「剣とは、命を繋ぐためのものだ」

彼はそう言った。
魔族は、その意味を理解できなかった。


魔族は人間の心を理解できない。
それでも剣だけは、本物だった


これは、人を知らぬまま剣に生きた魔族の物語。



この作品は丹羽にわか https://syosetu.org/user/205410/ さんの「フリーレンにコロコロされる魔族オリ主杯 」に参加させてもらっています。

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寄って、斬る。それだけしかできない魔族

勇者ヒンメルの死から二十九年後。

北側諸国ダッハ伯爵領の滅びた村にて

 

 

フリーレン達はダッハ伯爵からの依頼で一家に伝わる家宝の宝剣を魔族から取り返してほしいという依頼を受けていた。

数日を掛けて魔族の逃げた方角に向かい、酷く荒れた村へと辿り着いた。

 

 

そんな中、荒れ果てた村の中に一人の人影があった。旅の僧侶を名乗るその人物は、フリーレン達に事情を説明した。この村は剣の魔族に襲われて全滅したこと、自分はたまたま通りかかっただけの旅人であること、哀れな村人達を弔うために祈りを捧げていたこと。

僧侶は穏やかな表情で語り、最後にこう付け加えた。

 

 

「冒険者様方も、どうか祈っていってはくれませんか」

 

 

戦いは、あっけなく終わった。

フリーレンに墓の下には村人の死体は埋まっていない事を見抜かれた旅人の僧侶——剣の魔族は、観念したように仮面を脱ぎ捨てた。剣の魔族は、言葉を捨てて剣を構えた。

 

しかし魔族の剣がフリーレン達に傷をつけるよりも早く、フリーレンの魔法がその身を貫いていた。

 

断末魔の叫びすら上げる間もなく、剣の魔族は魔力の粒子となって霧散していく。村を滅ぼした脅威は、千年を生きる魔法使いの前では、ほんの一瞬で消え去る程度の存在でしかなかった。

風が吹き、魔族だったものの残滓を散らしていく。

 

「剣を使う魔族というから、少し身構えましたが」

「ああ」

 

フリーレンは、魔族が消えた場所を見つめていた。

 

「弱かった」

 

その声には、どこか落胆のような響きがあった。

 

「フリーレン様?」

「……いや、何でもない」

 

フリーレンは視線を外した。

 

(剣の魔族、か)

 

あの構え、あの間合いの詰め方、どこかで見たことがある

そう思った瞬間、別の記憶が蘇った。

まるで比較にならない

 

あの魔族は、剣を持っていただけだ

剣士ではなかった。

 

本物の剣の魔族は、もっと、遥かに。

フリーレンは首を振り、歩き出した。

 

そして宝剣を回収し、ダッハ伯爵へと返し「赤リンゴを青リンゴに変える魔法」の魔導書を手に入れた後の話である。

 

火山地帯でもあるエトヴァス山地へ向かうための物資の補給をしている最中の事であった。

 

 

街中の武器屋の前を通りかかった時、シュタルクが足を止めた。

 

「おお……」

 

店先に飾られた剣に見入っている。六本の剣が円を描くように並べられた展示だった。

 

「どうしたの」

 

フリーレンが振り返る。

 

「いや、珍しい飾り方だなって」

 

シュタルクが指を差す。六本の剣は全て異なる形状で、まるで生き物のような流麗な曲線を描いていた。

 

「これは…」

 

フリーレンの足が、止まった。

六本の剣。扇状に広がる配置。

 

さっき、考えていたことがまた、蘇る。

フリーレンの視線が剣に固定される。

フェルンが不思議そうに師匠を見た。

 

「フリーレン様?」

「……昔、こういう剣の使い方をする魔族がいた」

「魔族?」

 

シュタルクが驚いた声を出す。

 

「魔族が剣を?あの剣の魔族みたいに?」

 

「いや、さっきのはただ剣を持っていただけ。あの魔族とは比べものにならない程、あいつは武を極めた魔族だった」

 

 

フリーレンは剣から視線を外さない。

 

「彼女の名前は『武神』クリンゲ」

 

「最初に会った時は、六本だった。でも……最後に会った時は、七本になっていた」

 

フリーレンが呟いた。

フリーレンの視線が、展示された剣を数えるように動く。

シュタルクが首を傾げる。

 

「一本増えたってことか?」

 

「そう」

 

フリーレンが空を見上げた。灰色の雲が流れていく。

 

「あの一本には特別な意味があった」

 

「さっきの魔族を見た時、少しだけ思い出した」

 

「似ても似つかなかったけどね」

 

 

それ以上は語らず、フリーレンは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「懐かしいな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿の食堂。夕食を終えた三人はフリーレンとシュタルクは温かい紅茶、フェルンはハーブティーを飲んでいた。

他の客の姿は数える程しかいなく、カウンターの奥で店主が静かに食器を片付けている音だけが響いていた。

 

壁に掛けられたランプの炎が時折揺れ、三人の影を緩やかに伸び縮みさせる。窓の外では、日が完全に落ちた街並みに、ぽつぽつと明かりが灯り始めていた。

 

シュタルクとフェルンは顔を見合わせた。

 

「武神……クリンゲ?」

 

シュタルクが首を傾げる。

 

「聞いたことないな。有名な魔族なのか?」

「いや、今じゃそんなに有名じゃない。少なくとも、人間の間では」

 

 

フリーレンは淡々と続ける。

 

 

 

 

 

「魔王軍に属していなかったから。歴史書にもほとんど載っていない」

「魔王軍に属していない魔族……」

 

フェルンが眉をひそめる。

 

 

「珍しいですね。大抵の強力な魔族は、魔王軍に所属していたはずです」

「クリンゲは変わり者だった。魔族のくせに、剣だけで武神と呼ばれる程には、ね」

「剣で勝負する魔族?」

 

 

シュタルクが驚く。

 

「そんなのがいたのか?」

 

シュタルクは身を乗り出し、テーブルに肘をついた。フェルンもカップを置き、背筋を伸ばしてフリーレンの言葉を待っている。

 

フリーレンは淡々と続ける。

 

六本の剣を同時に操る魔法(ゼクスクリンゲ)という魔法を使った。それと、『心眼』という技術も、あとは剣術だけだよ」

「六本の剣を同時に操る魔法?一体どのような魔法なのですか?それに心眼って」

 

フェルンが魔法について反応する。

 

「六本の剣を生成して、操り、自由に攻撃する魔法だよ。それぞれの剣が独立した軌道で敵を襲う。剣は尋常じゃない速度で敵を襲い、そのまま敵を貫く。並の戦士や魔法使いでは反応すらできないだろうね」

「……恐ろしい魔法ですね」

 

「生成した剣は浮かせるだけじゃなく、自分で握って使うこともできる。クリンゲ自身が開発した戦闘魔法だよ」

六本の剣を同時に操る魔法(ゼクスクリンゲ)……それって結局、魔法使いじゃないか?」

 

シュタルクが素朴な疑問を口にする。

 

「何で?」

「だって、剣を魔法で飛ばしてるんだろ?なら魔法使いだ。俺が戦うなら、本体を狙うね」

 

シュタルクの言葉は、戦士として理にかなっていた。

魔法で武器を操る魔法使いは珍しくない。そして、そういう相手の対処法は単純だ。術者本体を潰せばいい。飛んでくる武器は無視して、一気に間合いを詰める。

シュタルクの師、アイゼンもきっと同じ事を言うだろう

 

「違う」

 

フリーレンが即答した。

 

「普通の魔法使いなら、剣を飛ばすだけで満足する。でもクリンゲは違った。

あの六本の剣は全部、剣術として振るわれていた」

 

「剣術として?」

 

「剣の軌道、間合いの詰め方、フェイント……全てが剣士の動きだった。

魔法はあくまで『腕を六本に増やす』ための手段。本質は純粋な剣技」

 

シュタルクの表情が変わった。

戦士として、その意味が分かったのだろう。

フリーレンが目を伏せる。

 

