ミレニウス: 生き過ぎた男   作:nocomimi

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重要証人

「降りてこい。セヴルス、およびミレニウス。貴様らを逮捕する」

 

俺たちの乗る馬車は兵士たちにすっかり包囲され、隊長らしき者が呼ばわる声がした。

 

俺は愕然とした。

 

どうして?どうしてこうなるんだよ?

 

カエルス少年は困り果てた様子。リラ嬢も俺とミレニウスを交互に見ている。俺はひどく困惑したまま、両手を軽く上げ馬車の荷台から飛び降りた。だがミレニウスは相変わらず眠そうな目をしていた。

 

「……あーあ、やっぱり来たか」

 

彼は溜め息をつくと俺の後に続いて荷台から降りた。たちまち兵士たちが駆け寄ってきてこちらに槍を突き付ける。先ほどの傭兵どもと違い、服装や装備が揃っているだけでなく動きもキビキビしている。

 

「武装を取り上げろ。縄で縛るんだ」

 

隊長らしき者が声をかけた。だがその時だった。

 

「待て。私が話す」

 

隊列の後ろから誰かが出てきた。

 

見ると、磨き抜かれてひときわ輝く兜と鎧を身に着けた背の高い男が進み出てきて俺たちの前に立った。俺は一目でわかった。千人隊長。俺がいた部隊でもそうそうお目にかかれなかった、文字通り『雲の上』の将校だ。

 

「はっ.....」

 

先ほどから号令をかけていた者はどうやらランクが下の百人隊長だったようだ。大人しく引き下がると場所をあけた。

 

その男が馬車の前に立つと同時に、周囲の空気がやや変わった。兵士たちの背筋が自然と伸び、槍の穂先がわずかに揺れて静止する。

 

「私は千人隊長コルネリウスだ」

 

男は静かな声で名乗った。

 

「どうも。ミレニウスです」

 

ミレニウスは相変わらず緊張感のない声で自己紹介した。

 

「同行してもらおう。我々としてはことを荒立てる気はないが、君たちが神殿の内部で見聞きしたことについて二、三尋ねたい」

 

千人隊長はハキハキした口調で言った。だがミレニウスは困った顔をした。

 

「あぁ...そりゃちょっとなぁ....。ウラヌスと約束しちまったもんでね」

 

そう言ったあと、ミレニウスは慌てて口をつぐんだ。

 

「ウラヌス?」

 

その名を聞くと千人隊長はたちまち目を細めた。

 

「奴が噛んでいるのか。相変わらず潮目をよく読む男だな」

 

彼はそう言うとミレニウスの背中に手を添えた。

 

「来たまえ。君だったら理解できるだろう。あんなゴロツキに義理立てしてもロクなことにはならん。我々に協力するんだ」

 

だが、ミレニウスは迷っていた。

 

「あぁ...でもなぁ。悪ぃけど...タダってわけにゃいかねぇんだよなぁ.....こっちも条件がある。言っていいか?」

 

「貴様!立場をわきまえろ!こっちは王立軍だぞ」

 

脇に控えていた百人隊長が怒鳴る。だが千人隊長は手を上げて制止した。

 

「聞こう。なんだ?」

 

「中にいる二人の子供たちを保護してやってくれねぇか。もしあの子たちがウラヌスに狙われることになったら....」

 

「わかった。いいだろう」

 

ミレニウスが言うと千人隊長は頷いた。

 

「その二人も重要証人として王立軍の保護下に入れよう。精鋭の護衛をつける」

 

千人隊長の返答は早く迷いがない。その瞬間、周囲の兵士たちがざわりと揺れた。

 

「そんな簡単に....」

 

「子供を『重要証人』に?」

 

すると百人隊長がオドオドした調子で尋ねた。

 

「コルネリウスさま。こ...こんな一介の剣士の言うことに...なぜです?」

 

だが、千人隊長は彼を見据えると、ほんの少しだけ首を横に振った。有無を言わせぬニュアンスだった。

 

「形式だけだ。武装は預からせてくれ」

 

コルネリウスが言う。ミレニウスは肩をすくめ、装備ベルトから剣を外した。他の兵士たちが俺のところにもやってきて、剣を取り上げていった。

 

リラ嬢とカエルス少年も荷台から降りてきた。その後ろから、銀細工職人のデメトリウスが混乱と困惑を顔いっぱいに浮かべながら頭を出して周囲を見回した。

 

「お前たちは行け。今あったことは一切他言無用だ。わかったな?」

 

百人隊長が言うと、デメトリウスは何度も何度も頷いて顔をひっこめた。御者が馬に鞭をあて、馬車が出発した。

 

俺たちは王立軍の馬車に乗せられ、駐屯地まで連行された。

 

* * * * * * * * * * * * * * * * *

 

