ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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隠された階段

床を破って目の前に姿を現したのは、多頭蛇だった。それも特大だ。

 

頭の大きさは人間より大きく、首の太さは丸太のようだった。

 

蛇どもは、威嚇音を立て、口から二股の舌を露出させながら鎌首をもたげ、こちらを見据えた。

 

俺は思った。

 

やばい。やばい。

 

いきなりこれは無いだろ。

 

「お嬢様!カエルス!逃げろ!」

 

俺は剣を構えると叫んだ。早くも蛇の頭のうちの一つが俺に目をつけて首を大きくたわめた。

 

来る。物凄い速度だ。

 

俺は矢も楯もたまらず横っ飛びした。身体の横を蛇の口が通り過ぎる。顎が空を切ってガチンと噛み合わさる音がした。

 

横にまだいる。俺は咄嗟に剣を振り下ろした。刀身がザックリと肉を斬る手応えがした。

 

血を噴出させながら最初の蛇の首がのたうち回る。だが、他の頭も次々と俺に狙いを付け始めた。

 

撤退だ。

 

俺は踵を返すとダッシュした。一瞬前まで立っていた床に巨大蛇どもの頭が殺到した。

 

「逃げろ!逃げろ!」

 

俺は転びそうになったところを立て直しながら叫んだ。だがカエルスが怯え切った顔で言った。

 

「駄目です!石が崩れて出口が....」

 

「なんだとぉ?」

 

俺は目を剥いて振り向いた。多頭蛇はもうすぐそこまで来ている。それぞれの頭が邪悪な目を光らせながらこちらを見据えていた。

 

「も...もはやこれまでか....」

 

俺は覚悟を決めた。せめて、死ぬ前に相手に出来るだけ多く血を流させてやる。それだけ決心すると、剣を中段に構えて前に出た。

 

「あ~....ちょっといいか?」

 

ミレニウスが言うと俺の肩に手を置いて引き戻した。そして入れ替わるように前に立った。

 

俺は困惑と混乱で目を丸くして彼を見た。

 

いくら腕利きと言っても人間相手とバケモノ相手では勝手が違う。

 

だが、ミレニウスは剣を下段に構えたまま突っ立っていた。

 

多頭蛇の全ての頭が、同時にミレニウスへと向き直った。その邪悪な瞳の動きが焦点を合わせるかのように止まった。

 

だがミレニウスは無造作に歩き始めた。歩いて距離を詰めている。

 

まるで『戦い』らしくない。これからヤスリで仕上げようとする彫像に歩み寄る職人のような歩き方だ。

 

蛇たちが一斉に怒りの声を上げる。

 

横から一匹が襲い掛かってきた。

 

だがそれと同時に、ミレニウスが足さばきで身体を半身にしてそれを回避しながら剣を振った。

 

まるで、どの角度で、どの速度で攻撃が来るのか最初から分かっていたかのような動きだった。

 

剣が空気を切り裂くブン...という音がする。風圧がこちらにまで伝わってきた。床に転がっていた石の破片が放射状に吹き飛ぶ。

 

突進してきた蛇の頭が吹き飛んだ。首が綺麗に斬られている。

 

大蛇の頭が床を転がり、ゴロン...ゴロン...と音がした。

 

次の一匹が襲う。だがミレニウスはそいつの攻撃も躱すと一刀のもとに頭を斬り落とした。何千回もやってきて慣れ切ったような動作だった。

 

頭を失った首が血を噴き出しながら崩れ落ちていく。

 

だが、今度は二匹が同時に左右から襲った。

 

すると、ミレニウスは円を描くように剣を振った。ひと際強い風圧が生じ、俺は思わず片手で自分の顔を庇った。砂塵が巻き起こり、床のところどころに生えた雑草が吹き千切られんばかりに風に煽られて揺れる。

 

指の間から目を凝らすと、大蛇の二つの頭が、口蓋の先から頭蓋骨までを縦に真っ二つに裂かれて崩れ落ちるところだった。

 

