虹への道標   作:なお

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第0-3話 求める声

校舎の窓から射し込む朝の光は、冬の冷たい空気に溶けながら白く霞んでいた。

全校集会の壇上には、新しい生徒会長、中川奈々の姿がある。

落ち着いた声がマイクを通して、体育館の隅々まで届く。

 

「皆さん、今年度も虹ヶ咲学園をよろしくお願いします。ここにいるみんなで、新しい虹ヶ咲の形を作っていきましょう」

 

言葉はまっすぐで、芯がある。

宏斗は、体育館の後方で静かに聞いていた。

奈々の言葉に、ほんの少しだけ胸の奥が温かくなる。

この学校で、自分も何かを築けるだろうか、そんなことを、ふと考えてしまう。

 

昼休み。

冬の空気は冷たく澄み、グラウンドの上で吐く息が白く広がる。

もう松葉杖も必要ない。

痛みは完全に消え、走るたびに、筋肉の感覚が戻ってくるのがわかる。

 

「宏斗、次パス!」

 

男子の一人が叫び、ボールが飛んでくる。

キャッチしてドリブル、軽くシュート。

ボールがリングを通る音が、心地よく体育館に響いた。

 

体育館の隅で、見慣れた金髪の少女が手を振っていた。

 

「やっほー、ヒロ!」

 

彼女の名前は、宮下愛。

愛が笑顔で駆け寄ってくる。トレーナー姿にポニーテール。

動くだけで、場の空気が一段と明るくなる。

 

「怪我が治ったんだね!バスケやってたのは知ってたけどめちゃくちゃ上手いじゃん!」

「なんとか動けただけだよ。まだ軽くしか動けないし」

「軽いって言って、けっこう本格的に動いてたじゃん!」

 

この学校に入ってから愛とは、運動関係でよく話すことがある。

 

「そういやまた助っ人に行ったんだっけ?大活躍だったらしいな」

「へへっ!愛さんにかかればどうってことないよ!」

 

愛と話していると俺も含めて自然と明るい雰囲気になる。

 

「まぁスポーツは楽しくやらないとな。愛なら常に楽しそうだから心配ないと思うけど」

「もちろん! 愛さんのトレードマークは笑顔だから。そしてやるからには勝つ!必笑で必勝!なんちゃって!」

 

宏斗はあきれたように笑いながら、ボールを受け取る。

 

「……上手いね、さすがだよ」

「ありがとね。じゃ、午後もファイトね、ヒロ!」

 

愛はピースサインを残して、廊下の方へ軽やかに走っていった。

 

 

そしておよそ1月後……男子スポーツ祭が開催された。

男子スポーツ祭とは、男子生徒たちによる、男子生徒のためだけの、他校交流も目的としたスポーツイベントだ。

虹ヶ咲学園も男女共学になってからこのイベントに参加するようになったらしいを

今年の種目は、バスケットボールだ。

 

宏斗はバスケットボールのチームメンバーに誘われ、出場を決意していた。

ボールを手にした瞬間、久しぶりに感じる緊張と高揚。

 

笛の音が鳴る。

ドリブル、パス、カットイン――。

体は思っていた以上に動いた。

それでも、心のどこかで昔の記憶が疼く。

“もう、失敗したくない”

そんな想いを押し込み、前を見据える。

 

試合は白熱し、決勝戦まで勝ち進んだ。

惜しくも敗れチームは準優勝。宏斗個人としても、優秀選手として、表彰された。

チームメイトの歓声と笑顔が体育館を満たす。

宏斗は息を切らせながら、それでも笑っていた。

 

「楽しかったな……」

 

汗の匂いと冬の冷たい空気。

その混ざり合いが、心を優しく包んだ。

 

試合後、帰りの昇降口で、歩夢が待っていた。

マフラーを巻き、手を合わせて息を吹きかけながら、小さく笑う。

 

「お疲れさま、宏くん。頑張ってたね」

「見てたのか?」

「うん、ちょっとだけ。すごく楽しそうだったよ」

 

宏斗は照れくさそうに頭をかく。

「……久しぶりに、心から動けた気がする」

「そう見えた。宏くんが笑ってるの、久しぶりに見た気がする」

 

