ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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廃墟神殿の探索

「お嬢様、じっとしててください。ちゃんとやらないと跡が残ったりしたら....」

 

「大丈夫だってば。セヴルスってば男のくせに心配性なんだから」

 

俺はリラ嬢をなだめながら、万一のために携えてきた治療薬を彼女の頬の打たれた痣に塗りつけていった。

 

昇ってきた陽光が神殿の前庭に射し込んでくる。ミレニウスはパンを裂いてカエルス少年に渡し、自分もモグモグと食べ始めた。

 

「あいつら仲間の死体くらい持ってきゃあいいのに」

 

ミレニウスは無表情に呟くと、例の武装集団のうちの戦死者の身体を足で転がして端に寄せた。負傷した者たちはとうに逃げ去っている。

 

カエルス少年はパンを手に持ったままそのさまを見つめていた。食欲など到底湧かないようだ。

 

「セヴルス。お前はメシ、いいのか?」

 

ミレニウスは作業を終えた俺に声を掛けてきた。俺は振り向くと答えた。

 

「ああ...俺は家でしっかり食べてきたんで」

 

リラ嬢は俺があててやったガーゼに手をやっている。俺は溜め息をつくと告げた。

 

「じゃあ....食事が終わったら出発しよう。先頭は俺。ミレニウスさんが後衛で、間にお嬢様とカエルスくんという順番で」

 

「はいよ」

 

ミレニウスはパンを水で流し込みながら返事した。カエルスはようやくパンを一口食べたが、残りを几帳面にハンカチに包んでポケットに入れてしまった。

 

「早く行こ?うちはもう平気だから」

 

リラ嬢が急かす。俺は頷くと、剣を抜いて先頭に立ち、神殿の円柱の間に足を踏み入れた。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * 

 

神殿の内部は、外の明るい陽光が嘘のように薄暗い。

 

円柱の影が床に長く伸び、風の音すら届かない。石の床を歩く俺たちの足音だけが、やけに大きく反響する。

 

前室は極めて広大だ。かつては参拝者でごった返していたのだろうが、今はガランとしていて、ところどころに設えられた石のベンチが物寂しさを増している。

 

「……静かだな」

 

思わず漏れた俺の声に、リラ嬢が肩をすくめた。

 

「さっきまであんなに騒がしかったのにね。なんか、逆に怖いんだけど」

 

カエルスは緊張で喉を鳴らしながら、振り返ってミレニウスのほうをちらちらと見ている。

 

「ミ、ミレニウスさん……ここ、本当に魔物が……?」

 

「そりゃあいるよ」

 

ミレニウスは眠そうな声で即答した。

 

「ど....どんな魔物ですか?」

 

重ねて問われると彼は少し考え込むように沈黙したあと答えた。

 

「まあ...ありがちなところでグールとか...かなぁ」

 

「グール?」

 

「食人鬼だ」

 

俺が補足すると、カエルス少年は縮みあがったような声を上げた。それを見たリラ嬢が言う。

 

「だらしないわね。あんただって剣士志望なんでしょ?しっかりしなさいよ」

 

「剣士志望って言っても............」

 

カエルス少年は困り果てたように呟いた。するとミレニウスが珍しく真面目な口調で尋ねる。

 

「....坊や。生まれも育ちも良さそうなのになんだって剣士なんかになりたがるんだ?」

 

カエルスは一瞬固まった。俺も思わず足を止めた。静寂が、返答を急かすように重くのしかかる。

 

「...あの...」

 

カエルスは視線を落とし、靴先を見つめた。

 

「僕...学校で...あまり、うまくいってなくて...」

 

リラ嬢が目を丸くした。

 

「え、あんた頭いいじゃん。なんで?」

 

「その....」

 

答えようとした少年に被せるようにミレニウスが直截に言った。

 

「ははぁ...あれだ。いじめられてるんだな」

 

カエルス少年はドキっとした表情を見せると、眼に涙を溜めながら頷いた。

 

「そうか...大変だな」

 

俺も同情を込めながら相槌を打った。そしてもっともらしくアドバイスした。

 

「だがな、少年。子供のうちの体格差なんて数年間のあいだだけだ。身体を鍛え続ければ、いつかきっと....」

 

「お前、頭良すぎるんだな。だから浮いてるんだ」

 

ミレニウスが呟くように言う。カエルス少年とリラ嬢は驚いたように顔を上げた。

 

「そうなの、カエルス?」

 

リラ嬢が聞くと、少年は困惑した顔で首を振った。

 

「わ...わかんないよ。だけどいつも言われるんだ。気取ってるとか、難しい言葉ばっかり使うな、とか。僕は本で読んだことを話したりしてるだけなんだけど......」

 

ミレニウスがそれを聞いて笑った。だが嘲笑ではなく、そこに達観と同情が込められているように聞こえた。

 