「それって……」

「そう。本体を狙おうとしても、六人の剣士に囲まれてるのと同じ。しかも全員が達人級」

 

 

 

「だから『武神』なんだよ。クリンゲは魔法使いとしてではなく、剣士として恐れられた」

 

シュタルクが、無意識に自分の斧の柄に手を置いた。

六人の達人に同時に囲まれる。

想像するだけで、背筋が冷たくなる。

 

「……俺、そいつとは絶対に戦いたくないな」

「私もだよ」

 

フリーレンが、静かに言った。

 

「できることなら、二度と会いたくなかった」

 

フリーレンの手が、カップの縁を無意識に撫でている。その視線は紅茶の水面を見つめているようでいて、もっと遠くの何かを見ていた。

 

フリーレンが自分の背中を指さす。

 

「こう、扇状に開くように展開されていた。開くというより、浮かせて使う」

「浮かせる?」

「クリンゲの剣は、彼女の魔力と同調していた。手で握らなくても、念じるだけで動かせる」

 

フェルンの目が細くなる。魔法使いとして、それがどれほど高度な技術か理解している。

 

「物体を魔力で操作する魔法は存在します。でも、六本同時に、しかも精密な戦闘に使えるレベルとなると……」

「普通は無理。魔力の同調だけで何十年もかかる」

 

フリーレンが頷く。

 

「クリンゲはそれを、千年以上続けていた」

「千年……」

 

シュタルクが息を呑む。

 

「そんなに長く生きてたのか」

「魔族は長命だからね。多分私より年上だった」

 

そう言い終えるとフリーレンはクリンゲのもう一つの技について説明した。

 

「そして、もう一つある」

「心眼ですね」

「その通り」

 

フェルンが答える

 

「心眼はね……目を閉じて戦う技。クリンゲは目を閉じた方が強かった」

「目を閉じて?」

「そう、目を閉じてね」

 

フリーレンの表情が、僅かに曇った。

 

 

「目を閉じた方が、強い剣士もいる。ただ、それだけ」

 

 

フリーレンはそれだけ言った。

フェルンが真剣な表情になる。

 

「それほどの魔族を…フリーレン様が」

「倒した。魔王を討伐する少し前に」

 

フリーレンは紅茶を一口飲む。

 

「私がクリンゲと最初に会ったのは、七百年以上前」

 

フリーレンが話し始める。

 

「私がまだ三百歳くらいの頃。ヒンメルたちと出会う、ずっと前」

「三百歳……」

 

フェルンが呟く。三百歳のフリーレンというのは想像しづらい。今のフリーレンと何が違うのだろう。

 

フェルンは目の前の師を見つめた。変わらぬ幼い容姿。しかしその瞳の奥には、途方もない時間の重みが沈んでいる。

 

もっとも、普段のフリーレンはミミックに頭から食われて縦ロールになったり、菜食主義者が卒倒しそうなステーキの山盛りを平然と頼んだりもする。

千年を生きた魔法使いとは思えない姿だがそれでも魔王を倒した一行の一人なのだ。

 

フェルンは、そんな師匠の話に静かに耳を傾けた。

 

「当時の私は、今よりずっと未熟だった。魔力の制御も今よりも甘かったし、戦闘経験もそこまで多くなかった」

「フリーレン様にも、そんな時代があったんですね」

「当たり前でしょ。最初から強い者なんていない」

 

外の風が屋根を揺らす音だけが時折静けさを破る。フリーレンの声が再び静かな食堂に響き始める。

 

「その頃、私は魔族を追っていた。人里を襲った魔族がいて、その痕跡を辿っていた」

「それがクリンゲだったんですか?」

「いや。違った」

 

 

フリーレンが首を振る。

 

「私が追っていた魔族は、既に死んでいた」

「死んでいた?」

 

シュタルクが眉をひそめる。

 

「誰かに殺されたのか?」

「そう。斬り殺されていた」

 

フリーレンの声が低くなる。

 

「魔法の痕跡はなかった。純粋な剣技で、魔族を殺していた。私はその場所で、斬った側の魔族と遭遇した」

「魔族が魔族を斬り殺した……?」

 

フェルンが信じられないという顔をする。

 

「魔族同士が争うことは珍しくない。だけど、剣だけで魔族を殺すのは、普通じゃなかった」

「それがクリンゲだった。黒い鎧を着た、長身の女性の魔族。」

 

 

 

シュタルクが息を呑む。

 

 

「最初に会った時、クリンゲは私に名乗った」

「魔族が自分から名乗るのは珍しいですね」

「そう。普通の魔族は名乗らない。名前は弱点になり得るから」

 

フリーレンの声に、僅かな感慨が混じる。

 

「でもクリンゲは違った。堂々と名乗り、私の名前も聞いてきた。まるで、対等の武人に出会ったかのように」

 

「それで、戦ったんですか?」

 

フェルンが尋ねる。

 

「戦った」

 

フリーレンが即答する。

 

「結果は惨敗。魔法も全然だめ。」

「フリーレン様が完敗……」

 

フェルンが驚く。彼女の知る限り、フリーレンは最強の魔法使いだ。その彼女が完敗したという。

フリーレンの声が、少し硬くなった。

 

「私が追っていた魔族はクリンゲがそいつを剣一本で殺していた。六本の剣なんて、出す必要もなかったみたいに」

「……」

「でも私には、最初から全力で襲ってきた」

 

シュタルクが首を傾げる。

 

「それって……褒められてるのか?」

「どうだろうね。『お前は本気を出す価値がある』って意味だったのかもしれない」

「七百年前は、どう戦ったんだ?」

 

シュタルクが訊いた。

 

「あの時クリンゲは、生成した剣を一本手に持って、残りの五本を浮かせて戦っていた」

 

フリーレンの目が、遠くを見た。

 

「正面からはクリンゲ、背後からは五本。六方向から同時に斬りかかられた。私の魔法は全部見切られて、近づくことすらできなかった」

「七百年後に会った時は、浮かせる剣が六本に増えていた。手に持つのは師から継いだ七本目だけ。戦い方が、変わっていたんだ」

「変わっていた?」

「七百年前は、自分も剣を振るいながら戦っていた。でも最後に会った時は、浮かせた六本に全てを任せて、七本目だけを構えていた」

 

フリーレンが紅茶を一口啜った。

 

「より洗練されていた。無駄が削ぎ落とされていた」

 

フリーレンが肩をすくめる。

 

「七百年前の私は弱かった。今の私なら、もっとマシに戦える」

「でも、殺されなかったんだよな?」

 

シュタルクが指摘する。

 

「完敗したのに、なぜ生きてるんですか?」

「逃がされた」

 

フリーレンが答える。

 

「クリンゲは私を殺さなかった。代わりに、こう言った」

 

フリーレンが視線を上げ、窓の外を見つめた。

七百年前の記憶を辿るように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「『お前には可能性がある。いずれ強くなった時、もう一度戦いたい。その時こそ、真剣勝負ができる』」

 

「『私は魔法使いに弱い。広範囲の攻撃魔法や拘束魔法には対処が難しい。次に会う時、その弱点を突いてこい。そして、私を殺せ』」

 

沈黙が流れた。

 

「変な魔族だな」

シュタルクが呟いた。

 

「自分の弱点を教えるなんて。殺されたいのか?」

「違う」

 

フリーレンが首を振る。

 

「クリンゲは真剣勝負がしたかっただけ。お互いが全力を出せる戦い。そのために、手札を見せた」

「おい、でもそれって……」

 

フェルンが言葉を探す。

 

「武人の考え方ですね。魔族らしくない」

「そう。クリンゲはとてつもなく強い魔族だけど、武人だった」

 

フリーレンが紅茶のカップを置いた。

 

「でも、それだけじゃなかった」

「それだけじゃない?」

「クリンゲは、もう一つ言ったんだ」

 

フリーレンの目が、僅かに細くなる。

 

