もし、異世界転生TS娘が王子からの告白を断ったら。

よくある話。
異世界にTS転生して小国の姫になった主人公。
大国の王子にみそめられ、留学することになる。
主人公は王子との結婚を避けられるのか!

そんな主人公がバッサリと断る話。

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暇潰しで執筆した駄文です。
ここに供養することをお許し下さい。


月輪の花が咲く季節

 ついに、ここまで来てしまった。

 

 月輪の花畑へと続く白石の小径を歩きながら、私は胸の奥で静かに息を整えていた。逃げ道は、もうない。

 王子に別の令嬢を紹介しようとした策は、なぜか「彼女は君ほど理解が深くない」と一蹴されて終わった。冷淡に距離を取ろうとすれば、「慎み深いところが素敵だ」と好感度が上がった。皮肉にも、嫌われる努力はすべて裏目に出た。

 

 もう誤魔化しは効かない。

 今日、ここで。

 直接、断るしかない。

 

 私は異世界に転生した元・男だ。今は小国の姫君として生きているが、心の根っこは変わっていない。王子の好意を受け取る資格も、受け止める覚悟も、最初からなかった。

 

 だからこそ、この場所に連れてこられた意味は分かっている。

 

 月輪の花畑。王族が管理する、特別な場所。夜には淡く光る白銀の花が一斉に咲き、まるで空に落ちた月の欠片のようだと言われている。貴族ですら許可なく足を踏み入れられず、噂話でしか語られない聖域。

 

 その中央に、王子は立っていた。

 

「久しぶりだね。この花畑も、相変わらず見事だ」

 

 柔らかく微笑みながら、彼はそう言った。

 社交の場で幾度となく見てきた、完璧な王子の顔だ。

 

「でも……今日は、景色が少し違って見える」

 

 そう言って、彼はゆっくりとこちらを振り返る。

 視線が絡んだ瞬間、胸の奥がひりついた。

 

「君がいるから、かな」

 

 定型文のように洗練された言葉。それでも、声に混じる微かな震えは、作り物ではない。

 

 私は一歩も動かず、ただ花畑を見渡した。風に揺れる花弁が、かすかな音を立てる。白と銀の光が、視界を埋め尽くしていた。

 

「王家にはね、言い伝えがあるんだ」

 

 王子は続ける。

 

「この場所に、人生でただ一人の相手を連れてくると、花は静かに役目を譲る。主役は人になる、と」

 

 私は何も答えなかった。

 沈黙を拒絶と取られぬよう、ただ聞くことに徹する。

 

「……君は、昔から不思議だ」

 

 王子は小さく笑った。

 

「多くを語らないのに、なぜか目が離せない。近づくと遠く、離れようとすると、気づけば隣にいる。そんな人だ」

 

 その言葉に、胸の奥がきしんだ。

 それは、私が意図してきた距離感だったから。

 

「君の答えは、聞かせてもらえるかな」

 

 逃げ場は、もうない。

 

 私は花から視線を外し、王子を見た。

 静かに、深く息を吸う。

 

「……殿下」

 

 声は、自分でも驚くほど落ち着いていた。

 

「私は、殿下の想いに応えることはできません」

 

 王子は、すぐには反応しなかった。

 笑顔を保ったまま、ほんの一瞬、瞬きをする。

 

「……そうか」

 

 それだけ言って、彼は頷いた。

 

「正直でいてくれて、ありがとう」

 

 その声音は、穏やかだった。

 あまりにも、穏やかすぎた。

 

「君がそう言うなら、無理強いはしない。王族としてではなく、一人の人間として……君の選択を尊重したい」

 

 そう言って、彼は一歩下がる。

 その所作は完璧で、気品に満ちていた。

 

 けれど。

 

 拳が、震えていた。

 

「……分かっていたんだ」

 

 彼は、ぽつりと呟く。

 

「君が、僕を特別だと思っていないことくらい。最初から」

 

 視線が、花畑に落ちる。

 

「でもね。聞かなければ、分からないこともあると思っていた。聞かなければ、可能性は残ると思っていた」

 

 声が、かすれる。

 

「だから……今まで、聞かなかった」

 

 王子の肩が、小さく揺れた。

 

「今日も、失敗するだろうとは思っていたよ。それでも……どこかで、奇跡を期待していた」

 

 その瞬間、彼の膝が崩れた。

 

 地面に手をつき、耐えるように俯く。

 嗚咽が、漏れ始める。

 

「……っ、は……」

 

 抑えきれなくなった感情が、堰を切ったように溢れ出す。

 王子は声を上げて泣いた。王族としての仮面も、誇りも、すべて投げ出して。

 