歩夢はそう言って、少し視線を落とす。

冷たい風が二人の間を抜け、街の光が遠くに滲んだ。

 

「怪我が治って、本当に良かったね」

「……ああ。もう、ちゃんと前に進める気がする」

「それなら、よかった」

 

少し沈黙が流れた後、歩夢は小さく笑って言った。

 

「ねぇ、宏くん。これからはさ、また新しいこと、いろいろ挑戦してみようよ」

「新しいこと、か……」

「うん。きっと、宏くんなら、何でもできるよ」

 

歩夢の優しい声が、心の奥に溶けていく。

それは、どこか懐かしいあの夏の日の記憶を思い出させるようだった。

 

夜。

ベッドに横たわり、天井を見上げる。

心地よい疲労と、胸の奥に残る小さな光。

 

愛の明るい笑い声。

歩夢の安心した表情。

そして、久しぶりに掴んだバスケットボールの感触。

「……悪くないな」

この学校で、もう一度やり直せる。

そう思えた夜だった。

その数日後。

放課後の防音室で、宏斗は1人の男子生徒と向き合っていた。彼の名前は智也。音楽家の2年生だ。宏斗と智也は、一年生の頃から付き合いがある。

キーボードと譜面を前に、智也が眉をひそめる。

「ここ、サビに入る前、なんか引っかかるんだよな」「ちょっと素直すぎるんじゃないか?半音落としてみたらどうだ?」

試しに音を鳴らすと、空気が少しだけ変わった。

「……あ、これだ」

「ほらな。悪くないだろ」

そんなやり取りを繰り返しながら、曲は少しずつ形になっていった。

「よし……今日はこのくらいでいいか」

「サンキューな。かなり見えてきた」

宏斗はバッグを肩にかけ、立ち上がる。

「じゃあ、俺はこれで」

「おう。お疲れ」

ドアを開け、防音室を後にする。

 

「歩夢。待たせたな」

「宏くん、お疲れ様。順調そう?」

「なんとかな。俺はアドバイスぐらいだから後は智也次第だな」

「そっか。よかったね」

 

歩夢は宏斗の隣を歩きながら微笑む。

そのまま2人は昇降口まで歩いていた。

 

「……あの!」

 

少し遠慮がちに、でもはっきりとした声。

振り返ると、見知らぬ女子生徒が立っていた。

胸元にあるリボンの色から一年生だろう。

小柄で、どこか緊張した表情をしている。

「……さっき……曲作ってましたよね……?」

「え?……あぁ……まあ」

「……その……すごく、真剣で……」

 

言葉を探すように一瞬黙り込み、

それから思い切ったように顔を上げた。

「お願いです……!かすみんを……スクールアイドル同好会を助けてください!」

「……は?」

あまりに唐突で、すぐには意味が飲み込めなかった。

「ちょ、ちょっと待って!?どう言うことなの?」

「……あぁ。いきなりそんなこと言われても混乱するだろ」

目の前の女の子は慌てた様子で、頭を下げ、ぎゅっと拳を握る。

「……突然ごめんなさい!私は中須かすみっていいます。スクールアイドル同好会に所属しています」

 

スクールアイドル同好会……?聞いたことないが最近出来たのだろうか。まぁこの学校には100を超える同好会が存在しているらしいし、知らないのも無理ないか?

かすみちゃんから聞いた話だとスクールアイドル同好会は、メンバーがバラバラになってしまい、活動もままならないとのこと。生徒会長より、活動実績もない同好会は、廃部になるんだとか。

そしてたまたま、防音室から作曲の話し声が聞こえ、俺がフリーと智也から聞いて追いかけてきたらしい。

 

「スクールアイドル同好会は今廃部の危機なんです!……だから先輩達の力を貸して欲しいんです!」

この時の宏斗は、この出会いが、彼の穏やかな日常を終わらせる合図だったことを知る由もなかった。

けれど……誰かの想いに引きずり込まれる形で始まる、

まったく新しい物語。

それが、牧宏斗の波乱に満ちたスクールアイドル達との生活の始まりだった。

 

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