俺は意味が分からなかった。首とか胴ならわかる。

 

だが頭蓋骨が真っ二つ。意味が分からない。

 

今や、俺が斬ったのと合わせ五つの頭が崩れ落ちていた。もはや頭の残りは少ない。

 

化け物は形勢の悪化を悟ったのか、怯えたように後じさりし始めた。だがミレニウスはツカツカと敵に歩み寄ると呟いた。

 

「よっ...と」

 

彼は無造作に相手の胴体に突きを入れた。そして剣を引き抜いた。途端に血が噴き出した。

 

「う...ッぷ。やべぇやべぇ」

 

まともに返り血を浴びたミレニウスは片手を振りながら顔を背けた。残った頭の口から悲鳴を発しながら、多頭蛇が全身をくねらせる。それでも必死に逃げようと向きを変えたが、数メートル進んだところで力尽き、地響きを立てて横たわった。

 

地響きの残響が去っても、暫くの間誰も口をきかなかった。静寂が戻る。

 

天井から射し込む光が、部屋の中に舞い上がった埃を照らし出している。

 

戦いは終わった...らしい。

 

俺は呆然としていたが、やがて我に返った。

 

「お嬢様、カエルス...無事か?」

 

すると二人は目を丸くしながら頷いた。俺は安堵するとミレニウスに向き直った。

 

「ミレニウスさん、助かったよ。あんた、やっぱり腕利きだったんだな」

 

だが彼は手拭いを取り出し、顔をしかめながら全身の返り血を拭いていた。俺は興奮もさめやらぬ声で続けた。

 

「しかし大蛇の頭を真っ二つって....あんたどういう修行をしてきたんだ?」

 

「あ?ああ...ま、礼にゃ及ばんよ。...それにホレ。骨ってのは継ぎ目があるからな」

 

「つ....『継ぎ目』って....そりゃそうだけど。そう簡単に斬れるもんか?」

 

事も無げに言うミレニウスに、俺は呆れ顔で返した。

 

するとミレニウスは手拭を仕舞って女神像のほうを指さした。

 

「あれ、結構デカイよな。この人数で運べるかわからんぞ」

 

俺は顔を上げて立像を見た。確かに言う通りだ。人間の背よりも高い。

 

俺はようやく現実へ引き戻され、考えた。

 

部屋の奥には依頼の本丸──巨大なアルテミス像が鎮座している。

 

* * * * * * * * * * * * * * *

 

「これ....運ぶのに男五人は必要だぜ」

 

立像を見上げながらミレニウスが眠そうに言った。

 

「パパに馬車出してもらえば大丈夫よ。だって十人乗りの四頭立てだもの」

 

「いや...だからですね、お嬢様。街道までどうやって運ぶかって話しでして」

 

誇らしげに提案するリラ嬢に俺が説明した。

 

アルテミス像の高さは二メートルはある。台座を含めればもっとだ。そして全てが銀でできている。それは高価なわけだ。

 

「とはいえ....毛布の上に乗せて引っ張ればかなりの重さでも運べる。引っ越しや模様替えでよくやる手だ」

 

俺は真顔になると言った。そして頭の中で思案した。カエルス少年を使いに出せば、まだ日のあるうちに資材と増援を確保できるかも知れない。

 

するとその時、ミレニウスが周囲の床を見回し始めた。そして落ちていた丸太を手に取ると、俺に声をかけた。

 

「おい、ちょっと下、持ち上げてくれ」

 

「え?あ...はい」

 

俺は返事をすると立像に手をかけた。かなりの重さだ。唸りながら傾ける。するとミレニウスが台座と床との間に出来た隙間に丸太をねじ込んだ。

 

「おい、二人とも離れてろよ」

 

ミレニウスは子供たちに声をかけると梃の原理で一気に丸太を押した。立像が傾き、派手な衝撃音を立てて倒れた。

 

「ああっ....ちょっと...そんな乱暴に扱っちゃぁ....」

 

カエルス少年が注意した。だがミレニウスはキョトンとした顔をした。

 