「『お前はいずれ、一人ではなくなる』」

「一人ではなくなる?」

 

シュタルクが首を傾げる。

 

「どういう意味だ?」

「分からなかった。当時の私には」

 

フリーレンが、窓の外を見る。暗闇の中に、ぽつぽつと明かりが灯っている。

 

「七百年前の私は、ずっと一人だった。一人で旅をして、一人で魔法を集めて、一人で戦って……仲間なんて、考えたこともなかった」

「だから、クリンゲの言葉の意味が分からなかった。『一人ではなくなる』って、何のことだろうって」

 

フェルンが、静かにフリーレンを見つめていた。

 

「クリンゲは続けてこう言った」

 

フリーレンの声が、少し低くなる。

 

「『その時が来たら、全員で来い』」

「全員で?」

「『お前一人の力じゃない。お前が得た全てを連れて来い。その全てを、私にぶつけろ』」

 

シュタルクが眉をひそめた。フェルンも、不思議そうな顔をしている。

 

「七百年前に、そんなことが分かったのか?」

 

 

フリーレンが首を振る。

 

「一つだけ、心当たりはある」

「何ですか?」

「クリンゲは千年以上、強者を求めて旅をしていた。その中で、何人もの『勇者』や『英雄』を見てきたはず」

 

 

 

「そういう人間は、大抵一人じゃない。仲間がいる。クリンゲはそれを知っていた」

「だから、フリーレン様も…」

「私のような『未完成な強者』はいずれ仲間を得る、そう思ったのかもしれない。経験則として」

「予言だったのか、願望だったのか、今でも分からない」

「あるいは、ただの願望だったのかもね。全力の私と戦いたいから、そう願っていただけかもしれない」

 

 

紅茶の水面が、僅かに揺れる。

 

「でも結果的に、クリンゲの言った通りになった」

「ヒンメル様達と出会った」

 

フェルンが、静かに言った。

 

「そう」

 

フリーレンが頷く。

 

「私は一人じゃなくなった。そして全員で、クリンゲの前に立つことになった」

「だから、私は七百年間忘れなかった。あの『約束』を」

 

フェルンが疑問を抱くようにフリーレンに聞く

 

 

「あの、フリーレン様?その『約束』とは一体何だったのでしょうか?」

 

 

フリーレンがその疑問について答える

 

「約束というより……予言だったのかもしれない」

「予言?」

「クリンゲは言った。『いずれ、お前は私を殺しに来る。その時を待っている』と」

 

シュタルクが眉をひそめる。

 

「殺されるのを待ってるって……そんな魔族いるのか?」

 

「いた。クリンゲだけはね」

 

フリーレンの視線が、窓の外の暗闇に向けられる。

 

「それから七百年。私はクリンゲのことを忘れなかった。忘れられなかった」

 

「七百年も……」

 

フェルンが息を呑む。

 

「そして、ヒンメルたちと旅をしていた時——」

 

フリーレンの声が、僅かに柔らかくなる。

 

「クリンゲと、再会した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

勇者ヒンメルの死の五十二年前

勇者ヒンメル一行の旅立ちから八年後。

北側諸国の北東部にて

 

 

勇者一行は北方の雪原を進んでいた。

 

「寒いですなぁ」

 

ハイターが白い息を吐きながら愚痴をこぼす。

 

「もう少しで街だ。我慢しろ」

 

アイゼンが短く言う。

 

「早いところこんな雪原抜けてしまいましょう。凍え死んでしまいます」

「どうせ町の酒場で酒を呑みたいだけだろ?」

「結局は酒か……」

「生臭坊主め。」

 

ヒンメル、アイゼン、フリーレンからの総ツッコミを受けながら雪原を行進する。

ヒンメルは地図を確認しながら歩いていた。フリーレンはその少し後ろを、いつものように無表情で歩いている。

 

 

フリーレンは黙って歩いていた 魔力を感じる。強大な魔力が、こちらに向かって近づいてくる。

 

「止まって」

 

フリーレンの声に、全員が足を止めた。

 

「魔族か?」

 

ヒンメルが剣に手をかける。

 

「ああ。それも、かなり強い」

 

フリーレンの視線は、雪原の向こうに固定されていた。

 

「……来た」

 

「何が?」

 

「七百年越しの、約束」

 

森の中から、銀髪の魔族が現れた。銀髪を後ろで束ねた長身の女性。黒い鎧を纏い、紅い瞳がこちらを見つめている。

腰に差しているのは、一振りの長剣だけ。

 

しかし——それだけではなかった。

 

彼女の周囲に、剣が展開していた。

フリーレンの目が、その剣を数える。

 

一、二、三、四、五、六

 

「……七本」

 

フリーレンが呟いた。

 

「七本?」

 

ヒンメルが訊く。

 

「増えてる。七百年前は六本だった」

 

フリーレンの視線が、クリンゲの腰に差された剣に向けられる。

浮遊する六本とは違う。

控えめな装飾が施された長剣、明らかに、魔法で生成した剣ではなかった。

 

「久しいな、フリーレン」

 

クリンゲの声が、雪原に響く。

 

「700年ぶりだ。お前は、少しは強くなったか?」

 

フリーレンの目が、浮遊する六本の剣と、腰の一振りを交互に見る。

 

「……その剣」

 

「気づいたか」

 

クリンゲの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。

 

「六本では足りなくなった。だから、もう一本増やした」

「増やした?」

「師から継いだ剣だ。これで——七本」

 

ヒンメルが剣を抜く。

 

「フリーレン、この魔族は?」

「昔の知り合い。七百年前に会った」

「知り合い?」

 

アイゼンが斧を構える。ハイターも本を握る。

 

「その時は、負けた」

「フリーレンが負けた?」

 

ヒンメルの目が僅かに見開かれる。

 

「……ほう。これが噂の勇者一行か」

「君は?」

 

ヒンメルが問う。

 

「名乗るのが礼儀だろう。僕はヒンメル。勇者だ」

「勇者、か」 

 

クリンゲの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。

 

「いいだろう。名乗ろう」

 

クリンゲが一歩前に出た。

 

周囲の六本の剣が、彼女の背後で扇状に広がる。まるで翼のように。

 

「我が名はクリンゲ。人は私を『武神』と呼ぶらしい」

 

「武神……」

 

アイゼンが低く呟く。

 

「聞いたことがある。剣術だけで一国を滅ぼした魔族がいると」

「国を滅ぼした覚えはないな。斬ったのは、向かってきた者だけだ」

 

クリンゲが肩をすくめる。

 

「魔王軍には属していない。誰の命令も受けない。私はただ、強者と戦いたいだけだ」

「強者と戦いたい?」

 

ハイターが眉をひそめる。

 

「魔族にしては、随分と殊勝な心がけですな」

「殊勝?違うな、僧侶」

 

クリンゲの目が鋭くなる。

 

「私は武人だ。剣に生き、剣に死ぬ。それだけのこと」

「武人、ね」

 

ヒンメルが剣を構え直す。

 

「魔族が武人を名乗るとは珍しい」

「珍しかろうな。私のような魔族は、他にいない」

 

アイゼンが一歩前に出た。

 

「一つ訊く」

「何だ、ドワーフ」

「どうやらお前の剣は魔法で浮かせているようだ」

「ああ」

「なら、お前は剣士じゃない」

 

アイゼンの声は、低く、重かった。

 

「魔法に頼る者は、魔法使いだ。武人じゃない」

 

誰も、何も言わなかった。

冷たい空気だけが、五人の間を流れた。

 

「……面白いことを言う」

 

クリンゲの口元が、僅かに歪んだ。笑っているのか、怒っているのか、分からない表情だった。

 

「では訊くが、ドワーフ」

「何だ」

「弓を使う者は、戦士ではないのか」

「……」

「槍を振るう者は、剣士ではないのか。斧を担ぐお前は、拳で戦わぬから、武人ではないのか」

 

アイゼンは答えなかった。

 