街道から駐屯地へ向かう馬車の中は外のざわめきとは対照的に、妙に静かだった。

 

リラ嬢は不安げに膝を抱え、カエルス少年は落ち着かない様子で何度も小窓から外を覗く。

 

俺はというと、胸の奥に重い石を抱えたような気分だった。

 

──どうしてこうなった。

 

依頼をこなし、像を回収し、町へ戻るだけのはずだった。

 

なのに今は、王立軍の馬車に揺られ、『重要証人』として連行されている。

 

ミレニウスはというと、馬車の壁にもたれ、腕を組んで目を閉じていた。

 

眠っているのか、考え込んでいるのか、判別がつかない。

 

だが、ひとつだけ確かなことがある。

 

千人隊長コルネリウスは、ミレニウスと話すとき、あたかも千人の兵を指揮する自分と対等であるかのように気を遣っていた。

 

一体こいつは何者なんだ?俺の胸の中の疑問は膨らむばかりだった。

 

そうこうしているうちに馬車は街はずれの駐屯地に辿り着いた。

 

俺にしてみれば前職の職場だ。

 

兵士たちに促され、降りてみると、見慣れたバラックが立ち並んでいる。

 

俺は、顔見知りがいるかも知れないと思い、周囲を見回した。

 

だが、馬車を先導してきた者たちを含め、周りにいる兵たちの雰囲気がどこか違う。

 

甲冑も武器も俺が支給されていたものと同じだが、どこか新しい。

 

それに、動きも機敏で、上官の命令への反応速度が段違いに早い。

 

もしや....?

 

俺は馬から降りてきたコルネリウスを見上げた。

 

「千人隊長どの....あの...もしかして彼らは王家直属師団でしょうか?」

 

それを聞いた千人隊長は一瞬俺を見たが、何も答えずに視線を逸らした。

 

「行くぞ。不自由はさせぬつもりだが、暫くは兵舎の中にいてもらう」

 

彼はそう言うと部下に手で合図した。周囲を取り囲む兵たちのうち一人が顎をしゃくる。俺たちは大人しくついていった。

 

兵舎へ向かう道は、見れば見るほど俺が知っている駐屯地とはまるで違って見えた。

 

同じ造りのバラック。同じ石畳。同じ訓練場。

 

だが、そこに立つ兵士たちの質が違う。

 

歩哨の姿勢は微動だにせず、視線は鋭く、歩く者の足音ひとつ乱れない。

 

──王家直属師団。俺が王立軍にいた頃、噂でしか聞いたことのない最精鋭。

 

王家の命令だけで動き、その忠誠心は比類なく、死に至るまでも王家に絶対服従。

 

そんな連中が、なぜ地方の駐屯地に?

 

俺は、考えたあと、背筋が寒くなった。

 

駐屯地丸ごとが入れ替えられてしまうほど、これらの精鋭が大量に配属されてきたということは。

 

絶対に何かが起こる。それもこの地方で。

 

戦争か?厄災か?

 

後ろを歩くリラ嬢とカエルス少年も心細そうな顔をしている。俺と目が合うと、リラ嬢は『ミレニウスに何か質問しろ』と言いたげな視線を送ってきた。

 

俺はミレニウスを見た。だが彼は相変わらず眠そうだった。

 

「ミレニウスさん....あんた....何か知ってるのか?」

 

「いや、今は言えねぇ。...........悪ぃなセヴルス」

 

彼は即答した。珍しく断定的な口調だった。

 

そうこうしているうちに、俺たちは士官たちが事務所として使う大きな建物の前に来た。入口を守っていた兵たちが扉を開く。千人隊長の先導で俺たちは中に入っていった。

 

廊下を通り抜け、突き当たりの扉を兵たちが開けると、千人隊長は俺たちを中に入らせ、後ろ手に扉を閉めた。

 

「座りたまえ」

 

彼は俺たち四人に勧めた。俺は手近にあった椅子を引き寄せて座った。他の三人も同じようにした。だが千人隊長は立って腕組みをしたままだ。

 

「まず確認させてもらう。君たちはアルテミス神殿の地下に入ったか?はいかいいえで答えろ」

 

俺は恐々とミレニウスの表情を伺った。だが彼は深いため息をついて呟いた。

 

「ああ。入ったよ」

 

「そこで何を見た?」

 

「.....何って言われてもなぁ」

 

問われたミレニウスは後頭部をボリボリと掻いた。リラ嬢とカエルスは固唾を飲んで見守っている。俺も喉がひどく乾いた。

 

するとコルネリウスは一歩前に出た。

 

「曖昧な答えはいらん。見たものを、そのまま言え」

 

「ええっと....」

 

ミレニウスは顔を上げた。

 

