神殿の前庭に駆け出た俺の目に入ってきた光景に、俺は驚愕させられた。
一面に武装した男たちが散開している。百名は下らない。
剣や槍だけではない。クロスボウを構えている連中までいる。
そして、兵たちの一人がカエルスの首根っこを捕まえ、剣を突き付けていた。
「ヘヘヘ....大人しくしてもらおうじゃねえか、剣士さんよ」
武装集団の中央に立っていた男が言った。大柄の肥満体。薄汚い無精髭。
「セヴルスさん.........!」
カエルス少年が助けを求める絶望的な視線を俺に送ってきた。俺は顔を真っ赤にして叫んだ。
「やっぱり.....貴様ら盗賊団だな!恥というものがないのか、こんな卑怯な真似をして!」
「恥?なんのことかねぇ....まあいい」
肥満男は肩をすくめると、片手を上げて周囲の兵たちに合図した。
「片付けろ。それで早いとこご本尊を運び出すぞ」
すると、兵たちが動く前にリラ嬢が神殿の円柱の間から飛び出してきた。
「ちょっとあんたたち!こんなことをしたら町にいられなくなるわよ!」
リラ嬢はまなじりを決して肥満男を睨み付け、まくしたてた。
「パパにいいつけてやるから!パパは商工会議所の会頭だから全部の店に顔がきくのよ。あんたたち、お酒どころかパンも買えなくなるようにしてやるから!」
「んん?子供連れってのは...この坊主ひとりじゃなかったのか?」
肥満男は独り言を言うと、首を振った。
「あいにくな、お嬢ちゃん。俺らはそんなチンケな脅しでビビるようなモンじゃねぇ。死ぬ前に教えておいてやる。俺らは泣く子も黙る天下の..........」
その瞬間に、肥満男が固まって喋るのをやめた。そして彼は口を開けたまま、眼を大きく見開いた。
振り返ってその視線の先を見る。と、円柱の間からミレニウスが出てきたところだった。
肥満男は驚愕の表情を浮かべた。その額に汗が次々と浮かんできた。
「よぉウラヌスじゃねぇか。久しぶりだな」
ミレニウスは片手を上げると、相変わらず緊張感に欠けた語調で挨拶した。
肥満男は数秒の間口を開けていた。その唇がワナワナと震え始める。
俺は安堵よりも困惑を覚えた。以前から抱えていたミレニウスについての不思議がますます大きく膨らんだのを感じた。
この男......一体何者なんだ?
そして、それまで威勢よく笑っていた肥満男──どうやらウラヌスという名らしい──は、まるで喉に何か詰まったかのように声を失い、その巨体を小刻みに震わせている。
兵たちも異変に気づいたのか、ざわり、と武器を構えたまま互いに視線を交わす。
リラ嬢は状況が飲み込めず、ただミレニウスとウラヌスを交互に見ていた。
俺は剣を構えたまま、ミレニウスの横顔を盗み見た。だが相変わらず眠そうな顔だ。
「どッ...ど...ど...ど...ど...ど...ど...ど...どうしてお前がここに居るんだよ!」
ウラヌスはミレニウスを指さすと、やっとのことで言葉を発した。声が完全に裏返っていた。
「あぁ....まぁ...何ていうかよぉ」
ミレニウスは左手でボリボリと後頭部を搔いた。
「お前....引退したはずだろ!」
ウラヌスは苛立ちと困惑とを露わにしながら喚いた。まるで相場が暴落して儲けを失った相場師のような顔だった。そう言ったあと、肥満男は数秒息を鎮めてから続けた。
「お前...まさか.....王家に頼まれたんじゃねえだろうな?」
「え?いや...いやいやいやいや。まさか」
ミレニウスは手を振って否定した。そしてボソッと言葉を継いだ。
「そんなんじゃねぇよ。ただ...ちょっと気になったモンでよ」
「気になった?たったそれだけの理由で?」
ウラヌスはますます困惑していた。だが、肥満男は立ち直ったように首を振ると、再び人差し指をミレニウスに突き付けて言った。
「おい...いくらお前と言えどもこのヤマだけは譲れねぇからな。何しろこっちには人質ってもんがいるんだ。それにいくらお前だって、素人三人を守りながら百人の兵を倒すなんてぇ芸当はできねぇはずだ。そうだろ?」