「道具を使うことと、道具に頼ることは違う」

 

クリンゲが、浮遊する六本の剣を見上げた。

 

「この六本は、私の腕だ。私の意志で動き、私の技で振るう。魔力が切れれば消える──そんな脆いものじゃない」

 

六本の剣が、ゆっくりと旋回する。 

 

「千年かけて鍛えた。私の魂の一部だ」

 

「それでも『魔法使い』と呼ぶなら、好きに呼べ」

 

クリンゲが、腰の剣──師から受け継いだ七本目を抜いた。

 

「だが、一つだけ教えてやる」

 

銀色の刀身が、姿を表す。

 

「この六本を全て落とされても、私は戦える」

 

 

 

「この七本目を折られても私は戦える」

 

「素手になっても、腕を斬られても、足を失っても」

「私は、お前達を殺しに行く」

「それが、武人だ」

 

風が、止んだ。

ヒンメルが、小さく息を吐いた。

 

「……なるほど」

 

剣を構え直す。

 

「確かに魔法使いじゃないな」

「分かるか、勇者」

「ああ。君は、僕達と同じ側の存在だ」

 

ヒンメルの目が、真っ直ぐクリンゲを見つめる。

 

「敵だけどね」

「……ふ」

 

クリンゲの口元に、僅かな笑みが浮かんだ。

 

「いい目だ」

 

 

フリーレンがクリンゲを見つめる、そして杖を出現させる

 

「クリンゲ、お前は今日、ここで決着をつける」

「七百年前の戦いに」

 

フリーレンが杖を構えた。

クリンゲは剣をまだ構えていない

銀色の刀身が、雪原の淡い光を反射する。控えめな装飾が施された長剣——明らかに人間の業物だった。

七本目の剣が、彼女の手に収まる。

 

「その剣……魔族の剣じゃない」

 

フリーレンが呟く。

 

「ああ。師から譲り受けた」

 

「師?」

 

「人間の剣士だ。四十年間、剣を教わった」

 

ヒンメルが驚いた声を上げる。

 

「魔族が人間に弟子入りした?」

 

「そうだ、勇者」

 

 

ヒンメルが信じられないという顔をする。

フリーレンは、クリンゲを見つめていた。

 

(クリンゲは嘘をついていない)

 

魔族の言葉は、人を欺くための鳴き声だ。それは、フリーレンが千年以上かけて学んできたことだ。

 

 

だが

 

(この言葉には、何かが違う)

 

嘘をつく時の、あの独特の気配がない。

人間を欺こうとする時の、あの響きがない。

クリンゲはただ、事実を述べていた。

 

「……信じられないな」

 

ヒンメルが、言った。

 

「魔族が人間に師事するなんて」

「信じる必要はない」

 

 

「だが、事実だ」

 

クリンゲは、剣を下ろした。

 

「師の名はブリント。盲目の剣聖と呼ばれた男だ」

 

「盲目の……」

 

アイゼンが呟く。

 

「聞いたことがある。大昔の話だが、一部の剣士の間で『盲目の剣聖』と呼ばれた男がいたと」

「ああ。だが、私がブリントと出会った時——そんな呼び名は誰も知らなかった」

 

クリンゲの声に、僅かな感慨が混じる。

 

「私だけが、最初から師を『剣聖』と呼んでいた」

「なぜだ?」

 

ヒンメルが訊く。

 

「無名の盲目の剣士を、なぜ最初から剣聖と?」

「……ブリントにも、師がいた」

 

クリンゲの目が、一瞬だけ遠くを見た。

 

「かつて私が斬った剣士の中で、最も強かった男。ブリントは、その男に剣を学んでいた」

 

沈黙が落ちた。

ヒンメルが、クリンゲを見つめる。

 

「……その剣士を、君が」

「ああ」

「待ってくれ。それならなぜブリントは、君に剣を教えた?」

「弟子入りした時は、互いに知らなかった」

 

クリンゲの声が、低くなる。

 

「私は千年以上生きている。斬った剣士の顔など、覚えていない」

「気づいたのは、十五年が経った頃だ。ブリントの技を見てようやく思い出した」

「それで、どうした」

 

アイゼンが訊く。

 

「告げた。『お前の師を斬ったのは、私だ』と」

「……」

「ブリントは笑っていた」

「笑って?」

「『知っていた』と。私より先に気づいていた、と」

 

 

ヒンメルの表情が強張った。

 

 

「それでも、教え続けたのか」

「ああ」

 

クリンゲが、空を見た。

 

 

「理由は訊いた。ブリントは何か言っていた」

「だがその意味が、私には分からなかった」

 

 

クリンゲは、それ以上語らなかった。

 

「師と出会った時、師は四十だった。生まれた時から目を失い、剣士としても、この世界からも捨てられた男。だが、その剣にはあの男の技が宿っていた」

 

クリンゲが剣を構え直す。

 

「私は四十年間、師と共にいた。師が八十で死ぬまで」

「四十年……」

「師は老いた、しかし私は変わらない。それでも、師は最期まで私に新しいものを見せ続けた」

 

ヒンメルが、真っ直ぐクリンゲを見た。

フリーレンの声は淡々としていた。

 

「因果なものだね。魔族というのは」

 

フリーレンが、静かに言った。

 

「だが、私にとっては剣聖だった」

「お前はあの男に似ている」

「君が言っている師匠かい?」

 

「そうだ、盲目でありながら、誰よりも真っ直ぐだった」

 

クリンゲが剣を構えた。周囲の六本の剣が、陣形を変える。

 

「人間の寿命は短いというのに、最期まで、私に剣を教え続けた」

「目が見えぬからこそ、全てが見えると師は言った」

 

クリンゲの目が、一瞬閉じられる。

 

「師と過ごした四十年では、その意味を理解できなかった」

「師が死んでから、さらに六十年。合わせて百年かけて、ようやく師の言葉の意味を知った」

 

その構えに、隙はなかった。

 

「師の剣は私の中に生きている。この剣と共に」

 

クリンゲの紅い瞳が、フリーレンを捉える。

風が、吹いた。

雪原を渡る冷たい風が、五人の間を通り抜けていく。

 

「……一つ、訊いていいか」

 

ヒンメルが、言った。

 

「何だ」

「その師匠はお前に、何を教えた?」

 

クリンゲは、少し黙った。

風が、髪を揺らす。

 

「剣を」

「それだけか」

「……いや」

 

クリンゲの声が、わずかに低くなった。

 

「剣だけでは、なかった」

「なら、何を」

「分からん」

 

ヒンメルの眉が、寄った。

 

「分からない?」

「ああ。師は私に、色々なことを言った」

 

クリンゲは、手の中の剣を見た。

 

「だが、その意味が私には、分からなかった」

 

フリーレンは、その言葉を聞いていた。

 

(……やっぱり)

 

魔族だ。

どれだけ人間から学んでも。どれだけ人間の傍にいても。

人間の心は分からない。

それが、魔族の限界。

 

「お前は——何をしに来た」

 

フリーレンが、訊いた。

クリンゲが堂々と答える

 

「私はお前達を待っていた」

「待っていた?」

「ああ」

 

 

「フリーレン。700年前、私はお前に約束したな」

「覚えてる」

「『いずれ強くなった時、もう一度戦いたい』と」

 

クリンゲの赤い瞳が、フリーレンを捉えた。

 

「700年前の続きをするために」

 

クリンゲの口元が、僅かに緩む。

 

「お前は約束を守りに来た。ならば、私も全力で応えよう」

 

フリーレンが一歩前に出た。

 

「待って、クリンゲ」

「何だ」

「約束は、私との再戦だったはず」

 

フリーレンの声は、静かだった。

 

「この三人は関係ない。私と、一対一で」

「断る」

 

クリンゲの声が、フリーレンの言葉を遮った。

雪原に、沈黙が落ちる。

 

「……なぜ?」

「忘れたか?フリーレン」

 

