「待って。まだダンジョン冒険してないじゃん」
彼女の返事を聞いて、ミレニウスより先に俺のほうが呆れてしまった。
「お嬢様......そりゃいくら何でも...」
「やだ。ダンジョン行くまで帰らないから」
俺とミレニウスは顔を見合わせた。俺は初めて彼の顔に感情らしき感情を見つけた。
それは、苦笑と、倦怠感と、そして一抹の感嘆が入り交じったものだった。