「え?俺....いちおうプロなんだけど」
俺は思わず呟いた。だがウラヌスは聞いていなかったようだ。
「でだ。取引と行こうじゃねぇか。お前はこの神殿で見たモノを一切他人に漏らさない。そうすれば、俺はお前のお仲間に手を出さん。だが、もし一言でも漏らそうもんなら....」
「わかったわかった。それでいい。誰にも言わん」
ミレニウスはあっさりと片手を上げて同意した。
その語調のあまりの軽さに、ウラヌスはかえって調子を崩されてしまったように目をパチクリさせた。周囲の兵たちも、修羅場と流血と悲鳴を予期していたのが、まるで昼下がりの市場で交わされるような会話を聞かされて、拍子抜けしたように顔を見合わせていた。
だが、ウラヌスはようやく声を絞り出した。
「お、おい……本当にそれでいいのか……?お前、もっとこう……怒るとか、抵抗するとか」
ミレニウスは眠そうな目でウラヌスを見た。
「いや、別に。言わねぇよ。めんどくせぇし」
「め、めんどくせぇ……?」
ウラヌスの顔が引きつる。だがミレニウスは何か思いついたかのように顔を上げた。
「そうだウラヌス。取引のついでに頼まれて欲しいんだけどよぉ...五人ほど、貸してくんねぇか?」
* * * * * * * * * * * * * *
俺たちはウラヌスと呼ばれた肥満男の配下の兵士五名ほどに手伝わせ、アルテミス像を神殿から搬出し、街道まで運び出した。兵士たちは最後まで合点のいかない顔をしていたが、何も言わずに手伝ってくれた。
作業が終わったころには昼だった。俺とミレニウスはリラ嬢とともに街道で見張り番。カエルス少年は、リラ嬢が父親にあてた書きつけを持って町まで走っていった。この忌まわしいダンジョンから離れられることを心から喜んでいる様子だった。
「あの....ミレニウスさん。あんたっていったい...その....」
俺は携えてきたパンを齧りながら尋ねた。リラ嬢に一切れを渡すと、彼女も空腹だったのか勢いよく食べ始めた。心地よい風が吹き、街道の左右に広がる草原の草を揺らす。
「何者かって?見てのとおり、引退剣士さ」
ミレニウスは腰のポーチからスキットルを取り出して一口含むとボソッと呟いた。
「いや......あの....盗賊団の頭領と知り合いだったり...」
「あ....あれね。盗賊団っつうより傭兵団な。ウラヌス傭兵団っつってな.....」
「傭兵団?」
「ああ。金次第でどんな汚い仕事でもする。暗殺。誘拐。強奪。破壊。でも...ま...やってることからすると盗賊って言ってもあながち間違いじゃねぇけどな」
「なるほど」
俺は頷いた。俺自身はあくまで噂で聞いたことしかなかった。王立軍にいた俺からすれば、民間の軍事組織なんてものは怪しい奴らの集まりという印象しかない。
「ミレニウスさん、いつあいつらと知り合いに?」
「いつ?」
俺の質問にミレニウスは意外そうな顔をして問い返してきた。そして次に記憶を辿るように考え込んだ。
「いつ...いつ...」
パンを食べ終えたリラ嬢も不思議そうな目でミレニウスを見つめる。すると彼は顔を上げた。
「そうだそうだ。あいつの先々代のとき、魔物に包囲されて全滅しそうになってたのをちょっとだけ手伝ってやったっけ。あれが最初かな」
「先々代?それっておじいちゃんってこと?」
リラ嬢が声を上げた。するとミレニウスはバツの悪い顔をして手を振った。
「ま...細かいことはいいだろ。それより仕事が無事終わりそうで良かったじゃねぇか。セヴルス、お前も実績が一つできたしな」
「ねえ、おじさんって今いくつなの?」
リラ嬢が素朴な問いを発した。すると彼はますますバツの悪そうな表情になって答えた。
「ああ....いや...いくつだっけなぁ....ええっと」
「当ててあげる。ええっとね......三十八!ピッタシでしょ?」