クリンゲの紅い瞳が、真っ直ぐフリーレンを見つめる。

 

「私は言ったはずだ。『その時が来たら、全員で来い』と」

 

フリーレンの目が、僅かに見開かれた。

 

「……驚いた、それも覚えていたのか」

「700年間、一日も忘れたことはない」

 

クリンゲの視線が、ヒンメル、アイゼン、ハイターを順に捉える。

 

「人間の勇者と僧侶、ドワーフの戦士」

 

そして、再びフリーレンへ。

 

「──そして、エルフの魔法使い」

 

風が、五人の間を通り抜けていく。

 

「私の予感は正しかった。お前は一人ではなくなった」

「700年前のお前も、強かった。だが、孤独だった」

 

クリンゲの目が、フリーレンを見据えた。

 

 

「今のお前は違う。この三人と共に在ることで別の強さを手に入れた」

 

 

ヒンメルが、フリーレンを見た。

フリーレンは、何も言わなかった。

 

「お前の強さは、もはやお前一人のものじゃない」

 

クリンゲが剣を構え直す。

 

「勇者との絆。戦士との連携。僧侶の援護。それら全てを含めて今のお前だ」

 

「……」

「違うか?」

 

フリーレンは答えられなかった。

否定できなかった。

ヒンメルと出会ってから、八年。

一人で戦っていた頃の自分とは、確かに違う。

 

「一人で来い、と言うこともできた」

 

クリンゲが続ける。

 

「だが、それでは意味がない」

 

六本の剣が、ゆっくりと展開する。

 

「お前の『全力』を見たい。七百年かけて積み上げた全てを」

「仲間と共に戦うことが、お前の強さなら」

 

クリンゲの構えが、完成する。

 

「私は、その全てを相手にする」

「それが、七百年待った私への礼儀というものだろう?」

 

沈黙が、雪原を支配する。

ヒンメルが、小さく笑った。

 

「……なるほど」

 

剣を構え直す。

 

「フリーレン。この魔族は本気で君の『全力』を見たいらしい」

「ヒンメル」

「大丈夫だ、フリーレン」

 

ヒンメルは、前を見たまま言った。

 

「こいつは僕達を試している」

「……」

「なら応えてやるのが、勇者ってもんだろう」

 

アイゼンが、斧を構え直す。

 

「……やるのか」

「ああ」

「なら、俺も行く」

 

ハイターが、聖典を掲げた。

 

「私も援護します」

 

フリーレンは杖を握り直した。

クリンゲを見つめる。

七百年前、一人で負けた相手。

でも、今は違う。

 

「……分かった」

 

フリーレンが、静かに言った。

 

「見せてあげる。私の全力を」

 

杖を構える。

 

「七百年前の借りを、返すよ」

 

クリンゲの口元に、笑みが浮かんだ。

満足そうな、穏やかな笑み。

 

「……ああ」

「待っていた」

「この時を七百年、待っていた」

 

七本の剣──六本の浮遊する剣と、手に持った師の剣が、戦闘態勢を取る。

 

空気が、張り詰めた。

雪原に、静寂が降りる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いい仲間達だな」

「 いつの時代もこんな勇者や戦士、魔法使い達がいた」

「私はそのすべてを斬ってきた」

 

六本の剣が、ゆっくりと旋回を始める。

 

「勇者一行よ。私はお前たちを殺すつもりで戦う」

「当然だね」

 

ヒンメルが笑う。

 

「僕たちも、君を倒すつもりで戦う」

「いい目だ、勇者」

 

クリンゲが頷く。

 

 

 

「では、改めて自己紹介を」

 

「私の名はクリンゲ」

 

寄って、斬る。それしかできないただの魔族だ」

 

ヒンメルが小さく笑った。

 

「それだけ、ね。六本の剣を操り、武神と呼ばれる魔族が言う台詞じゃないな」

「師の言葉だ」

 

クリンゲの声には、嘘がなかった。

 

「ブリントはいつもそう言っていた。『剣とは、寄って、斬る。それだけのものだ』と」

 

六本の剣が、狙いを定める。

 

「私もそう思う。私の魔法は剣を振るうためだけのもの。心眼は敵を斬るためだけのもの。何百年かけて磨いたのは、ただ一つ」

 

構えが、完成する。

 

寄って、斬る。それだけだ」

 

 

「さぁ、始めよう」

 

 

 

——瞬間、六本の剣が一斉に動いた。

 

 


 

ヒンメルの剣が二本の剣を弾く。

アイゼンの斧が三本を叩き落とす。

ハイターの防御結界が一本を受け止める。

 

「早い!」

 

ヒンメルが叫ぶ。

六本の剣はそれぞれ独立した軌道で動き、予測不可能な攻撃を繰り出してくる。

 

「ヒンメル、左!」

 

フリーレンの声に反応して、ヒンメルが剣を振る。

 

金属音が響く。クリンゲの剣を、ヒンメルが受け止めていた。

 

「……なるほど」

 

クリンゲの目が細まる。

 

「お前たちは、よく連携が取れている」

 

「仲間だからね」

 

ヒンメルが笑う。

 

 

「フリーレン、僕が前に出る。アイゼンは右から回り込んでくれ」

「分かった」

 

アイゼンが斧を構え、低い姿勢で横に動く。ハイターは後方で聖典を掲げ、支援の魔法を紡ぎ始めた。

 

「フリーレン! 援護を!」

「わかってる」

 

ヒンメルの声だった。

雪原に、沈黙が落ちた。

フリーレンが杖を構えるより早く、魔力が収束する。

光が走った。

 

しかしクリンゲは、すでに動いていた。

 

剣を一振する。

 

フリーレンの放った魔法は、刃の腹で弾かれ、雪を削って消えた。

 

「……」

 

フリーレンは、何も言わなかった。

魔法を剣で斬る。理論上は可能だ。

 

だが、それを実戦でやる者は、ほとんどいない。

 

クリンゲは、それをやってのけた。

 

「師はな、こう言った」

 

クリンゲが、静かに告げる。

 

「『見える者は、見えるものしか斬れぬ。見えぬ者は、見えぬものも斬れる』と」

「魔法は見えぬ。だが、気配はある」

 

クリンゲの赤い瞳が、フリーレンを捉えた。

 

「お前の魔法は、殺意が濃すぎる。読みやすいよ」

 

クリンゲが笑う。

 

「さあ、もっと本気を出せ」

 

六本の剣の動きが加速する。

ヒンメルが地面を蹴り、クリンゲに肉薄する。

 

「速さなら負けない!」

 

剣閃が走る。クリンゲの首を狙った一撃

クリンゲが首を僅かに傾け、回避する。

 

「遅い」

 

クリンゲの蹴りがヒンメルの腹部に入る。

 

「がっ!」

 

ヒンメルが吹き飛ぶ。

 

「ヒンメル!」

 

ハイターが回復魔法の準備をする。

 

「させるか!」

 

アイゼンが前に出る。斧を振り下ろす重い一撃。

クリンゲが剣で受け止める。

金属音が響く。

 

「力もある。良い戦士だ」

 

クリンゲがアイゼンを押し返す。

 

「だが、まだ足りない」

 

六本の剣がアイゼンを包囲する。

 

六本の剣を同時に操る魔法(ゼクスクリンゲ)

 

六方向から同時攻撃。

 

「くっ!」

 

アイゼンが防御態勢に入る。

連続で剣がアイゼンを打つ。

 

「ハイター!」

「分かっています!」

 

ハイターの防御結界がアイゼンを覆う。

 

「フリーレン、今です!」

「ああ」

 

フリーレンが魔力を込める。大規模な拘束魔法の準備。

クリンゲの弱点は魔法防御の脆弱性。

広範囲の拘束魔法なら───

 

「気づいているよ」

 

クリンゲが目を閉じた。

 

「私の弱点を突こうとしているんだろう。フリーレン」

「面白いものを見せてやろう。師から学んだ技だ」

 

クリンゲの声が、静かに響く。

 