「棺桶みてぇな箱にパイプがいくつもついてたな。それ以外は特に....」

 

「表面に文字か紋章は書いていなかったか?」

 

コルネリウスは矢継ぎ早に問う。ミレニウスは困惑した顔で言葉を探していた。するとカエルス少年がおずおずと手を上げた。

 

「あの.....『霊気収集機』って..........それから王家の紋章も....」

 

千人隊長はやや驚いた様子で眉を上げ、少年を見据えた。

 

「それは確かか?君は古代文字が読めるのか?」

 

「はい....僕の伯父は学者で、教わったことがあるんです。でも...紋章のことはミレニウスさんが.....」

 

「ふむ」

 

コルネリウスは片手を顎に当てると目を細めた。そして机に歩み寄ると、紙を一枚取り上げ、ペンとともにカエルス少年に渡した。

 

「見たとおりにできるだけ詳しく書いてくれ。目算で構わないから大きさもだ」

 

「は....はい」

 

カエルス少年は戸惑いながらも紙を受け取り、応接机の上に置くとスケッチを描き始めた。リラ嬢はその隣で覗き込み、「この文字はもうちょっと下じゃない?」とか、「下手くそね。うちが書いてあげようか?」とか茶々を入れている。

 

「なあ...隊長さん....」

 

ミレニウスは迷い気味に口を開いた。

 

「あの...できればよぉ...。この子らはあまり巻き込まないでくれないか....」

 

「無論だ。聴き取りが終わったら安全な部屋で待機させる。そして事件が片付いたら解放する」

 

コルネリウスは即答する。だがミレニウスはそれでも納得いかない顔をしていた。

 

だが俺は疑問に耐え切れず口を開いた。

 

「千人隊長どの。その....『事件』っていったい...........」

 

「君には関係のないことだ、セヴルス。いや、むしろ知らないでいたほうが良い」

 

千人隊長はにべもなく答えた。

 

だがミレニウスは少し落とした声で呟いた。奇妙によく通る声だった。

 

「隊長さん。その『事件』って奴....そう簡単に片付くと思うかい?」

 

それを聞いた千人隊長は一瞬息を呑んだように見えた。だが彼はすぐに顔を上げると、断固たる口調で言った。

 

「我々は鍛えられている。ゴロツキどもとは違う」

 

「いや......ウラヌスの奴、いくら金になるからって単独で動けるとは思えねぇだろ?だから裏で糸を引いている奴が.....」

 

ミレニウスが言うと千人隊長は手を上げた。

 

「悪いが際限のない推測に付き合うつもりはない。聴き取りが終わったら、別室でゆっくりしてくれ。その時に仲間内で話をすればよかろう」

 

「できました」

 

カエルス少年が仕上がったスケッチを千人隊長に渡した。彼はそれを一瞥すると頷いた。

 

「ご苦労だった。....おい、連れていけ」

 

千人隊長は扉を開けて兵を呼び入れた。兵たちは俺たちを先導して執務室から連れ出すと、今度は建物から出てバラックの一つに向かっていった。

 

道すがら、俺は感じた。周囲にいる兵たちが緊張感に溢れているのは、ただ精鋭であるからというだけではない。

 

もうすぐ実戦が控えている。

 

その意識が、彼らをして機敏に動かせしめている。間違いはない。

 

あのコルネリウスもそうだ。『我々は鍛えられている』と言い放ったときの彼の口調。

 

それは、これから剣と、血と、衝突が待ち受けていることをよく理解している者の口調だ。

 

胸騒ぎが止まらない。

 

俺たちは一体何に巻き込まれてしまったんだ?

 

「……ここだ」

 

先導していた兵士が立ち止まり、バラックの扉を開けた。

 

中は簡素な造りだが、流しやテーブルなど最低限の家具が揃っている。

 

「ここで待機してもらう。食事と水は後で運ぶ。外には出るな。用があれば扉を叩け」

 

俺たちを中に入れると、兵士がそう告げて扉を閉めた。そして外側で金属の閂が落ちる乾いた音がした。

 

リラ嬢が肩をすくめる。

 

「うちら完全に閉じ込められちゃったね。ま...面白いっちゃあ面白いけどさ」

 

俺は呆れ果てて溜め息をついた。この少女はどこまで神経のタガが外れているのだろう。

 

一方、哀れカエルス少年は不安げに周囲を見回していた。

 

ミレニウスは部屋の中央まで歩いていくと、テーブルに手を置き、軽く叩いた。

 

「セヴルス。お前のカン、当たってるよ」

 

俺は思わず振り返った。まるで心を読んだかのような言葉だ。

 

「どういう意味だ、ミレニウス?」

 

ミレニウスは眠そうな目を細めた。

 

「こりゃ戦さになるぞ。それも.......大きいヤツだ」

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