「そんなもんさ。本が好きな奴は遠くを見過ぎる。過去も未来もな。殆どの奴は今日何を喰うかで頭が一杯だから、話しが合うわけがねぇんだ」

 

彼は少年の頭をポンと撫でると続けた。

 

「ま...ダンジョンで本とは違う勉強ができりゃ、少しは何か変わるんじゃねぇか?」

 

彼の仕草は思いがけないほど柔らかなものだった。俺は前に向き直ると微笑んだ。ミレニウスという男は心が読みにくいが、一つ確かなことがある。子供には優しいのだろう。

 

前室を横切り、正面の壁に開いた大きな戸口に入ると、もはや外部から射し込む光も届かない。俺は腰に付けた物入れから蝋燭を取り出して火をつけた。

 

片手で蝋燭を掲げながらその先の廊下を慎重に進む。五感を研ぎ澄ませた。暗闇から奇襲されたら厄介だからだ。

 

暗さに目が慣れてくる。蝋燭を持ち上げて壁、天井、そして奥を照らす。

 

思った通りだった。無数の光る目が奥の天井近くに見える。

 

「気を付けろ....吸血蝙蝠かも知れん」

 

俺は警告した。カエルス少年がまた悲鳴を上げた。だが俺は続けた。

 

「カエルス、刃のない剣でも蝙蝠くらいなら倒せるだろ。やってみろ」

 

そう言ったあと、俺は右手の剣を握り直して慎重に前進した。カエルス少年が剣を抜く音が聞こえた。だがその息遣いは荒い。怯えているのがよくわかった。

 

そして予想通り、キッ...キッ...っという鳴き声が天井からしてきた。

 

羽ばたきの音も聞こえてくる。これは危険信号だ。途端にいくつもの黒い影がこちらに覆いかぶさるように迫ってきた。

 

「来るぞ!」

 

俺が叫ぶと同時に、蝋燭の炎が風圧で揺らぎ、壁に映る影が乱れた。

 

俺は接近してきた二匹ほどを見極め、斜め袈裟斬りで一刀両断にした。

 

次から次へと蝙蝠どもが飛んでくる。さらに二匹を横斬りと突きで始末した。だが後続が俺を通り過ぎて仲間たちに向かった。

 

リラ嬢が小さな叫び声を上げて身をすくめた。カエルスは喚きながら剣を振り回し始めている。

 

「おい、落ち着け!」

 

俺はさらに数匹を倒しながら声を掛けた。リラ嬢は魔物が怖くてしゃがんだのではなく、カエルスの振り回す剣のとばっちりを避けたようだ。だが、肝心の剣は空を切るばかりで一匹も倒せていない。

 

「やれやれ...ダメだよそれじゃあ」

 

ミレニウスの気だるそうな声が聞こえたかと思うと、バシッ...バシッ...バシッ...っという小気味良い音が立て続けに響いた。そして、一瞬にして廊下に静寂が戻った。

 

俺は蝋燭を掲げて状況を確かめた。しゃがんでいたリラ嬢が恐々と立ち上がる。カエルス少年は剣を構えながら恐怖に満ちた目で俺を見た。手足が激しく震えている。

 

その背後でミレニウスが剣を血払いしていた。

 

「坊や....覚えときな」

 

ミレニウスはカエルス少年の肩に手を置いた。その途端、少年は魔法が解けたかのように顔を上げ、その震えが止まった。

 

「『間合い』だ。相手が自分を殺せる距離まで近づかなけりゃぁ、自分は相手を殺せない。分かるか?」

 

カエルス少年は目を丸くしていたが、やがて口を開いた。

 

「じゃ...じゃあ...いっつも殺されるかも知れないって状況で戦ってるんですか、剣士って...」

 

「ああ。そりゃそうさ」

 

ミレニウスは左手で後頭部をボリボリ搔きながら返事した。俺は内心、同意するしかなかった。彼が言ったことは残酷だが真実だ。こちらになんのリスクもない戦いなんて存在しない。こちらの剣が届くということは、相手の剣も届くということだ。

 

少年は信じがたいことを知ったかのような表情で立ち尽くしていたが、俯くと剣を鞘に納めた。

 

「...帰りたいか?」

 

ミレニウスが尋ねる。俺も同じことを思って口を開いた。

 

「カエルス、無理はするな。今退いても、何も恥ずかしいことはないぞ」

 

少年はじっと考え込んでいる。リラ嬢はその顔を見つめていた。

 

「いいえ...僕、行きます」

 

それを聞いて俺は驚いた。ミレニウスもやや感心した顔をして言った。

 

「そうかい。わかったよ」

 

するとリラ嬢は顔を輝かせて言った。

 

「やっぱ、うちの思った通りね。カエルスってただのガリ勉じゃないって知ってたもん」

 

彼女は誇らしげに顔を上げると続けた。

 

「さ、行こ?なんか、うちらパーティらしくなってきたじゃない」

 