「『心眼』目を閉じ、世界を聴く技だ。師から学んだ」

 

「自分と世界の境界がなくなった時、お前は全てを聴くことができる、と」

 

フリーレンの目が見開かれる。この魔族は、戦いの最中に自ら技を明かしている。

 

 

「なんで教える」

 

「七百年前と同じだ。手札は見せる」

 

「その上で、斬る」

 

 

クリンゲの姿が消えた。

次の瞬間、フリーレンの背後に立っていた。

 

「なっ!」

 

フリーレンが防御魔法を展開する。

しかし間に合わない──

 

「させない!」

 

ヒンメルがフリーレンの前に飛び込んだ。

クリンゲの剣を、自らの剣で受け止める。

 

「仲間を庇うか。勇者らしいな」

「当たり前だ……!仲間を守るのが、勇者の仕事だからな……!」

 

ヒンメルが剣を押し返す。クリンゲが後ろへ跳んで距離を取った。

 

だが、浮遊する剣の一本がヒンメルを追撃する。

瞬間、ヒンメルの剣がその剣を弾いた。

 

四人が息を整える。

 

クリンゲは六本の剣を自分の周囲に浮かべたまま、剣を肩に担ぐ

 

「……なるほど」

 

クリンゲが呟く。

 

「勇者一行、噂通りの連携だ」

「まだまだこれからだよ」

 

ヒンメルが強がる。だが、肩で息をしている。既に多くの体力を消耗していた。

 

 

 

 

「だが、六本では追いつかんな。四人を相手にするには」

 

その瞬間、クリンゲ自身が動いた。

七本目——師から継いだ剣を手に、ヒンメルに向かって突進する。

 

「速っ……!」

 

ヒンメルが剣を構える。

金属音が響く。火花が散る。

 

「いい反応だ、勇者」

「君も……なかなかやるね……!」

 

鍔迫り合い。しかしクリンゲの腕力が、徐々にヒンメルを押し込んでいく。

彼女は目を閉じている。

 

「ヒンメル!」

 

アイゼンが斧を振りかぶる。クリンゲの背後から迫る一撃。

しかし浮遊する剣の二本が、アイゼンの斧を挟み込むように迎撃した。

 

「くっ……!」

「六本の剣は、私の目であり、盾であり、牙だ」

 

クリンゲがヒンメルを蹴り飛ばし、距離を取る。

 

「そして、この一本が」

 

腰の剣を構え直す。

 

「私の魂だ」

 

フリーレンの目が、その構えを見て、僅かに見開かれた。

 

「……その構え」

「気づいたか」

「七百年前と、違う」

「ああ。師から学んだ」

 

クリンゲの構えは、七百年前の豪快なものではなかった。

無駄がない。力みがない。

まるで——

 

「自然体」

 

クリンゲの目が、ゆっくりと閉じられる。

 

空気が、変わった。

 

(この状態のクリンゲは、七百年前よりも遥かに強い)

 

フリーレンは理解する。

 

「ヒンメル」

「何だい、フリーレン」

「あの魔族は、目を閉じている方が強いよ」

「……それは厄介だね」

 

ヒンメルが苦笑する。

 

「でも、僕たちは四人だ」

「ああ。だから」

 

フリーレンが杖を構える。

 

「全員で、一斉に行く」

 

ヒンメルが正面から。アイゼンが左から。ハイターが右から回復と支援。フリーレンが後方から魔法を放つ。

 

クリンゲは目を閉じたまま、全てを「聴いて」いた。

 

ヒンメルの剣──左に半歩ずれて回避。

 

アイゼンの斧──浮遊する剣二本で受け止める。

 

フリーレンの魔法──残りの剣で斬り払う。

 

「凄い……」

 

ハイターが呻く。

 

「四人がかりで、互角以上……」

「互角じゃない」

 

フリーレンが冷静に言う。

 

「押されてる」

 

事実、勇者一行は徐々に追い詰められていた。

クリンゲの剣は、七本全てが完璧に連携している。六本の浮遊する剣が攻防を担い、七本目の剣がとどめを狙う。

 

そして——心眼による完璧な予測。

激戦は続いた。

ヒンメルとクリンゲの剣が、幾度となく交錯する。

火花が散る。金属音が響く。

 

「いい剣筋だ、勇者」

 

クリンゲが僅かに後退しながら言う。

 

「君も……なかなか……!」

 

ヒンメルが息を切らしながら応じる。

再び剣が交わる。鍔迫り合い。

その瞬間──クリンゲの目が開き、ヒンメルの剣に向けられた。

 

「……ほう」

 

クリンゲが呟く。

 

「どうしたんだい?」

「その剣」

 

クリンゲの紅い瞳が、ヒンメルの剣を見据える。

 

「勇者の剣……ではないな」

 

ヒンメルの表情が、一瞬だけ強張った。

 

「何を」

「誤魔化すな。私は千年以上、剣を見てきた」

 

クリンゲが鍔迫り合いを維持したまま、低い声で続ける。

 

「刀身の重心が僅かにずれている。鍛造の際の練り込みも甘い。伝説の勇者の剣がこの程度のはずがない」

 

模倣品(レプリカ)だな。いや——」

 

クリンゲの目が細まる。

 

「『抜けなかった』のか。本物を」

 

沈黙が流れた。

雪原を吹き抜ける風の音だけが響く。

浮遊する六本の剣が、二人の周囲で暴れている。アイゼンは近づけなかった

 

「……ああ、そうだよ」

 

ヒンメルが、静かに認めた。

 

「僕は本物の勇者の剣を抜けなかった。だから、これは模造品だ」

「それでも、勇者を名乗るか」

「名乗るさ」

 

ヒンメルの目に、迷いはなかった。

 

「剣が本物かどうかなんて、どうでもいいことだ。大切なのは、この剣で何を守るかだ」

「……」

 

クリンゲは黙っていた。

 

「僕は勇者の剣を抜けなかった。でも、僕には仲間がいる。守りたい人がいる。それで十分だ」

 

ヒンメルが剣を構え直す。

 

「偽物の剣でも、僕は戦う。最後まで」

 

長い沈黙。

そして——クリンゲが、笑った。

小さく、しかし確かに。

 

「……師に、似ている」

「え?」

「師もそうだった。立派な剣など持っていなかった。名もない、どこにでもある長剣を使っていた」

 

クリンゲの視線が、自らの手の中の剣に落ちる。

 

「だが、師の剣は誰よりも強かった。剣に魂を込めていたからだ」

「勇者。お前の剣は偽物だ。だが」

 

クリンゲの目が、真っ直ぐにヒンメルを見つめる。

 

お前の魂は、本物だ

 

ヒンメルが、少し驚いたような顔をして、それから笑った。

 

「ありがとう。魔族に認められるとは思わなかったよ」

「礼を言われる筋合いはない。私はお前を殺すつもりだからな」

「それはお互い様だね」

 

二人の剣が、再び交錯した。

しかし——その一瞬の会話の間に。

フリーレンは、詠唱を続けていた。

長い詠唱。強大な魔法。

 

ヒンメルが斬られる。立ち上がる。また斬られる。それでも立ち向かう。

アイゼンが援護に入る。浮遊する剣に阻まれる。

ハイターが回復魔法を飛ばし続ける。

 

「このままじゃ、負ける」

 

フリーレンが呟く。

 

「フリーレン」

 

ヒンメルがこちらを見る。

ヒンメルが呟く

 

「君が戦った魔族は相当強い」

「僕らじゃ相手にならない。君が本気を出さないと」

 

ヒンメルが笑う。

 

「いつものように、頼むよ」

 

フリーレンは頷いた。

 

「分かった」

「ヒンメル、もう少し。時間を稼いで」

「任せてくれ」

 

ヒンメルが前に出る。

 

「さあ、僕と真っ向勝負といこうか。僕の魂が本物かどうか、もっと見せてあげるよ」

「……面白い」

 