「ん?でもこいつ....どうせ溶かしちまうんだろ。同じじゃねぇか」

 

「ミレニウスさんは怖くないんですか?その...神々の祟りとか...」

 

「祟り?」

 

少年が言うと、彼は目を丸くして問い返した。だがすぐに肩をすくめて続けた。

 

「別に怖かぁねえよ。そもそもこれ以上祟られようがねぇしな」

 

俺はその言葉を不思議に思って彼の顔を見た。だがその時リラ嬢が声を上げた。

 

「ねえ!穴が開いてる!」

 

俺たちは一斉に像の台座の下にあった床に視線を向けた。そこにはぽっかりと、黒い穴が開いていた。

 

俺は身を屈めて覗き込んだ。どう考えても偶然に出来た穴ではない。よく見ると、下に降りる階段まで設えられている。

 

「.......やっぱな」

 

ミレニウスが呟く。

 

「やっぱ.....って?」

 

俺はますます不思議に思った。さっきから、この男の言動については不可思議なことが多すぎる。

 

「ねえ、探検しようよ!」

 

リラ嬢が叫んだ。カエルス少年は露骨に嫌な顔をした。俺は溜め息をつくと彼女を窘めた。

 

「お嬢様。俺たちの任務は女神像の回収であって洞窟探検じゃありませんよ。今考えるべきなのはこの立像をどうやって....」

 

だが、そう言っているうちにリラ嬢は穴に滑り込んで階段を降り始めた。

 

「ちょっと....お嬢様!」

 

俺は慌てて蝋燭に着火すると、後を追った。振り向くと、カエルス少年が怯えた顔で突っ立っている。

 

「連れ戻してくる。ミレニウスさん、悪いが、その子を....」

 

「ああ。わかった」

 

俺は安心すると、階段を降りていった。

 

階段を降り切ると、そこは天井の低い部屋だった。聖所と同じくらいの広さがありそうだ。天井にところどころ隙間があるせいか、僅かながら光が射し込んでいるが、それでも暗い。

 

「お嬢様!お嬢様!」

 

俺は叫んだ。もし彼女に行方不明にでもなられたら、町を揺るがす騒ぎになりかねない。俺は蝋燭を掲げて周囲を見回した。

 

「セヴルス!見て!変なものがある!」

 

リラ嬢の声が聞こえる。見ると、部屋の隅にある石の棺のようなものの前に彼女が立っていた。

 

「お嬢様。危ないことをされては困ります」

 

俺は苦情を言いながら彼女に歩み寄った。するとリラ嬢は目の前にあるものを指さしながら言った。

 

「ねえ、なんか文字とかも書いてあるよ。あんた読める?」

 

「ええ...?」

 

俺は暗い中目を凝らした。石の棺のようなものの表面に刻まれているのは古代文字だ。俺には訳の分からない図形にしか見えなかった。

 

「無理ですね。さ、行きましょ」

 

ところがリラ嬢は首を横に振った。

 

「じゃあカエルス呼んで?あいつなら読めるかもだから」

 

「えええ?」

 

俺はますます困惑して声を上げた。あの様子では彼は絶対に降りてこないだろうからだ。

 

「お嬢様、時間を無駄にするわけには行きません。日が暮れる前に町に帰らなければいけないんですから」

 

「ダメ。早く呼んで」

 

リラ嬢は耳を傾けない。俺はまた溜め息をつくと、階段まで引き返した。

 

「おおい、カエルス、ちょっと来てくれ」

 

少年が穴に顔を出した。表情が『嫌だ』と言っている。だが俺は繰り返した。

 

「いいから来てくれ。リラ嬢がお呼びなんだ。来ないと俺が下宿を追い出される」

 

すると少年は心から嫌そうな表情で躊躇していたが、やがて足を踏み出して階段を降り始めた。

 

少年の後から、ミレニウスもついてくる。左右を見回すと、彼はひとり納得したように頷いて言った。

 