俺は大きく溜め息をついた。これの一体どこがパーティらしいのか。だが、時間を無駄にしてもいられない。俺は蝋燭を掲げると前進を再開した。

 

廊下は五十メートルほどで終わり、俺たちは終端に辿り着いた。ここからは聖所だ。

 

聖所の入り口に立って蝋燭を高く掲げる。天井の高い、広い部屋だ。壁には一面に色彩豊かな絵が描かれ、正面向こう側には立像がある。天井があちこち破れているせいで、自然光が内部を照らしている。俺は蝋燭を消すとポーチに仕舞った。

 

「意外にあっさりしてたな...」

 

俺は呟いた。あれが目的の像に違いない。だが、油断せず剣を構えると、慎重に聖所に足を踏み入れた。

 

聖所の内部には、捧げものを置く祭壇、明りを灯す燭台、さらには香を焚く香壇も置かれている。どれも金属製の巨大なものだ。これらも、もし人手を繰り出して持ち帰ればそれなりの値で売れるだろう。

 

だが、その瞬間に聞こえてきたものがあった。

 

唸り声。恨めしげで、呟くような。それも多数だ。それが床のあちこちから立ち昇ってくる。

 

「やっぱり楽に任務完了ってわけにはいかないみたいだな」

 

俺はそう言うと剣を持ち直し、後方に声を掛けた。

 

「ミレニウスさん、子供たちを!」

 

「ああ。了解」

 

彼の緊張に欠けた返事が聞こえる。床のあちこちがボコリ..と持ちあがり、何者かが姿を現した。

 

グールだ。襤褸を纏い、変色した皮膚と腐った肉を持つ化け物たちだ。

 

魔物どもは立ち上がると、骨の露出した指先をぎこちなく動かしながらこちらに押し迫ってきた。その唸り声は、聖所の広い空間に反響した。全部で十体ほどだったあが、まるで何十体もいるように錯覚させる。

 

俺は気合いの声を上げると、手近の一匹に突進した。剣を振り上げ、首を一刀のもとに刎ねた。

 

生き残りがこちらを包囲する形になった。俺は敵の配置を一瞥すると、襲ってきた個体の腕を逆袈裟斬りで斬り落とし、前蹴りで倒した。バタバタ暴れるところを、喉を掻き切って大人しくさせた。

 

新手が左右から飛び掛かってくる。飛び込み前転で避けると、敵の群れに向き直った。

 

グールどもは両手を前に出しながらジリジリと迫ってくる。こちらは囲まれないよう摺り足で横移動した。襲ってくるのを一匹づつ斬り倒し、首を刎ねる。敵が半分を切ったところで声が聞こえた。

 

「おぉい、代わろうかぁ?」

 

「いや、大丈夫だ!」

 

俺は返事すると、生き残りの連中に向き合った。位置取りに注意しながら一度に一匹づつを相手にし、最後の個体を倒したところで額の汗を拭いた。

 

「すごい!セブルスってインチキ剣士じゃなかったんだね」

 

リラ嬢が拍手した。俺はまた溜め息をついた。

 

「俺...いちおう王立軍の四人隊長だったんですけど...」

 

「でも最近コスプレ剣士とか多いじゃない。でも良かった。じゃ、うちにもちゃんと剣術教えてね。約束だからね?」

 

リラ嬢に曖昧に返事をすると、俺は剣を血払いし、水筒の水を飲んだ。

 

再び訪れた静寂の中、倒れたグールたちの腐臭が石造りの空間に重く沈殿していく。

 

だが、俺は何か得心がいかない気がした。

 

今のところ、俺一人の戦力で攻略できそうな魔物しか出てきていない。

 

この程度なら、剣士ひとりと数人の人夫がいれば、女神像の回収など難なくできそうだ。

 

おかしい。これで終わるはずがない。

 

俺の直感がそう告げている。

 

.....そしてその直感は正しかったようだ。

 

俺が水筒を仕舞うと、やおら床が振動し始めた。

 

振動は次第に激しくなっていく。天井の石材の破片がパラパラと床に落ちて音を立てた。

 

「なに?どうしたの?」

 

リラ嬢が周囲を見回して尋ねた。だが俺も分からない。

 

その瞬間だった。

 

ドゴォ....ン...!

 

女神像の前の床が爆発音とともに吹き飛んだ。

 

俺は反射的に背後の非戦闘員二人を庇いながら、自分の顔を腕で保護した。細かな石の破片が飛んできて当たった。

 

ようやく轟音の反響が止んでから顔を上げると、俺は驚愕のあまり口を開けてしまった。

 

床の大穴から姿を現したのは、多頭蛇だった。それも特大だ。

 

頭の大きさは人間のそれより大きく、首の太さは丸太のようだった。

 

蛇どもは、威嚇音を立て、口から二股の舌を露出させながら鎌首をもたげ、こちらを見据えた。

 

俺は思った。

 

やばい。やばい。

 

いきなりこれは無いだろ。

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