 私は、迷わず近づいた。

 

 背中に手を置く。

 震える肩を、ゆっくりとさする。

 

「……殿下」

 

 それ以上、言葉は出なかった。

 慰めの言葉など、何一つ思いつかなかった。

 

 王子は、嗚咽の合間に、かすれた声で言う。

 

「……君は、いつもそうだ」

 

 涙に濡れた声。

 

「拒むのに、優しい。突き放さない。……その優しさが、一番……つらい」

 

 私は、背中をさすり続けるしかなかった。

 月輪の花畑は、何も言わず、静かに光り続けていた。

 

 花は、最後まで。

 ただ、そこに在り続けるだけだった。

 

 

 

 

 後日談──月輪の花が咲かない季節に

 

 月輪の花畑が、静まり返る季節がある。

 花が咲かず、光も失い、ただ白い茎だけが風に揺れる時期。

 

 皆が、笑っていた。

 

 祝福の言葉が降り注ぐ。

「お似合いだ」「理想の結末だ」「やはり運命だった」。

 

 その一つひとつが、胃の奥をかき混ぜる。

 

 違う。

 違うのに。

 

 それを否定しなかったのは、誰だ。

 

 ──僕だ。

 

 小国が傾いたと聞いた時、最初に思ったことを、僕は忘れられない。

 

 ああ、これで彼女は手に入る。

 

 その思考が浮かんだ瞬間、自分の中の何かが決定的に壊れたのを感じた。

 それでも、止められなかった。

 

 庇護。政略。均衡。

 どれも正しい言葉だ。王子として、頷く理由はいくらでもあった。

 

 だが本音は、違う。

 

 あの花畑で、はっきりと拒まれた。

 彼女は、僕を選ばなかった。

 

 それなのに。

 

 それなのに今、彼女は僕の隣に立っている。

 

 皆は言う。

「想いが通じ合ったから」

「長年の愛が実を結んだ」。

 

 吐き気がする。

 

 僕だけが知っている。

 彼女が一度も、僕に向けて恋をしていなかったことを。

 

 それでも──。

 

 それでも、だ。

 

 彼女が差し出されたと聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。

 歓喜だった。

 最低な、安堵だった。

 

 拒めないだろう

 彼女は責任を果たす人間だ

 そういうところが好きだった

 

 好きだった? 

 違う。

 

 都合が良かっただけだ。

 

 学園で、皆が彼女を囲んで言う。

 

「王子様と結婚できて、幸せですね」

「ずっと両想いでしたものね」

 

 彼女は、微笑む。

 否定しない。

 

 その沈黙が、僕を救い、同時に縛りつける。

 

 彼女が何も言わないから、世界はこの結婚を「愛」にしてしまった。

 彼女が拒まないから、僕は「奪った」と言われずに済んだ。

 

 最低だ。

 

 分かっている。

 

 これは、執着だ。

 愛されなかった事実を、力で上書きしただけだ。

 

 それでも。

 

 それでも、夜、彼女が同じ部屋にいるだけで、心が落ち着いてしまう。

 

 声を聞くだけで、救われた気になってしまう。

 

 吐き気がするほど、自分が浅ましい。

 

 彼女は優しい。

 拒絶しなかった。

 傷つける言葉を、最後まで選ばなかった。

 

 だからこそ、僕はここにいる。

 

 もし彼女が、あの日、冷酷に突き放していたら。

 もし皆の前で真実を語っていたら。

 

 僕は、ここに立てなかった。

 

 彼女の沈黙に、甘えた。

 

「これは彼女の意思ではない」と分かっていながら、

「それでも彼女がここにいる」という事実に縋った。

 

 最低だ。

 王子失格だ。

 人間としても、最悪だ。

 

 それでも、彼女が僕の妻になった事実だけは、どうしても嬉しい。

 

 それを嬉しいと思ってしまう自分を、僕は死ぬほど憎んでいる。

 

 夜、彼女が背中に触れた時、身体が震えた。

 

 あの日と同じ手だった。

 

 慰めるような、突き放さない手。

 

 やめてほしかった。

 でも、離れてほしくなかった。

 

 この優しさがある限り、僕は「正しい選択だった」と思ってしまう。

 だから、毒だ。

 

 彼女を愛していると言う資格は、もうない。

 でも、手放す勇気もない。

 

 祝福の中で、ただ一人。

 

 僕だけが知っている。

 これは恋の成就ではない。

 

 ──負けを認められなかった男が、

 力で終わらせただけの話だ。

 

 それでも。

 

 それでも、彼女が隣にいる夜を、

 失いたくないと思ってしまう自分を、

 今日も、吐き気と一緒に抱え込んでいる。


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