「――――ブーケさんのこと、ですか?」
カレンブーケドールの同期で、既にトレーナーが決まっている子――――クロノジェネシスと、グランアレグリア。その二人に、彼女について聞いてみることにした。
とはいえ、ラヴズオンリーユーを含めて4人でいるタイミングが多いので、カレンブーケドールと会わないだろうタイミング、トレーニングの休憩時間に押しかけるような形になってしまい非常に申し訳なかったのだが。
クロノジェネシスは嫌そうな顔ひとつせず――――むしろどこか安心したように首を振った。
「いいえ、むしろ良かったです! ブーケさんは、その……優しすぎるくらいに優しいところがあるので……ちょっと心配で」
なるほど。
じゃあやっぱり負けて落ち込んでいる子たちをどこか気にしていたのは勘違いではなかったらしい。
「……あっ、じゃあ貴方があの――――」
「あの?」
なんだろう。
何かやらかしていなければいいのだが……。新人トレーナーとしては、ちょっとした風聞が命取りになると教え込まれている。なのでそんな風に言い淀まれるととても怖い。
「あ、い、いえ。なんでも」
「……そう言われると、気になるんだけど」
「え、ええっと……ブーケさんが『優しいトレーナーさんがいた』と、おっしゃっていたので……貴方のことかなぁ、と」
……む。それはなんというか、過大評価というか……。
自分としては仕事の範疇だし、トレーナーとしても年頃のウマ娘の難しいメンタル面を考慮してなるべくほめて伸ばす方針にしたいところ。
そんな葛藤が顔に出てしまったのか、クロノジェネシスはくすっと笑うと「ブーケさんに困った顔がそっくりですよ」と言った。
…………。
カレンブーケドール。彼女も、過大評価だと思っているのだろうか?
あるいは――。
………
……
…
「―――――それは、マイルールですね!」
「マイルール」
ドドーン! と放たれたグランアレグリアの鋭い末脚…もとい断言に、思わずオウム返しになってしまった。
しかし天才肌で、なんでもこなせる彼女の言葉には不思議と説得力がある。
「ちなみに、マイルールって?」
「マイルールは、自分で『これだ!』って思ったルールのことですね。あたしだったら食事はサラダから! とか、トレーナーさんの選び方まで! そうすれば元気100マイル! 全部マイルールです!」
なる、ほど?
さては頭マイルだなこの子……。
ウマ娘の天才肌には割とよくある。らしい。
頭バクシンとか、頭チョクシンとか、頭ダイヤモンドとか、頭オーロラとか。拘りが強いタイプである。クセウマ娘とか言われたりしなかったり。
「ブーケちゃんのマイルールは……あたしの想像ですけど」
「けど?」
「あなたに似てる、気がします」
「……俺に?」
「後は、ブーケちゃんに聞いてみてください!」
「えっ」
それができないから頼ってるのに!?
「じゃああたしはマイルールがあるので!」と走り去るウマ娘に追いつくのは現実的ではない。……ラヴズオンリーユーはまだトレーナーがついていないらしいので、スカウトと勘違いさせてしまうことは避けたい。
……つまり、直接話すしかない…?
「場所はー!?」
「たぶん花壇ですー!」
花壇……可憐な彼女には、確かに花が似合うかもしれない。
この決心が揺らぐ前に、と急いで向かってみることにした。
………
……
…
――――――そこにあったのは、華やかな光景ではなかっただろう。
手を土塗れにしながら、まだ咲いていない花のために雑草を丁寧に抜いていく。
汚れるからだろう体操着姿で地道な手入れをしているカレンブーケドールの姿があった。
俺は驚かせないように、少し離れた位置から声を掛けた。
「ごめん、少しいいかな」
「…――――はい。……えっと――――あなたは」
ちょっと驚いたように目を見開いた彼女に、隣に行ってもいいか尋ねる。
「それは――――大丈夫ですが。……その、土仕事をしているので――――」
そこまで言うと、彼女は残った雑草に目をやって、少しだけ考えてから言った。
「今は――――汚れてしまうかと。少しだけ、待っていただいても――――?」
「いや、手伝わせてほしい」
袖を捲り、カレンブーケドールから少しだけ離れた場所に屈んで雑草を抜いていく。彼女がしていたように、根を残さないよう丁寧に。花の根を傷つけないように慎重に。
「…………あの――――ありがとう、ございます」
「ごめんね。慣れてないから、気になるところがあったら教えて欲しい」
一応、年上のトレーナー相手だと何かミスがあっても注意しにくいかもしれない。そう思ってあらかじめ言っておくと、カレンブーケドールは「くすっ」と上品に微笑んだ。
「……いいえ。……凄く、優しくして頂いて。きっと、お花も――――喜んでいると、思います」
「そっか。それなら良かった。……できる限り、君のやり方を真似てるつもりではあるから」
「……えっ」
これでも中央のトレーナー!
流石に巨大きぐるみを自作したり、段ボールで超高速直滑降をするような変態トレーナーではないが、動作分析には一家言ある!
花を傷つけないように、綺麗に咲いてくれるように、丁寧で優しく手入れしているお手本がいるから、とてもやりやすい。そう伝えると、カレンブーケドールは少し照れたように笑った。
「……ふふっ。ありがとう、ございます――――これでも、慣れていますから…」
しばし、無言の時間が続いた。
黙々と、雑草を抜いて、花壇を整えて。その間に、考えも整理して。
一区切りがついたところで、声を掛けた。
「スカウト、断ってるんだね」
「――――…っ、はい……」
「理由を、聞いても良い?」
「……それは――――その」
言い淀むカレンブーケドール。
もちろん、GⅠ級の力がある――――と、勝手に思っている――――彼女であれば、少しでも良いトレーナーを選びたいのは当然だと思う。
―――むしろ、最初の走りに魅せられたトレーナーとしては、少しでも良いトレーナーについてもらいたかった。
カレンブーケドールは悩む様子を見せながらも、ぽつりと話しだした。
「――――…私は、『調和』が好きです。この花壇のように――――皆がそれぞれ、輝いている――――そんな、花束のような――――…華やかなレースの一部になりたい……そう、思っていたんです」
「…――――でも、その…―――実際に注目されるのは、数人だけで――――」
……それは―――――そうだ。
レースという残酷な競技の世界では、本当にごく一部のウマ娘だけしか脚光を浴びることはできない。全員が注目されるなんてGⅠの、それこそ日本トップクラスのレース……ジャパンカップやグランプリレースくらいのものだろう。
模擬レースの後などは特にそれが顕著で。
それこそ1着か、良くて2着、3着くらいでないとスカウトなど夢のまた夢。
「最初の模擬レースの後…………悲しそうな、悔しそうな子たちばかりで――――私の求めていた『調和』は――――見つけられなくて……」
「……それで、悩んでた?」
「……はい」
きっとそれがこの前のレースでの出遅れと、不調に繋がったのだろう。
そして、クロノジェネシスから聞いていた人物像からすると、好走できなかったからスカウトは減ると思ったのだろう。実際は、1着、2着の子よりも人気になってしまうという大変不本意な結果だったのだろうけれど――――。
「……話したら、少し、すっきりしたような気がします――――ありがとうございます」
寂し気に微笑む彼女に、かけてあげる言葉はまだ、見つからなかった――――。