クリンゲが再び目を閉じる。心眼。

 

「いいだろう。勇者、お前の全てを見せてみろ」

 

ヒンメルとクリンゲの剣が、激突する。

偽物の勇者の剣と、師から継いだ無銘の剣。

どちらも、伝説の武器ではない。

しかし——どちらも、本物の魂が込められていた。

ヒンメルが斬られる。肩から血が噴き出す。

それでも、立ち向かう。

 

「まだだ……!」

「見事だ、勇者」

 

クリンゲの声に、敬意が混じる。

 

「お前は、師と同じ目をしている。折れない目だ」

「褒め言葉として……受け取っておくよ……!」

 

ヒンメルが渾身の一撃を放つ。

クリンゲが受け止める。

 

その瞬間──

 

「完成した」

 

フリーレンの声が響いた。

クリンゲの目が見開かれる。

 

 

「この魔力は——」

数多の鎖を放つ魔法(ジュベラード)

 

大規模拘束魔法。

地面から無数の魔力の鎖が噴出し、クリンゲを——そして七本の剣全てを、同時に拘束する。

 

 

「これは……」

「七百年前に言ったね」

 

フリーレンが静かに言う。

 

「広範囲の攻撃魔法と拘束魔法には対処が難しいって。だから、七百年かけて用意した」

 

クリンゲが歯を食いしばる。

浮遊する剣が鎖を斬ろうとする。しかし、斬っても斬っても、新しい鎖が生まれる。

 

クリンゲが身体を捻り、鎖を避けようとする。

だが、鎖は追尾する。

 

「チッ」

 

クリンゲの六本の剣が鎖を斬り裂く。

だが、斬られた鎖はすぐに再生する

 

「無駄だよ。魔力が続く限り、この魔法は消えない」

 

フリーレンが淡々と言う。

 

「そして、私の魔力はお前より遥かに多い」

「なるほど。持久戦では勝てないか」

 

クリンゲが目を閉じる。クリンゲは覚悟を決めた

 

「ならば、一撃で決める」

 

鎖を突っ切り、フリーレンに肉薄する。

 

「お前を倒せば、魔法は止まる!」

 

六本の剣がフリーレンを襲う。

それでもフリーレンは動かず、回避もしなかった。

 

「そうだね」

 

フリーレンが小さく笑う

 

「でも、私には仲間がいる」

 

ヒンメルの剣が、クリンゲの剣を弾く。

アイゼンの斧が、クリンゲの体勢を崩す。

 

「やらせんよ」

「僕は別に『一騎打ちだ』なんて言ってないからね」

 

身体はボロボロになりながらも、ヒンメルから笑みがこぼれる。

 

 

クリンゲは完全に、無防備な状態となった

 

 

「今だ、フリーレン!」

 

 

ヒンメルが叫ぶ。

フリーレンの杖がクリンゲを指す。

 

 

 

 

「────────」

 

 

 

 

紫色の光が、クリンゲを貫いた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クリンゲが地面に倒れた。

鎖は消え、大地は静寂に包まれる。

 

「…終わった」

 

ヒンメルが息を吐く。

 

「いや、まだだ」

 

アイゼンが警戒する。

クリンゲが、まだ息をしていた。

 

「くっ…」

 

クリンゲが身体を起こそうとする。

フリーレンが近づく。杖をクリンゲへと向ける

 

「もう動けないでしょ」

「…ああ」

 

クリンゲが笑う。

クリンゲはこれ以上の悪あがきは無理だと悟った

 

「参った。完敗だ」

 

フリーレンが、口を開いた。

 

「一つ聞かせて、クリンゲ」

「なんだ」

「その師匠は……何を教えたかったの?」

 

クリンゲは、しばらく黙っていた。

そして黙っていた口を開く

 

「……師は」

 

やがて、クリンゲは語り始めた。

 

「こう言った」

 

死に際でも。それでも、言葉を紡ぎながら。

 

「『剣とは、命を断つためのものではない』」

 

フリーレンが、息を呑んだ。

 

「『命を繋ぐためのものだ』と」

 

風が、止んでいた。

雪原に、クリンゲの声だけが響く。

 

「師は盲目だった」

「聞いたよ」

「五歳の頃から、剣を握っていたそうだ」

 

フリーレンは、黙って聞いていた。

 

「『見えなくなって、初めて見えたものがある』と師は言った。『剣の本当の姿が、見えた』と」

「私には……分からなかった」

 

クリンゲの声が、少し小さくなった。

 

「何度聞いても、分からなかった」

 

ヒンメルが、近づいてきた。

ハイターの治癒魔法で、傷は塞がったらしい。

クリンゲの傍らに立ち、見下ろす。

 

「……君の師匠は」

 

ヒンメルが、静かに言った。

 

「君に、何を残したかったんだと思う?」

 

クリンゲは、フリーレンを見上げた。

数百年前に戦った相手。あの時はクリンゲにとって小娘だったエルフが、今は自分を倒した。

 

「……さあな」

 

クリンゲは、目を閉じた。

 

「剣を残してくれた。技を教えてくれた。四十年、傍に置いてくれた」

「だが」

 

クリンゲの口元が、かすかに歪んだ。

それは笑みだった。

自嘲の、笑み。

 

 

「正直に言おう」

 

 

クリンゲは、目を開けた。

赤い瞳が、茜色の空を映している。

 

「最後まで、意味は分からなかった」

 

ヒンメルが、息を呑んだ。

 

「『剣とは、命を繋ぐためのもの』」

 

クリンゲは、その言葉を繰り返した。

 

「何度も聞いた。何度も考えた。何十年もの間、ずっと考えていた」

「だが分からなかった」

 

クリンゲの声には、悔いがあった。

だが、それだけではなかった。

 

「私にとって剣とは命を刈り取るものだ」

 

その言葉は、淡々としていた。

 

「それは、千年経っても、変わらなかった」

 

フリーレンは、その言葉を聞いていた。

 

(……やっぱり)

 

心のどこかで、分かっていた。

この魔族は、師を敬っていた。それは本当だろう。師の剣を継ぎ、師の技を学び、師の言葉を覚えていた。それも本当だ。

 

だが

 

(師の心だけは、分からなかった)

 

魔族だから。

人を殺すことが、本能に刻まれた獣だから。

「剣とは、命を繋ぐもの」その意味が、分からない。

分かるはずがない。

 

人と人を繋ぐ絆。師から弟子へ受け継がれる想い。命を守るために剣を振るうということ。

それは人間の心だ。

魔族には、ない。

 

 

「師の剣を継いだ」

 

クリンゲが、続けた。

 

「師の技を学んだ」

 

ぼろぼろと、少しづつ魔力の粒子に還っていく

 

「師の言葉を覚えた」

 

声が、少しずつ弱くなっていく。

 

「だが、師の心だけは、分からなかった」

 

クリンゲは、自分の手を見た。

剣を握ったままの、血に濡れた手。

手も粒子へと変わっていく、手が完全に消えるのも時間は掛からないだろう

 

「四十年、傍にいた。毎日、稽古をつけてもらった。飯を食い、酒を飲み、くだらない話をした」

「それでも、分からなかった」

 

クリンゲの声は、静かだった。

怒りも、悲しみも、ない。ただ事実を述べているだけだった。

 

 

「師は、私に何を見ていたんだろうな」

 

 

ヒンメルが、口を開いた。

 

「……それでも」

「うん?」

「それでもお前は、師匠の剣を継いだ」

 

クリンゲは、ヒンメルを見た。

 

「意味が分からなくても、継いだ。四十年学んで、その後も使い続けた」

「……ああ」

「それは、意味がないことか?」

 

クリンゲは、少し黙った。

そして

 

「……さあな」

 

また、自嘲の笑みを浮かべた。

 

「私に分かるのは、この剣で戦うと心が凪ぐということだけだ」

「六振りの剣をただひたすらに振り回していた頃には、なかった感覚だ」

 

クリンゲの目が、また空を見た。

 