「地下....ねぇ。大事なモンはこうやって隠すってわけか」

 

俺はミレニウスを見た。だが目が合うと、彼は何事もなかったように前を向いた。

 

「遅いよ。早く早く」

 

リラ嬢が急かす。カエルスは慌てて彼女に駆け寄った。そしてこの小さな女主人の指し示すところに顔を近づけて睨み始めた。

 

「読める?読めるんじゃない、あんたなら」

 

リラ嬢が言った。カエルスはじっと目を凝らし、目を擦ると、また目を凝らしていた。

 

「.......収集...機....」

 

少年は呟いた。俺は驚いてミレニウスと顔を見合わせた。

 

「おい、読めるのか?」

 

「ちょっとだけなら.....」

 

少年ははにかんで答えるとまた目を凝らした。

 

「収集機?....そうか。だからこっからパイプが伸びてるわけだ」

 

ミレニウスがやおら呟く。俺が顔を上げると彼は指をさした。石棺のようなものから管が何本か出ていて、それは壁に到達するとそこから上に伸びて天井を貫いていた。

 

「霊....気.....。ダメだ。これ以上はちょっと....」

 

カエルスは溜め息をつくと言った。

 

「霊...気?」

 

リラ嬢が尋ねると少年は答えた。

 

「わかんない。そう読むのが正しいのかもちょっと...。でも二つの言葉を合わせると...」

 

「この紋章...王家だよな」

 

ミレニウスが言った。石棺のような物体の端に紋章が彫られている。彼はまたこう呟いた。

 

「建前上は王家と神官たちは別々の組織だよな。こんなとこでこの紋章を見ると嫌な予感しかしねぇ......」

 

「ねえ、収集機ってなんだろう。なんで神殿の中にこんな機械があるのかなぁ」

 

その時リラ嬢が好奇心で瞳を輝かせながら呟いた。

 

だが、俺はそろそろ焦れてきた。謎解きをしたところで報酬は出ないからだ。

 

俺は咳払いし、皆に声をかけた。

 

「さあ、そろそろ立像の運搬をどうするかに戻ろう。まだ時間は早いから、今から町に走って増援を呼べば間に合うはずだ」

 

そう言うと、俺はカエルス少年を見た。

 

「どうだ、君がひとっ走り町に行って呼んできてくれないか?デメトリウスの工房に行って事情を話せば増援が来るはずだ。それで向こうに行ったら、君はもうそのまま帰ってもいいから」

 

「本当ですか?」

 

少年の目が輝いた。

 

「じゃ...俺らは外の空気を吸いながら待ってるってことでいいかな?」

 

ミレニウスが伸びをしながら呟いた。俺は頷いた。俺たち四人は階段を登ると、聖所の出口に崩れ落ちた石材を苦労して取り除けてから、廊下を抜けて前室に出た。

 

「じゃあ行ってきます!」

 

カエルス少年は外に向かって駆け出した。俺は前室の中をゆっくりと歩きながらミレニウスに尋ねた。

 

「ミレニウスさん....あんたやっぱりただの引退剣士じゃないよな。昔はだいぶ鳴らしたんだろ?」

 

すると彼はだるそうな顔で溜め息をついた。

 

「まあ...だいぶ昔にな」

 

「でもまだそんなに歳いってないよな?四十手前くらいにしか見えないし」

 

だが彼は取り合わずに手を振った。

 

「ま....歳なんてどっちでもいいだろ?それより早いとこ仕事を終わらせようぜ」

 

ところが、神殿の前庭から鋭い悲鳴が聞こえてきた。子供の悲鳴だ。

 

俺は顔を上げると剣を抜いて駆け出した。

 

円柱の間から飛び出し、前庭に出る。

 

その時目に入ってきた光景に、俺は驚愕した。

 

一面に武装した男たちが散開している。百名は下らない。

 

剣や槍だけではない。クロスボウを構えている連中までいる。

 

そして、兵たちの一人がカエルスの首根っこを捕まえ、剣を突き付けていた。

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