リラ嬢が得意そうに言う。するとミレニウスは首を傾げた。だが彼は否定しなかった。
「んあ....ああ。そんなもんだっけな」
「ミレニウスさん、そしたら十代のときからバリバリの剣士やってたってわけかい?」
俺が尋ねるとミレニウスは少し慌てたように見つめ返してきた。そして言った。
「ん....そ...そうだな。結構早くから活動はしてたっけな....あんま覚えてねぇけど」
「恰好いい!じゃあ、もしかしてカエルスくらいの歳からダンジョンの冒険とかしてたの?」
「う....うん。そうそう....そうだった」
リラ嬢が盛り上がり、それに反比例するようにミレニウスの声が小さくなっていく。
ミレニウスの声がどんどん小さくなっていくのを聞きながら、俺はパンを噛むのを止めた。確信が胸に湧いた。
この男、絶対に嘘をついている。何かを隠している。
あの実力。異様なまでの肝の太さ。
だが、『何』を隠しているのかと問われれば、全く推測ができない。
リラ嬢が次々と質問を投げかけ、ミレニウスは頼りない語調でボソボソと答え、あるいは誤魔化す。そんな会話が続いていたが、やがてそれも終わり、俺たちは街道の脇の草地に座り込んで時を過ごした。
すると、街道の向こうから大きな馬車がやってきた。四頭立てだ。
馬車は俺たちの前で停まった。荷台からカエルスが飛び降りてきた。
「お待たせしました!」
「ずいぶん早いじゃないか。どうしたんだ?」
俺が身体を起こして尋ねると少年は顔を上気させて答えた。
「ちょうど町に向かう農家の荷馬車に乗せてもらえたんです」
荷台から、初老の男がよっこいしょと降りてくる。銀細工職人のデメトリウスだ。
「聞いたぞぉ、セヴルス。魔物が大勢いたんだってなぁ」
依頼主は近づいてきて俺の肩を叩いた。俺はやや照れ笑いするとミレニウスのほうを指さした。
「雑魚どもは殆ど俺が倒したんだけど、ご本尊をやっつけたのはこっちのミレニウスさんでね」
だが、ミレニウスは明後日の方向を向いて口笛を吹いている。
「報酬は銀の値段が決まってから連絡するからのぉ。よくやってくれた」
デメトリウスは言うと、運搬具を馬車から下ろした。彼は立像に手際よくロープをかけ、俺とミレニウスに指示して引っ張らせながら板の上をコロで転がすと荷台に乗せた。
その後、俺たちは馬車に乗り、リラ嬢は勝手知ったる様子で御者席の後ろに座を占めると叫んだ。
「さ、出発しよ!」
* * * * * * * * * * * * * * * *
馬車が走っている間、ミレニウスは腕組みをして幌の支柱に寄りかかり居眠りをしていた。あるいは居眠りしたフリをしていたのかも知れない。リラ嬢は機嫌良くしきりに御者に話しかけている。カエルス少年は不思議そうな目で俺とミレニウスを交互に見ていた。
とにもかくにも俺は安堵の念に浸った。予想外の連続だった初任務もようやくこれでひと段落だ。
歩きと違って馬車を走らせれば町まではさほどかからない。やがて俺たちは町の入り口を示す門に差し掛かった。
頭上にそびえる石造りの門を抜けると、だが、馬車は唐突に停止した。荷台の真ん中に鎮座した女神像が揺れるほどの急停止だ。
「どうした?」
俺は顔を上げて御者に声を掛けた。リラ嬢も身体を起こし前方を眺めている。
御者は怯えた声を出しながら前方を指さして言った。
「だ...旦那がた....あれ....」
目を上げた俺は信じがたいものを見て口を開けてしまった。
王立軍の兵士が整列している。槍兵の槍が立ち並んでいた。
閲兵式かパレードでもあるのか?俺は一瞬だが錯覚した。だが、兵士たちは皆こちらを向いている。
「包囲しろ!」
隊長らしき者の号令が聞こえた。兵士たちは一斉に動くとこちらに走り寄り、馬車を囲んで槍を向けてきた。
「降りてこい。セヴルス、およびミレニウス。貴様らを逮捕する」
隊長が呼ばわる声がした。
俺は愕然とした。
どうして?どうしてこうなるんだよ?