「師がくれたものなのかもしれない。あるいは私の勘違いかもしれない」

「分からん。私には分からん」

 

フリーレンは、黙って聞いていた。

この魔族は、師を敬っている。それはたぶん、本当だ。

師の剣を継ぎ、師の技を学び、師の言葉を覚えた。

それでも師の心だけは、分からなかった。

 

(……それが、魔族)

 

フリーレンは、そう思った。

どれだけ人間の傍にいても。どれだけ人間から学んでも。

魔族は——人間の心を、理解できない。

 

「剣とは、命を繋ぐもの」

 

その言葉の意味が、分からない。

「命を刈り取るもの」としか、思えない。

それが魔族の限界。

人間と魔族の間にある、埋められない断絶。

 

 

「……そろそろか」

 

クリンゲは、自分の身体を見下ろした。

既に下半身は消滅しきっている

 

「師には悪いことをしたな」

「四十年も教えを受けて、結局何も分からなかった」

 

クリンゲの声には、悔いがあった。

だが

 

「それでも」

 

クリンゲは、剣を握り直した。

死にゆく身体で、最後の力を振り絞って。

 

「——この剣で戦えたことに、悔いはない」

 

クリンゲの身体が、魔力に還り始める。

魔力となって、霧散していく。

身体中から少しずつ消えていく。

フリーレンとクリンゲが、向かい合う。

 

「負けたよ、フリーレン」

 

クリンゲが静かに言う。

 

「お前は、強くなった」

「……うん」

「フリーレン、一つ頼みがある」

「何?」

「この剣を師の墓へ、墓は先にある古びた村の奥地にある」

 

クリンゲの視線が、鎖に絡め取られた七本目の剣に向けられる

 

「六本の剣は、私の魔法だ。私が死ねば消える。でも、この剣だけは──師から継いだものだ」

「……分かった」

 

フリーレンが頷く。

 

「届ける」

「ありがとう」

 

クリンゲの目が、穏やかに閉じられる。

 

「一つ、聞いていいか」

「何」

「お前の仲間たち。良い奴らだな」

「…そうだね」

「大切にしろ。時間は有限だ」

 

クリンゲの声が小さくなる。

 

「ブリントが死んだ時、私は初めて理解した。大切な時間は、二度と戻らないと」

「クリンゲ」

「フリーレン。私は満足だった。良い戦いだった」

 

 

 

「私の師匠が、待っている。ようやく、会いに行ける」

 

 

 

クリンゲの身体が、完全に消えた。

魔力となって、雪原に霧散していく。

魔力が、黄昏の空に舞い上がり──やがて、消えた。

 

六本の浮遊していた剣も、粒子となって消えていく。

しかし七本目の剣だけは、消えなかった。

その剣は雪原に落ちる。

 

銀色の刀身。控えめな装飾。名もない、しかし美しい一振り。

人間の剣。師から継いだ剣。

魔族のものではないから消えなかった。

フリーレンは、その剣を拾い上げた。

 

 

 

 

雪原に、風が吹いた。

 

 

 

クリンゲだったものの残滓が、空へと舞い上がっていく。そしてあっという間に消えた

ヒンメルが、フリーレンの隣に立った。

フリーレンはしばらく、その場に立ち尽くしていた。

 

「フリーレン」

 

ヒンメルが肩に手を置く。

 

「大丈夫?」

「…ああ」

 

フリーレンは頷く。

 

「……彼女は、何を遺したんだろうね」

「剣」

 

フリーレンが答える。

 

「師から継いだ、一本の剣」

「それだけ?」

「……それだけで、十分だよ」

 

ヒンメルは黙ってフリーレンを見つめた。

 

「フリーレン」

「何?」

「彼女は、僕の剣が偽物だって見抜いた」

「……うん」

「でも、魂は本物だって言ってくれた」

 

フリーレンは何も言わなかった。

 

「魔族なのに、不思議な奴だったね」

「……うん」

 

フリーレンは、その剣を握りしめた。

 

「不思議な、奴だった」

 

雪が、静かに降り始めていた。

 


 

 

 

「それで、剣は届けたんですか?」

 

フェルンの声が、フリーレンを現実に引き戻す。

 

「届けた」

 

フリーレンが頷く。

 

「クリンゲが言っていた村。本当に誰も住んでいなかった。朽ちかけた家と、一つだけ手入れされた墓があった」

「クリンゲが、手入れしていたんですね」

「多分ね」

 

フリーレンは紅茶を飲み干した。 

 

「墓の前に、剣を供えてきた。名前のない、綺麗な剣を」

 

シュタルクが沈黙していた。

普段は軽口を叩く彼が、何も言えずにいた。

 

「……なあ、フリーレン」

 

ようやく、シュタルクが口を開く。

 

「その魔族は、悪い奴だったのか?」

「悪い奴だったよ」

 

フリーレンが即答する。

 

「人を殺してた。戦士も魔法使いもみんな、国だって滅ぼしていた。許されることじゃない」

「それでも——」

「でも」

 

フリーレンが遮る。

 

「あの剣は、綺麗だった。師から継いだ一本の剣。あれは本物だった」

 

フェルンが小さく息を呑み、シュタルクは黙って聞いていた。

 

「本物、ですか」

「うん。魔族の中で、あんな剣を振るう奴は見たことがない。これからも、多分いない」

 

 

「……そういえば」

 

フェルンが思い出したように言った。

 

「その魔族は、自分のことを何と言っていたんですか?」

「寄って、斬る。それしかできないただの魔族だ、と」

 

シュタルクが首を傾げる。

 

「六本の剣を操って、『心眼』っていうすごい技まで使う奴が?謙遜にしては度が過ぎてないか?」

「謙遜じゃない。師匠の言葉だったらしい」

 

フリーレンが窓の外を見る。

 

「盲目の剣聖ブリントは、『剣とは、寄って、斬る。それだけのものだ』と言っていたそうだ。クリンゲはその言葉を継いでいた」

「クリンゲにとって、六本の剣も心眼も、全部『斬る』ための手段でしかなかった。千年かけて極めたのは、敵との間合いを詰めて、斬る。ただそれだけ、六本の剣を同時に操る魔法もそれに特化した魔法でしかない」

 

シュタルクが自分の斧に手を置いた。

 

「師匠の言葉を、ずっと……」

「だから嘘じゃない。本当に、それしかできなかったんだよ。あの魔族は」

 

フリーレンの声は、どこか静かだった。

 

「師の言葉だけは、ちゃんと継いでいた」

 

フリーレンが立ち上がる。

 

「もう寝る。明日も早い」

「あ、はい」

 

フェルンも立ち上がる。

フリーレンが階段に向かう。その背中に、シュタルクが声をかけた。

 

「フリーレン」

「何?」

「俺も、師匠から全てを教わった。師匠の技を、継いでるつもりだ」

「……そう」

「だから、分かる気がする。その魔族の気持ちが、少しだけ」

 

フリーレンは振り返らなかった。

しかし、その足が止まった。

 

「シュタルク」

 

「何だ?」

 

「シュタルクは、アイゼンの心が分かる?」

 

シュタルクは、少し考えた。

 

「……全部は、分からない。でも、分かりたいとは思ってる」

 

フリーレンは、何も言わなかった。

ただ、小さく頷いて、階段を上がっていった。

しかし、その背中が僅かに止まった。

 

「……シュタルク」

「何だ?」

「アイゼンから貰った斧、大事にしてね」

 

それだけ言って、フリーレンは階段を上がっていった。

シュタルクとフェルンは、しばらくその背中を見送っていた。

 

「……フリーレン様」

 

フェルンが小さく呟く。

 

「その魔族のこと、嫌いじゃなかったんですね」

 

シュタルクは何も言わなかった。

自分自身の斧を、師匠から受け継いだ斧を、そっと握りしめた。

窓の外では、星が静かに瞬いていた。

 

 

 




こんな魔族もいても良いと思うんだ

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